


(音楽にスーパースターは必要?という質問に対し)自分がなればいいんじゃないッスか、自分にとってね。そう思えないヤツはずっと誰かの真似になっちゃうんじゃないかな。

やりたい放題やるとか、自由でいるとか。その理想がすべて叶った瞬間、とりあえず俺の人生、終わりでいいかなと思った。

運命というのもひょっとしてウィルスみたいなものではないだろうか。それ自体では何事も起きないけど、他の実力をもったサルモネラ菌や、あるいは紙幣や、恋文や、試験の答案用紙や、いろんな物につくことで、それを動かす。でもそれ自体は姿も形もなくて、見ることができない

人間は、「自分でなければ出来ない」と錯覚していることが多すぎる

長いこと暗い道を歩いてると……この先もずっと暗いもんだと思っちまう。前に進むことがイヤになる。自分の道がこの先どうなってるか分かってるやつなんてこの世にひとりもいねえ。俺らにできるのは立ち止まって泣くか、一歩でも前に進むかのふたつだけだ。あんたはどっちでも好きな方を選んでいい。入り口までは 俺が案内してやる

聴いてくれる君が居なきゃ、俺は歌えないんだ。自分の事を「世の中に必要無い人間」なんて思わないで下さい。現にこんなにも俺が必要としています。どうか生きてください

エライこと引き受けてしもうたなぁ。しゃーない!真島吾朗、いっちょやったろやないかい!

音楽でも童謡とか、誰が作ったかもわからないものが残っているのは、すごく素敵やなと思うんです

私は死ぬまで、死ぬことについて、そして生きることについて、考えていると思う。

全てのものは限られた量しかない。特に幸福は

音を出すことで何を伝えたいのか

僕の部屋は僕を守るけど、僕をひとりぼっちにする

たかだか三分ほどの曲でもそうですし、五十分のアルバムでも、九十分のステージでも同じです。「たった今こういう気分の女の子のために」と用意します。そうそう思い浮かべるのは決まって女性です。男性に対してはおよそ腹立たしさしかない。それは女性を瞬間的にブスにするのが必ず男性だからでしょうね。

お前らも絶対辛い時期があって、楽になりたいって思うときがあると思う。そういうのにあったときってさ、すーげぇいい人になっちゃうんだよ。もう傷つきたくないって思って、周りから愛されるようないい人に…でもそれって罠だから! いつまでも、何かに対抗する牙は捨てちゃなんねぇ

例えばスリーコードでエイトビートならみんなロックンロールかって言ったらそうじゃないものもあるわけ。スタイルじゃないんですよ。だから様式美ではなく、そこにある熱が大事なんですね。

何よりも辛いのは、永遠に完成することがないということだ

If everyone demanded peace instead of another television set, then there’d be peace.
もしすべての人がもう一台のテレビよりも平和を欲すれば、きっと平和は実現する。

秘訣というものはない。ただ正しさの法則があるばかりだ

モノを作ることを職業としていくには、一つや二ついいものができるだけではダメだ

Love is like a beautiful flower which I may not touch, but whose fragrance makes the garden a place of delight just the same.
愛は美しい花のようなもの。それに触れることはないかもしれないけれど、その香りは花と同じように庭を喜びの場所にしてくれます。

沈黙は絶叫よりも恐ろしい

制服は征服するためにかかせない。私の人生を通じて、市民の衣装を着るほど自分をおとしめるのは稀だった。私はいつもダリという制服を着ている

戦争やってる遠くの国のことよりも友達の方が大切だと思うけどなぁ

男性のお客さんでライブにいらしている方というのは、何かしらの誤解が生じているんじゃないかなって(笑)

「人生っていうのは勝手に与えられるんだから、自分が追求してもいいんだ。幸せ追求権ってあるだろう!」と思ったんですね

同じことは二度とできないし、マネもできないんですよ。

日々楽しく、面白おかしく暮らしたい(笑)

