


理論というものは現実に従って変化していく

世の中が楽しくなりそうなそんな予感がしますよ。君達はどうですか?

音楽の世界の人間は、どっちかって言うとやっぱりスポーツなんかと近いんじゃないですかね。かなり身体的ですから。

余り考え過ごす者は何事をも成し得ない

私はドラッグをしない。私自身がドラッグだ

私は対象を見えるようにではなく、私が思うように描くのだ

自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ

The more I see the less I know for sure.
知れば知るほど、分からなくなるものだ。

アクシデントが起きると、人はそれを変えようとするが、人には変えることが出来ない。アクシデントが人の内面を明らかにするだけだ

運を信じるしかない。そうでなければ、気にくわない人たちの成功をどう説明すればいいのだ

今日はジョン・レノンの命日。家に帰ってイマジンを聴く

「それにしてもあの絵は全然彼女に似ていないな」なに、彼女の方でだんだん絵に似てくるさ

人間は明日の朝に対して、何がしかの恐怖と希望と心配を持たずにはいられない

明日描く絵が、一番すばらしい

失敗する子が減ったかも知れない。安全な道を選びがちだけど、危険な道ほど行ってみようって思う気持ちも大事。

言いたいことは言う。 その時は心を込めて言う。

今の音楽の置かれてる状況の事とか、悲しくなっちゃう所がありますよね。パソコンで150円で買えるとか、若い頃の自分にとって凄い高かった、3000円とか2800円っていう感覚、その感じがもう無いっていうのは、なんかちょっと悲しいですね。

私には規則や方式は一切ない。裸婦を見る、すると幾千ものちいさな色合いが見えてくる。その中から、生き続けるものを探し出し、そのようにして真新しい色調をキャンバスの上に躍動させるのだ

真の芸術家とは、喜びのために仕事をする唯一といってよい人達だ

運が悪かったんだよ、お前らは

コンピューターなんて役に立たない。だって、答を出すだけなんだから

時間は私たちに残された数少ない大切なものだ

ライブで観たときのダイナミクスってすごいでしょう。そのための技術を磨いておきたいと思いながらやってきたけれども、ライブってそれだけじゃ足りなくなる瞬間があって。そのときに引っ張り出されてきているのが人間力みたいなものなのかもしれないけれど、あまりそこに頼りたくないと思いつつ、歌っているだけですごいと言われるような歌い手になりたいというのはずっとあるんだよね

Zepp Tokyoには幾つか強烈な印象が残っているライブがあって。以前、声が出なくて点滴を打ってステージに立ったこともあったんですよ。あのライブも良かったんだよな

僕は新しく何かをやりたいんじゃなくて、今何をやりたいかなんだよ、まさに

世の中は悪くなっている。おそろしく退化している。何も考えない人間が増えている。甘ったれたバカが増殖している

人生とは自らの道である。一つのことを試みることであり、一つの道を端的に示すことである

私の健康を祝して乾杯してくれ

誰かと肩がぶつかる。生きるってそういう事だと思う。

子どもの頃は、おもちゃよりもレコードを買ってもらう方が嬉しかった

何と嫌な商売だ

その瞬間に爆発していればカッコいい

仲間なんか居ねえって部屋の隅で泣いてるやつとか、もうすぐ学校卒業するやつとか、それで青春が終わると思ったら大間違いだからな! 必ず青春とか最高の時がくるからな!! だから音楽ずっと好きで居ろよ

Self-pity is our worst enemy and if we yield to it, we can never do anything wise in this world.
自己憐憫は最悪の敵です。それに負けたら、この世で賢明なことは何一つできないのです。

大金を持った貧しい人のように暮らしたい

Being honest may not get you a lot of friends but it’ll always get you the right ones.
自分に正直でいれば、多くの友人には恵まれなくとも、いつでも理想の友人が得られる。

