大金を持った貧しい人のように暮らしたい
ドレミファソラシドの中で泳ぎたかった。空白の中にリズムを置いていきたかった。音符のない空白の中にこそリズムを感じたかった。
明日は必ず来る。そして、明日は今日とは違う
多少体調が悪くても、気分が優れなくてもベースは崩さないように努める
現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ
俺らがなんでロックやってっかというと、ロックはさ、汚ねぇ言葉とかすっげぇ使ってるよ。それが受け入れれない奴は、まだロックなんて必要ねぇんだよ。でも、絶対なんか壁にぶちあたった時、ロックを聞くとさ、こんな汚ねぇこと考えてるの俺だけじゃねぇんだって思えるからさ。だから、俺らはおまえらのためだけにロックをやるよ
子どものころから、四角形に対する漠然とした疑問はありましたね
これまでの実績など捨てなさい。自分の強みを過信した者は生き残れません
もし、黄色と橙色がなければ青色もない
何だって自分次第なんだわ。んなもん、当たり前だよな。お前がクソなら、世の中はクソだよ。
若くなるには時間がかかる
家族同様に暮らしていくうちに、猫はしだいに家庭の中心的存在になってくる
少なくとも自然は、生命を更新するためにのみ死を役立てます
……別に、誰かのために尽くすってことは悪いことやないで?互いが互いのことを思いやり、惜しむことなく尽くしあえる関係が、一番ええ関係ってやつなんやないか?
希望と失望は同じものですよね? 心が優しい人ほど毎日泣いていて幸せな時間ほど早く過ぎて、失望したことがない人は希望の意味を知らないし。同じものなんですよね。だから、俺はひたすら希望を綴っているだけなんです
絶対に誰かと肩がぶつかる。でも『ごめんね』って言うしかないんです。『ごめんね、でも俺も生きてるし、お前も生きてるからさぁ』って。『お互い痛いわけだしさぁ』っていうね。そういうのをお互いが感じるんだと思います。そういう肩がぶつかったその痛みすら、俺は愛しいと思えるんです。確実に自分も存在してるし、その人も存在してるから。肩がぶつかるよりも、抱き合えたら1番嬉しいんですけど。
絶対に言えるのは、時間が経つとワインと同じで良くなるんです。少々の時間じゃだめだけどね、100年後とかね。何でもない写真でも100年経ったらすごく良く感じるんですよ
こんなに色んな人が関わりあうのは、俺、音楽しかねぇと思うんだ。てか、音楽しかしらねぇ
芸術家とは、不滅の存在である。刑務所や強制収容所に入れられていても、芸術の世界に身を沈めていれば、私は全能でいられる。たとえ、ほこりまみれの牢屋で濡れた舌を使って絵を描かねばならぬとしても
自分にとっていちばん面白いのは、思いもしないものに出会うことだ。自分の思いを超えたものにめぐり合うことである。何故それが面白いかといえば、そのことで自分が広がっていく快感があるからである
無能を並みの水準にするには一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする
大好きなものと付き合っていくことだよ
モノを作るというのは、そういう多様な面を併せ持った自分を総動員させながらも、本人が意識しているものを剥ぎ取ったところに妙味が出るものなのではないだろうか
死を忌まわしいものと考えて、遠ざけたがる。死の匂いのするものを隔離して暮らしていく。そうやって管理するのは便利だろうし、すごく現代的だと思うけど、私はちっともいいと思っていなくて。
石狩は、日本のサンフランシスコだー!(第一回RSRにて)
癌もロックンロールだ。
ありとあらゆる感覚を総動員させ、自分を限界まで追い込んでいく
私はあるがままの自分を受け入れてくれることだけを望む
急にひとりぼっちにされちゃった気持ちになったんですよね。共犯者はいっぱいいるのに、私だけが訴訟を起こされてるような。
人間さ、もちろん嫌いな人とか誰だっていると思うの。でも1個は絶対いいとこあるんだよ。例え100個嫌いなとこあっても、1個いいとこあればその人と友達になれると思うんだ。だから俺も桑とこうやってるんだよね笑。
僕の部屋は僕を守るけど、僕をひとりぼっちにする
帰ってきたぜ!もうどこにも行かないぜ!(アベ加入後、初のライブにて)
音楽、アート、読書、スポーツ、アニメ、ゲーム、etc.好きなものはいくつあったって怒られないのがいいところ。笑。
何を生命と呼ぶか。あらゆる意味から君を激動させるもの、君を突き貫くもののことである
組織は常に進化していなくてはならない
我々が行動可能なのは現在であり、また未来のみである
最も美しい主題は君たちの前にある。なぜといえばそれらのものこそ君たちが一番よく知っているからである
もし仕事というものが、人間にとって生きることのあがないではなく、生きることの目的であったら、人間はどんなに幸福だろう
アイディアは出発点以上のものではない。固まったらその先かたちを決めるのは思考だ
