


早く大人になりたいとか、まだ子供だとか。違うんじゃないか?俺は俺なんだ。藤原基央なんだ。俺はもっと良い藤原基央になれるように頑張るんだ

数字なんて関係ねーんだ。ホント関係ねーんだ。お前らもよく虐げられてるだろ? 数字の強い人たちにさ

俺は強いヤツが好きや!俺に命令出来んのは強いヤツだけや!

手加減はしねぇ、死にてぇ奴だけかかってこい!!!

成し遂げたいことに必要な条件を、明確に把握すればするほど、達成される確率は高まっていく

じいちゃんばあちゃん天国で見ててけろ。明日も歌うからよ

私は死ぬまで、死ぬことについて、そして生きることについて、考えていると思う。

世の中が楽しくなりそうなそんな予感がしますよ。君達はどうですか?

もし、黄色と橙色がなければ青色もない

全然ネガティブとかポジティブとかではなく、それ(死の存在)を知ってるから僕たちは生きてるって、そう思えたんですよね。死なないやつは生きられないわけですよ。で、生きてないやつは死ねないわけですよ、やっぱり。(死の存在について)

I don’t believe in killing whatever the reason!
どんな理由だろうと殺しはいけない!

太陽を黄色い点に変えてしまう絵描きもいれば、黄色い点を太陽へと変えられる絵描きもいる

生活と人生は違う。質素な生活、豊かな人生。

俺らはハリウッドスターほど会えない人達ではない。現に俺らは曲で君達のそばにいるから

真のイノベーションと新奇さを混同してはいけない。イノベーションは価値を生む。新奇さは面白いだけである。ところが組織の多くが毎日同じことを行い、毎日同じものをつくることに飽きたというだけで、新奇なものに取り組んでしまう

エライこと引き受けてしもうたなぁ。しゃーない!真島吾朗、いっちょやったろやないかい!

先に見出し、後に捜し求めよ

いったい何を見て来たんだい? その若さでミイラか? 可能性はどこにあるんだ? それは君の目で見て耳で聞いたものの中にしかないはずだ。

弱気になる瞬間も多いけど、そんな時は過去のライブ映像を観たりしてます

正義の尺度は声の多数ではない

結局芸術の唯一の原則は、見るものを模写することだ

デッサンと色彩とは区別することはできぬもので、彩色をほどこすにつれてデッサンがなり、色彩が調和していくにつれてデッサンは正確になる。色彩が豊富になる時、形も充実する

学ぶことは何もないの。楽しむだけでいいんだ

音楽家は勉強が好きじゃないと務まらない仕事

イエスとノーのあいだに真実が息づいている

本当に。自分は誤りのない人間だと例外化してしまうのが、いちばん恐ろしいことだなと自分を戒めます。あとは、発言や行いや考えを批判することと、人を非難することの違いを考えてます。この違いって、悩ましいんですが、結構大きいことなんじゃないかと思っていて。

最強頑張っている人を見ると泣きそうになる。かっこよくて。俺もああなりたい

自分が感動できるものを提出していかないと、周りの人、ひいては観客に響いていかない

俺達の事な、忘れてもいいけど、此処でお前らがしてるその顔を忘れんな!お前等一人一人が主役なんだ!

ボクシングって勝った方が腕を上げるじゃないですか。でも天秤は負けた(軽い)方が上がるんですよ。・・・・・それっておもしれぇなぁと思って

昔のファミコンの音楽は、3音しかありません。だから、本当に必要な音だけを残す作業を行いました

望みがないわけじゃないけど、誰かに叶えてもらったらつまんないでしょ。

俺は黒にはすごく強いイメージを持っていて。例えば、何も悪いことをやっていない神父さんもいれば、元死刑囚だけど途中で神に出会って神父さんになるのでは全然違うでしょう。そういう存在に対する憧れがありますね。そういう人にしか出せない優しさみたいなものがすごく好き。逆に、潔白潔癖なものには優しくない感じがあるんですよ

子どものころから、四角形に対する漠然とした疑問はありましたね

私はいつも自分のできないことをしている。そうすればそのやり方を学べるからだ

100の好きを見つけても1の嫌いに心を裂かれたりもするし、言葉や感情は、削れば削るほど尖っていったり伝わりやすくなったり。自由自在の怖さ!

どうだ。内地の腰抜けのオッサンのパンチは痛かったか?

人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう

私は、愛したいと思いながら、それができない。私は、愛すまいと思いながら、それができない

効率とは、現在既に行われている事をより洗練させることである

人生で最もすばらしい癒し、それが愛なのだ

一人立てる時に強き者は、真正の勇者なり

Count your age by friends, not years. Count your life by smiles, not tears.
年ではなく友人で年齢を数え、涙ではなく笑顔で人生を数えようよ。

言葉なんていらなくなるよ、きっと。僕が立派になれれば。

人間は、「自分でなければ出来ない」と錯覚していることが多すぎる

偽の絵描きは、この木、この犬を見ない。木というもの、犬というものを見るだけだ。同じものは何ひとつないのに

「命短し、目抜き通りを歩こう」っていう気持ちなんです、今。本当に。人生がどんどんシンプルになってきている

俺は右でも左でもかまわないんだ。そんなことどーでもいいんだ。右にどんどん行ってみろ。やがて左側に来ているのさ。地球は丸いからね

忍耐もまた行動の一つの形態だ

私の耳は貝から 海の響きを懐かしむ

10年後に生きている確率よりも、明日生きている確率の方がきっと高いじゃないですか。だから明日持つ夢の方がすごく大事です。

あなたには安らぎがある。贅沢さはない。お金が一端を握っているなんて言わないでくれ。私が提案している贅沢には、金はまったく関係ない

「ブルーフォレスト! 」「ねぶた根性見せてみろ! 」(青森ライブにて)

