


座って弾き語りやってても激しいなあこの音楽って思う時もある。だけど逆にフルボリュームでアンプ鳴らしてガーって大暴れしてるのに何も感じない時がある。それはもしかしたら内面が伝わってるんじゃないかと思うんですよ。

And so this is Xmas for black and for white, for yellow and red, let’s stop all the fight.
黒人そして白人のための、アジア人そしてアメリカ先住民のためのクリスマスなんだ。すべての戦いをやめよう。

不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。自らの強みに集中すべきである

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う。

世界中で今日もどこかでライブがあるだろうし、明日もどこかでやるだろうし、世界中でも何百何千万、すごい数のライブがあるんだろうけど 、俺の言ってるこのすげえロックンロールっていうのは 多分、ほんの一握りなんだよ

Life is either a great adventure or nothing.
人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒にふるか。

ロック・ミュージシャンになりたいなんて言ったら、親も教師も友達も、みんながみんな反対してくれたもんだった。もうそれだけで社会の落伍者みたいなもんだから。でも、それはとても幸福なことだったと、今は思える。

どの曲も全力でやって一番いいと思えるものを出している

そもそも不用のものや、そこに転がっているものに「妙なもの」があるんです。これは「妙なもの」としか言いようがないんですけど、それは、まだ誰も見ていないということもあって、それを発見するのが面白かったんですね

僕の人生はそれほど長くないだろう。だから僕は一つのことしか目に入らない無知な人となって仕事をするつもりだ。ここ数年のうちに何がしかの仕事をやり遂げてみせる

幅を広げたかったら、知性を磨くことと本当の修羅場をくぐり抜けること

フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ

何と嫌な商売だ

音楽に限らず、あらゆるクリエイターって2タイプに分かれると思うんですよ。第六感で作るタイプと、いろんなものを分析して構築的・理論的に作っていくタイプと

人間は老けるよ。あたりまえじゃん。だけどさ、ロックンロールは年をとらないんだよ。ロックンロールっていうのはやっぱりね時空を越えていくんだ!

人の曲を歌う時こそ、恥ずかしい気持ちもなく思い切り出せる声もあるのかもしれないとも思ったし、その、声に焦点を絞ったものもやってみたいって考えられるようにもなってきて

書いた曲が誰かに「助けられました」って言ってもらえればいい

苦しい時には、自分よりもっと不幸な男がいたことを考えよ

優秀な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む

何にもなりはしない。僕が生きていれば、悲しみはいつまでも続くだろう。僕はこんな風に死んでゆきたいと思ってだんだ

優れた者ほど間違いは多い。それだけ新しいことを試みるからである

目の前で襲われてる女の子を黙ってみてられるほど、俺は大人やないんや。

ウィンターってウィンターって意味じゃないらしいよ。(The Birthdayの神戸ウィンターランドでのライブにて)

自分が興奮できないようなものではダメ

私は常々「偶然耳にされたリスナーの方が、わくわくなさるような時間を提供せねば」と考えています。せっかくなら。子供の頃観た歌番組では、いろいろな歌手がよく、一緒に歌ったりしていました。ああいうフランクさが近年どんどん失われているのを寂しく思っています。

組織に働く者は、成果に何も寄与しないが無視できない仕事に時間をとられる。膨大な時間が、ほとんど役に立たない仕事、あるいはまったく役に立たない仕事に費やされている

効果的な経営者の共通点は、ひたすらひとつの作業に集中する点にある。彼らは最も大切なことのみを行い、そのことが完了するまで、他の事に目を向けないという集中力を持っている

すべてはむなしい

さぁライヴハウスへ帰ろう

感動の出発点は感動にあると思うんだ。なんで感動したのかを辿っていくと、表現されたものがどう作られていて、「だから俺は感動したのか」って分かる。もっともっと辿っていくと、その表現者が、かつて感動した瞬間に帰結すると思うんだよ。それが色んな何かをぐるぐると通過して、また人に届く。錬金術なんかじゃないんだよ。感動が伝わって、感動を生む。

好きなことだったらめんどくさくていいじゃない!

死を怖れない者に何を怖れろというのだ

成功する人に共通しているのは、ひたすらひとつの事に集中しているという点である

音楽ってゆうのは、なんだろ。何回聴いても毎回ちがうふうに聴こえてくる

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う

結局ね、夢はみんなもってると思うんですよ。だけど、その夢の見方としてね、ただボーっとそれこそテレビで見てるだけで『あぁ、こんな事いいなぁ』みたいな見方と、それから実際にやってみようとして夢の実現に一歩近づくために何か行動をおこす。

ミュージアムをひとつくれ。埋めてやる

もし婦人の乳ぶさと尻がなかったら、私は絵を描かなかったかもしれない

多数とは何か?多数は阿呆のみ、真理は常に少数者にある

楽しいと楽は違うよ。楽しいと楽は対極だよ。楽しいことがしたいんだったら楽はしちゃダメだと思うよ。楽しようと思ったら、楽しいことはあきらめなきゃダメだね。ただ、生活は楽な方が絶対いいと思うよ。でも人生は楽しい方がいいじゃん。生活は楽に、余計なことには気をとられず人生は楽しく。

