最終日だからって、特別なことはありません。最終日が特別なんじゃないんだよ。ロックンロールが特別なんだよ
空に手を掲げれば、俺はここに存在してるって信じられる気がする。それは必然ではないけれど、存在理由として必要だと思う。要は下ばかり見るなってことだ。
学とはならうということで、すぐれた人物の立派な行いを習い、みずからもそれを実行していくことである
侮辱に悪影響を受けるのは、侮辱に感染しているのだ
いつまで出来るか分からないことだし、毎回これが人生最後でも後悔しないというツアーをやりたくて生きているから、今回も長ければ長いほどいいんですよ
「いてもいいんだよ」「生きてもいいんだよ」「感動してもいいんだよ」「泣いてもいいんだよ」「笑ってもいいんだよ」「そこに存在してもいいんだよ」って言ってくれてるかんじ。誰の許可もいらないんだ。それをロックンロールが僕に言ってくれるんだよ
いま大戦中でもないのに、人に「どっちなんだ!?右なのか、左なのか」と問うこと自体、ナンセンスだとは思います
ドローンが敷かれて、そこに何かが乗っていくスタイルって本当に、自分でも作るけど畑が焼き尽くされているっていうか、「ああまたこれか」って感じあるんですよね。自分で作ると自分の趣味に沿うから楽しく聴けるけど。それでいいとも言えるし、よくないとも言える。
自分が嫌いな相手にまで好かれたいとは思わないですし
何、ちょうど打ちたかったところだ・・・・ひねくれたカーブをな
他人を、誰かを愛するという行為は、全ての可能性の始まりだと思っている。
今の音楽の置かれてる状況の事とか、悲しくなっちゃう所がありますよね。パソコンで150円で買えるとか、若い頃の自分にとって凄い高かった、3000円とか2800円っていう感覚、その感じがもう無いっていうのは、なんかちょっと悲しいですね。
三大欲求以上の高等なことは考えたくないって言ってるんでしょうね。結局それぐらいしか私は本当のことを知らないし、「それ以上の本当のことを見ると私は傷ついてしまうし」っていう。
大多数の世間の人々が、平凡な一生を終るのは志が小さく、意志が弱いからだ
ダサいんですね。言葉を入れすぎると説明になっちゃって、言葉も写真もつまらないものになってしまうんです
書いたり発したりすることも大切だけど、今必要なのはちゃんと耳を傾けることなんじゃないかと思います。読むこと、感じること、と言い換えてもいい。受け取ること。吸い込むこと。それを温めること。そのうえで書くこと、発すること。それをまた、お互いによく聞くこと。俺もできてませんが…。
What I am looking for is not out there, it is in me.
探しているものは外になく、自身の中にあるものです。
偉大な精神は、静かに忍耐する事を知っている
俺はすごく欲張りな人間で完璧主義なの。表現の間口を広げていた時期は、まずはひとつのことに特化していって。例えば、「甘いものってなんだろう?」と考え始めると、甘いものを徹底的に追求していたけれども、最終的にはひとつのことが満たされたとしても物足りないんですよね
何処に居ても俺らの唄声とか届いてると思うし。
自然は常に完全である。決してまちがわない。まちがいは我々の立脚点、視点の方にある
今度会うときも、今持ってるもの失わないでほしい。今のまんまで
あなたの家庭はあなたの避難所だ。ただ、そこに閉じこもってはいけない
音楽にはいろんな力がある
Count your age by friends, not years. Count your life by smiles, not tears.
年ではなく友人で年齢を数え、涙ではなく笑顔で人生を数えようよ。
鉛筆や紙と同等の費用で映画が創れたときにのみ、映画は芸術作品となるだろう
一番確実な未来予知の方法は、未来自体を作り出してしまうことである
どんな顔の人だって輝くときはとてもいい顔だ。どんな美形だってつまらない人間では、それほど美しくもないぜ。
自分じゃない自分を出すのが怖い
今日はジョン・レノンの命日。家に帰ってイマジンを聴く
沈黙は絶叫よりも恐ろしい
絶対仲良くなれない奴いるよね? 俺超友達少ないもん。でも音楽の上ではこんなに愛し合えるんだよ。実際の世界よりも僕は好きだから、ライブの空間と音楽の空間が。
運命に耐えているとき、そこに真理が見える
私はあるがままの自分を受け入れてくれることだけを望む
市場において目指すべき地位は、最大ではなく、最適である
今回この写真文庫(岩波写真文庫)を一冊ずつ選んで、いまの世から眺めていきながら、時代の空気というものをつくづく感じた。活字、つまり言葉では説明しきれないことが、写真からはぷんぷん匂ってくる。このシリーズは、戦後の空気の貴重な貯蔵庫だ。いまの肥満ぎみの世の中は、じつはこの空気を吸うことからはじまっている。良くも悪くも、この空気がいまの日本人の両親なのだ
ナマ身で運命と対決して歓喜する。それがほんとうの生命感
世の中に言いきれることってねえが。 でも恋愛は絶対素晴らしいと言いきるよ
たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ
すべては奇跡だ。例えば、お風呂に入ったとき、あなたがお湯に溶けてしまわないことだって
今どきレコード評なんか読んでる奴はいやしないさ。評論家が書いてることなんて、もう誰も相手にしないぜ
腑に落ちた道を進んでいかないと、 苦労や失敗を背負い込む覚悟もできない
型にはハマらずにいたい
それは所詮、極道の勝手な都合ってやつだ!