上手い歌なんか歌いたくないんだよな。いくらでもいるし。

選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる

神々と肩を並べるには、たった一つのやり方しかない。神々と同じように残酷になることだ

暴力は、常に恐ろしいものだ。たとえそれが正義のためであっても

あなたの日常は唄になるんです。

誰をも恐れない者は、誰からも恐れられている者に劣らず強い

おれたちみたいにブサイクに生まれたやつがカッコよく見せれるとこってのはひとつしかないよな、そうだな“生きざま”だよな

全生命が瞬間に開ききること。それが爆発だ

私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい

さよならとか別れとか、似たことしか歌わなくなってきたなあって。でも本能では、自分はそういうものを書いていくんだろうなってわかっていて

名古屋のニワトリって、羽根が何枚もあるんだろ?じゃなきゃあんなに沢山手羽先がつくれる訳ねぇ!

結局はひたすら考えるしかないという心境になっている

人生の長さは一秒にも満たない。その僅かな時間に永遠に向けての準備をしなければならないとは!

愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない

若いとき旅をしなければ、老いてからの物語がない

自然には未だ知られていない諸力がある。我々が自分自身の余すことなき全てを自然へ委ねるとき、自然はそれらの力を我々に貸してくれる。我々の眼では見えず、知性でも理解・推測できないその諸力の形相を示してくれる

高松の不良の皆さんこんばんは!(高知ライヴにて)

芸術は、意識と無意識の融合である

もって行かれるぞ。甘い考えで生きてるとあっという間にもって行かれてしまう。この国をたて直すためには戦争をするしかないと考える人間がたくさん居るんだ。

国際級のすごいソリストを入れても、中に一人下手な人間がいるとアンサンブルとしての実力は、そのレベルに下がってしまう

やっぱ東城会はアホばっかりや。大好きやで。

我々が描くのは顔の表?中?それとも裏か

もっとたくさん僕らの曲聞いてもらって、皆を励まして背中を押してあげたい。

自然に基づいて絵画を描くことは、対称を写生することではない。自分の感動を現実化することである

テクニックばかりに気を取られる人たちは全ておいてミスをする

『自分の謎』で言っているような、自分への不思議な感覚というのはみんなもっているはずだけど、ほかの遊びに忙しくなって、どんどん忘れていっちゃう。でもその感覚ってどこかには残ってるんですね

それは所詮、極道の勝手な都合ってやつだ!

俺は黒にはすごく強いイメージを持っていて。例えば、何も悪いことをやっていない神父さんもいれば、元死刑囚だけど途中で神に出会って神父さんになるのでは全然違うでしょう。そういう存在に対する憧れがありますね。そういう人にしか出せない優しさみたいなものがすごく好き。逆に、潔白潔癖なものには優しくない感じがあるんですよ

僕らは全然清く正しくない だからってコソコソはしたくない コントロールできないことなんて山ほどあるよ 笑顔だけは失くさないでくれ たとえ誰かに罵られてもさ 僕はそういうとこが好きなんだ そいつらに中指立ててあんたらみたいにはならないよって言ってやろうぜ

妄想と勘違いでロックンロールは転がり続けてるんだから、これを解放しないことには何も始まらない。

周囲からの反対やら妨害やら軋轢やらがあるからこそ、自分が本当は何をやりたいのか、何になりたいのか輪郭がはっきりしてきて、よし、オレの気持ちはホンモノだっていう確信が固まっていく……そういうものなんじゃないのか?

自分には才能がないって思っていたんですけど、今は自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやっています。

自然は無限に分割された神である。神と自然は、完全に相等しい二つの偉大な力である

多くの人が80代まで生きれないのは、彼らが長期に渡って40代で止まろうと努力するからだ

あなたのインスピレーションやイマジネーションを抑えてはならない。模範の奴隷になるな

何にもやってなかったなあって気持ちになる時もよくあるよ

星なんて見えなくたって心の中にありゃぁいいし、なきゃ唄えばいいし、唄えないまま死んだって全然OKだし、だからお前なんか大嫌いだけど大好きなんです。

本当に口うるさいロックン・ロールや、口の匂いまでするようなリズム&ブルース。そんな音楽は21世紀には無くなってしまうのだろうか。ロボットやサイボーグが聴くような計算された音楽だけが市場にあふれている。

