


男性のお客さんでライブにいらしている方というのは、何かしらの誤解が生じているんじゃないかなって(笑)

アキラメというのは人生的なものである。体験に基づくというか、体験の集積というか、いずれにしろ体に発するというか、体からじわりと湧き出る。それにひきかえ、シラケというのは、体験からのものとは違う

カニバリズムは最も明確な優しさの表現のひとつだ

(ビートルズの音楽は)8:2くらいの割合で、暗いところか隠されているところが好き

大人のくせに子供と同じような人間ばっかりになっちまったんじゃねえのか。

「いてもいいんだよ」「生きてもいいんだよ」「感動してもいいんだよ」「泣いてもいいんだよ」「笑ってもいいんだよ」「そこに存在してもいいんだよ」って言ってくれてるかんじ。誰の許可もいらないんだ。それをロックンロールが僕に言ってくれるんだよ

偽物が本物に変身する瞬間がある

『うわ、眩しい。すっげぇ眩しいんだけどさ、消えてくんない?』と思うくらい眩しいのが夢だと思うし、『いや、あれを見てないと俺の生きてる意味がないとか、存在自体が怪しくなってくる。だから俺は目がつぶれてもいいから、あれを見るぞ』っつうのが、夢を見てる人だと思うし、夢を見てる人ってそんぐらいかっこいい人だと思うし、そんぐらい覚悟してる人だと思うし、そんぐらいリスクを背負ってる人だと思う。

昨日を守ること、すなわちイノベーションを行わないことのほうが明日をつくることよりも大きなリスクを伴う

石狩は、日本のサンフランシスコだー!(第一回RSRにて)

悪行の呪いは、絶えずそれが悪を産まざるをえないところにある

大人になって大好きな人ができて、今まで男の子とチョメチョメしてきたのがリハーサルだったのかと思うぐらい、「私はこの人のために、経験や知識やこれから学ぶこと全部を捧げなければいけない。捧げるべきなんだ」って心に決める。すごく本能的に感じるんですよね

子供の頃からやりたいことは変わってなくて、それができるようになるのが大人

大小様々な仮想敵を作って「XXXXよりこっちが良い!」みたいに比較するのではなくて、「楽しい!」とか「ヤベー!」とか、言葉にできない魅力とか、そういうことをシェアしたいなって思う。

楽しくなかったら絵なんか描きませんよ

究極の善、究極の悪、究極の価値がなければ、人間のある活動が別の活動よりも本質的に優っていることなどあり得ない。だから、全ての行為が同じ価値しか持っていないということを認めざるを得ない。とするなら、一つの行為を別の行為よりも優先させるのは、我々が自分で独自の選択を行っているからある

感動っていうものに限界は無いじゃないですか、日々。それに突き動かされるんですよ

優秀な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む

あなたの人生の灰色を消してごらん。そして内に秘めたカラーで彩るんだ

この世には、何一つ決まってることなんてないんだよ。 ただ、そう思いこんでるだけ。

人の曲を歌う時こそ、恥ずかしい気持ちもなく思い切り出せる声もあるのかもしれないとも思ったし、その、声に焦点を絞ったものもやってみたいって考えられるようにもなってきて

We could never learn to be brave and patient, if there were only joy in the world.
もしもこの世が喜びばかりなら、人は決して勇気と忍耐を学ばないでしょう。

できると思えばできる、できないと思えばできない。これは、ゆるぎない絶対的な法則である

人生をね、棒に振りたいんだよ

(ビリーアイリッシュの曲で、あえて「音圧」という言葉を使ったのは、低い音って部屋自体が振動して、まさに音の圧って感じがするんですよね。プレッシャーみたいな音というか。これまでの「音圧」みたいな言葉は、ラウドネスメーターの数値の話だと思うので、それとは別の感覚についての話です)