百の欠点を無くしている暇があるなら、一つの長所を伸した方がいい
日本人が何をするにも明確であることが、私にはうらやましい
思いついたことは出来る。思いつかないものは出来ない。これは避けがたく、明白なことだ
ニンジンきらいな馬っているのかな?そりゃいるよな。
たいていの経営者は、その時間の大半を過ぎ去った「きのう」の諸問題に費やしている
喜びは成果の中になければならない。石臼に向かいながらも丘の上を見なければならない
逃げない、はればれと立ち向かう、それが僕のモットーだ
負けず嫌いなので、自分の人生には刺激が足りない、喜怒哀楽においてのすべての感情が足りない
やっぱり音楽は大好きなことで、他に代わりがないから緊張するんですよ。今日のライブがダメでも、他でがんばればいいやとか、そういうもんじゃないから。
大体、いちばん素晴らしい絵を描くのは四、五才くらいの子どもだよ
たとえこの人生が負け戦であろうと、いずれにせよ僕は「良い戦い」をしたい
絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ
行動がすべての成功の鍵だ
重荷をいただいた胸は打ち明ければ軽くなる
ミュージアムをひとつくれ。埋めてやる
青春小説、青春映画っていうのがあるんだから、青春音楽っていうのもあっていいんだ
優しくなりたいと思う人は、優しいんだと思います。
ありとあらゆる感覚を総動員させ、自分を限界まで追い込んでいく
自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ
何かがあった瞬間というのは、何かが終わった瞬間だと思う。 何かが終わった瞬間が、何かが始まった瞬間だと思う。
ウインカーはひっこめようぜ、俺たちは直進するんだ
ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎
このまま行けと、僕の中の僕が命じるんだ
フッ…… まったく不謹慎やのお〜……お前ら、最高やで!
愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない
人間生きてりゃ、終わりなんて無い。いつだってやり直せるんだ。
夢はぶれずにいることなんです。わたしにとってはいちばん大切なのです。
自然を円筒形と球形と円錐形によって扱いなさい。自然は平面よりも深さにおいて存在します。そのため、赤と黄で示される光の震動の中に空気を感じさせる青系統を入れる必要性があるのです
経営者は常に現実的でなければならない
出産じゃなくても、女の人にはあることだと思いますよ。(感覚ではなく)頭で理解しようとしちゃう瞬間が、人生で何度かあるんじゃないでしょうか。大きな選択っていうか
太陽のように生きて、太陽のように死にたい
ぼくはいつでも、一生懸命歌を作ってるんだよ。才能があるから歌が出来ると思ってるのかも知れないが、それはちがう。作っているんだよ。
無能を並みの水準にするには一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする
(バンド活動においての演奏技術など)スマートにできない分、ぶつかって行くしかない、気持ちで行くしかない
親切ではないけど、やさしい。丁寧ではないけど、やさしい
いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ
我々は脳をブン投げて、ただ目だけで見ることができればいいのだが
郡山って水うまいの?(06年 HipShotJAPANライブ中にて)
自分の中にどうしても譲れないものがある。それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ぶち壊してしまえ!
何を生命と呼ぶか。あらゆる意味から君を激動させるもの、君を突き貫くもののことである
正しい構造が成果を約束してくれるわけではない。しかし、間違った構造は成果を生まず、最高の努力を無駄にしてしまう
(死は)誰でも迎えるものなのに、それを忌々しく言うのは変だし、滑稽だなって思います
神を知る最善の方法は、多くの物を愛することだ
私にとってはテレビは想像できるものしか映らない画面の一種でしかない
「大丈夫、なにもかも上手くいく」なんて、口が裂けても言えない。でも俺が見ている世界の中で、本当に前向きな、魂が楽になれる言葉を綴ったつもり
抽象画なんてものは無い。とりあえず描き始めて、それから現実の痕跡の全てを排除していくのだ
自分を実際そうである以上に見たがったり、また見せようとしたり、あるいは逆に、実力以下に感じて卑屈になってみたり、また自己防衛本能から安全なカラの中にはいって身を守るために、わざと自分を低く見せようとすること、そこから堕落していくんだよ
I think our society is run by insane people for insane objectives.
僕らの社会は、ばかげた目的のために、あきれた人々によって動かされている。