


色々と余計なこと考えすぎて眠れなくなった夜には必ずといっていいくらいに見まくった立川談志さんの落語のビデオ

好きなことをやるためには没頭する時間が必要だろ。

行動がすべての成功の鍵だ

『無罪モラトリアム』の意味は、一個の人間としてまだ社会に出なくても許されてる立場の人間。さらに「無罪」って言って、立場的にも生きてる事が許されるんだって付け足したかった

あのアナウンス(「ファウルボールにはご注意下さい」)であらためて注意する間抜けはいない。でもあのようにいっておかないと、後で怪我して訴えられたら困るというのがある。アメリカ仕込みの訴訟社会の風習である

Imagine all the people living life in peace.
想像してごらん。だれもが平和に生きていることを。

何かを成し遂げるためには、そのことをしか考えられないという“狂い”が必要となる

神を知る最善の方法は、多くの物を愛することだ

自分があまりにも日本語を知らな過ぎることがコンプレックスでした

できると思えばできる、できないと思えばできない。これは、ゆるぎない絶対的な法則である

Life is either a great adventure or nothing.
人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒にふるか。

モノを作るというのは、そういう多様な面を併せ持った自分を総動員させながらも、本人が意識しているものを剥ぎ取ったところに妙味が出るものなのではないだろうか

憎しみや苦しみのない世界があるからお前来ない?って言われたら、「俺はいかない」って言うわ

教養ある人間は、勉強し続けなければならないということを自覚している

私は何も発明したりしない。ただ、再発見するだけだ

今、俺の考えるライブは祭りだから、日本各地でみんなと祭りをやるという感覚が楽しみでしょうがない。小難しいことを考えず、嫌なことも全部置いてくればいいと思うんだ。きっと楽しめるはずだから

創造の泉を自分の内に持っていれば、書きたいものを書き続けられる

そうだったな。俺らはいつもそうやって生きてきたんだったな。

希望を捨てない方がいい。俺はサイコーなんだって信じるんだ。既成の概念なんか疑ってかかった方がいい。「なんでなんだ?」っていつも子供みたいに感じていたいぜ。

芸術家になるためには、まず自分の目や耳でよいものを感じて選びとる「審美眼」が大切

何かを表現していく人間にとって、自分の拠り所を気分に置いてしまうのは危ういこと

人のだらしなさって、たまに妙な愛しさがあるからずるい

早く大人になりたいとか、まだ子供だとか。違うんじゃないか?俺は俺なんだ。藤原基央なんだ。俺はもっと良い藤原基央になれるように頑張るんだ

家族同様に暮らしていくうちに、猫はしだいに家庭の中心的存在になってくる

現在持っているものに満足しない者は、持ちたいと思っているものを手に入れたところで、満足しないだろう

考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく

大切な人がいなくなっても、それは無じゃなくて“空っぽ”があるんです。

自分が元気ない時でも、周りに元気で接すると周りが明るくなるから自然と自分も元気になれる

新潟…新しい『潟』…。『潟』ってどういう意味だーっ?! (新潟ライブにて)

詩人は賞賛など求めてはいない。信じてもらいたいだけだ

僕らは、今存在している人達は皆、存在する事を選んだ人達だと思います。

やった分しか、返ってこない。適当にやっていて、超ラッキーでこんなすごいことになっちゃいましたってことは絶対ないよ。そんなに甘くないから。

マーケティングは事業全体を完全に包含する。それは最終成果の観点、つまり顧客の視点から見たビジネスすべてである。それゆえにマーケティングに対する配慮と責任は企業全体に浸透していなければならない

人生をね、棒に振りたいんだよ

悲しいことも苦しいことも、全てを楽しみに変えていけるのが人間の力だよ

わたしは立ち止まりはしない

「お客様は神様」ですから

神なんて全くその辺の芸術家と変わらない。キリン作ってゾウ作ってネコだろう。様式もへたくれもありゃしない。前と違うもの延々と作り続けてるだけ

術は日々の生活の埃(ほこり)を、魂から洗い流してくれる

夢を飼い殺しちゃいけない。

女が愛し、愛されると彼女は変わる。誰も彼女にかまわなくなると、精神が乱れてその魅力が失われる

40歳になって「来た来た!」と思っています。40歳からが私に似合う年齢だと思っていましたから、それまで、どうやって時間をつぶしたらいいかと長く苦しんでいました。

綺麗に生きるなんて、誰ができるんだ

オレは糞っタレのダメ人間!お前ら、オレみたいになんなよ!…でもさ、お前らがいるからこんなオレでもここに立てた。今のオレにはもう歌うしかねぇ、だからお前ら、オレにもう少し付きあってくれ

私は毎日進歩しつつある。私の本領はこれだけだ

ツアーなのにウィークデーに東京に戻ってくるのは、旅している感じが全然しないんだよね。車で走り回って、その土地の美味くて安いものを探しにいく。夜はそこで待っている仲間たちと音楽を楽しんで、酒を飲んで寝るみたいな3ヶ月。こんな人生、なかなかないでしょう

組織に働く者は、成果に何も寄与しないが無視できない仕事に時間をとられる。膨大な時間が、ほとんど役に立たない仕事、あるいはまったく役に立たない仕事に費やされている

忠誠心を買うことはできない。獲得すべきものである。金の力で引き留めようとすれば、引き留められた者が誘惑に対する自分の弱さを会社のせいにするだけである

この国は島国だから、なかなか人間の本当の痛みは伝わってこない

『大切な人の死』という出来事は、大切な人が自分にくれる最後のプレゼントだと思います。どんな形の死であれ、僕はそう思います。だからこのプレゼントをいつまでも大切に愛することができます。

