


人は大きな目的を持ってこそ、おのずから大きくなれる

のめり込み過ぎちゃうと、いざ自分が何か失敗した時に逃げ道がなくなって、音楽で失敗することが怖くなっちゃう

詩人は賞賛など求めてはいない。信じてもらいたいだけだ

建造物を新しく建てるとき、その外壁に現地の砂を混ぜるように、作詞段階で現地の砂を混ぜて仕上げるというのが、ずっと変わらない自分のやり方です。

学問は生涯を通じて心掛けねばならない

上手であることはそんなにいいことか?とも思う

思い出すのは、あんまよくないよ

好きなことだったらめんどくさくていいじゃない!

自然には未だ知られていない諸力がある。我々が自分自身の余すことなき全てを自然へ委ねるとき、自然はそれらの力を我々に貸してくれる。我々の眼では見えず、知性でも理解・推測できないその諸力の形相を示してくれる

芸術愛は真の愛情を失わせる

例え、一流よりもいい音が出せたとしてもまだニ流なのです。大事なのは、その音を出し続けることができるかということ

基本的に全てのキャラクターは、レベル99まで上げます(※自身が無類のゲーム好き)

やった分しか、返ってこない。適当にやっていて、超ラッキーでこんなすごいことになっちゃいましたってことは絶対ないよ。そんなに甘くないから。

気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常

作曲の際はパソコンを使って作業しています。もちろん昔は五線紙に鉛筆で楽譜を書いていました

作曲家の基本命題は「いい曲をつくる」こと

兄弟は、塀の中で死ぬようなタマやない。あいつは必ず戻ってくる。……俺を殺しにな。

聴くのをサボんなよ。俺歌うから

酒は何も発明しない。ただ秘密をしゃべるだけである

昔の夢によりかかったり、くよくよすることは、現在を侮辱し、おのれを貧困化することにしかならない

今真剣なんだ。邪魔するな!

ひらめくまで待つ

一番悪い奴は「口だけいいことを言って実践しない奴」次に悪いのは「悪いことばかり考えてる奴」そうなりたくねぇんだ

「焦りすぎないでいいよ」と言われ焦った

恥ずかしくない生き方はしたくないもんね。だから恥をかくんだよ

私は大金を持った、貧乏人のように暮らしたい

勝手に誰かと比べられて、色々決め付けられるのってどう考えても悔しいな

我々が描くのは顔の表?中?それとも裏か

自分にとっては結構厳しいなと思う瞬間だったり、もうめちゃめちゃ悔しい経験もしてきたから、そのときの気持ちを忘れたくない

成果をあげるための秘訣をひとつだけ挙げるならば、それは集中である

何十年後も、みんなが知ってるし、歌えるし、聴かれているという音楽を作りたいなと思いますね。芸術は残らなきゃいけないと思っているので。

彫刻は、凹凸の術である

流行なんて、文字どおり流れていく

この曲に関しては、音圧があったほうがいいかなって。ハジけたところがあったほうがいい、って思ったし。でも、気持ち的には大きいかもしれないですね。開いた気分でやれば、そうなるだろうし。(『或る街の群青』について)

楽しいと楽は違うよ。楽しいと楽は対極だよ。楽しいことがしたいんだったら楽はしちゃダメだと思うよ。楽しようと思ったら、楽しいことはあきらめなきゃダメだね。ただ、生活は楽な方が絶対いいと思うよ。でも人生は楽しい方がいいじゃん。生活は楽に、余計なことには気をとられず人生は楽しく。

優れた者ほど間違いは多い。それだけ新しいことを試みるからである

夫婦とは二つの半分になるのではなく、一つの全体になる事だ

これまでの実績など捨てなさい。自分の強みを過信した者は生き残れません

jupiterは「木星」の他にも「雨の神様」って意味があって、俺はその言葉がいいなって思って。「太陽の神様」じゃなくて「雨の神様」だって。じゃぁ、俺は皆を濡らしてやろうと。俺らは泣いてもいいんだよって言いたいバンドな訳だから。

美しさの極致は一人の女にだけあるのではない。すべての女にある。彼女たちはそれを知らないが、皆がこの美に到達するのだ。ちょうど果実が熟するように

アンタには諦めんことの重要さを教わったわ。俺も執着するで、真島吾朗っちゅう男の生き方に

我々は自分の内に天使をかくまっている。我々はこの天使の保護者でなくてはならない

正しくない事を言ったりしてるやつが居たら自分ひとりでもちゃんと「それは違う」って言えよ。そしたら俺みたいに嫌われたりもするだろうけど、最後は正直者が笑うんだからさ

