私はユダヤの偉大な指導者、モーゼのように約束の土地に入れるのでしょうか?わずかに進歩しましたが、なぜこんなに遅々として骨が折れるのでしょう。芸術とは、ほんとうに聖職者のように、それに全身全霊を捧げる純粋な人々を求めるものなのでしょうか?
夢を夢と呼ぶうちは、それは叶わない。
裏切られたなら落胆を味わえばいい。信じた先の素晴らしさを俺は知ってるから。
何、ちょうど打ちたかったところだ・・・・ひねくれたカーブをな
急流中底の柱、即ち是れ大丈夫の心
俺は強いヤツが好きや!俺に命令出来んのは強いヤツだけや!俺を東城会に戻したかったら俺に勝ってから命令せぇや。
俺はマコトを殺せへんかった……俺にはマコトを生かした責任があるんや。ただ命があったらええってことやない。人として生かさなアカン責任や。極道の食い物にはさせへん……!
何かをうまく語ることは、何かをうまく描くことと同様に難しくもあり面白いものだ
いったい何を見て来たんだい? その若さでミイラか? 可能性はどこにあるんだ? それは君の目で見て耳で聞いたものの中にしかないはずだ。
私は対象を見えるようにではなく、私が思うように描くのだ
僕は僕の偏見でうたをうたっとる。うたっとるやつは下品じゃがうたの内容は最高じゃ
本物の画家というのは何もない砂漠で異常なシーンを描ける人だ
どーだろう?日本は民主主義国家だなんて言ってないで、事無かれ主義国家だって世界に向けて言った方がよっぽどカッコいいんじゃねえか。ロックっぽいぜ。
周囲より僕は歌の力ってのを信じてます。
明日は必ず来る。そして、明日は今日とは違う
なんで嫌な時に笑ってんだよ。なんで悲しいのに笑ってんだよ。泣きたい時は泣いて、笑うときにバカみたいに笑えよ
今回この写真文庫(岩波写真文庫)を一冊ずつ選んで、いまの世から眺めていきながら、時代の空気というものをつくづく感じた。活字、つまり言葉では説明しきれないことが、写真からはぷんぷん匂ってくる。このシリーズは、戦後の空気の貴重な貯蔵庫だ。いまの肥満ぎみの世の中は、じつはこの空気を吸うことからはじまっている。良くも悪くも、この空気がいまの日本人の両親なのだ
泣きそうなときこそ、泣くのをグッとこらえた分だけ、弱くなるような気がする。だから、泣きたいときはないていいんだよ。
人間と人間社会の問題なのかもしれない。つまり偶然というのは、本当はこの世の中を無数に満たしている事柄なのかもしれない。世の中はむしろ無限の偶然で成り立っている
個人としての嗜好が投影された「普通にそのままのもの」っていうのがあるべきだと、私は思ってしまう
どうしたって笑えないけど、それでも笑わないといけない時かぁー。…泣いちゃえばいいんじゃないか
深く、恐ろしく真実を語る者であれ
肝心なのは感動すること、愛すること、希望を持つこと、打ち震えること、生きること。芸術家である以前に、人間であることだ
「大丈夫、なにもかも上手くいく」なんて、口が裂けても言えない。でも俺が見ている世界の中で、本当に前向きな、魂が楽になれる言葉を綴ったつもり
秘訣というものはない。ただ正しさの法則があるばかりだ
僕の場合、作曲の作業に入っているときは生活も一定のペースを保ち、できるだけ規則的に坦々と過ごすように心がけている
「人生っていうのは勝手に与えられるんだから、自分が追求してもいいんだ。幸せ追求権ってあるだろう!」と思ったんですね
私は今、生きようと努めている。というよりも、どのように生きるかを、私の中の死に教えようとしている
詩人にとって最大の悲劇は、誤解によって賞嘆されることだ
選んだ道のその先よりも、選ばなかった道の運命を考えることの方が多い
人の曲を歌う時こそ、恥ずかしい気持ちもなく思い切り出せる声もあるのかもしれないとも思ったし、その、声に焦点を絞ったものもやってみたいって考えられるようにもなってきて
自分が嫌いな相手にまで好かれたいとは思わないですし
もっとたくさん僕らの曲聞いてもらって、皆を励まして背中を押してあげたい。
大体、いちばん素晴らしい絵を描くのは四、五才くらいの子どもだよ
書いた曲が誰かに「助けられました」って言ってもらえればいい
未来は真っ暗。 お先真っ暗というのはすげー前向きな言葉だよ。真っ暗なんだよ。どこがいけないんだよ。そん中に すっげー誰も見たことがない、どんなに勉強したってわかりっこない、 素晴らしいものが隠れてるかもしんない。 真っ暗ってことはいいねえ。みんな平等で。
生産性の本質を測る真の基準は「量」ではなく、「質」である
津波が来ます。(酒に酔いながらのラヂヲで地震が来たとき勝手に)
いかなる道でも効果が無くなると、最後の手段として剣が与えられてるのです。最高の財宝だけは、われわれは暴力に対して正当防衛をしてもよいのです
自分の価値観を持って生きるってことは嫌われても当たり前なんだ
頭を使いすぎると楽しくなくなる。それより 大事なのはココ(胸を叩いて)じゃん。誰にも譲れねぇってものが1つや2つ絶対あるだろ。それを大事にしてやろうぜ
天才のランプは人生のランプより早く燃える
結局はひたすら考えるしかないという心境になっている
人の評価なんかどうでもいいし
芸術は、意識と無意識の融合である
基本的に私は家の中で曲を作る
売れているものが良いものなら、世界一のラーメンはカップラーメンだよ。
いかなる成果もあげられない人の方がよく働いている。成果の上がらない人は、第一に、ひとつの仕事に必要な時間を過小評価する。第二に、彼らは急ごうとする。第三に、彼らは同時にいくつかのことをしようとする
「ロックな手と書いて岩手と読むんだぜ。」「あのさー、冷麺てなにでできてんの?原材料はなんなの?」(岩手ライブにて)
基本と原則に則っていないものは、かならず破綻する
もしマーケティングが完全に行われていたら、販売努力は不要だ
私は子供のときに自転車に乗ったことのない唯一の男である。描くことにしか興味がなかった
おそらく今日、高等教育を受けた人の割合が世界でもっとも多い国が日本である。日本にとっての問題は、いかにして彼ら高等教育を受けた人たちを生産的な存在にするかである
人は見た目で判断する、そんなもんだ
俺は本当はもっとすごいんだけど、というのがどっかにある
Knowledge is love and light and vision.
