


我々は何をするにも、常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと

歌詞の中にこの言葉を入れたら、昔はそれが、「面白いね」とか「馬鹿じゃね」とか、笑われて済むようなところだったのに、今はもう笑えなくなってきたところもあります(コンプライアンスが厳しくなって)

戦争は戦争を養う

ほうきとか持ってエアギターとかしたりするわけじゃん、憧れて。それの延長なんだよ

人間と人間社会の問題なのかもしれない。つまり偶然というのは、本当はこの世の中を無数に満たしている事柄なのかもしれない。世の中はむしろ無限の偶然で成り立っている

(身長・体重・胸囲は?)168cmぐらい、50kgそこそこ。胸囲は僕に抱かれてみて判断しろ

書いたり発したりすることも大切だけど、今必要なのはちゃんと耳を傾けることなんじゃないかと思います。読むこと、感じること、と言い換えてもいい。受け取ること。吸い込むこと。それを温めること。そのうえで書くこと、発すること。それをまた、お互いによく聞くこと。俺もできてませんが…。

芸術家を何とお思いか。画家なら目、音楽家なら耳、詩人であれば心に抒情、ボクサーなら筋肉のほかに何も持たない愚か者とでもお思いか。それはとんでもない勘違い。芸術家はそれだけでなく、政治的な存在でもあり、世の中の悲しみ、情熱、あるいは歓びにもつねに関心を抱き、ただその印象に沿って自らを形作っている

成功する人に共通しているのは、ひたすらひとつの事に集中しているという点である

運が続くというのは、じつはどこかで運のウィルスに感染して、症状が広がっている、という状態なのではないだろうか

家族でも、うっかり見ていないゲームの結果を言おうものなら、次の日までずっと機嫌悪いみたいな。「センスねえ人間だ」っていう感じになっちゃうじゃないですか(笑)。サッカーには、人をそうさせる何かがある。熱くさせるスポーツですよね

死を怖れない者に何を怖れろというのだ

Part of me suspects that I’m a loser, and the other part of me thinks I’m God Almighty.
自分が負け犬じゃないかと思う一方で、全能の神のように感じる自分もいるんだ。

Zepp Tokyoには幾つか強烈な印象が残っているライブがあって。以前、声が出なくて点滴を打ってステージに立ったこともあったんですよ。あのライブも良かったんだよな

真理に年齢はない

芸術作品は、部屋を飾るためにあるのではない。敵との闘争における武器なのだ

普通なことが特別で特別であることが普通なこと

お前自身を知ろうとするならば、いかに他の人々が行動するかを観察せよ。お前が他の人々を理解しようとするならば、お前自身の心を見よ

ロックンロールは吐き出した瞬間と受け取る瞬間があって、受け取った瞬間に完成するものだとは思ってる。僕の出すロックンロールは僕だけでは未完成なんだよ。聴く人がいてその人の心の奥の中で完成する

人間一人ひとりを見ると、みんな利口で分別ありげだが、集団をなせばたちまち馬鹿が出てくる

常に非現実を生きてる気がしてならないなぁ。本当にこれ、私の生活か?

明日のための今日ではなく、今日のための今日ですよ

何かを成し遂げるためには、そのことをしか考えられないという“狂い”が必要となる

じいちゃんばあちゃん天国で見ててけろ。明日も歌うからよ

ガキンチョだますのがロックだと思う

他人の短所が目につきすぎる人は、経営者には向いていない。長所を効果的に発揮させるのが自分の仕事だと考える人が、有能な経営者になれる

What I am looking for is not out there, it is in me.
探しているものは外になく、自身の中にあるものです。

今は、もう感動はない。だから感想が湧くのである。感動には叫びはあるだろうが言葉はない

多くの人が渇望するような、毎日の生活で繰り返し聴く必要のあるものでなければダメでしょって思っています。

自分の中で一度燃え上がった想いというのは、止めることが出来ない

自らの果たすべき貢献は何かという問いからスタートするとき、人は自由となる。責任をもつがゆえに、自由となる

とりあえず放送した方がいいというので、日本の世の中には形式だけのアナウンスがわんさと流れている。日本人は形式が好きだ、と思われても仕方のないことだ

否定する材料を探したいんでしょうね。色々言おうと思えば言える材料がたまたまそろっているから、面白おかしくおっしゃりたいんじゃないでしょうか。それで私の何が奪えるというのだっていう感じですよね。

