


偽物が本物に変身する瞬間がある

ツアー中、ステージからみえたお客さんの顔。知ってる人もいた。知らない人もいた。ひょっとしたら また会えるのかな

人生はほんの一瞬のことに過ぎない。死もまたほんの一瞬である

この会場には仕事やっとるやつ、やっとらんやつ、学校行っとるやつ、行っとらんやつ。いろんな人がおると思うけど、お前らはライブを見に来とる。俺らはライブをやりに来とる。それで問題なかろう。

神々と肩を並べるには、たった一つのやり方しかない。神々と同じように残酷になることだ

他者同士だからさ、分かりあえなくて当然

バンドって楽しいや。ライブやれるってこんな幸せなことないよね。自分家からすげぇ離れた土地で待っててくれる人がいる。拳をあげて一緒に歌ってくれる野郎どもがいるなんて、すごいよね。もし俺たちが音楽やってなかったら 俺個人的に言えば歌を歌ってなかったら、きっと何もなかっただろうな

Half of what I say is meaningless, but I say it just to reach you.
僕の言うことの半分は意味もない。ただ君に聞いて欲しくて話しているんだ。

経験を賢く活かすならば、何事も時間の無駄にはならない

手慣れたものには飛躍がない。常に猛烈なシロウトとして、危険をおかし、直感に賭けてこそ、ひらめきが生まれるのだ

自分が興奮できないようなものではダメ

As usual, there is a great woman behind every idiot.
いつだってバカを支えているのは偉大な女性だ。

オレは糞っタレのダメ人間!お前ら、オレみたいになんなよ!…でもさ、お前らがいるからこんなオレでもここに立てた。今のオレにはもう歌うしかねぇ、だからお前ら、オレにもう少し付きあってくれ

私たちは気が付かないものが道端に隠れているという感覚にわくわくしちゃって、それを写真で記録することになるんですが…。トマソンが一番わかりやすい例です

芸術は、盗作であるか革命であるか、そのいずれかだ

常に100%満足できる作品を作るべきだと思うし、そうすることが俺らの音楽を待ってくれる人たちへの最高の礼儀だと思うんですよ。

優れた者ほど間違いは多い。それだけ新しいことを試みるからである

皆ね、知らず知らずのうちに、はじき出したビー玉持ってると思いますよ。その存在がおそらく誰にでもあると思いますよ。だから場所をとってるわけですよね、僕らはね。

私はユダヤの偉大な指導者、モーゼのように約束の土地に入れるのでしょうか?わずかに進歩しましたが、なぜこんなに遅々として骨が折れるのでしょう。芸術とは、ほんとうに聖職者のように、それに全身全霊を捧げる純粋な人々を求めるものなのでしょうか?

自分の打ったボールがどこへ飛ぼうがかまわない。スカッと飛びさえすれば、いい気持ちなんだ

調子が良くなかろうが、ノルマを達成するように進めていかなければこなしきれない

壁は自分自身だ

カニバリズムは最も明確な優しさの表現のひとつだ

この世は偶然に満ちている。だから人間は人工管理の街を造った。でも、街はいづれ老朽化し、その隙間から、追い出された偶然がまた顔をのぞかせる。カメラにはそれが美味しい

俺はいったい何がしたいんだ? なんでこんなんなってんだ? 答えはすごく簡単だ。これが自分の選んだ生きる道だからだ

時間は私たちに残された数少ない大切なものだ

悪い種子からは悪い実ができる

この国は島国だから、なかなか人間の本当の痛みは伝わってこない

フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ

世の中で生きてるうちに起こるほとんどのことは僕にとってたいしたことじゃない。それよりも1回のロックンロールコンサートの方が大きい。1枚のCDを聴くことの方がよっぽど大事件なんだ

昔の夢によりかかったり、くよくよすることは、現在を侮辱し、おのれを貧困化することにしかならない

一事を根気よく長時間続けることは困難なのである。勉とはそれに打つ勝つだけの忍耐力の養成を意味する

私は子供のときに自転車に乗ったことのない唯一の男である。描くことにしか興味がなかった

正しくない事を言ったりしてるやつが居たら自分ひとりでもちゃんと「それは違う」って言えよ。そしたら俺みたいに嫌われたりもするだろうけど、最後は正直者が笑うんだからさ

