(初めて買ったCDは?)中学生の時に買った久保田利伸さんのアルバム
ブルースって、どうしてブルースっていうか、知ってる?それはブルースが悲しいから…(02年RSR)
Zepp Tokyoには幾つか強烈な印象が残っているライブがあって。以前、声が出なくて点滴を打ってステージに立ったこともあったんですよ。あのライブも良かったんだよな
運が悪かったんだよ、お前らは
それは夢のまた夢、夢の中の夢の中の夢の中のそのまた夢の中の、夢の夢さ。でも、夢はあきらめない方がいいぜ
僕は僕の偏見でうたをうたっとる。うたっとるやつは下品じゃがうたの内容は最高じゃ
私にとってはテレビは想像できるものしか映らない画面の一種でしかない
愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない
あなたの日常は唄になるんです。
(ゲーム音楽は)何回聴いても飽きない曲でないといけない
いったい何を見て来たんだい? その若さでミイラか? 可能性はどこにあるんだ? それは君の目で見て耳で聞いたものの中にしかないはずだ。
ゲームも人生も、逃げたら経験値は上がりません
自分の中にどうしても譲れないものがある。それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ぶち壊してしまえ!
たいていの経営者は、その時間の大半を過ぎ去った「きのう」の諸問題に費やしている
「人生楽しいことばかりじゃねぇ。厳しいんだよ現実は」ってお前らとか俺の周りにも余計なこと言う奴らがいるけど、お前らがこんな風に笑ってそれ見て俺らも楽しくて笑って、そんな俺ら見てお前らも楽しくてまた笑うじゃん。バカみたいだけどそれでいぃと思うんだ。俺はそんなお前らが大好き
急成長会社では無能な者が要職にいる。会社の成長についていけなかった人々である
毎日必ずギターには触っていますし、ずっと続けていきたいのは音楽です
「最近バンドの調子がいいですね。」とか会ったこともない奴に言われる機会が増えました。そういう奴らには、これからも「おめー誰だよ!!??」ってやっていくんで、皆さんよろしくお願いします
落ち込むのと失望は違うんよ。 だって、落ち込んでても夢や愛は信じとるもん。
全力を注がなければ、単に約束と希望があるだけで、計画はない
会計学者や経営者は「純利益」という言葉を使うが、企業経営ではそんな言葉を使ってはいけない。「フューチャー・コスト(未来費用)」と呼ぶべきだ。企業というのは、リスクを負うために失敗することもある、そのときのために未来のコストを留保してあるのであって、利益の蓄積ではないのだ
ただ大人たちにほめられるようなバカにはなりたくない
お前がワンマンだー!(売れる前、新潟でのライブで客が一人しかいなかった時のこと。その客に向かって)
私が独りでいることは決してない。いつだってサルバドール・ダリといるのが習慣なんだ。信じておくれよ、それは永遠のパーティーってことなんだ
今、俺の考えるライブは祭りだから、日本各地でみんなと祭りをやるという感覚が楽しみでしょうがない。小難しいことを考えず、嫌なことも全部置いてくればいいと思うんだ。きっと楽しめるはずだから
久しぶりー、前橋!……ごめん間違えた宇都宮!(栃木ライブにて)
芸術家にとって、自然の中に醜いものなど決して存在しない
青春小説、青春映画っていうのがあるんだから、青春音楽っていうのもあっていいんだ
自分じゃない自分を出すのが怖い
自分の声は好きじゃなかったです。凄い低いし。でも音楽やりはじめてからは気に入ってる
俺は「頑張らなきゃダメだ」と唄った事はないし、「這い上がって来い」と唄った事もない。 でも、歩み寄って来てくれたなら最高の味方になるし、ほっといても邪魔にはならないし、そういう音楽だと思いますね。
俺らはハリウッドスターほど会えない人達ではない。現に俺らは曲で君達のそばにいるから
まっさらな目をもて!そして目的を捨てろ!
オリンピックってどこが優勝したか知ってる?(長野オリンピック後の長野ライブにて)
真摯さはごまかせない
We were a savage little lot, Liverpool kids, not pacifist or vegetarian or anything. But I feel I’ve gone beyond that, and that it was immature to be so prejudiced and believe in all the stereotypes.