わがままさっていうのはさ、必要なんじゃねえかなあ

頭のおかしい人と私の唯一の違いは私は頭がおかしくないということ

他者同士だからさ、分かりあえなくて当然

家族同様に暮らしていくうちに、猫はしだいに家庭の中心的存在になってくる

やりたい放題やるとか、自由でいるとか。その理想がすべて叶った瞬間、とりあえず俺の人生、終わりでいいかなと思った。

運命は人がその糸をもつれさせるのを好まない

自分自身によかれと思う者は、好ましく心やさしい妻をめとるがいい。さもなければ、いっそめとらぬがいい

星なんて見えなくたって心の中にありゃぁいいし、なきゃ唄えばいいし、唄えないまま死んだって全然OKだし、だからお前なんか大嫌いだけど大好きなんです。

テストの点数でお前らの価値は決まらねぇ

一番美しい絵は、寝床のなかでパイプをくゆらしながら夢見て、決して実現しない絵だ

周りからどんなにバカに見られたって俺らが楽しけりゃ俺らの勝ちだよな

我々が行動可能なのは現在であり、また未来のみである

自分がちゃんと物事をやってる時って人はさ、温和でいられるけど、自分が何もしてない時ほど人が醜く見えるモンだから。

優秀な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む

成功への道は自らの手で未来をつくることによってのみ開ける

太陽のように生きて、太陽のように死にたい

神は、もはや人間の力では助けられない時のみ助ける

どんどん、くだらなくなっていってる。音楽もTVも低能になっていってる。殺人も犯罪も短絡的になっている。警察は庶民を守ってはくれなくなった。

筋肉で力任せに殴るよりも、腰を入れて体重の乗ったストレートの方がズドンと重いじゃないですか

マーケティングの理想は販売を不要にすることである。つまり、製品がおのずから売れるようにすることである

感動の出発点は感動にあると思うんだ。なんで感動したのかを辿っていくと、表現されたものがどう作られていて、「だから俺は感動したのか」って分かる。もっともっと辿っていくと、その表現者が、かつて感動した瞬間に帰結すると思うんだよ。それが色んな何かをぐるぐると通過して、また人に届く。錬金術なんかじゃないんだよ。感動が伝わって、感動を生む。

「林檎」は筆名で。17ぐらいの時に。「少女A」みたいな名前だから、実際に何言われても平気。

女性はやっぱり、おいしそうなものにクンクンって吸い寄せられて、それで満腹になったら飽きて、別の方に行って。そういう風に生きていくものだと思うんです

意見や考えが違うのは当然のこと。より良い社会の「より良さ」も凝り固めてしまえばイデオロギーなんだけど、誰が勝ったとか論破したとかそういう方法じゃなくて、柔軟にその「より良さ」を目指すことについて同意しながら、進んでいけたらいいですよね。厳しさも排除せずに。

(身長・体重・胸囲は?)168cmぐらい、50kgそこそこ。胸囲は僕に抱かれてみて判断しろ

愛しあってるかい?

自然に線は存在しない

I do not want the peace which passeth understanding, I want the understanding which bringeth peace.
私は理解を超えた平穏を求めているのではありません。むしろ、平穏をもたらす理解を求めています。

曲って自分の子供みたいなもんでさ、自分から生み出したものだけど喧嘩して遠ざけたり、仲直りしたりして、時には向き合うことができなくなったりもして。

せやけど俺は……何があっても親父の子ですわ

人が、夜や花を、そして自分を取り巻く全てのものを、理解しようとしないで愛せるのはなぜだろうか。なぜか芸術に限って、人は理解したがるのだ

Work is life, you know, and without it, there’s nothing but fear and insecurity.
働くということは元気のもとだ。仕事がなければ恐れと不安があるだけだよ。

効率とは、現在既に行われている事をより洗練させることである

毎回が真剣勝負

僕は一生のうちに一晩でいいからあんなふうに歌えたら、死んでもいいと思った。

大リーグで活躍したいと思うことは夢じゃないんだよ。野球をやりたいというのが夢だ。

経験を賢く活かすならば、何事も時間の無駄にはならない

あなたのインスピレーションやイマジネーションを抑えてはならない。模範の奴隷になるな

くたばりたいってのはもう無くなりましたね。それは多分、裏返しじゃないですか、生きていたいっていう事の

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う。

期待なしに恋をするものだけが、真の恋を知る

本物の涙は、悲しい一ページからではなく、見事に置かれた言葉の奇跡から引き出される

私の誕生の日から、死がその歩みを始めている。急ぐこともなく、死は私に向かって歩いている

絵画というのは手で作った写真だ

もって行かれるぞ。甘い考えで生きてるとあっという間にもって行かれてしまう。この国をたて直すためには戦争をするしかないと考える人間がたくさん居るんだ。

中学時代はラジオが好きで、「オールナイトニッポン」をよく聞いていました

ドブネズミが美しいとわかんねえ奴はたいしたことねえ。

国が無くなっても自由に生きられるよ。国なんていう考え方に縛られているのは人間だけだ。

自分の中で一度燃え上がった想いというのは、止めることが出来ない

芸術家を何とお思いか。画家なら目、音楽家なら耳、詩人であれば心に抒情、ボクサーなら筋肉のほかに何も持たない愚か者とでもお思いか。それはとんでもない勘違い。芸術家はそれだけでなく、政治的な存在でもあり、世の中の悲しみ、情熱、あるいは歓びにもつねに関心を抱き、ただその印象に沿って自らを形作っている

(富士山を望むステージが売りのイベントで生憎の曇り空、富士山が見えないね、との問いかけに)でかすぎて見えねぇんじゃねぇの?(SWEET LOVE SHOWER 2007にて)

限界を越えることは絶対出来ないと思うんです。越えられないから限界と書くわけで。でも越えられるから不思議なんです。

大金を持った貧しい人のように暮らしたい

創造の最大の敵は「良い」センスだ

ただ大人たちにほめられるようなバカにはなりたくない