ロック・ミュージシャンになりたいなんて言ったら、親も教師も友達も、みんながみんな反対してくれたもんだった。もうそれだけで社会の落伍者みたいなもんだから。でも、それはとても幸福なことだったと、今は思える。

目の前で女殴られて引き下がれるほど大人じゃあねえんだ・・・

かつて「ロックスターは27歳で死ななきゃいけない」という手紙が送られてきて。でも私ドラッグはやらないし、自分のアドレナリンだけで絶対生き抜いてやると思ってますから。それがいかに新しいか、それを立証しなければいけないという使命感がものすごくあるんです。

今日のライブは、俺達の大親友だったアベフトシに捧げます。(2009年8月 RSRにて)

人は素敵な経験があるか無いかで、心の汚れが全然変わってくる

明日描く絵が、一番すばらしい

(それぞれの曲に色んな人物や設定を想定しているのですか)場面は変わりますが、一人称はずっと同じイメージです

面白いねぇ、実に。オレの人生は。だって道がないんだ。眼の前にはいつも、なんにもない。ただ前に向かって身心をぶつけて挑む瞬間、瞬間があるだけ

自らの果たすべき貢献は何かという問いからスタートするとき、人は自由となる。責任をもつがゆえに、自由となる

(バンド活動においての演奏技術など)スマートにできない分、ぶつかって行くしかない、気持ちで行くしかない

危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ

俺は黒にはすごく強いイメージを持っていて。例えば、何も悪いことをやっていない神父さんもいれば、元死刑囚だけど途中で神に出会って神父さんになるのでは全然違うでしょう。そういう存在に対する憧れがありますね。そういう人にしか出せない優しさみたいなものがすごく好き。逆に、潔白潔癖なものには優しくない感じがあるんですよ

意味もなく生まれてきた人は一人もいない!自分でも気付かないんだ。だから自分らしい生き方をしろ!

今日と明日と明後日のことぐらいを考えていればいいんだよ

家族同様に暮らしていくうちに、猫はしだいに家庭の中心的存在になってくる

学とはならうということで、すぐれた人物の立派な行いを習い、みずからもそれを実行していくことである

聴いてくれる君が居なきゃ、俺は歌えないんだ。自分の事を「世の中に必要無い人間」なんて思わないで下さい。現にこんなにも俺が必要としています。どうか生きてください

さよならとか別れとか、似たことしか歌わなくなってきたなあって。でも本能では、自分はそういうものを書いていくんだろうなってわかっていて

コンピューターなんて役に立たない。だって、答を出すだけなんだから

いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ

『自分の謎』で言っているような、自分への不思議な感覚というのはみんなもっているはずだけど、ほかの遊びに忙しくなって、どんどん忘れていっちゃう。でもその感覚ってどこかには残ってるんですね

誰にも何の役にも立たないではないか。絵、展覧会──それがいったい何になる

一人ひとりと7万回握手がしたいです。

Life is either a great adventure or nothing.
人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒にふるか。

郡山って水うまいの?(06年 HipShotJAPANライブ中にて)

優しくなりたいと思う人は、優しいんだと思います。

「病気になったのは罰なんだ」「人の言うことを聞かないからこういうことになるんだ」と、自分を責める気持ちから曲が生まれた。ネガティブな気持ちを書いている。

オーケストラ音楽に触れたきっかけはラジオ

俺はマコトを殺せへんかった……俺にはマコトを生かした責任があるんや。ただ命があったらええってことやない。人として生かさなアカン責任や。極道の食い物にはさせへん……!