好きだから、大切だからこそ人は高いところを目指す

急流中底の柱、即ち是れ大丈夫の心

自然には未だ知られていない諸力がある。我々が自分自身の余すことなき全てを自然へ委ねるとき、自然はそれらの力を我々に貸してくれる。我々の眼では見えず、知性でも理解・推測できないその諸力の形相を示してくれる

何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう

自らに求めるものが少なければ、成長しない。多くを自らに求めるなら、成長しない者と同程度の努力で巨人に成長できる

何かをするのに私は歳を取りすぎてると言われたら、そのことにすぐに取り組むようにしている

他者同士だからさ、分かりあえなくて当然

ネガティブな奴とポジティブな奴はまるで行動の仕方が変わってくるのさ

自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか

若さと年齢は無関係

安定とか定着ならこっちから願い下げだ。媚びるのも飼いならされるのもごめんだ。すごいシンプルにいこう。作家は作れなければ死ぬだけだ。そのルールに異論は全くない。やったろうじゃんか

著者の死後、彼の日記を読むことは、彼からの長い手紙を受け取るようなものだ

感動っていうものに限界は無いじゃないですか、日々。それに突き動かされるんですよ

NUTOPIA has no land, no boundaries, no passports, only people.
ヌートピアには、国土も国境もパスポートも持たない。人々だけだ。

自然が本当に好きなら、あらゆるところで美を見い出せるだろう

”世界”というのは自分の中にあるんです

愛をうまく告白しようとか、自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、構える必要はない。きみの体全体が愛の告白なのだ

ドリフターズのお客さんを見てごらん? 大人がいないだろう? 小学生くらいの子供たちでいっつも会場は満員なの。で、大人になったらその子たちは卒業していなくなる。でも次の子たちが入学してまたドリフターズを観に来るの。

私は「わかってたまるか」っていうことをやるのも面白いと思ってます。いまだに。

例えばスリーコードでエイトビートならみんなロックンロールかって言ったらそうじゃないものもあるわけ。スタイルじゃないんですよ。だから様式美ではなく、そこにある熱が大事なんですね。

自分には才能がないって思っていたんですけど、今は自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやっています。

どうしてなんだ?どうして俺が来るとこうなるんだ?どうして誰かが、犠牲にならなきゃならないんだ……? なんでだ?なんでなんだ……!

私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい

ありとあらゆる感覚を総動員させ、自分を限界まで追い込んでいく

絶対に言えるのは、時間が経つとワインと同じで良くなるんです。少々の時間じゃだめだけどね、100年後とかね。何でもない写真でも100年経ったらすごく良く感じるんですよ

俺、ホント、意味ねえと思うもん人生なんて。「人は何のために生まれてきたのか、何をすべきかなのか」なんて、どうでもいいじゃん。そんなの誰にも決められないことじゃん。自分で決めるんでしょ、人生の価値ってのは。本当に自分が素晴らしいと思うことに一生を費やすこと、それがいちばん価値があること。

人を掴むのはコンセプトの面白さじゃなくて、それを実行に移している瞬間のテンション

普段の生活が幸せならいいんだよ。だけど、本当につらいときに聴いてみな。ROCKはお前等を救うよ

近代的になるなんて努力しなくていい。悲惨なことになにをやろうと、唯一避けられないのがことがそれだから

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

新大久保から来ました。(THE BIRTHDAY福岡ライブにて)

国際級のすごいソリストを入れても、中に一人下手な人間がいるとアンサンブルとしての実力は、そのレベルに下がってしまう

昔、メーカーさんがよく、「アルバムアーティスト」という言葉を使われていたでしょう。私がデビューした頃はそういう言葉が残っており、自分はそれだと自負していたんです。シングル曲がアルバム内で違った匂いを発するよう、意図して構成するとき、「これこそが私の本業の終点だ」と感じたりします。

仕事じゃなくてもやるもんね!

なにもかもうまくいってるのになんか足んねえって時は未来に進む道にポッンポッンと自分で種をまくと知らないうちに種まできてはいけるから楽しい

やっぱりみんな自分の手を動かして曲を書かないとダメですよ。作家っていうのは実態のないものだから、いっぱい書かないと本当の姿というのが現れてこない。書いて初めて、実態というのがあるように見えてくるというだけで。

客の二酸化炭素は俺らの酸素なんだ

なんか人見知りですって自分で言う人いるじゃないですか。それってめっちゃよくないなって思ってて、すごい自分から人を引き離してるの良くないなって思って。

何もすることがないから明るく引きこもってるんだ。でも結構楽しいです

自分にいろんな矛盾があることが当然

運が悪かったんだよ …お前等は

(18歳の頃)もしかしたら現実逃避したかったのかな

釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね

問題になろうがどうしようがいいんだもん。それはまた対処していけば。だけど大人たちに相談しちゃうと問題になりそうだからやめようってことになっちゃうんだ。

僕は一貫して自己満足です、めざすものは