俺たちは、リバプールの子供たちで、非暴力主義者でも菜食主義者でも何でもなかった。しかし、俺はそれを超えてきたと感じていて、偏見を持ち、全てのステレオタイプを信じることは未熟だったと思う。
心ある 繊細すぎる魂を持つ人たちが一瞬でも「もうこの世に生きる意味はない」と感じることのない社会を 空気をみんなで作っていきたい。
学とはならうということで、すぐれた人物の立派な行いを習い、みずからもそれを実行していくことである
やっぱりその時(写真を撮った時)に「良い」と気が付くのは感覚というか、その時の感受性ですからね。それがないとゴミはゴミのままなんですね。実際にゴミだったのかも知れないし、わからないですよね。写真は固定されたものではないっていうのを実感しますね
俺は強いヤツが好きや!俺に命令出来んのは強いヤツだけや!俺を東城会に戻したかったら俺に勝ってから命令せぇや。
音楽ってゆうのは、なんだろ。何回聴いても毎回ちがうふうに聴こえてくる
死ぬと分かってて戦うのが一人前の男って訳じゃない。男なら命を張る場面はきっと来る。お前にその時が来たら、思いきりやればいい。
昨日を守ること、すなわちイノベーションを行わないことのほうが明日をつくることよりも大きなリスクを伴う
全てのものは限られた量しかない。特に幸福は
基本的に完成は信用しない
人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはびこる病気だ
友人の中にも損友と益友がある。益友とは自分の欠点を遠慮なく告げてくれる友のことである。益友の印象は悪い。時には自分の感情を害する言行もあるが、大切にしなければならない。益友の言葉により自分を正しい道に導き、欠点に気付き、矯正するのがよい
信念のためには、たとえ敗れると分かっていても、おのれを貫くそういう精神の高貴さがなくて、何が人間ぞと僕は言いたいんだ
雨が降るのは聞こえるが、雪が降るのは聞こえない。軽い悩みは大声で叫ぶが、大いなる苦悩は沈黙する
ブルースを忘れない方がいい。いろいろな名前の音楽が流行するけれど基本はすべてブルースなのだ
創造力で大きな仕事をしていく人たちは予定調和を嫌う
私が生きているのは国王のため、スペインのため、カタロニアのためだ。天才は決して死なない。人類の進化は我々の手中にある。国王、万歳!スペイン、万歳!カタロニア万歳!
生きる日のよろこび、悲しみ。一日一日が新しい彩りをもって息づいている
いつからこの国はこんなにもセコイ人間の集まりになってしまったんだ。
幹部の仕事と知識とは、あまり関係はない
親からもらった立派な体、というけど、じつは親からもらっているのは運の方かもしれない。運が脊髄のように芯としてあって、人間の人生というのはその運命の芯の回りにまつわる蛋白質、あるいは脂肪質、悪くいうと贅肉みたいなものなのだろうか
例えを言って、それが即、通じるというのは、お互いに共通するものをもっているということ
もしも明日の朝が来なければ、俺は最高傑作をいくらでも作ることができただろう。
愛の光なき人生は無意味である
なんか最近いろんなことが理屈っぽくなってるじゃない。でも人をふさぎ込ませるものなんてそんなになくていいんだよ。悲しいことは世の中にいっぱいあるんだから。
評価されるなんて一切必要なし!音が好きならば、音になっていないといわれようと「音」を出す。これが前提だな
私が死んだら、まるで船が遭難するようなものだな。大きな船が沈むと、その近くにいる人はみな、渦に巻き込まれてしまうんだ
絶対に言えるのは、時間が経つとワインと同じで良くなるんです。少々の時間じゃだめだけどね、100年後とかね。何でもない写真でも100年経ったらすごく良く感じるんですよ
音楽って難しいけど楽しいな。昨日今日でやってこと、明日全部やり直し。でも、そういうの嫌じゃない。多分、必要なプロセス。
イメージの共有がしたいだけなんだ。言葉の共有じゃなくてどこかもやもやっとしたイメージをひねりだして曲にする。そのもやもやを共有したいだけなんだ。それで「生きてやるぜ!」って思ってもらえれば、「生きるっていいな」と思ってくれればそれでいいです。
どうにもならないことなんて、どうにでもなっていいこと。
後回しにできないあせりみたいなものが非常にあって。ボヤボヤしてられないんだよ、休んでる場合じゃないんだよ
感動することこそが、人類の最も贅沢なこと
苦痛は短く、喜びは永遠である
流行なんて、文字どおり流れていく
僕と貴方達との距離は はたして何キロぐらいだ
明日描く絵が、一番すばらしい
夢を夢と呼ぶうちは、それは叶わない。
一人立てる時に強き者は、真正の勇者なり
僕らはユーモアがないものはどうしても楽しめないんだ。何があってもどこかにユーモアがないと堅苦しくて、そこの場所に居づらくなる
The highest result of education is tolerance.
教育の最高の成果は寛容さです。