


近代的になるなんて努力しなくていい。悲惨なことになにをやろうと、唯一避けられないのがことがそれだから

人は素敵な経験があるかないかで、心の汚れとか全然変わってくる

私はドラッグをしない。私自身がドラッグだ

若い内から理論でがんじがらめになってのたうち回る癖をつけろ

どの曲も全力でやって一番いいと思えるものを出している

何かを成し遂げるためには、そのことをしか考えられないという“狂い”が必要となる

楽曲は成り行きだけど、僕とマーシーは20数年間、その成り行きの『成り行かせ方』をやってきた。スタジオに入った瞬間に、僕とマーシーの空気はあるんだと思う。今は4人でうまーい成り行かせ方をしてんじゃない?そんな気がする

多くの人が80代まで生きれないのは、彼らが長期に渡って40代で止まろうと努力するからだ

死を怖れない者に何を怖れろというのだ

ほうきとか持ってエアギターとかしたりするわけじゃん、憧れて。それの延長なんだよ

私は憧れの人になれないけど、私は私になれたし、よかった

今どきレコード評なんか読んでる奴はいやしないさ。評論家が書いてることなんて、もう誰も相手にしないぜ

全部は混沌としてるから面白い

苦労して獲得した金メダルをおじさんに齧られるのって、自分ごととして想像し直すとあれかな、メインのレスポールSPのヘッドを齧られるみたいな感じかな…。正気でいられる自信ないな、俺。

計画とは未来に関する現在の決定である

出会えた喜びはいつも一瞬なのにどうして別れの悲しみは永遠なの

バンドって楽しいや。ライブやれるってこんな幸せなことないよね。自分家からすげぇ離れた土地で待っててくれる人がいる。拳をあげて一緒に歌ってくれる野郎どもがいるなんて、すごいよね。もし俺たちが音楽やってなかったら 俺個人的に言えば歌を歌ってなかったら、きっと何もなかっただろうな

芸術において不道徳は存在しない。芸術はつねに神聖である

色々不安だろ?なあ、イライラするしなあ。それなあ、大人になっても不安だし、50過ぎてもイライラするから、そのまんまでいいんじゃないすか。物事解決するよりも、イライラしたまんまさあ、ロック聴きゃあいいじゃん。うん。

同じことばっかりやるのはつまらない。だから私はいつも自分が良いと思うことを自由にやっています。

あなたのインスピレーションやイマジネーションを抑えてはならない。模範の奴隷になるな

なんで嫌な時に笑ってんだよ。なんで悲しいのに笑ってんだよ。泣きたい時は泣いて、笑うときにバカみたいに笑えよ

冒険こそが、わたしの存在理由である

いかなる革命も、3日目から堕落が始まる

たかだか三分ほどの曲でもそうですし、五十分のアルバムでも、九十分のステージでも同じです。「たった今こういう気分の女の子のために」と用意します。そうそう思い浮かべるのは決まって女性です。男性に対してはおよそ腹立たしさしかない。それは女性を瞬間的にブスにするのが必ず男性だからでしょうね。

自然に生き、自分の気持ちをほんとうに伸ばしてゆこうとすれば、まず、いたるところで残酷に、壁に突きあたる

情欲に流されるのはいい。だけど、流されているという自覚を持つんだ

何にもやってなかったなあって気持ちになる時もよくあるよ

組織のマネジメントとは、凄い人材を入れることや改新的なサービスを導入する事のように思われているが、一番重要なのは、今ある人材と資産で何ができるかを考えることである

何びとも信用しない者は、己れ自身が信用されていないことを知っている

自分の声は好きじゃなかったです。凄い低いし。でも音楽やりはじめてからは気に入ってる

ゆっくり急げ。美よりも速く走れ

絶対に言えるのは、時間が経つとワインと同じで良くなるんです。少々の時間じゃだめだけどね、100年後とかね。何でもない写真でも100年経ったらすごく良く感じるんですよ

自分の感情を音楽を通じて人々の前に発表してみたいという心がなければ、作曲しないほうがいい

夏は嫌いなんだけど、夏の土の臭いが凄い好き

アバウトは健康にいい

俺は、『ひとりじゃ生きていけねぇ』っていう弱々しい感覚を、本当に強く言える男だから。

出会わなければ良かった出会いなんてきっとない…ないよ。

他人を模写するのは必要なことである。しかし、自分を模写するのは哀れなものだ

昔、俺はずっとシャイだったが、世の中が超シャイになってしまった現代ではとても図々しいロック・スター・オヤジに見えるらしい。

惚れたはれたの世界じゃなくて、もっと性別を超越したもの、生命を見つめるようなものーそういう温度にまで、お客さんの器を大きく広げてさしあげることができたらいいと思ったんですよね

学とはならうということで、すぐれた人物の立派な行いを習い、みずからもそれを実行していくことである

考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく

路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね

太陽のように生きて、太陽のように死にたい

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

「私は大衆の中の一人であって大して変わりはない」っていう風に思いたいから。絶対に私は普通のことを言ってて、誰しもが思ったことのあるることを言ってるはずで。

人間にとって成長ないし発展とは、何に対して貢献すべきかを自らが決定できるようになることである

たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ

7年後のことより、7秒後の話をしよう。

人は見た目で判断する、そんなもんだ

あなたの家庭はあなたの避難所だ。ただ、そこに閉じこもってはいけない

(曲を)作ること自体が究極のセラピー

やるからにはナンバーワンを目指したい

ヘルマン・ヘッセも書いている。ユーモアが大切なんだ。ユーモアのわからない人間が戦争を始めるんだってね。

どうしてなんだ?どうして俺が来るとこうなるんだ?どうして誰かが、犠牲にならなきゃならないんだ……? なんでだ?なんでなんだ……!

