


自らの果たすべき貢献は何かという問いからスタートするとき、人は自由となる。責任をもつがゆえに、自由となる

やっぱ俺は唄を選んだ人間なんだなって思ったんだよ。どんどん喋るのが下手になってって、どんどん唄うのが好きになってって、これは唄えって事だ。

世界中のヤツらに嫌われてても、たった一人にでも愛されていたなら、そいつはすくわれる。たくさんの不幸せの中に一つでも幸せがあるなら、そいつは幸せなんだよ

椎名林檎っていう名義は辞めますよ。もう無理。本名のあたしであることを誰も守ってくれないんだよ?でも、そんなの当たり前じゃないですか、一個の大人だから。「自分で守んなきゃいけないんだから、辞めたっていいだろ!」とか思って

ほんの一秒でもいいから、俺が俺として機能したい。 全ての時間がその一秒の為に無駄になっても構わない。

歴史上いかなる国においても、企業とくに大企業は株主のためにのみマネジメントすべきであるという主張はもちろん、主として株主のためにマネジメントすべきであるという主張さえ、主流になったことはない

Zepp Tokyoには幾つか強烈な印象が残っているライブがあって。以前、声が出なくて点滴を打ってステージに立ったこともあったんですよ。あのライブも良かったんだよな

俺にとって音楽って魔物でしかなくて、常に。ごほうびなんて与えてくれないんですよ、基本的に。とにかく捧げものをひたすた貢いで貢いで貢いで貢いで、で、ちょっとおこぼれをいただくような真っ黒い、闇みたいな存在だった

(渋谷の路上で歌っていた時)最初は誰ももちろん集まらないですし、私が歌ってるのに目の前でカップルがめちゃめちゃチューし始めたりしたのも、めちゃムカつきましたし、結構忘れられない。東京の路上はキツかったですね

仕事は点ではなく線だ

あと二曲なんだよ。「え~!?」って気持ちも分かるぜ?その気持ちも分かるが、でもあと二曲を精一杯唄うからさ、お前等も精一杯楽しめ。また絶対来るからさ。な?

大人になると人生がつまんなくなっちゃうって思ってる方が、若者の中にもすごく多いと思うんですけど、そんなことはないです。

だって朝から晩までいろんな音楽聴いてるわけで。バップのジャズや20年代のブルースからソウル、レゲエ、フォーク、アイリッシュ。クラシックはめったに聴かないけど聴くときもある。そのすべてから影響受けるけど、僕はそういうのを聴く人で、その僕がやってるバンドがこれだっていうだけ。

私は自分がやりたいことをやっているだけ

人間は精神が拡がる時と、閉じこもる時が必ずある。強烈に閉じこもりがちな人ほど逆に広がる時がくる

今度会うときも、今持ってるもの失わないでほしい。今のまんまで

We’re not disinterested in politics. It’s just that politicians are disinteresting.
僕らは政治に無関心なわけじゃない。ただ政治家がつまらないだけだよ。

芸術において不道徳は存在しない。芸術はつねに神聖である

人って、炎とか波とか、長い時間見てても飽きないらしい。同じ形になることがないから、って。変化し続けるものって儚い

イメージの共有がしたいだけなんだ。言葉の共有じゃなくてどこかもやもやっとしたイメージをひねりだして曲にする。そのもやもやを共有したいだけなんだ。それで「生きてやるぜ!」って思ってもらえれば、「生きるっていいな」と思ってくれればそれでいいです。

アァン?…お前、ベッピンさんやないかい。どや、俺の女にならんかぁ?どやねん? えぇ〜?

闇鍋みたいなもんですよ、人生。何入ってるかわかんないけどどれかつまんで食べるしかないみたいな

誰のために創るんだろう。考えたことあるか。自分のために?そんなの甘っちょろいよ。植木づくりでもやるんならそれでいいんだ。金のために?だったら創るより早いやり方がいくらでもあるだろう

100の好きを見つけても1の嫌いに心を裂かれたりもするし、言葉や感情は、削れば削るほど尖っていったり伝わりやすくなったり。自由自在の怖さ!