予感というのも、努力の重なりの上に出来る、透明な上澄みのような感覚だと思う

戦争は戦争を養う

焦点の定まった明確な使命がなければ、組織はただちに組織としての信頼性を失う

(死は)誰でも迎えるものなのに、それを忌々しく言うのは変だし、滑稽だなって思います

ロックンロールは続いていくんだよ

言葉なんていらなくなるよ、きっと。僕が立派になれれば

青春小説、青春映画っていうのがあるんだから、青春音楽っていうのもあっていいんだ

どーだろう?日本は民主主義国家だなんて言ってないで、事無かれ主義国家だって世界に向けて言った方がよっぽどカッコいいんじゃねえか。ロックっぽいぜ。

自分を実際そうである以上に見たがったり、また見せようとしたり、あるいは逆に、実力以下に感じて卑屈になってみたり、また自己防衛本能から安全なカラの中にはいって身を守るために、わざと自分を低く見せようとすること、そこから堕落していくんだよ

夫婦とは二つの半分になるのではなく、一つの全体になる事だ

私は最初、写真っていうのは、機械が撮るもんだから誰が撮っても一緒。だから絵とは違うなって思っていたんですけど、そうじゃないんですね。写真って、あなどれないなと思いました

あなたの日常は唄になるんです。

コンピューターなんて役に立たない。だって、答を出すだけなんだから

もともと変わった曲にしようとしていたわけじゃなくて、自然に出来たんで。まぁ、奇跡って言い方はおかしいですけど、偶然的にあのような曲になったっていうところも大きいんですよね(『サイレン』について)

書いたり発したりすることも大切だけど、今必要なのはちゃんと耳を傾けることなんじゃないかと思います。読むこと、感じること、と言い換えてもいい。受け取ること。吸い込むこと。それを温めること。そのうえで書くこと、発すること。それをまた、お互いによく聞くこと。俺もできてませんが…。

他人を模写するのは必要なことである。しかし、自分を模写するのは哀れなものだ

いつもとは違う部屋の中に見たくないものを置いておく

昔、『天空の城ラピュタ』を観て、自分の目の前には守るべき少女も追いかけるべき宝もないことに絶望した

As usual, there is a great woman behind every idiot.
いつだってバカを支えているのは偉大な女性だ。

いいよ。行っちまえよ。何処へでも。何処にでも届くように唄ってるからさ。

生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである

1.必ずできると信じろ2.限界を越えろ3.「その時」を待つな4.行動しろ5.正しく問え6.ジャッジせず、隠された美を見ろ7.遅すぎることなんてない

効率とは、現在既に行われている事をより洗練させることである

楽しいことは、みんないい事だとは思わないか?つまらないことは、罪悪だとは思わないか?

いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ

絶対に誰かと肩がぶつかる。でも『ごめんね』って言うしかないんです。『ごめんね、でも俺も生きてるし、お前も生きてるからさぁ』って。『お互い痛いわけだしさぁ』っていうね。そういうのをお互いが感じるんだと思います。そういう肩がぶつかったその痛みすら、俺は愛しいと思えるんです。確実に自分も存在してるし、その人も存在してるから。肩がぶつかるよりも、抱き合えたら1番嬉しいんですけど。

生まれたとき、死んじゃう可能性のある病気の手術を受けて助かったことがあったからか、あたし、生きることにとても執着がある

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

もし仕事というものが、人間にとって生きることのあがないではなく、生きることの目的であったら、人間はどんなに幸福だろう

学とはならうということで、すぐれた人物の立派な行いを習い、みずからもそれを実行していくことである

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

覚めていて夢みることは、眠っていて夢みることとほとんど同じである

オルタナをやり始めた時は、「暗い」「分かりにくい」という声があって、若干構えてしまったんです。力技で分からせてやるみたいな余計な力が抜けたんじゃないかな。すごく文字にしづらいかもしれないけど、スイングスピードが速いストレートを自然体のフォームで打てるようになったというか

お客さんが広い所に何万人いますっていう世界ではなくて、個人個人が広い所に個人個人の思いで一人ずっと立ってるって思ってるし。

毎日必ずギターには触っていますし、ずっと続けていきたいのは音楽です

今までの後悔とか、辛かった事とか、選択も全て間違いじゃなかった

成し遂げたいことに必要な条件を、明確に把握すればするほど、達成される確率は高まっていく

私は死ぬまで死ぬことについて、そして生きる事について考えていると思う

被写体に最初に出会った時の写真が一番良いんですね。うまく撮ろうとたくらんだ写真は、素直な力がなくなる

自然は至上の建築物である。自然の一切は最も美しい釣り合いをもって建てられている

生まれたら最後死ぬ訳じゃないですか。それはもう生き物として当たり前の事で。

これはほんとに昔っから思うんだけど、これがこうなったら幸せなのに、 あれがあったら幸せなのに、と思ってたら一生幸せになれないね。自分の問題だと思うんだ。もっともっと内面の問題だと思うんだ。今の状況を幸福だと思える心を 持った人が幸福なんやな。