プロの音楽家を目指すなら音楽理論と感受性が必要

私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく自らの時間を奪おうとする非生産的な要素を退ける

あなたの中に、あなたの知らない芸術家がいる。彼は月夜に物事がどの様に違って見えるか興味がないのだ

幸せじゃない瞬間も含めて、幸せだと思いますね。

運が悪かったんだよ …お前等は

市場において目指すべき地位は、最大ではなく、最適である

感動することこそが、人類の最も贅沢なこと

「僕は永遠に生きます」って今思ってる。明日も思ってる。あさっても思ってる。10年後も思ってる。20年後も思ってる。そしてある日死ぬんだ。うん。それがいいな。

人は見た目で判断する、そんなもんだ

他人に興味を持ってもらいたければ挑発しなければならない

成果をあげる人の共通点は、行わなければいけない事を、しっかり行っているというだけである

いまだに『磔磔』って字が書けない…。 (03年京都磔磔にて)

これからは、誰もが自らをマネジメントしなければならない。自らを最も貢献できる場所に置き、成長していかなければならない

愛の光なき人生は無意味である

好きなものを作る、それだけをやるってなるとブレない

ゲームも人生も、逃げたら経験値は上がりません

もうすぐクリスマスだねぇ・・・なんか楽しいねぇ(笑)(2006/12 The Birthday広島にて)

偽の絵描きは、この木、この犬を見ない。木というもの、犬というものを見るだけだ。同じものは何ひとつないのに

生命の一分が過ぎていく!それを在るがままに描き、それをなすためにはあらゆるものを忘れよ!そのものになりきれ・・実際に見るもののイメージを与えよ

たいていの経営者は、その時間の大半を過ぎ去った「きのう」の諸問題に費やしている

俺はゆるキャラだがなぁ、お前らを見逃すほどゆるくねぇんだよ

オーケストラ音楽に触れたきっかけはラジオ

さよならとか別れとか、似たことしか歌わなくなってきたなあって。でも本能では、自分はそういうものを書いていくんだろうなってわかっていて

想像できることは、すべて現実なのだ

他人の短所が目につきすぎる人は、経営者には向いていない。長所を効果的に発揮させるのが自分の仕事だと考える人が、有能な経営者になれる

明日は必ず来る。そして、明日は今日とは違う

富は一つの才能であり、貧しさも同様に一つの才能である。金持ちになった貧乏人は、贅沢な貧しさをひけらかすであろう

「時」の歩みは三重である。未来はためらいつつ近づき、現在は矢のように速く飛び去り、過去は永久に静かに立っている

やらないってのも一つの行動だと思う

そもそも老人力とは、転んでもただでは起きない力のことである。というか、そもそも老人とは、人が間断なくゆっくりと転んでいく状態のことなのである。気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常。例外はない。時期のずれや度合いの違いはあるにしても、人類の全員がゆるゆると、やんわりと、気がつけば転んでいる状態なのだ

自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか

一人ひとりと7万回握手がしたいです。

ライブってゆうのはお茶の間でせんべえかじりながら見るようなもんじゃねぇんだよ。チケット取れなかったとか色々あるかもしれないけど死ぬ気でチケット取れ。で、見にこい。俺らあれだから。ブラウン管の前で評価されたくねえから

どうしたって笑えないけど、それでも笑わないといけない時かぁー。…泣いちゃえばいいんじゃないか

変わることをこばむのでなく、変われたことを褒めたいんだ。

明日のための今日ではなく、今日のための今日ですよ

横浜港町・・・・・(この間、観客の歓声)おぅ、何か、微かに海の匂いがするぜ。(99年1月17日横浜アリーナにて)

嫌な事は3秒で忘れる

芸術家は自然の親友である。草花は茎の優美な曲線と花びらの調和のとれた色合いで芸術と対話をする。どの花にも、自然が芸術家に心から語りかける言葉があるのだ

If everyone demanded peace instead of another television set, then there’d be peace.
もしすべての人がもう一台のテレビよりも平和を欲すれば、きっと平和は実現する。

意図して作ったものがそういう結果になるとは限らないし、絶対、狙いにいかないほうがいい

自分の写真に、ほんのちょっと言葉をつけたいと思っていて…。はじめは簡単だと思って書いていたんですけど、あくる日にそれを見直してみたら、全然ダメで驚いたんです

People do not like to think. If one thinks, one must reach conclusions. Conclusions are not always pleasant.
人々は考えることを好みません、もし考えれば、結論に到達しないといけないから。結論はいつも心地よいとは限らないのです。

「今日単車で来たやついるか?」(客ワァァァ)「気をつけろよ」→GT400演奏(FRFにて)

被写体に最初に出会った時の写真が一番良いんですね。うまく撮ろうとたくらんだ写真は、素直な力がなくなる

作曲家の基本命題は「いい曲をつくる」こと

大事は寄せ集められた小事によってなされる

自然は無限に分割された神である。神と自然は、完全に相等しい二つの偉大な力である

Security is mostly a superstition. It does not exist in nature, nor do the children of men as a whole experience it. Avoiding danger is no safer in the long run than outright exposure. Life is either a daring adventure, or nothing.
安全とは思いこみにすぎない場合が多いのです。現実には安全というものは存在せず、子供たちも、誰一人として安全とは言えません。危険を避けるのも、危険に身をさらすのと同じくらい危険なのです。人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかを選ぶ以外にはありません。