


ロックだろうが、ポップだろうが関係ねぇよ。『プラネタリウム』は『プラネタリウム』だよ。(プラネタリウムについて)

自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ

「人生っていうのは勝手に与えられるんだから、自分が追求してもいいんだ。幸せ追求権ってあるだろう!」と思ったんですね。

僕は一生のうちに一晩でいいからあんなふうに歌えたら、死んでもいいと思った。

そやったわ。わし花粉症やったわ。

客の二酸化炭素は俺らの酸素なんだ

芸術は醜いものを生み出すが、しばしばそれは時とともに美しくなる。一方、流行は美しいものを生み出すが、それは常に時とともに醜くなる

曲作りの勉強は独学です

人と同じものが嫌とか、そういうのはあまりない。自分が好きなものを集めてたら、人と同じにはならないでしょう?

凡庸な人間が自然を模写しても決して芸術品にはなりません。それは彼が「見」ないで眺めるからです

私はいつも、まだ自分ができないことをする

自分の個性に 自信を持てよ。そうすりゃあ自分好きになれる。姿形よりも 自分って人間を。磨いて輝る 美しさを

なんで一番光るのが一番最後でさあ、なんでそれを僕らがここで見た時にはもう手遅れなんだろう?って。ほんとに子供心ながらにせつなすぎて愛しすぎて。全部そうじゃないですか。人の死んじゃう時とか、もうバイバイしなきゃいけない時とか。だから、あの…適当に生きてちゃダメですね。(supernovaについて)

偽物が本物に変身する瞬間がある

生涯に一作であれば、誰でもいい曲がつくれる

お先真っ暗はすげー前向きな言葉。

その言葉の持ってるリズム感、そういうことの方が全然大事なんだよね、ヴォーカリストには。言葉1個1個のリズムね

ただ大人たちにほめられるようなバカにはなりたくない

志を立て、その目的を達成する手段の中で最も近道だと思うのは、聖人の書物や種々の歴史本の中で、自分が特に刺激を受けた部分を別紙に書き抜いて壁に貼っておくか、扇などに書いておき、日夜朝夕それを眺め、常に反省しつつ及ばない点について勉め、進歩を楽しむのがよい

大人になったらなったで、子供の頃よりもっと自分と向き合うんだと思うんです。

創造の泉を自分の内に持っていれば、書きたいものを書き続けられる

『自分の謎』で言っているような、自分への不思議な感覚というのはみんなもっているはずだけど、ほかの遊びに忙しくなって、どんどん忘れていっちゃう。でもその感覚ってどこかには残ってるんですね

運命に耐えているとき、そこに真理が見える

詩人は未来を回想する

最近は安定して良いライブが出来ているけれども、もっと陰に転がり込んでしまって、どうにもならなくなってた時もあるんですよ。ステージの上で、「客席のみんなが俺のことを嫌いなんだ」としか思えない瞬間があったりして。パニック障害というか、今この瞬間、全員が俺を憎んでいると思ってしまう。みんなチケットを買ってライブに来てくれているのだから、そんなはずはないのにね

今まであんなにときめいてきて、あんなに翻弄されて、電話のなかに彼がいると思って電話をずっと見てた、ああいう時間は何だったんだというぐらい、まったく次元の違う大事なものができてしまう瞬間があるんですよね

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

人間おのずから用に適する所あり、天下何ぞなすべき時なからむ

低気圧が僕を責め立てる。

何かと比べて自分は優れてるっていうんじゃなくて、俺にしか書けねぇ曲があるんだって言えなきゃお金取っちゃダメでしょ。伝えられないでしょ。だから今だってずっと言ってるじゃないですか。僕らは僕らの曲を愛してるって…。

