


死ぬと分かってて戦うのが一人前の男って訳じゃない。男なら命を張る場面はきっと来る。お前にその時が来たら、思いきりやればいい。

自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか

歌なんて誰でも歌えるからヴォーカリストになった。だから、誰にでも歌えるような歌しか歌わないんよ。

私は、愛したいと思いながら、それができない。私は、愛すまいと思いながら、それができない

普通の大人なら、球場はボールが飛んでくるから人にいわれなくても自分で注意する。それができないのは五歳か六歳で、つまりそれがいまの日本人の精神年齢ということだろう

自分を、好きな人、嫌いな人、世界を知りたいから歌詞を書いている。

好きなことだったらめんどくさくていいじゃない!

Reality leaves a lot to the imagination.
現実は、その多くを想像に委ねている。

あいつが…運命と闘うなら…、俺はあいつのために、命張ってやろうと思うんだ。

大事なものは他者に求めてはいけないと思ってた

生まれたとき、死んじゃう可能性のある病気の手術を受けて助かったことがあったからか、あたし、生きることにとても執着がある

人の本当の仕事は30歳になってから始まる

のめり込み過ぎちゃうと、いざ自分が何か失敗した時に逃げ道がなくなって、音楽で失敗することが怖くなっちゃう

愛は人生において、最も優れた栄養源である

人は、まず当たり前の作品に対してでも、ある程度は尊重して、それも少しは何かを表していることを認めなければいけない。そして、大いに努力しなければ、その程度にすら到達できない

最近はお金持は多いけど、上品なお金持はなかなかいない。だいたいは下品だ

お前らが死んでも音楽は何万年も続いていくんだよ

幅を広げたかったら、知性を磨くことと本当の修羅場をくぐり抜けること

近道は何度も出来たんだけど、後ろを振り返ったときに後ろがないと不安でしょうがない

虫だって光の好きなのと嫌いなのと二通りあるんだ!人間だって同じだよ、皆が皆明るいなんて不自然さ!

手ぇ離せや。俺はもう誰の命令も聞かん。あの娘のことはもうほっといたれ。これ以上 手ぇ出すんやったら嶋野の親父やろうが殺すで 俺は……

We need to learn to love ourselves first, in all our glory and our imperfections.
僕らは、自らのすばらしさと不完全さのなかで、何よりも自分自身を愛することから学ばなければいけない。

やっぱ俺は唄を選んだ人間なんだなって思ったんだよ。どんどん喋るのが下手になってって、どんどん唄うのが好きになってって、これは唄えって事だ。

暴力は、常に恐ろしいものだ。たとえそれが正義のためであっても

他人を、誰かを愛するという行為は、全ての可能性の始まりだと思っている。

確実にたくさんの曲を作り続けていくには、気分の波に流されてはいけない

「絵になる風景」を探すな。よく見ると、どんな自然でも美しい

その言葉の持ってるリズム感、そういうことの方が全然大事なんだよね、ヴォーカリストには。言葉1個1個のリズムね

その人がいい趣味をしてるかどうかを見極めるのは簡単だ。絨毯と眉毛がマッチしているかだ

文学の偉大なる傑作とは、使えない辞書のようなものである

(RC時代、ローリングストーンズのパクリでは?の声に)なんだ、今頃気付いたの?

芸術において不道徳は存在しない。芸術はつねに神聖である

芸術に従って芸術を作ってはならぬ

低級な芸術家たちは、常に他人の眼鏡をかける

日本の文化っていうのは、常に「明日は知れぬ身」って考えるのが基本じゃないですか

新大久保から来ました。(THE BIRTHDAY福岡ライブにて)

楽しめてるって事はカッコいいんじゃねえかな

『大切な人の死』という出来事は、大切な人が自分にくれる最後のプレゼントだと思います。どんな形の死であれ、僕はそう思います。だからこのプレゼントをいつまでも大切に愛することができます。

親切ではないけど、やさしい。丁寧ではないけど、やさしい

人間の運命は人間の手中にある

一生懸命考えたり思ったりしてわからなくなって、最後の最後のところで逃げ場のないところまで追い詰められて、だからロックンロールをやってる気がするんだよ

偽の絵描きは、この木、この犬を見ない。木というもの、犬というものを見るだけだ。同じものは何ひとつないのに

与えようとばかりして、貰おうとしなかった。なんと愚かな、間違った、誇張された、高慢な、短気な恋愛ではなかったか。ただ相手に与えるだけではいけない。相手からも貰わなくては

僕の場合、作曲の作業に入っているときは生活も一定のペースを保ち、できるだけ規則的に坦々と過ごすように心がけている

20代で音楽的に成熟したものや洗練されたものを書くには生意気に見えてしまいそうでしょう。20代は本当にずーっと困っているという感じでした。30歳くらいから力加減を探っていけるようになってきて、ここ数年でやっと、等身大の仕事をするようになってこれた気がしています。すると今度は体力が落ちてきて……ねえ、人生って。それも全部描くしかないです。

弱気になる瞬間も多いけど、そんな時は過去のライブ映像を観たりしてます

ただこの世の中に生まれてきたから、惰性で生きてるなんて、そんなやつは、生きてる必要ない

自分が変わるんじゃなくて、変わり続ける何かが俺の中にいるんだよね。

芸術というものは自然の研究に過ぎません。自然です。何もかもそこにあります

人の卓越性は、ひとつの分野、あるいはわずかの分野においてのみ、実現されるのである

みんな何かしら人知れず苦労しているものだ。だから自分から進んで苦労する必要はない

本物の画家というのは歴史の騒乱に囲まれながらも洋ナシを根気強く描ける人だ

清志郎。あなたとの思い出に、ろくなものはございません。今日もそうだよ・・・。ひどいよ、この冗談は。ありがとう。一生忘れないよ。

声でねぇけど唄わしてくれ。今回のツアーで俺わかった。お客さんがいると唄えます。聴きてぇって思ってるヤツがいつと唄える。だから、一呼吸分の力を分けてくれ!