自分にとっては結構厳しいなと思う瞬間だったり、もうめちゃめちゃ悔しい経験もしてきたから、そのときの気持ちを忘れたくない

みんなの愛にこたえてちゃんと元気になるから、全然大丈夫だよ。心配しないで待っててね

The highest result of education is tolerance.
教育の最高の成果は寛容さです。

ふつうは歳をとったとかモーロクしたとかあいつもだいぶボケたとかいうんだけどそういう言葉の代わりに「あいつもかなり老人力がついてきたな」という風に言うのである。そうすると何だか歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい

悪趣味とはクリエイティブなもので、生物学を知識で操るようなもの

もし私が犬よりも猫が好きだというのなら、それは警察猫というものがいないからである

Life is very short and there’s no time for fussing and fighting, my friends.
人生は本当に短い。空騒ぎしたり、争ったりする暇なんてないんだ。

本当に。自分は誤りのない人間だと例外化してしまうのが、いちばん恐ろしいことだなと自分を戒めます。あとは、発言や行いや考えを批判することと、人を非難することの違いを考えてます。この違いって、悩ましいんですが、結構大きいことなんじゃないかと思っていて。

自分の感情を音楽を通じて人々の前に発表してみたいという心がなければ、作曲しないほうがいい

砂漠では、教養など何の役にも立たない。生きる技術を持っているかどうかが生き残れるかどうかを分ける。厳しいビジネスの世界も同じである

ただ大人たちにほめられるようなバカにはなりたくない

希望を捨てない方がいい。俺はサイコーなんだって信じるんだ。既成の概念なんか疑ってかかった方がいい。なんでなんだ?っていつも子供みたいに感じていたいぜ

周囲からの反対やら妨害やら軋轢やらがあるからこそ、自分が本当は何をやりたいのか、何になりたいのか輪郭がはっきりしてきて、よし、オレの気持ちはホンモノだっていう確信が固まっていく……そういうものなんじゃないのか?

芸術が愛らしいものであってなぜいけないんだ?世の中は不愉快なことだらけじゃないか

「志」のない知恵は、翼のない鳥に等しい

運命は人がその糸をもつれさせるのを好まない

私は自分がやりたいことをやっているだけ

確信を持つこと、いや確信を持っているかのように行動しなさい。そうすれば次第に本物の確信が生まれてくる

一人立てる時に強き者は、真正の勇者なり

(印象派について)彼らはもっぱらその装飾の結果のために、真実を妨害するように、自由なしで、色を使っています。彼らは目だけで物を見て、神秘的な思念を基にしていません。彼らは単に明日の公式画家です

私は今、生きようと努めている。というよりも、どのように生きるかを、私の中の死に教えようとしている

冒険こそが、わたしの存在理由である

美はあらゆるところにある。我々の眼がそれを認めえないだけだ

お前らも絶対辛い時期があって、楽になりたいって思うときがあると思う。そういうのにあったときってさ、すーげぇいい人になっちゃうんだよ。もう傷つきたくないって思って、周りから愛されるようないい人に…でもそれって罠だから! いつまでも、何かに対抗する牙は捨てちゃなんねぇ

最後は直感なのだ

たぶん不安とかっていう感情は、こう、戦う覚悟を決めないで中途半端な気持ちでその先に進もうとするから生まれるものだと思うんだ。どーせ逃げもしねぇくせに戦う覚悟をきめないから。だから、おまえら、覚悟決めろよ

自分の声に何かがあって、歌えなくなったとしても、作詞は続ける。

人間にとって成長ないし発展とは、何に対して貢献すべきかを自らが決定できるようになることである

手加減はしねぇ、死にてぇ奴だけかかってこい!!!

芸術家とは、不滅の存在である。刑務所や強制収容所に入れられていても、芸術の世界に身を沈めていれば、私は全能でいられる。たとえ、ほこりまみれの牢屋で濡れた舌を使って絵を描かねばならぬとしても

あせってはなかったね。いつでも出来るし、やり始めたら一瞬だって思ったから

僕はいろいろなとこでいろいろな人に聞かれるんだよ。『楽しけりゃいいのか?』って。いいんだよ。そのかわり,楽じゃないんだよって。漢字で書いたら同じじゃんって。

生活と人生は違う。質素な生活、豊かな人生。

そや桐生チャン…龍司とかいう奴に負けたら承知せぇへんで。俺との勝負も残っとるんやからなぁ。

ドレミファソラシドの中で泳ぎたかった。空白の中にリズムを置いていきたかった。音符のない空白の中にこそリズムを感じたかった。
