


(富士山を望むステージが売りのイベントで生憎の曇り空、富士山が見えないね、との問いかけに)でかすぎて見えねぇんじゃねぇの?(SWEET LOVE SHOWER 2007にて)

女は変幻自在。それを面白がるしかないでしょ。もっと小気味よく生きる女性が増えたらいいなって、ずっと思っていました

意見や考えが違うのは当然のこと。より良い社会の「より良さ」も凝り固めてしまえばイデオロギーなんだけど、誰が勝ったとか論破したとかそういう方法じゃなくて、柔軟にその「より良さ」を目指すことについて同意しながら、進んでいけたらいいですよね。厳しさも排除せずに。

人間は、毎日生まれ変わる

ロック・ミュージシャンになりたいなんて言ったら、親も教師も友達も、みんながみんな反対してくれたもんだった。もうそれだけで社会の落伍者みたいなもんだから。でも、それはとても幸福なことだったと、今は思える。

だって欲しいから手に入れるんだし、好きだから抱きしめるんだよ。もったいないからとっとこう、ってのはちがう。その時点でそれはゴミなんだ。

People do not like to think. If one thinks, one must reach conclusions. Conclusions are not always pleasant.
人々は考えることを好みません、もし考えれば、結論に到達しないといけないから。結論はいつも心地よいとは限らないのです。

もともと人は全員、孤独なんだよ

Knowledge is love and light and vision.
知識は愛であり、光であり、ビジョンです。

パンのための学問

自分の強さを実感している人は、謙虚になる

やった分しか、返ってこない。適当にやっていて、超ラッキーでこんなすごいことになっちゃいましたってことは絶対ないよ。そんなに甘くないから。

チャンスとは一つのことに心に集中することによって、かろうじて見つけることができるものである

北海道、広いよなあ、カナダぐらいあるんじゃねえの?人口、ロシアぐらいあるんじゃねえの?

日本人が何をするにも明確であることが、私にはうらやましい

おそらく今日、高等教育を受けた人の割合が世界でもっとも多い国が日本である。日本にとっての問題は、いかにして彼ら高等教育を受けた人たちを生産的な存在にするかである

何かをするのに私は歳を取りすぎてると言われたら、そのことにすぐに取り組むようにしている

人の評価なんかどうでもいいし

「私は大衆の中の一人であって大して変わりはない」っていう風に思いたいから。絶対に私は普通のことを言ってて、誰しもが思ったことのあるることを言ってるはずで。

運命というのもひょっとしてウィルスみたいなものではないだろうか。それ自体では何事も起きないけど、他の実力をもったサルモネラ菌や、あるいは紙幣や、恋文や、試験の答案用紙や、いろんな物につくことで、それを動かす。でもそれ自体は姿も形もなくて、見ることができない

まず、やりたいを決め、次に何に集中すべきかを決めなさい

歌詞を書いてて出てこない時って、頑張って出そうとして出てくるものじゃない

金 金 言うてもヤクザは最後は力や。力失うた人間は 力ある人間にその道 譲らなアカン。冴島 お前は東城会の力や。絶対に強いまま 神室町に戻って来るんやで。

要は自分次第なんですよ 世の中君の映るように映る 君の感じるように感じる 君が変えれば変えるほど 変わってく。

そもそも不用のものや、そこに転がっているものに「妙なもの」があるんです。これは「妙なもの」としか言いようがないんですけど、それは、まだ誰も見ていないということもあって、それを発見するのが面白かったんですね