最高で当たり前なんだよ

腑に落ちた道を進んでいかないと、 苦労や失敗を背負い込む覚悟もできない

言葉なんていらなくなるよ、きっと。僕が立派になれれば

非合理的な顧客なるものは存在しない。顧客は、顧客にとっての現実にもとづいて合理的に行動している

私は常々「偶然耳にされたリスナーの方が、わくわくなさるような時間を提供せねば」と考えています。せっかくなら。子供の頃観た歌番組では、いろいろな歌手がよく、一緒に歌ったりしていました。ああいうフランクさが近年どんどん失われているのを寂しく思っています。

女の顔はキャンバスだ 毎日女は少しだけ若い自画像をそこに描いている

音楽が自分のすべてです

自分の声に何かがあって、歌えなくなったとしても、作詞は続ける。

ライブで観たときのダイナミクスってすごいでしょう。そのための技術を磨いておきたいと思いながらやってきたけれども、ライブってそれだけじゃ足りなくなる瞬間があって。そのときに引っ張り出されてきているのが人間力みたいなものなのかもしれないけれど、あまりそこに頼りたくないと思いつつ、歌っているだけですごいと言われるような歌い手になりたいというのはずっとあるんだよね

一番悪い奴は「口だけいいことを言って実践しない奴」次に悪いのは「悪いことばかり考えてる奴」そうなりたくねぇんだ

画家の質はその人の過去の経験の量に左右される

生まれたとき、死んじゃう可能性のある病気の手術を受けて助かったことがあったからか、あたし、生きることにとても執着がある

周囲より僕は歌の力ってのを信じてます。

俺は「頑張らなきゃダメだ」と唄った事はないし、「這い上がって来い」と唄った事もない。 でも、歩み寄って来てくれたなら最高の味方になるし、ほっといても邪魔にはならないし、そういう音楽だと思いますね。

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

恋愛だって芸術だって、おなじだ。一体なんだ。全身をぶつけること。そこに素晴らしさがある

選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる

福島っていうからには…やっぱり福がいっぱいあるんでしょうねぇ。(福島ライブにて)

今、俺の考えるライブは祭りだから、日本各地でみんなと祭りをやるという感覚が楽しみでしょうがない。小難しいことを考えず、嫌なことも全部置いてくればいいと思うんだ。きっと楽しめるはずだから

大切な人がいなくなっても、それは無じゃなくて“空っぽ”があるんです。

真夜中の空を僕は今ひさしぶりに見ている

何かをするのに私は歳を取りすぎてると言われたら、そのことにすぐに取り組むようにしている

火の国熊本、暑さにゃかなわねぇ!!(熊本ライブにて)

あらゆる活動について「もし今日これを行っていなかったとして、改めて行うか」を問わなければならない。答えが否であるなら、「それでは、いかにして一日も早くやめるか」を問わなければならない

ぼくはいつでも、一生懸命歌を作ってるんだよ。才能があるから歌が出来ると思ってるのかも知れないが、それはちがう。作っているんだよ。

まじめに考えて出てくる答えっていうのはろくなもんじゃないんです

芸術家とは自分のやっていることに喜びを覚える人のこと。だから、すべての職業に芸術家がいるのが望ましいのだ

生まれる前からあなたの側にいた曲です

藤くん、心からおめでとう。本当に本当に嬉しかった。他人のことでこんなに嬉しかったのはいつ以来だろう。昨日もらった連絡で僕は眠れなくなりました。これからも大好き。おめでとうございます。