個人としての嗜好が投影された「普通にそのままのもの」っていうのがあるべきだと、私は思ってしまう

ドローンが敷かれて、そこに何かが乗っていくスタイルって本当に、自分でも作るけど畑が焼き尽くされているっていうか、「ああまたこれか」って感じあるんですよね。自分で作ると自分の趣味に沿うから楽しく聴けるけど。それでいいとも言えるし、よくないとも言える。

絶対に誰かと肩がぶつかる。でも『ごめんね』って言うしかないんです。『ごめんね、でも俺も生きてるし、お前も生きてるからさぁ』って。『お互い痛いわけだしさぁ』っていうね。そういうのをお互いが感じるんだと思います。そういう肩がぶつかったその痛みすら、俺は愛しいと思えるんです。確実に自分も存在してるし、その人も存在してるから。肩がぶつかるよりも、抱き合えたら1番嬉しいんですけど。

とにかく俺は本気で、音楽で少しでもこの世界をよくできると信じてる。いつ終わるかわからない自分の人生を、その目的のために捧げたいといつからか思うようになりました。だから、休んでる暇なんかない

この曲はもう一回は出来ねぇんだ申し訳ねぇ…出来ねぇなぁ。だけど俺たちとお前らで出来ないことが、出来なかったことがあってもいいじゃん。次はうまくやろうぜ

お前らが死んでも音楽は何万年も続いていくんだよ

少しくらい年を重ねたからってわかったような顔をしてもらいたくないんだ。俺は同世代のオヤジどもにそれが言いたい。

「久しぶりィ、四つの国ィ」「サロンでキティだぜ!」(松山サロンキティライブにて)

常に悲しみを要求する人生に対して、僕らにできる最上のことは、小さな不幸を滑稽だと思い、また大きな悲しみをも笑い飛ばすことだ

神なんて全くその辺の芸術家と変わらない。キリン作ってゾウ作ってネコだろう。様式もへたくれもありゃしない。前と違うもの延々と作り続けてるだけ

とどのつまり歴史とは何か?歴史とは伝説と化した事実であり、伝説とは歴史と化したウソである

芸術は醜いものを生み出すが、しばしばそれは時とともに美しくなる。一方、流行は美しいものを生み出すが、それは常に時とともに醜くなる

悲しいことも苦しいことも、全てを楽しみに変えていけるのが人間の力だよ

術は日々の生活の埃(ほこり)を、魂から洗い流してくれる

いかなる世界が広がっていても、望んだ世界だと頷きたい。

(曲を)作ること自体が究極のセラピー

音楽にはいろんな力がある

カニバリズムは最も明確な優しさの表現のひとつだ

幸福には翼がある。つないでおくことは難しい

毎日やりたいことを精一杯やるっていうことが、すべてにおいて最善策

自然は至上の建築物である。自然の一切は最も美しい釣り合いをもって建てられている

詩人は賞賛など求めてはいない。信じてもらいたいだけだ

本物の涙は、悲しい一ページからではなく、見事に置かれた言葉の奇跡から引き出される

アホくさ。喧嘩すんのは結構やが、もしウチのシマに入ってきたら・・・そん時は怪我するだけじゃすまへんで。

感性を磨くとは、こうした直感を鍛えることだと思う

自信なんてものは、与えられるものじゃない。自然と湧き出てくるものだよ

逃げない、はればれと立ち向かう、それが僕のモットーだ

音楽が自分のすべてです

40歳になって「来た来た!」と思っています。40歳からが私に似合う年齢だと思っていましたから、それまで、どうやって時間をつぶしたらいいかと長く苦しんでいました。

自分の声に何かがあって、歌えなくなったとしても、作詞は続ける。

恥ずかしさというのは、自分をよく見せたいと思う心の裏返し

僕は自慢ができることが1つあるの。それは自分の中学生時代に、リアルにパンクを体験したってこと。

周りからどんなにバカに見られたって俺らが楽しけりゃ俺らの勝ちだよな

そもそも老人力とは、転んでもただでは起きない力のことである。というか、そもそも老人とは、人が間断なくゆっくりと転んでいく状態のことなのである。気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常。例外はない。時期のずれや度合いの違いはあるにしても、人類の全員がゆるゆると、やんわりと、気がつけば転んでいる状態なのだ