神に誓うな、己に誓え

選択肢を前にした若者が答えるべき問題は、正確には、何をしたらよいかではなく、自分を使って何をしたいかである

俺は右でも左でもかまわないんだ。そんなことどーでもいいんだ。右にどんどん行ってみろ。やがて左側に来ているのさ。地球は丸いからね

その曲の伝えたい事が、あなたがあなたに伝えたい事だと思って欲しい。

すべては奇跡だ。例えば、お風呂に入ったとき、あなたがお湯に溶けてしまわないことだって

友人の中にも損友と益友がある。益友とは自分の欠点を遠慮なく告げてくれる友のことである。益友の印象は悪い。時には自分の感情を害する言行もあるが、大切にしなければならない。益友の言葉により自分を正しい道に導き、欠点に気付き、矯正するのがよい

人間おのずから用に適する所あり、天下何ぞなすべき時なからむ

いま大戦中でもないのに、人に「どっちなんだ!?右なのか、左なのか」と問うこと自体、ナンセンスだとは思います

面白いねぇ、実に。オレの人生は。だって道がないんだ。眼の前にはいつも、なんにもない。ただ前に向かって身心をぶつけて挑む瞬間、瞬間があるだけ

世界一になりなさい。さもなければ撤退しなさい

生命の一分が過ぎていく!それを在るがままに描き、それをなすためにはあらゆるものを忘れよ!そのものになりきれ・・実際に見るもののイメージを与えよ

本気も本気 “大本気” や!

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

何事も、上手く進まないときは、停滞の時期ではなく、変化の時期だ。

勘違いするな。俺とお前は違う。 お前の極道は死に様。俺の極道は――生き様だ。 同じ道でも、死に向かって戦うのと、生きるために戦うのは違うということだ。いずれ分かる。

私は天才を自覚している

What I am looking for is not out there, it is in me.
探しているものは外になく、自身の中にあるものです。

何かを作りたいと思ってエキサイトしている状態っていうのは、めちゃめちゃ青春しているんやって思った。

もし私が犬よりも猫が好きだというのなら、それは警察猫というものがいないからである

限界を越えることは絶対出来ないと思うんです。越えられないから限界と書くわけで。でも越えられるから不思議なんです。

作曲には、論理的な思考と感覚的なひらめきを要する。論理的思考の基になるものが、 自分の中にある知識や体験などの集積だ

もしもイライラしてたり、つまんねえなと思ってたら、チャンスだよ

俺は東城会四代目桐生一馬だ!!

リーダーは尊敬されるが、必ずしも好かれるとは限らない

チャンスとは一つのことに心に集中することによって、かろうじて見つけることができるものである

お前らが全員霜降り肉に見えるぜ!(兵庫ライブにて)

ドローンが敷かれて、そこに何かが乗っていくスタイルって本当に、自分でも作るけど畑が焼き尽くされているっていうか、「ああまたこれか」って感じあるんですよね。自分で作ると自分の趣味に沿うから楽しく聴けるけど。それでいいとも言えるし、よくないとも言える。

一番悪い奴は「口だけいいことを言って実践しない奴」次に悪いのは「悪いことばかり考えてる奴」そうなりたくねぇんだ

傲(おご)ってはいけません。企業は、社会によって存在させてもらっている存在なのです

イメージの共有がしたいだけなんだ。言葉の共有じゃなくてどこかもやもやっとしたイメージをひねりだして曲にする。そのもやもやを共有したいだけなんだ。それで「生きてやるぜ!」って思ってもらえれば、「生きるっていいな」と思ってくれればそれでいいです。

愛は永久不滅なもの。姿かたちを変えることはあるが、本質は決して変わらない