お前らの人生がライブハウスみたいだったらいいなぁ。おされたり、ぶつかり合ったり、倒れちゃったりして、でも自分の力で立ち上がったり、時には周りの人に助けられたりしながら起き上がって、次の瞬間にはものっすごい笑顔で前を向いてる。お前らの人生がそんなだったらいいなぁ

普通=そこそこ、そうじゃないでしょう。最高じゃん!

子どもの時から音楽が好きでしたので、音楽学校に行くことも考えましたが、音大の入試にパスするほどピアノが弾けませんでした(最終学歴:東京大学教育学部教育心理学科)

世の中に言いきれることってねえが。 でも恋愛は絶対素晴らしいと言いきるよ

俺の喜びはいつか忘れるもんばかりだった。でも忘れたくない。

判断の代わりに公式を使うことは、つねに間違いである

Alone we can do so little; together we can do so much.
私たちがひとりで出来ることはほとんど無い。私たちが一緒に出来ることはたくさんある。

みんなにとってこの曲がどんな意味を持つかは分からないけど、俺はこの曲が嫌いなうちはさ、なんでこんな曲作っちゃったんだろうって思ってるうちは、あぁ俺幸せなんだなって思えるから。

作曲には、論理的な思考と感覚的なひらめきを要する。論理的思考の基になるものが、 自分の中にある知識や体験などの集積だ

芸術家になるためには、まず自分の目や耳でよいものを感じて選びとる「審美眼」が大切

女は変幻自在。それを面白がるしかないでしょ。もっと小気味よく生きる女性が増えたらいいなって、ずっと思っていました

美術館はちょっとまとまり過ぎてる感じで、博物館的な世界には思わぬものがあるんだよね

幸せのまんま放っておいてほしい

神童などという言葉は、家族のつくったものだ

音楽って難しいけど楽しいな。昨日今日でやってこと、明日全部やり直し。でも、そういうの嫌じゃない。多分、必要なプロセス。

時間は私たちに残された数少ない大切なものだ

俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。

自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか

女には、生まれつき筋をつらぬく面がある。男よりずっとしっかりしているよ

この世界中の人口の1%の人たちが世界中の富の90%を持ってて、残りの99%の人たちが残り10%の富を持ってるんだってよ。俺らはそんな世の中クソくらえって思うんだ。でももしかしたら(音楽で)こんな世の中変えていけるんじゃねーかって思ってる奴の人口の方が多いんじゃねーかって思ってる

人生において、諸君には二つの道が拓かれている。一つは理想へ、他の一つは死へと通じている

母は、私にこう言った。「あなたは、軍人になれば、いずれ将軍となるでしょう。修道士になれば、最後には法王となるでしょう」私は、その代わりに画家になり、結局ピカソとなった

スペイン内戦は、スペイン人民と自由に対して、反動勢力が仕掛けた戦争である。私の芸術家としての生涯は反動勢力に対する絶え間なき闘争以外の何物でもなかった。私が反動勢力すなわち死に対して賛成できるなどと誰が考えることができようか。私は「ゲルニカ」と名付ける現在制作中の作品において、スペインを苦痛と死の中に沈めてしまったファシズムに対する嫌悪をはっきりと表明する

ヘルマン・ヘッセも書いている。ユーモアが大切なんだ。ユーモアのわからない人間が戦争を始めるんだってね。

市場において目指すべき地位は、最大ではなく、最適である

俺は、正直モンが好きなだけや。人の顔色うかがったりせんと。俺が、そうやからなぁ。

目標に達するまでの道筋を多くしないこと

絶対に言えるのは、時間が経つとワインと同じで良くなるんです。少々の時間じゃだめだけどね、100年後とかね。何でもない写真でも100年経ったらすごく良く感じるんですよ

「時」の歩みは三重である。未来はためらいつつ近づき、現在は矢のように速く飛び去り、過去は永久に静かに立っている

若いとき旅をしなければ、老いてからの物語がない

人生の長さは一秒にも満たない。その僅かな時間に永遠に向けての準備をしなければならないとは!