綺麗に生きるなんて、誰ができるんだ

やり方を学ぶ

自分の打ったボールがどこへ飛ぼうがかまわない。スカッと飛びさえすれば、いい気持ちなんだ

たいていの経営者は、その時間の大半を過ぎ去った「きのう」の諸問題に費やしている

生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである

『何をやるか』じゃなくて、『どんなふうにやるか』

心の底から平気で、出世なんかしなくていいと思っていれば、遠くの方でちぢこまっている犬のようにはみえないんだ

気とは人に負けまいと思う心、すなわち負けじ魂と恥辱を知ってそれを悔しく思う気象のことである

人間と人間との間柄には、愛よりほかの財産はない

(作曲家として)僕は、子どもの頃に「ベートーベン」というスゴイご馳走の味をいっぱい覚えたのが、本当にありがたい

監督の意向に従うことは大事だが、望んでいる通りのものを書いていたのではいけない

心理の何か変化があるんですよ。人間行動すべき理由がある。

結局はひたすら考えるしかないという心境になっている

どーだろう?日本は民主主義国家だなんて言ってないで、事無かれ主義国家だって世界に向けて言った方がよっぽどカッコいいんじゃねえか。ロックっぽいぜ。

恥ずかしくない生き方はしたくないもんね。だから恥をかくんだよ

俺は「頑張らなきゃダメだ」と唄った事はないし、「這い上がって来い」と唄った事もない。 でも、歩み寄って来てくれたなら最高の味方になるし、ほっといても邪魔にはならないし、そういう音楽だと思いますね。

(死は)誰でも迎えるものなのに、それを忌々しく言うのは変だし、滑稽だなって思います

作曲の際はパソコンを使って作業しています。もちろん昔は五線紙に鉛筆で楽譜を書いていました

その日、歩ける一歩を歩くだけ

「今日単車で来たやついるか?」(客ワァァァ)「気をつけろよ」→GT400演奏(FRFにて)

私はいつも自分のできないことをしている。そうすればそのやり方を学べるからだ

作曲には、論理的な思考と感覚的なひらめきを要する。論理的思考の基になるものが、 自分の中にある知識や体験などの集積だ

生まれたら最後死ぬ訳じゃないですか。それはもう生き物として当たり前の事で。

ブルースを忘れない方がいい。いろいろな名前の音楽が流行するけれど基本はすべてブルースなのだ

教養ある人間は、勉強し続けなければならないということを自覚している

青春小説、青春映画っていうのがあるんだから、青春音楽っていうのもあっていいんだ

神を知る最善の方法は、多くの物を愛することだ

Knowledge is love and light and vision.
知識は愛であり、光であり、ビジョンです。

高松の不良の皆さんこんばんは!(高知ライヴにて)

現状を把握しなければ未来は語れない

焦点の定まった明確な使命がなければ、組織はただちに組織としての信頼性を失う

人間を偉大にしたり卑小にしたりするのは、その人の志である

わしがゾンビになったらそりゃお前 世界の破滅やろ?そん時このわしを止められんのは……桐生ちゃん お前だけや。頼めるな?

「これはしたくない」「こういうやり方はしない」っていうことさえ自分でわかっていれば、何とかなる気がする

たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ

好きなことだったらめんどくさくていいじゃない!

熱帯の夜の静寂の中で、私が私の心からの囁きと柔軟な音楽を聞くことができます

嫌われることは愛されることより難しい

人間は明日の朝に対して、何がしかの恐怖と希望と心配を持たずにはいられない

若き時代に数千の帆柱を押し立てて船出したその港へ、老いさらばえて救いのボートに助けられ、人知れず帰ってくる