手を伸ばせば掴んでやるよ。掴んだら離さねぇぞって自信はある
新潟…新しい『潟』…。『潟』ってどういう意味だーっ?! (新潟ライブにて)
事業を行うときは、次の4つの条件を満たしておかなければならない。まず経営環境、使命、強みが現実と一致していること。そして、それらの条件が互いに合致していること。そして、周知徹底されなければならない。さらに、たえず検証されなければならない
同じことばっかりやるのはつまらない。だから私はいつも自分が良いと思うことを自由にやっています。
思い出すのは、あんまよくないよ
で、みんなが「そうやるべき」だなんてことは全然ない。好きにすればいい。俺はどうするかは、俺が決める。それが売れるとか売れないとか、そういうことじゃなくて、自分が恥ずかしいと思わないように、書き続けるだけ。毎回、たったひとりの場所からそれをやる。
組織の活動というのは、「いかに世の中に貢献していくか」という一点に集約される
嫌われることは愛されることより難しい
愛をうまく告白しようとか、自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、構える必要はない。きみの体全体が愛の告白なのだ
私はいつも自分のできないことをしている。そうすればそのやり方を学べるからだ
そりゃあもちろん世の中のいろんな出来事を知らないわけじゃないけど、俺たちがやりたいのは楽しくバンドをやりたいということだけ…それを手段として何か目的を達成したいと思ったことはないんで。それでも二次的なものとしてみんなの明日の朝メシがうまくなるんだったら、それより最高なことはないですよ
今が楽しいかどうかは自分が今を楽しんでいるかにかかっていること 目の前にある大事な事 見失うほど未来に目をやってしまうのはとても愚かな事
悪い種子からは悪い実ができる
勘違いするな。俺とお前は違う。 お前の極道は死に様。俺の極道は――生き様だ。 同じ道でも、死に向かって戦うのと、生きるために戦うのは違うということだ。いずれ分かる。
若さと年齢は無関係
自分が歌っていて気持ちよかったり、いい歌詞が書けたかも知れないなって思う瞬間を大事にしたい。
選んだ道のその先よりも、選ばなかった道の運命を考えることの方が多い
人生、回り道も大事やからな。いっつも最短ルート歩いててもしゃあない。
星なんて見えなくたって心の中にありゃぁいいし、なきゃ唄えばいいし、唄えないまま死んだって全然OKだし、だからお前なんか大嫌いだけど大好きなんです。
常に恥とは何かを知り、人に負けない様に強い気を持ち、どんなときでも権力に盲従してはならない
人間は毅然として、現実の運命に耐えていくべきだ
喜びは成果の中になければならない。石臼に向かいながらも丘の上を見なければならない
自分の強さを実感している人は、謙虚になる
効率とは物事を正しく行うことで、有効性とは正しいことを行うことである
赤がなければ、青を使います
正義の尺度は声の多数ではない
わたしは立ち止まりはしない
芸術は醜いものを生み出すが、しばしばそれは時とともに美しくなる。一方、流行は美しいものを生み出すが、それは常に時とともに醜くなる
Half of what I say is meaningless, but I say it just to reach you.
僕の言うことの半分は意味もない。ただ君に聞いて欲しくて話しているんだ。
わがままさっていうのはさ、必要なんじゃねえかなあ
何にもやってなかったなあって気持ちになる時もよくあるよ
広島も付き合い長いな。しかし、付き合い長いとなんか感情が湧いてくるよな。こういうの、何ていうんだ?……憎しみ? (広島ライブにて)
どんな偉い奴が来ても君は君の夢を主張できるかい? 俺は主張できるよ
人は、若くても年をとっても、絶えず成長したり変化したりしていますよね。固定したものはないんですね。だから、今、面白くないものは、あえて見ることもないなっていう気もします
恥ずかしくない生き方はしたくないもんね。だから恥をかくんだよ
NUTOPIA has no land, no boundaries, no passports, only people.
ヌートピアには、国土も国境もパスポートも持たない。人々だけだ。
大小様々な仮想敵を作って「XXXXよりこっちが良い!」みたいに比較するのではなくて、「楽しい!」とか「ヤベー!」とか、言葉にできない魅力とか、そういうことをシェアしたいなって思う。
このまま行けと、僕の中の僕が命じるんだ
素晴らしくマネジメントされた組織というものは、日常はむしろ退屈な組織である
What we have once enjoyed we can never lose. All that we love deeply becomes a part of us.
私たちが一度楽しんだものは、決して失うことはありません。私たちが深く愛するすべては、私たちの一部となります。