日本人はやはり全員が五、六歳か、もしくはたんなる訴訟の素材なのだ

ツアーなのにウィークデーに東京に戻ってくるのは、旅している感じが全然しないんだよね。車で走り回って、その土地の美味くて安いものを探しにいく。夜はそこで待っている仲間たちと音楽を楽しんで、酒を飲んで寝るみたいな3ヶ月。こんな人生、なかなかないでしょう

芸術家を何とお思いか。画家なら目、音楽家なら耳、詩人であれば心に抒情、ボクサーなら筋肉のほかに何も持たない愚か者とでもお思いか。それはとんでもない勘違い。芸術家はそれだけでなく、政治的な存在でもあり、世の中の悲しみ、情熱、あるいは歓びにもつねに関心を抱き、ただその印象に沿って自らを形作っている

芸術家になるのは難しいことではない。内容を別にすれば、世間的には自分が決めればいいだけのことだ。誰からも認めてもらえなくても、己さえ納得していればいいのだから話は早い

詩はなくてはならないものだ。ただそれが何のためにあるのかを知ってさえいればなあ

今回この写真文庫(岩波写真文庫)を一冊ずつ選んで、いまの世から眺めていきながら、時代の空気というものをつくづく感じた。活字、つまり言葉では説明しきれないことが、写真からはぷんぷん匂ってくる。このシリーズは、戦後の空気の貴重な貯蔵庫だ。いまの肥満ぎみの世の中は、じつはこの空気を吸うことからはじまっている。良くも悪くも、この空気がいまの日本人の両親なのだ

”世界”というのは自分の中にあるんです

なんばHatch?…へんななまえ。(06年THE BIRTHDAYライブにて。ちなみにこの日、まともなMCはこの一言のみ)

結局芸術の唯一の原則は、見るものを模写することだ

今真剣なんだ。邪魔するな!

テストの点数でお前らの価値は決まらねぇ

基本と原則に則っていないものは、かならず破綻する

肝心なのは感動すること、愛すること、希望を持つこと、打ち震えること、生きること。芸術家である以前に、人間であることだ

ライブってゆうのはお茶の間でせんべえかじりながら見るようなもんじゃねぇんだよ。チケット取れなかったとか色々あるかもしれないけど死ぬ気でチケット取れ。で、見にこい。俺らあれだから。ブラウン管の前で評価されたくねえから

破壊こそ創造の母だ

で、みんなが「そうやるべき」だなんてことは全然ない。好きにすればいい。俺はどうするかは、俺が決める。それが売れるとか売れないとか、そういうことじゃなくて、自分が恥ずかしいと思わないように、書き続けるだけ。毎回、たったひとりの場所からそれをやる。

ストーンズだけどさ、あのステージを観たら、なんて言うか、…孤独感が消えたんだよね。ほら、…僕は孤独でしょ(笑)。でも、もう孤独感は消えた。…うまく言えないけど。

大胆のコツは、度が過ぎない程度にどこまで遠くへ行けるかを知ることである

大人になったらなったで、子供の頃よりもっと自分と向き合うんだと思うんです。

「たかが音楽にのせる飾りじゃないか」という想いと、「誰かの一生をも変えてしまうかもしれない不思議な魔法」という想い。その間で僕は今も歌詞を書く。

Surrealism had a great effect on me because then I realised that the imagery in my mind wasn’t insanity. Surrealism to me is reality.
シュルレアリスムは僕に大きな影響を与えた。僕の頭の中のイメージが狂気ではないことに気づいたんだ。シュルレアリスムは、僕にとって現実そのものなんだ。

ダイヤモンドの行商人がやってきて、 このダイヤモンドは永遠の輝きをどうのこうのって言うとるけど せいぜい百年しか生きられん人間に、 永遠の輝きを売りつけてどうするんじゃ。俺らが欲しいのは今だけです。

気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常

成し遂げたいことに必要な条件を、明確に把握すればするほど、達成される確率は高まっていく