ボクシングって勝った方が腕を上げるじゃないですか。でも天秤は負けた(軽い)方が上がるんですよ。・・・・・それっておもしれぇなぁと思って

絶対に誰かと肩がぶつかる。でも『ごめんね』って言うしかないんです。『ごめんね、でも俺も生きてるし、お前も生きてるからさぁ』って。『お互い痛いわけだしさぁ』っていうね。そういうのをお互いが感じるんだと思います。そういう肩がぶつかったその痛みすら、俺は愛しいと思えるんです。確実に自分も存在してるし、その人も存在してるから。肩がぶつかるよりも、抱き合えたら1番嬉しいんですけど。

楽曲を作ることの方が楽しい。それをいつ本業にできるかって最初から思ってた。

生きてると後悔はつきもの

なんつーか…俺もなに言ってっかわかんなくなってきた! つかこんな事言うとホントてれくせぇけど、なんてゆーか…なんかお前ら可愛いんだよ(笑) いや…女子に言ってんじゃねぇよ!? ここでは女だとか男だとかそんなの関係ねぇ。ここにいる奴らはみんな同じだって…今回もブスばっかだなぁ

まったくもってロックンロールはすげえ。ほんとに。だけど そんなにすごいロックンロールでも 世界中に一握りしかいないんだ

何か感じたり思ったりしたことっていうのは、将来の何かに影響してんだよな

芸術は何かっていうと、抑制だよね

曲を書く際に、人を感動させようとか、美しいメロディーを書いてやろう、と考えているわけではない

もう俺は、相手がお客さんであろうが、メンバーであろうが、友人であろうが、音楽でしかきっと何も伝えられない。

持てる者は失うことを知り、幸せは苦しみを知る

重荷をいただいた胸は打ち明ければ軽くなる

太陽が輝くかぎり、希望もまた輝く

作曲の際はパソコンを使って作業しています。もちろん昔は五線紙に鉛筆で楽譜を書いていました

神は、もはや人間の力では助けられない時のみ助ける

絵を描き始める前に、すでにそれは私の心の中に形作られている

気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常

中学時代はラジオが好きで、「オールナイトニッポン」をよく聞いていました

ほうきとか持ってエアギターとかしたりするわけじゃん、憧れて。それの延長なんだよ

何が正しいかなんてわからんでしょ。俺が死んでも答えは出んよ。 そんなら好きだと思う事やるしかないんじゃないかなあ。

彫刻は、凹凸の術である

空に手を掲げれば、俺はここに存在してるって信じられる気がする。それは必然ではないけれど、存在理由として必要だと思う。要は下ばかり見るなってことだ。

欲張りな人間が、諦観を覚えたときは強いよ

老年は騒音から遠ざかる。沈黙と忘却に仕える

そや桐生チャン…龍司とかいう奴に負けたら承知せぇへんで。俺との勝負も残っとるんやからなぁ。

基本的に完成は信用しない

志のない人間は魂のない虫と同じで、いつまでも発展することは無いのだ

涙が出てきたら、耐えて、苦しんで、そして前進あるのみだ

私は「わかってたまるか」っていうことをやるのも面白いと思ってます。いまだに。

原因は何十年かのちに学者が明らかにするだろうが、行動する経営者としては待っていられないだろう。使えるもの、分かったことはどんどん使いなさい

何かを表現していく人間にとって、自分の拠り所を気分に置いてしまうのは危ういこと

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくる

神なんて全くその辺の芸術家と変わらない。キリン作ってゾウ作ってネコだろう。様式もへたくれもありゃしない。前と違うもの延々と作り続けてるだけ

自分じゃない自分を出すのが怖い

一度志を立てた以上は、何よりもまず目的を定め、少しの時間も無駄にせず、確実な道を歩んで、その目的を達成するように努力するのがよい

(死は)誰でも迎えるものなのに、それを忌々しく言うのは変だし、滑稽だなって思います

人と繋がりたかったら、求めるんじゃなくて、求めたものを持つんじゃなくて、求めるもの全部、自分が閉じ込めてしまうぐらいの、一方通行の自分勝手な行動をぶつけて、それに答えてくれた時に、本当に繋がれるんじゃねぇのかな。

俺も好きなバンドには一方的な想いをぶつける

こないだまでうつだったんだよ。みんなはうつにならないかもしれないが、僕はなるんだ。自分はなんて嫌な人間なんだろうって自己嫌悪になって…ずっと自分は変わっていると思ってたんだけど、みんなも良い所と悪い所があって、変わっていて、それが普通なんだよな。だから、僕も普通なんだって思えるようになりました

ものがそこにあるという尊厳。これはいったいなんだろう。ただあるというだけなのに

三大欲求以上の高等なことは考えたくないって言ってるんでしょうね。結局それぐらいしか私は本当のことを知らないし、「それ以上の本当のことを見ると私は傷ついてしまうし」っていう。

お前らがライヴを見ている瞬間は、甲本ヒロト、そしてブルーハーツってバンドはこの宇宙のどこをくまなく探しても、お前らの目の前にしかおらんのじゃ。

音楽は、常に論理と感性、車の両輪で出来る