企業の目的は顧客創造である以上、企業の基本的な機能はマーケティングとイノベーションの2つしかなく、そのほかはすべてコストだ

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

内を見るよりも外を見るほうが易しい。しかもそのほうが賢い

歓びは、自然を動かす強いバネ。歓びこそは、大宇宙の時計仕掛けの歯車を回すもの

愛しあう前と後では、火の消えたランプと火のともったランプほどの違いがある

何もしなくても、ほっといても勝手に時間は進む

素描を通してのみわれわれは陰影の知識に到達する

自分の打ったボールがどこへ飛ぼうがかまわない。スカッと飛びさえすれば、いい気持ちなんだ

「大丈夫、なにもかも上手くいく」なんて、口が裂けても言えない。でも俺が見ている世界の中で、本当に前向きな、魂が楽になれる言葉を綴ったつもり

線の芸術と色の芸術とがあるように、言葉の芸術だってそれより劣るものじゃない

余り考え過ごす者は何事をも成し得ない

絶望で生きてようと、希望で生きてようと、どちらも生きてるんであれば、まずそれが奇跡だなと。生きてることが本当にミラクルなことだと思うんですよね。

とりあえず放送した方がいいというので、日本の世の中には形式だけのアナウンスがわんさと流れている。日本人は形式が好きだ、と思われても仕方のないことだ

空に手を掲げれば、俺はここに存在してるって信じられる気がする。それは必然ではないけれど、存在理由として必要だと思う。要は下ばかり見るなってことだ。

自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ

私が死んだら、まるで船が遭難するようなものだな。大きな船が沈むと、その近くにいる人はみな、渦に巻き込まれてしまうんだ

人生は継続的なパーティーでなければいけないと思う

女が愛し、愛されると彼女は変わる。誰も彼女にかまわなくなると、精神が乱れてその魅力が失われる

最近はお金持は多いけど、上品なお金持はなかなかいない。だいたいは下品だ

プロの音楽家を目指すなら音楽理論と感受性が必要

僕は死なないと思いながら死ぬんだろうな。

It is for us to pray not for tasks equal to our powers, but for powers equal to our tasks, to go forward with a great desire forever beating at the door of our hearts as we travel toward our distant goal.
私たちは、自分の力に見合った課題を願うのではなく、課題に見合った力を願うべきです。心の扉を叩き続ける強い願望と共に、遠い目標に向かって旅を進めるのです。

こんなに色んな人が関わりあうのは、俺、音楽しかねぇと思うんだ。てか、音楽しかしらねぇ

「出来ないこと」ではなく、「出来ること」に集中しなさい

ほんの一秒でもいいから、俺が俺として機能したい。 全ての時間がその一秒の為に無駄になっても構わない。

想像できることは、すべて現実なのだ

心が揺れたところで決着はもうついてんだ

何を生命と呼ぶか。あらゆる意味から君を激動させるもの、君を突き貫くもののことである

スペイン内戦は、スペイン人民と自由に対して、反動勢力が仕掛けた戦争である。私の芸術家としての生涯は反動勢力に対する絶え間なき闘争以外の何物でもなかった。私が反動勢力すなわち死に対して賛成できるなどと誰が考えることができようか。私は「ゲルニカ」と名付ける現在制作中の作品において、スペインを苦痛と死の中に沈めてしまったファシズムに対する嫌悪をはっきりと表明する

自然は至上の建築物である。自然の一切は最も美しい釣り合いをもって建てられている

I do not want the peace which passeth understanding, I want the understanding which bringeth peace.
私は理解を超えた平穏を求めているのではありません。むしろ、平穏をもたらす理解を求めています。

今日はジョン・レノンの命日。家に帰ってイマジンを聴く

一人前になるっていうのは、すげえかっこいいこと

無茶苦茶だよ。熱だけしかなくてさ、意味はないんだよ。

これも人生経験。この新しいブルースを楽しむような気持ちで治療(喉頭癌)に専念したい。

いまだに『磔磔』って字が書けない…。 (03年京都磔磔にて)

まず、やりたいを決め、次に何に集中すべきかを決めなさい

いつだって、今やるのが一番いい

大切なことは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない

10年後に生きている確率より明日生きている確率の方が高いので明日持つ夢が大事

確かに……一度 “黒” に染まったモンはどこまでいっても “黒” や。そっから抜けることはできん。けどな、それでも噛みつく相手選ぶくらいはできる。それが俺の流儀や

音楽の世界の人間は、どっちかって言うとやっぱりスポーツなんかと近いんじゃないですかね。かなり身体的ですから。