知識は愛であり、光であり、ビジョンです。
たとえこの人生が負け戦であろうと、いずれにせよ僕は「良い戦い」をしたい
悪貨は良貨を駆逐するという原理と同じで、形式は実質を駆逐する
心が揺れたところで決着はもうついてんだ
何があっても、賛成反対両方あるのは自然
汝が死ぬ前日に懺悔せよ
歓びは、自然を動かす強いバネ。歓びこそは、大宇宙の時計仕掛けの歯車を回すもの
絵を描くのは人生に耐えるための手段だ
自分がちゃんと物事をやってる時って人はさ、温和でいられるけど、自分が何もしてない時ほど人が醜く見えるモンだから。
ギタリストのピークはギターを初めて弾いて感動した瞬間。
「満足」って言葉は究極以外使っちゃいけないんだよ
私は常々「偶然耳にされたリスナーの方が、わくわくなさるような時間を提供せねば」と考えています。せっかくなら。子供の頃観た歌番組では、いろいろな歌手がよく、一緒に歌ったりしていました。ああいうフランクさが近年どんどん失われているのを寂しく思っています。
死を怖れない者に何を怖れろというのだ
運が続くというのは、じつはどこかで運のウィルスに感染して、症状が広がっている、という状態なのではないだろうか
運命というのもひょっとしてウィルスみたいなものではないだろうか。それ自体では何事も起きないけど、他の実力をもったサルモネラ菌や、あるいは紙幣や、恋文や、試験の答案用紙や、いろんな物につくことで、それを動かす。でもそれ自体は姿も形もなくて、見ることができない
黒は特別な色ですね。共感覚はそんなに意識していないけれども、誰でも音楽を聴いたら何色なのかを感じるじゃないですか。俺は黒とか青黒いものが好きで、それは何だろうなと思うと、俺の青春が90’sだったから、低音が強いものが好きという感じなんですよ
誰もが芸術を理解しようとする。ならば、なぜ鳥の声を理解しようとはしないのか
出会えた喜びはいつも一瞬なのにどうして別れの悲しみは永遠なの
私は日頃悩んでる事が作品になって、日記みたいなもんなんだけど……
何があっても、賛成反対両方あるのは自然。
名古屋のニワトリって、羽根が何枚もあるんだろ?じゃなきゃあんなに沢山手羽先がつくれる訳ねぇ!
コミュニケーションで最も大切なことは、相手の言わない本音の部分を聞くことである
やっぱ俺は唄を選んだ人間なんだなって思ったんだよ。どんどん喋るのが下手になってって、どんどん唄うのが好きになってって、これは唄えって事だ。
素晴らしくマネジメントされた組織というものは、日常はむしろ退屈な組織である
最強頑張っている人を見ると泣きそうになる。かっこよくて。俺もああなりたい
人生に意味はないよ。だって暇つぶしじゃん。暇なんだよ。みんな人生80年もいらないんだよ。3日もあれば終わるんだ。やることなんて。意味なんかないんだ。楽しければいいんだ。
作曲家として一番大切な事は、とにかく曲を書き続ける事
女は変幻自在。それを面白がるしかないでしょ。もっと小気味よく生きる女性が増えたらいいなって、ずっと思っていました
もし私が犬よりも猫が好きだというのなら、それは警察猫というものがいないからである
風景なら その中を散歩したくなるような、女性なら その人を抱きしめたくなるような、そんな絵を私は描きたい
ロックは世界を変えることができない!世界を変えるのはお前らだ
愛することは、愛されること
皆ね、知らず知らずのうちに、はじき出したビー玉持ってると思いますよ。その存在がおそらく誰にでもあると思いますよ。だから場所をとってるわけですよね、僕らはね。
著者の死後、彼の日記を読むことは、彼からの長い手紙を受け取るようなものだ
音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う
人は素敵な経験があるか無いかで、心の汚れが全然変わってくる
音楽でも童謡とか、誰が作ったかもわからないものが残っているのは、すごく素敵やなと思うんです
Count your age by friends, not years. Count your life by smiles, not tears.
年ではなく友人で年齢を数え、涙ではなく笑顔で人生を数えようよ。