勘違いするな。俺とお前は違う。 お前の極道は死に様。俺の極道は――生き様だ。 同じ道でも、死に向かって戦うのと、生きるために戦うのは違うということだ。いずれ分かる。
誰のために創るんだろう。考えたことあるか。自分のために?そんなの甘っちょろいよ。植木づくりでもやるんならそれでいいんだ。金のために?だったら創るより早いやり方がいくらでもあるだろう
自然は無限に分割された神である。神と自然は、完全に相等しい二つの偉大な力である
一回わがまま言い始めたらもう、他人の言うことなんか聞いてらんねえよ
何も真似したくないと思う者は、何も生み出さない
運が悪かったんだよ、お前らは
たかだか三分ほどの曲でもそうですし、五十分のアルバムでも、九十分のステージでも同じです。「たった今こういう気分の女の子のために」と用意します。そうそう思い浮かべるのは決まって女性です。男性に対してはおよそ腹立たしさしかない。それは女性を瞬間的にブスにするのが必ず男性だからでしょうね。
ミスというのはほとんどいつも神聖な特徴があって、決して修正しようとなんてしてはいけない
好きなことだったらめんどくさくていいじゃない!
ほうきとか持ってエアギターとかしたりするわけじゃん、憧れて。それの延長なんだよ
感情が伴わない作品は、芸術ではない
自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやってます
私は「わかってたまるか」っていうことをやるのも面白いと思ってます。いまだに
私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く
確かに……一度 “黒” に染まったモンはどこまでいっても “黒” や。そっから抜けることはできん。けどな、それでも噛みつく相手選ぶくらいはできる。それが俺の流儀や
俺以外のメンバーってのはすごいいいヤツでさ、見てて眩しいんだ。誰見てても眩しいんだ。それはうちのスタッフ、ファンもそう。嬉しいし、最高なんだけど、自分が最低の人間だなって思わされる
選択肢を前にした若者が答えるべき問題は、正確には、何をしたらよいかではなく、自分を使って何をしたいかである
私が死んだら、まるで船が遭難するようなものだな。大きな船が沈むと、その近くにいる人はみな、渦に巻き込まれてしまうんだ
楽しいことは、みんないい事だとは思わないか?つまらないことは、罪悪だとは思わないか?
どうにもならないことなんて、どうにでもなっていいこと。
我々はどこから来たのか?我々は何者なのか?我々はどこへ行くのか?
絵画は家を飾るためにあるのではなく、敵と対峙するための攻撃的かつ防御的な戦争のツールなんだ
運命というのもひょっとしてウィルスみたいなものではないだろうか。それ自体では何事も起きないけど、他の実力をもったサルモネラ菌や、あるいは紙幣や、恋文や、試験の答案用紙や、いろんな物につくことで、それを動かす。でもそれ自体は姿も形もなくて、見ることができない
明日に引き伸ばせば、それは死んでしまう
コピーとかカバーっていうのもそうで、曲をカバーするんじゃなくて、そこにある熱をカバーするんだよ。
興奮した党派の叫びの中から、真理の声を聞き取ることは難しい
オルタナをやり始めた時は、「暗い」「分かりにくい」という声があって、若干構えてしまったんです。力技で分からせてやるみたいな余計な力が抜けたんじゃないかな。すごく文字にしづらいかもしれないけど、スイングスピードが速いストレートを自然体のフォームで打てるようになったというか
神々と肩を並べるには、たった一つのやり方しかない。神々と同じように残酷になることだ
幸せじゃない瞬間も含めて、幸せだと思いますね。
夢を夢と呼ぶうちは、それは叶わない。
ようやく何かわかりかけてきたような気がする。私はまだ、進歩している
「楽しい」を勝ち取ろうと思えば、「楽」を切り捨てなければいけない
僕と貴方達との距離は はたして何キロぐらいだ
(死んだら地獄と極楽のとちらに行きたいか?)どっちでもいいさ。そのどちらにも会いたい友人がいるのでね
凄くふさわしいところに自分が立ってて、凄くふさわしい行動を取っているような気がするんだよ
そもそも老人力とは、転んでもただでは起きない力のことである。というか、そもそも老人とは、人が間断なくゆっくりと転んでいく状態のことなのである。気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常。例外はない。時期のずれや度合いの違いはあるにしても、人類の全員がゆるゆると、やんわりと、気がつけば転んでいる状態なのだ
ボクシングって勝った方が腕を上げるじゃないですか。でも天秤は負けた(軽い)方が上がるんですよ。・・・・・それっておもしれぇなぁと思って
『何をやるか』じゃなくて、『どんなふうにやるか』
「焦りすぎないでいいよ」と言われ焦った
何びとも信用しない者は、己れ自身が信用されていないことを知っている
手慣れたものには飛躍がない。常に猛烈なシロウトとして、危険をおかし、直感に賭けてこそ、ひらめきが生まれるのだ
みんなで盛り上がることをするな。お前が一番盛り上がれ
この曲はもう一回は出来ねぇんだ申し訳ねぇ…出来ねぇなぁ。だけど俺たちとお前らで出来ないことが、出来なかったことがあってもいいじゃん。次はうまくやろうぜ
否定する材料を探したいんでしょうね。色々言おうと思えば言える材料がたまたまそろっているから、面白おかしくおっしゃりたいんじゃないでしょうか。それで私の何が奪えるというのだっていう感じですよね。
友情は、喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれる
働く人たちの姿勢は、何にもまして経営管理者の行動を反映する。彼らの姿勢は、経営管理者の能力と構造を映す
小さい頃は、祖母が歌う英語の賛美歌を子守歌代わりに聞いて育ちました
Imagine all the people living life in peace.
