


Trying to please everybody is impossible – if you did that, you’d end up in the middle with nobody liking you. You’ve just got to make the decision about what you think is your best, and do it.
みんなを喜ばせようなんて不可能だよ。そうしたところで、結果は誰からも好かれないで終わるだけさ。

運が悪かったんだよ、お前らは

限界を越えることは絶対できないと思うんです。 越えられないから限界と書くわけで。でも越えるから不思議なんです。

自殺はやめろ。生きろ。

太陽を黄色い点に変えてしまう絵描きもいれば、黄色い点を太陽へと変えられる絵描きもいる

俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。

本物の涙は、悲しい一ページからではなく、見事に置かれた言葉の奇跡から引き出される

単純なことを完璧にやり続ける忍耐力の持ち主だけが、偉大なことを成し遂げる

たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ

なんとなくこうなる気はしとったやろ、吾朗!泣いたらあかん、泣いたらあかんで!

愛の光なき人生は無意味である

生命の一分が過ぎていく!それを在るがままに描き、それをなすためにはあらゆるものを忘れよ!そのものになりきれ・・実際に見るもののイメージを与えよ

北海道、広いよなあ、カナダぐらいあるんじゃねえの?人口、ロシアぐらいあるんじゃねえの?

学とはならうということで、すぐれた人物の立派な行いを習い、みずからもそれを実行していくことである

昨日を守ること、すなわちイノベーションを行わないことのほうが明日をつくることよりも大きなリスクを伴う

スタイルとは、複雑なことを表現するための簡単な方法だ

若い内から理論でがんじがらめになってのたうち回る癖をつけろ

どうにもならないことなんて、どうにでもなっていいこと。

色彩は、それ自体が何かを表現している

一人立てる時に強き者は、真正の勇者なり

The only thing worse than being blind is having sight but no vision.
盲目になることよりひどい唯一のことは、視覚はあっても未来像がないことです。

絶望で生きてようと、希望で生きてようと、どちらも生きてるんであれば、まずそれが奇跡だなと。生きてることが本当にミラクルなことだと思うんですよね。

凡庸な人間が自然を模写しても決して芸術品にはなりません。それは彼が「見」ないで眺めるからです

誰のようにもなりたくない

私は、愛したいと思いながら、それができない。私は、愛すまいと思いながら、それができない

私は死ぬまで、死ぬことについて、そして生きることについて、考えていると思う。

What we have once enjoyed we can never lose. All that we love deeply becomes a part of us.
私たちが一度楽しんだものは、決して失うことはありません。私たちが深く愛するすべては、私たちの一部となります。

Security is mostly a superstition. It does not exist in nature, nor do the children of men as a whole experience it. Avoiding danger is no safer in the long run than outright exposure. Life is either a daring adventure, or nothing.
安全とは思いこみにすぎない場合が多いのです。現実には安全というものは存在せず、子供たちも、誰一人として安全とは言えません。危険を避けるのも、危険に身をさらすのと同じくらい危険なのです。人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかを選ぶ以外にはありません。

僕って未熟だなって話です。どうすりゃいいのか未だにわからないし、わかって楽になったらいいなとは思う。ライブでも毎回緊張しますからね、どんな声が出るかわかんなくて。

制服は征服するためにかかせない。私の人生を通じて、市民の衣装を着るほど自分をおとしめるのは稀だった。私はいつもダリという制服を着ている

重荷をいただいた胸は打ち明ければ軽くなる

究極の善、究極の悪、究極の価値がなければ、人間のある活動が別の活動よりも本質的に優っていることなどあり得ない。だから、全ての行為が同じ価値しか持っていないということを認めざるを得ない。とするなら、一つの行為を別の行為よりも優先させるのは、我々が自分で独自の選択を行っているからある

今の音楽の置かれてる状況の事とか、悲しくなっちゃう所がありますよね。パソコンで150円で買えるとか、若い頃の自分にとって凄い高かった、3000円とか2800円っていう感覚、その感じがもう無いっていうのは、なんかちょっと悲しいですね。

悪魔は悪しか行なうことができないゆえに純粋である

マラソンランナーと一緒で、長距離を走り抜くにはペースを崩さないこと

恋の始まりは瞬間でも、つきあいが長引くかどうかは、美醜よりも人間味にかかわる問題だ

(音楽にスーパースターは必要?という質問に対し)自分がなればいいんじゃないッスか、自分にとってね。そう思えないヤツはずっと誰かの真似になっちゃうんじゃないかな。

天才?そんなものは決してない。ただ勉強である。方法である。不断に計画しているということだ

今真剣なんだ。邪魔するな!