最も美しい主題は君たちの前にある。なぜといえばそれらのものこそ君たちが一番よく知っているからである

最初っからうまくいくことなんてねぇよ。みんな。本気で手に入れたい世界が俺達にあって、それが今この世にないんなら一から作りゃいいじゃねぇか

恥ずかしくない生き方はしたくないもんね。だから恥をかくんだよ

他の人間はなぜそうなったかを問う。私はいつも何ができるのか、なぜできないのかを問う

音楽にはいろんな力がある

組織は常に進化していなくてはならない

詩人は賞賛など求めてはいない。信じてもらいたいだけだ

横浜港町・・・・・(この間、観客の歓声)おぅ、何か、微かに海の匂いがするぜ。(99年1月17日横浜アリーナにて)

日本人はやはり全員が五、六歳か、もしくはたんなる訴訟の素材なのだ

芸術が愛らしいものであってなぜいけないんだ?世の中は不愉快なことだらけじゃないか

普通なことが特別で特別であることが普通なこと

常に100%満足できる作品を作るべきだと思うし、そうすることが俺らの音楽を待ってくれる人たちへの最高の礼儀だと思うんですよ。

小さい頃は、祖母が歌う英語の賛美歌を子守歌代わりに聞いて育ちました

私は努力をしてこなかった人間。ただ努力をしなかった分、自分の好きなものに囲まれて生きることはできたというか

いつもとは違う部屋の中に見たくないものを置いておく

太陽のように生きて、太陽のように死にたい

おれたちみたいにブサイクに生まれたやつがカッコよく見せれるとこってのはひとつしかないよな、そうだな“生きざま”だよな

成功する人間に必要な生まれつきの能力などありはしない。ただ、あなたが成し遂げたいことに、必要な能力だけを身につければいいのだ

ありとあらゆる感覚を総動員させ、自分を限界まで追い込んでいく

いいんだ。岡本太郎の責任でやるんだから

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

ドリフターズのお客さんを見てごらん? 大人がいないだろう? 小学生くらいの子供たちでいっつも会場は満員なの。で、大人になったらその子たちは卒業していなくなる。でも次の子たちが入学してまたドリフターズを観に来るの。

俺は強いヤツが好きや!俺に命令出来んのは強いヤツだけや!

私の創造の源泉は、私が愛する人々である

芸術家を何とお思いか。画家なら目、音楽家なら耳、詩人であれば心に抒情、ボクサーなら筋肉のほかに何も持たない愚か者とでもお思いか。それはとんでもない勘違い。芸術家はそれだけでなく、政治的な存在でもあり、世の中の悲しみ、情熱、あるいは歓びにもつねに関心を抱き、ただその印象に沿って自らを形作っている

本物の画家というのは何もない砂漠で異常なシーンを描ける人だ

神に誓うな、己に誓え

この世の中すっげー頑張ってる奴らが上手くいかなかったり、だからとにかく俺達はまだまだこの世の中にぶっ壊したいものがたくさんあって、そういう奴らに中指立ててやっていくつもりなんで、またライブ見にきてやってください

大事なのは縛りあうことじゃなくて、お互いがお互いをひきつけ合うことじゃん

津波が来ます。(酒に酔いながらのラヂヲで地震が来たとき勝手に)

全然文明化されていない環境と孤独が、死の間際にいたり、私の内部で、最後の熱情のひらめきを復活させるのです。そしてその熱情こそ、私の想像力を、今いちど燃やし、私の才能を、最後の出口へと導いてくれるものなのです

今日此処に来たかったけど、チケット取れなかったヤツが沢山いるの分かってるから。そんなヤツらにも届くように唄ってるから。

見るために、私は目を閉じる

真摯さはごまかせない

他人というものがいなければ「一人が一番好き」っという気持ちもない訳で、そして一人の良さなんてわからない訳で。 その台詞はつまり、他人というものを一番意識していて、一番人とのつながりを求めている人なんじゃないのかなと。