芸術家というものは、自分に才能があると思うとだめになってしまう。つけあがらず、職人みたいに仕事をしてこそ、はじめて救われる

僕はいつも自分が純粋に感じたこと、考えたことを、理解されようがされまいがダイレクトにぶつける

選択肢を前にした若者が答えるべき問題は、正確には、何をしたらよいかではなく、自分を使って何をしたいかである

人って、炎とか波とか、長い時間見てても飽きないらしい。同じ形になることがないから、って。変化し続けるものって儚い

俺は右でも左でもかまわないんだ。そんなことどーでもいいんだ。右にどんどん行ってみろ。やがて左側に来ているのさ。地球は丸いからね

創造の最大の敵は「良い」センスだ

僕らはユーモアがないものはどうしても楽しめないんだ。何があってもどこかにユーモアがないと堅苦しくて、そこの場所に居づらくなる

優れた医者というのは、正しい診断を最も多く下す人ではない。誤った診断をすばやく見つけ、それを直ちに改めることのできる人である

Everything is clearer when you’re in love.
恋に落ちたら、何もかもがクリアになる。

低気圧が僕を責め立てる。

俺にはなぁ……桐生ちゃんの 命より大切なモン━━見捨てることは できんかったんや。

不幸はなにも生まないね。不幸とか苦労とかは人をどんどんダメにする。苦労話とかする奴は「俺はこんなにだめなんだぜ!」って言って今まで何をしてきたかをひけらす人でしょ。ひけらかして自分の価値を認めさせようとするわけだ。そんなのは最低だ。

絶対に誰かと肩がぶつかる。でも『ごめんね』って言うしかないんです。『ごめんね、でも俺も生きてるし、お前も生きてるからさぁ』って。『お互い痛いわけだしさぁ』っていうね。そういうのをお互いが感じるんだと思います。そういう肩がぶつかったその痛みすら、俺は愛しいと思えるんです。確実に自分も存在してるし、その人も存在してるから。肩がぶつかるよりも、抱き合えたら1番嬉しいんですけど。

俺は右でも左でもかまわないんだ。そんなことどーでもいいんだ。右にどんどん行ってみろ。やがて左側に来ているのさ。地球は丸いからね。

No pessimist ever discovered the secret of the stars, or sailed to an uncharted land, or opened a new doorway for the human spirit.
悲観論者は星の神秘を発見したり、未発見の土地に航海したり、人類の魂への新しい扉を開くことは決してできません。

俺は巨大な産業としての音楽が崩壊しつつある中で、平たくなった場所はすごく楽しい遊び場になっていくと思うんですよ

本当を言えば、すべてが思想で、すべてが象徴である

僕って未熟だなって話です。どうすりゃいいのか未だにわからないし、わかって楽になったらいいなとは思う。ライブでも毎回緊張しますからね、どんな声が出るかわかんなくて。

幸せじゃない瞬間も含めて、幸せだと思いますね。

安定とか定着ならこっちから願い下げだ。媚びるのも飼いならされるのもごめんだ。すごいシンプルにいこう。作家は作れなければ死ぬだけだ。そのルールに異論は全くない。やったろうじゃんか

若い時から優れた作品に触れることが重要

友人の中にも損友と益友がある。益友とは自分の欠点を遠慮なく告げてくれる友のことである。益友の印象は悪い。時には自分の感情を害する言行もあるが、大切にしなければならない。益友の言葉により自分を正しい道に導き、欠点に気付き、矯正するのがよい

たった一曲だって、他人に最後まで聴かせるということは、結構すごいことなんだ。音楽に限らず、映画だってマンガだってお笑いだってね

愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない

私の耳は貝から 海の響きを懐かしむ

Optimism is the faith that leads to achievement. Nothing can be done without hope and confidence.
楽観主義は達成へとつながる信念である。 希望と自信なくして何事も成しえない。

こむずかしい理屈をこねたりしてる歌なんて、最悪。単純なラブ・ソングこそ、最高なのに。

今は、もう感動はない。だから感想が湧くのである。感動には叫びはあるだろうが言葉はない

その日、歩ける一歩を歩くだけ

「ブルーフォレスト! 」「ねぶた根性見せてみろ! 」(青森ライブにて)

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

いつでも大空が、自然の果てしないものが私を引きつけ、喜びをもって眺める機会を私に与えてくれる

愛しあってるかい?