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

聴くのをサボんなよ。俺歌うから

間違いや失敗を犯したことのない者というのは、単に無難なこと、安全なこと、つまらないことしか、やってこなかっただけである。逆に優れている者ほど、数えきれない間違いを犯すものであり、これは常に新しいことに挑戦している証拠である

帰ってきたぜ!もうどこにも行かないぜ!(アベ加入後、初のライブにて)

絵の玄人なんていうものは、絵描きに対してロクなアドバイスをしない

癌もロックンロールだ。

例えば勉強ができるから偉い、運動ができるから偉い、友達と仲良くできるから偉いとか、なんかあるんだけど、ロックンロールを聴いた時に何もしなくても偉いんだと思って。

彫刻に独創はいらない。生命がいる

明日に引き伸ばせば、それは死んでしまう

どんどん、くだらなくなっていってる。音楽もTVも低能になっていってる。殺人も犯罪も短絡的になっている。警察は庶民を守ってはくれなくなった。

どうにもならないことなんて、どうにでもなっていいこと。

自分が元気ない時でも、周りに元気で接すると周りが明るくなるから自然と自分も元気になれる

詩人は未来を回想する

大事なのは縛りあうことじゃなくて、お互いがお互いをひきつけ合うことじゃん

「最近バンドの調子がいいですね。」とか会ったこともない奴に言われる機会が増えました。そういう奴らには、これからも「おめー誰だよ!!??」ってやっていくんで、皆さんよろしくお願いします

「五稜郭ジャンキーズ! 」「みんな、牛好きかー?!ジンギスカーン!」(札幌ライブにて)

まっさらな目をもて!そして目的を捨てろ!

少なくとも僕にも誰かを楽しませることはできる

アンタには諦めんことの重要さを教わったわ。俺も執着するで、真島吾朗っちゅう男の生き方に

たかだか三分ほどの曲でもそうですし、五十分のアルバムでも、九十分のステージでも同じです。「たった今こういう気分の女の子のために」と用意します。そうそう思い浮かべるのは決まって女性です。男性に対してはおよそ腹立たしさしかない。それは女性を瞬間的にブスにするのが必ず男性だからでしょうね。

もし仕事というものが、人間にとって生きることのあがないではなく、生きることの目的であったら、人間はどんなに幸福だろう

僕は成り行きですね。でも、怠けないと思う。大好きだから

あらゆる活動について「もし今日これを行っていなかったとして、改めて行うか」を問わなければならない。答えが否であるなら、「それでは、いかにして一日も早くやめるか」を問わなければならない

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

このまま行けと、僕の中の僕が命じるんだ

女の顔はキャンバスだ 毎日女は少しだけ若い自画像をそこに描いている

言いたいことは言う。 その時は心を込めて言う。

(20代の時にやっておいた方がいいことはありますか?という質問に対し)簡単だよ、やりたいこと。

人生に意味はないよ。だって暇つぶしじゃん。暇なんだよ。みんな人生80年もいらないんだよ。3日もあれば終わるんだ。やることなんて。意味なんかないんだ。楽しければいいんだ。

着物を脱ぐ女性の美しさは、雲を貫く太陽のようだ

やっぱり音楽は大好きなことで、他に代わりがないから緊張するんですよ。今日のライブがダメでも、他でがんばればいいやとか、そういうもんじゃないから。

周囲より僕は歌の力ってのを信じてます。

急流中底の柱、即ち是れ大丈夫の心