その日、歩ける一歩を歩くだけ

秘訣というものはない。ただ正しさの法則があるばかりだ

人間は明日の朝に対して、何がしかの恐怖と希望と心配を持たずにはいられない

It is for us to pray not for tasks equal to our powers, but for powers equal to our tasks, to go forward with a great desire forever beating at the door of our hearts as we travel toward our distant goal.
私たちは、自分の力に見合った課題を願うのではなく、課題に見合った力を願うべきです。心の扉を叩き続ける強い願望と共に、遠い目標に向かって旅を進めるのです。

美はあらゆるところにある。我々の眼がそれを認めえないだけだ

自分にいろんな矛盾があることが当然

突破口は1つしかないんだ。ほかにもう道はないんだ。ロックンロールしかないんだよ。それがわかったときにさ、そこにやっぱり全身全霊を傾けるしかないじゃん。

そりゃあもちろん世の中のいろんな出来事を知らないわけじゃないけど、俺たちがやりたいのは楽しくバンドをやりたいということだけ…それを手段として何か目的を達成したいと思ったことはないんで。それでも二次的なものとしてみんなの明日の朝メシがうまくなるんだったら、それより最高なことはないですよ

曲のメロディはもちろん大事ですが、大きな構造で考えるとスコアは設計図みたいなもの

芸術は、われわれに自然が永遠であることを味わわせなければならない

芸術は醜いものを生み出すが、しばしばそれは時とともに美しくなる。一方、流行は美しいものを生み出すが、それは常に時とともに醜くなる

日本人の強みは、組織の構成員として、一種の「家族意識」を有することにある

歓びは、自然を動かす強いバネ。歓びこそは、大宇宙の時計仕掛けの歯車を回すもの

インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ

テストの点数でお前らの価値は決まらねぇ

私は仕事をしているとくつろげる。何もしていなかったり、訪問客の相手をしていたりすると疲れる

何びとも信用しない者は、己れ自身が信用されていないことを知っている

壁は自分自身だ

せやけど俺は……何があっても親父の子ですわ

人間おのずから用に適する所あり、天下何ぞなすべき時なからむ

他人の価値観を尊重できないなら、自分の価値観なんて主張しちゃいけないと思う

新大久保から来ました。(THE BIRTHDAY福岡ライブにて)

お前らが死んでも音楽は何万年も続いていくんだよ

負けず嫌いなので、自分の人生には刺激が足りない、喜怒哀楽においてのすべての感情が足りない

自分が作った曲をいっぱい聴いてもらえたり楽しく歌ってもらえるんが1番嬉しい。難しいこととか考えたくない!作るのが楽しい、歌うのが楽しい、誰かのの思い出になれる事が嬉しい

釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね

最近はお金持は多いけど、上品なお金持はなかなかいない。だいたいは下品だ

お前らがここに来るまでに何があったかなんかどーでもいい。お前らの父親が死のうが母親が死のうがそんなのかんけーない。ただこの中で思いっきり楽しんでいってくれー!!

自然は至上の建築物である。自然の一切は最も美しい釣り合いをもって建てられている

幸せを手に入れるんじゃない、幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ

上手であることはそんなにいいことか?とも思う

極端な話だけど、希望と絶望が同時に存在するのがいい日々だと思うんです。

私は今、生きようと努めている。というよりも、どのように生きるかを、私の中の死に教えようとしている

「これをやりてえ」ってことが増えると、そうやってお茶を濁してる時間はなくなってくる

最終日だからって、特別なことはありません。最終日が特別なんじゃないんだよ。ロックンロールが特別なんだよ

音楽っていうのは、96%まで技術です

本物の画家というのは何もない砂漠で異常なシーンを描ける人だ

太陽のように生きて、太陽のように死にたい

芸術家の資格は、智慧と注意と誠実と意志のみである

やり方を学ぶ

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

ライブで観たときのダイナミクスってすごいでしょう。そのための技術を磨いておきたいと思いながらやってきたけれども、ライブってそれだけじゃ足りなくなる瞬間があって。そのときに引っ張り出されてきているのが人間力みたいなものなのかもしれないけれど、あまりそこに頼りたくないと思いつつ、歌っているだけですごいと言われるような歌い手になりたいというのはずっとあるんだよね

大多数の世間の人々が、平凡な一生を終るのは志が小さく、意志が弱いからだ

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ

君はあなた自身を創造していると思いなさい

失敗することを恐れず、とりあえず何となくやりたい事をやってみたら?

煮詰まったらドラクエやる

自然を円筒形と球形と円錐形によって扱いなさい。自然は平面よりも深さにおいて存在します。そのため、赤と黄で示される光の震動の中に空気を感じさせる青系統を入れる必要性があるのです

運命に耐えているとき、そこに真理が見える

女性は行動するより前にこうしよう、と考えることがあまりない生き物なんじゃないかと思うんです。先に手が出るというか、体で感じて体で動くっていう

会計学者や経営者は「純利益」という言葉を使うが、企業経営ではそんな言葉を使ってはいけない。「フューチャー・コスト(未来費用)」と呼ぶべきだ。企業というのは、リスクを負うために失敗することもある、そのときのために未来のコストを留保してあるのであって、利益の蓄積ではないのだ

歴史上いかなる国においても、企業とくに大企業は株主のためにのみマネジメントすべきであるという主張はもちろん、主として株主のためにマネジメントすべきであるという主張さえ、主流になったことはない

何を取られたら死ぬかっつったら、やっぱ「唄う事」なんじゃねぇかなと。

路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね

曲って自分の子供みたいなもんでさ、自分から生み出したものだけど喧嘩して遠ざけたり、仲直りしたりして、時には向き合うことができなくなったりもして。

いまさら、自分を変えようとしてはならない。そんなのは、うまくいくわけがない

正しい構造が成果を約束してくれるわけではない。しかし、間違った構造は成果を生まず、最高の努力を無駄にしてしまう

さぁライヴハウスへ帰ろう