あなたには安らぎがある。贅沢さはない。お金が一端を握っているなんて言わないでくれ。私が提案している贅沢には、金はまったく関係ない

俺は右でも左でもかまわないんだ。そんなことどーでもいいんだ。右にどんどん行ってみろ。やがて左側に来ているのさ。地球は丸いからね

綺麗に生きるなんて、誰ができるんだ

明日は必ず来る。そして、明日は今日とは違う

自分の夢に必要やと思えるもの、好きやと思えるものには一生懸命になったらいい。

『健康法』にとらわれないことが、健康の秘訣

マーケティングは事業全体を完全に包含する。それは最終成果の観点、つまり顧客の視点から見たビジネスすべてである。それゆえにマーケティングに対する配慮と責任は企業全体に浸透していなければならない

かつて「ロックスターは27歳で死ななきゃいけない」という手紙が送られてきて。でも私ドラッグはやらないし、自分のアドレナリンだけで絶対生き抜いてやると思ってますから。それがいかに新しいか、それを立証しなければいけないという使命感がものすごくあるんです。

詩人にとって最大の悲劇は、誤解によって賞嘆されることだ

リーダーは尊敬されるが、必ずしも好かれるとは限らない

私の耳は貝から 海の響きを懐かしむ

いつもね 最新作が最高傑作なんだよ 僕の中ではいつもそうだよ

作詞には苦しむことが多いです。曲がもともと持っている性格みたいなものは自分でコントロールしてるわけじゃない。自然に持ってるもので、それをいかに感じ取ってふさわしいものにするか。ふさわしい詞というのはもともと決まっているようなものという認識。

富は一つの才能であり、貧しさも同様に一つの才能である。金持ちになった貧乏人は、贅沢な貧しさをひけらかすであろう

未来は誰のものでもない。先駆者というものはおらず、時間に遅れた者しかいないのだ

直観力と想像力を、抑え込んではならない

ユーモアを失わないように戦うのだ。ユーモアの欠如は愚の骨頂だ

青春の夢に忠実であれ

他人の価値観を尊重できないなら、自分の価値観なんて主張しちゃいけないと思う

高松の不良の皆さんこんばんは!(高知ライヴにて)

人の曲を歌う時こそ、恥ずかしい気持ちもなく思い切り出せる声もあるのかもしれないとも思ったし、その、声に焦点を絞ったものもやってみたいって考えられるようにもなってきて

世の中の物事には似たようなものが満ちあふれているわけで、手探りでいく文章とはその似たようなものを飛び石伝いに踏んで渡って行くようなことである。似たようなものをいくつも乗り換えて渡って行くうちに、探しているものの形に次第に近づいていく

私が独りでいることは決してない。いつだってサルバドール・ダリといるのが習慣なんだ。信じておくれよ、それは永遠のパーティーってことなんだ

やっぱりゴツいなぁ。桐生ちゃんよ。

例え、一流よりもいい音が出せたとしてもまだニ流なのです。大事なのは、その音を出し続けることができるかということ

夢はぶれずにいることなんです。わたしにとってはいちばん大切なのです。

突破口は1つしかないんだ。ほかにもう道はないんだ。ロックンロールしかないんだよ。それがわかったときにさ、そこにやっぱり全身全霊を傾けるしかないじゃん。

勝負をしない奴には勝ちも負けもないと思ってるんだろ? でもそれは間違いだ。勝負できない奴はもう負けてるんだよ

生きる日のよろこび、悲しみ。一日一日が新しい彩りをもって息づいている

砂漠では、教養など何の役にも立たない。生きる技術を持っているかどうかが生き残れるかどうかを分ける。厳しいビジネスの世界も同じである

どんな人でも努力すれば、“それなり”の能力は身につけることが出来る。そして、この世で成功するためには、“それなり”の能力があれば十分なのである

最近はお金持は多いけど、上品なお金持はなかなかいない。だいたいは下品だ

僕は流れるって感じが好きなんだ。固定したものは全然つまらない。人生だってそうだろう?いつも流動的で、何が起こるかわからない。だから面白いんだ