アーティストの生き方を曲に乗せて、憧れていただく。あたしは全然そういうのやってないんだけど、語られる時にすごく良くないもののように、見世物のように言われますが、実際にはその時お客さんが欲してらっしゃる、期待してきたものであり、それを超えるものでなければいけないと思ってます。こちらの生活、暮らしとか気分とか、そういったものは一切知られてはいけない。それが芸。

男性のお客さんでライブにいらしている方というのは、何かしらの誤解が生じているんじゃないかなって(笑)

自分が何をやりたいか、何を伝えたいかが分かっていたら、技術は後からついてくる

僕と貴方達との距離は はたして何キロぐらいだ

正しくない事を言ったりしてるやつが居たら自分ひとりでもちゃんと「それは違う」って言えよ。そしたら俺みたいに嫌われたりもするだろうけど、最後は正直者が笑うんだからさ

上手にするってことなんか必要じゃなくて、熱くなればいいんだよね。

頭のおかしい人と私の唯一の違いは私は頭がおかしくないということ

他人を、誰かを愛するという行為は、全ての可能性の始まりだと思っている。

私は何も発明したりしない。ただ、再発見するだけだ

女は変幻自在。それを面白がるしかないでしょ。もっと小気味よく生きる女性が増えたらいいなって、ずっと思っていました

生命の一分が過ぎていく!それを在るがままに描き、それをなすためにはあらゆるものを忘れよ!そのものになりきれ・・実際に見るもののイメージを与えよ

Before Elvis, there was nothing.
すべての始まりは、エルヴィスだった。

自分の個性に 自信を持てよ。そうすりゃあ自分好きになれる。姿形よりも 自分って人間を。磨いて輝る 美しさを

お前らの人生がライブハウスみたいだったらいいなぁ。おされたり、ぶつかり合ったり、倒れちゃったりして、でも自分の力で立ち上がったり、時には周りの人に助けられたりしながら起き上がって、次の瞬間にはものっすごい笑顔で前を向いてる。お前らの人生がそんなだったらいいなぁ

君がもしも君の音楽を信じていて、自分の作り出す音をみんなに聴いて裕しいと思うなら、それを続けるべきだ。誰に何と言われようと最高の音楽なんだろ?

会いたいって言った方が負けみたいなとこある気がする。男女

そりゃバイク乗るのも楽しいし、映画も好きだし。でも、桁外れなんだよ。富士山と石ころくらいの違いなんだよ。ロックンロールやってるときの楽しさは、桁外れなんだ。好きなものを見つけるってそういうこと。

大好きなものと付き合っていくことだよ

人間生きてりゃ、終わりなんて無い。いつだってやり直せるんだ。

好きなことだったらめんどくさくていいじゃない!

Work is life, you know, and without it, there’s nothing but fear and insecurity.
働くということは元気のもとだ。仕事がなければ恐れと不安があるだけだよ。

手には、物を掴む手と放す手がある

「最初はグー」ってなんであるんだろう。

曲のコンセプトを考えるとき、これはやはり論理が主

生涯、創造者でありたい

選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる

火の国熊本、暑さにゃかなわねぇ!!(熊本ライブにて)

眼前のものに深く入ること。そしてできうる限り論理的な自己表現を、忍耐強く行うことです

建造物を新しく建てるとき、その外壁に現地の砂を混ぜるように、作詞段階で現地の砂を混ぜて仕上げるというのが、ずっと変わらない自分のやり方です。

人は、若くても年をとっても、絶えず成長したり変化したりしていますよね。固定したものはないんですね。だから、今、面白くないものは、あえて見ることもないなっていう気もします

近道は何度も出来たんだけど、後ろを振り返ったときに後ろがないと不安でしょうがない

俺にとって音楽って魔物でしかなくて、常に。ごほうびなんて与えてくれないんですよ、基本的に。とにかく捧げものをひたすた貢いで貢いで貢いで貢いで、で、ちょっとおこぼれをいただくような真っ黒い、闇みたいな存在だった

(20代の時にやっておいた方がいいことはありますか?という質問に対し)簡単だよ、やりたいこと。

新潟…新しい『潟』…。『潟』ってどういう意味だーっ?! (新潟ライブにて)

人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう

私は芸術でも何でも、全部がエロビデオみたいに受け止めてもらえればいいって思ってるんです。グッとくるか来ないかっていう、ただそれだけ

私は捜し求めない。見出すのだ

詩人にとって最大の悲劇は、誤解によって賞嘆されることだ

『うわ、眩しい。すっげぇ眩しいんだけどさ、消えてくんない?』と思うくらい眩しいのが夢だと思うし、『いや、あれを見てないと俺の生きてる意味がないとか、存在自体が怪しくなってくる。だから俺は目がつぶれてもいいから、あれを見るぞ』っつうのが、夢を見てる人だと思うし、夢を見てる人ってそんぐらいかっこいい人だと思うし、そんぐらい覚悟してる人だと思うし、そんぐらいリスクを背負ってる人だと思う。

僕は自慢ができることが1つあるの。それは自分の中学生時代に、リアルにパンクを体験したってこと。

みんな同じなんだよ。大人も子供も、上も下もなくて、ただ同じ地面の上にみんな立ってるだけで。そういうことが、28になってわかった気がする。だから、みんなも長生きしてさ、精一杯生きてください。

俺は本当はもっとすごいんだけど、というのがどっかにある