ウィンターってウィンターって意味じゃないらしいよ。(The Birthdayの神戸ウィンターランドでのライブにて)

一番悪い奴は「口だけいいことを言って実践しない奴」次に悪いのは「悪いことばかり考えてる奴」そうなりたくねぇんだ

弱気になる瞬間も多いけど、そんな時は過去のライブ映像を観たりしてます

生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである

もし全員に好まれるものがあるとしたら、それは間違いなくくだらないものだ

焦点の定まった明確な使命がなければ、組織はただちに組織としての信頼性を失う

老年は騒音から遠ざかる。沈黙と忘却に仕える

何があっても、賛成反対両方あるのは自然

楽しいことは、みんないい事だとは思わないか?つまらないことは、罪悪だとは思わないか?

神童。それは多くの場合、非常に想像力の豊かな親を持った子供のことである

面白いねぇ、実に。オレの人生は。だって道がないんだ。眼の前にはいつも、なんにもない。ただ前に向かって身心をぶつけて挑む瞬間、瞬間があるだけ

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う

出会えた喜びはいつも一瞬なのにどうして別れの悲しみは永遠なの

ゆっくり急げ。美よりも速く走れ

……キスやな。キスかそれ以上のことやろな、やっぱり。歯…… 磨いとるな?六代目。

人間は、「自分でなければ出来ない」と錯覚していることが多すぎる

久しぶりー、前橋!……ごめん間違えた宇都宮!(栃木ライブにて)

絶望で生きてようと、希望で生きてようと、どちらも生きてるんであれば、まずそれが奇跡だなと。生きてることが本当にミラクルなことだと思うんですよね。

失敗することを恐れず、とりあえず何となくやりたい事をやってみたら?

あたしロマン派だから。猫の名前もゲーテとシューマンだし。

沖縄、色んなものがあるんでしょうね。…珍しい鳥もいるんだろうね…ほら、青いのとか…(石垣島にて)

私が生まれるということは不条理である。私が死ぬということも不条理である

(作曲家として)僕は、子どもの頃に「ベートーベン」というスゴイご馳走の味をいっぱい覚えたのが、本当にありがたい

大人になって大好きな人ができて、今まで男の子とチョメチョメしてきたのがリハーサルだったのかと思うぐらい、「私はこの人のために、経験や知識やこれから学ぶこと全部を捧げなければいけない。捧げるべきなんだ」って心に決める。すごく本能的に感じるんですよね

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

創造力で大きな仕事をしていく人たちは予定調和を嫌う

私は、人生の岐路に立った時、いつも困難な方の道を選んできた

現在持っているものに満足しない者は、持ちたいと思っているものを手に入れたところで、満足しないだろう

アキラメというのは人生的なものである。体験に基づくというか、体験の集積というか、いずれにしろ体に発するというか、体からじわりと湧き出る。それにひきかえ、シラケというのは、体験からのものとは違う

仕事のやり方を変えるのではなく、仕事の意味を考えなさい

重荷をいただいた胸は打ち明ければ軽くなる

自分の感情を音楽を通じて人々の前に発表してみたいという心がなければ、作曲しないほうがいい

この余白にたくさんの文字を書いたけど、沢山消した。俺の喉から貴方の耳まで新しい唄がお使いに行く。俺の唄は迷わないから、俺も心配しない。いってらっしゃい。

自然に基づいて絵画を描くことは、対称を写生することではない。自分の感動を現実化することである

みんなにとってこの曲がどんな意味を持つかは分からないけど、俺はこの曲が嫌いなうちはさ、なんでこんな曲作っちゃったんだろうって思ってるうちは、あぁ俺幸せなんだなって思えるから。

僕の何かを信じた時の強さですか?信じるっていう感情の強さですか?行為の強さですか?ハンパないと思いますよ。

詩人は賞賛など求めてはいない。信じてもらいたいだけだ

世の中に言いきれることってねえが。 でも恋愛は絶対素晴らしいと言いきるよ

曲を書く際に、人を感動させようとか、美しいメロディーを書いてやろう、と考えているわけではない

どうにもならないことなんて、どうにでもなっていいこと。