想像してごらん。だれもが平和に生きていることを。
Everything will be okay in the end. If it’s not okay, it’s not the end.
最後には全て上手くいくよ。もし上手くいっていないのなら、それは最後じゃないってことだ。
Never bend your head. Always hold it high. Look the world straight in the eye.
決して顔を伏せないで。いつも堂々と顔を上げて。この世界を直視して
膝からなし崩しに倒れてしまうような、そういう曲ができちゃって。『なんだこれ?』と思って。とりあえずでも1曲出来上がったと。わけわかんねえって気分のまま東京に帰って。で、歌ってみて、そういう現象で。人知れずひっそり泣いてみたりとか泣けなかったりとかそういう夜もあったりして。(Title of mineについて)
人間にとって成功とはいったいなんだろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか
帰ってきたぜ!もうどこにも行かないぜ!(アベ加入後、初のライブにて)
でたらめをやってごらん。口先では簡単にでたらめなら、と言うけれども、いざでたらめをやろうとすると、それができない
神は勇者を叩く
ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎
僕の何かを信じた時の強さですか?信じるっていう感情の強さですか?行為の強さですか?ハンパないと思いますよ。
本物の涙は、悲しい一ページからではなく、見事に置かれた言葉の奇跡から引き出される
この国の憲法九条を知っているかい。戦争はしない。戦争に加担しない。愛と平和なんだ。まるでジョン・レノンの歌みたいじゃないか。
大人のくせに子供と同じような人間ばっかりになっちまったんじゃねえのか。
心の底から平気で、出世なんかしなくていいと思っていれば、遠くの方でちぢこまっている犬のようにはみえないんだ
東京事変はこの5人で、最後のその瞬間までを、全力で駆け抜けたいと思います。
パンのための学問
(バンド活動においての演奏技術など)スマートにできない分、ぶつかって行くしかない、気持ちで行くしかない
いかなる世界が広がっていても、望んだ世界だと頷きたい。
やっぱり音楽は大好きなことで、他に代わりがないから緊張するんですよ。今日のライブがダメでも、他でがんばればいいやとか、そういうもんじゃないから。
『うわ、眩しい。すっげぇ眩しいんだけどさ、消えてくんない?』と思うくらい眩しいのが夢だと思うし、『いや、あれを見てないと俺の生きてる意味がないとか、存在自体が怪しくなってくる。だから俺は目がつぶれてもいいから、あれを見るぞ』っつうのが、夢を見てる人だと思うし、夢を見てる人ってそんぐらいかっこいい人だと思うし、そんぐらい覚悟してる人だと思うし、そんぐらいリスクを背負ってる人だと思う。
今度会うときも、今持ってるもの失わないでほしい。今のまんまで
偉大な精神は、静かに忍耐する事を知っている
インディーズの頃は、有名になって注目されたいとか、めっちゃ広い家に住みたいということが活力になってて
人は幸運の時は偉大に見えるかもしれないが、真に向上するのは不運の時である
この曲に関しては、音圧があったほうがいいかなって。ハジけたところがあったほうがいい、って思ったし。でも、気持ち的には大きいかもしれないですね。開いた気分でやれば、そうなるだろうし。(『或る街の群青』について)
All we are saying is give peace a chance!
僕らが言っているのは、平和にチャンスを与えようということだけだ!