意図して作ったものがそういう結果になるとは限らないし、絶対、狙いにいかないほうがいい

人は生涯、同一水準の作品しか書けない

絶望で生きてようと、希望で生きてようと、どちらも生きてるんであれば、まずそれが奇跡だなと。生きてることが本当にミラクルなことだと思うんですよね。

いつもとは違う部屋の中に見たくないものを置いておく

俺がホントについてるなぁとか幸せだなぁとか思うのは、周りにそうやって怒ってくれる人がたーくさんいるんですよね

映画を観てる時もご飯食べてる時も漫画読んでる時も友達と喋ってる時も、なんにもしていない時なんて特に、いつもいつも音楽のことを考えてる

勘違いするな。俺とお前は違う。 お前の極道は死に様。俺の極道は――生き様だ。 同じ道でも、死に向かって戦うのと、生きるために戦うのは違うということだ。いずれ分かる。

家族同様に暮らしていくうちに、猫はしだいに家庭の中心的存在になってくる

ただこの世の中に生まれてきたから、惰性で生きてるなんて、そんなやつは、生きてる必要ない

そもそも老人力とは、転んでもただでは起きない力のことである。というか、そもそも老人とは、人が間断なくゆっくりと転んでいく状態のことなのである。気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常。例外はない。時期のずれや度合いの違いはあるにしても、人類の全員がゆるゆると、やんわりと、気がつけば転んでいる状態なのだ

(バンド活動においての演奏技術など)スマートにできない分、ぶつかって行くしかない、気持ちで行くしかない

生涯、創造者でありたい

高松の不良の皆さんこんばんは!(高知ライヴにて)

もしもイライラしてたり、つまんねえなと思ってたら、チャンスだよ

マンホールをずっと撮っている林丈二さんも、オートになってから奥さんに「ちょっと、あなたの写真、最近、あんまりよくない」って言われたらしいです。どっかに出ちゃうんですね。何でしょうね。自覚して使えばいいんだけど、カメラの機能に寄りかかって撮っちゃうとダメなんでしょうね。何にでもそういうことはいえますね

ほうきとか持ってエアギターとかしたりするわけじゃん、憧れて。それの延長なんだよ

(上京前に自身で)ツイキャスで配信やってて、オールナイトすっぽんぽんっていうのをやってた

志を立て、その目的を達成する手段の中で最も近道だと思うのは、聖人の書物や種々の歴史本の中で、自分が特に刺激を受けた部分を別紙に書き抜いて壁に貼っておくか、扇などに書いておき、日夜朝夕それを眺め、常に反省しつつ及ばない点について勉め、進歩を楽しむのがよい

(名古屋の「な」はどういった字か、と客に確認した後)「何だよっ、知らねえよ!大体なー、『名前が古い屋根』だぞ? 何なんだよ?! ……『名前が古い屋根』って…シャチホコ? …で、シャチホコってなんだ? コイか? 」(名古屋ライブにて)

ダサいんですね。言葉を入れすぎると説明になっちゃって、言葉も写真もつまらないものになってしまうんです

ルール破ってもマナーは守れよ

The only thing worse than being blind is having sight but no vision.
盲目になることよりひどい唯一のことは、視覚はあっても未来像がないことです。

我々が行動可能なのは現在であり、また未来のみである

インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ

自然に基づいて絵画を描くことは、対称を写生することではない。自分の感動を現実化することである

名古屋のニワトリって、羽根が何枚もあるんだろ?じゃなきゃあんなに沢山手羽先がつくれる訳ねぇ!

ゲームと違って、人生には決まった攻略法はありません

何、ちょうど打ちたかったところだ・・・・ひねくれたカーブをな

考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく

傑作なのか屑なのかわからない

Imagine all the people living life in peace.
想像してごらん。だれもが平和に生きていることを。

人間が生きている社会基盤は、一瞬なりとも安定することなく、さまざまな変動によってつねに変化する

自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。なければ尚いい、今まで世の中で能力とか、才能なんて思われていたものを越えた、決意の凄みを見せてやる、というつもりでやればいいんだよ

(今の社会、政治についてどう思うか問われて)僕がちょっと油断してたから悪くなりました。どうもすみません。

何十年先も俺たちの曲は君のそばにいる

自然が本当に好きなら、あらゆるところで美を見い出せるだろう

否定する材料を探したいんでしょうね。色々言おうと思えば言える材料がたまたまそろっているから、面白おかしくおっしゃりたいんじゃないでしょうか。それで私の何が奪えるというのだっていう感じですよね。

自由であるとは、自由であるべく呪われていることである

みんなの前で歌わんかったら下手になる

自分の声に何かがあって、歌えなくなったとしても、作詞は続ける。

私は子供のときに自転車に乗ったことのない唯一の男である。描くことにしか興味がなかった

同じことを繰り返すくらいなら、死んでしまえ

今日が幸せすぎるとだいたい明日が怖い

そりゃあもちろん世の中のいろんな出来事を知らないわけじゃないけど、俺たちがやりたいのは楽しくバンドをやりたいということだけ…それを手段として何か目的を達成したいと思ったことはないんで。それでも二次的なものとしてみんなの明日の朝メシがうまくなるんだったら、それより最高なことはないですよ

仕事は人間に必要だ。だから人は目覚まし時計を発明した

偉大な精神は、静かに忍耐する事を知っている

私は「わかってたまるか」っていうことをやるのも面白いと思ってます。いまだに

歌詞の中にこの言葉を入れたら、昔はそれが、「面白いね」とか「馬鹿じゃね」とか、笑われて済むようなところだったのに、今はもう笑えなくなってきたところもあります(コンプライアンスが厳しくなって)

徳川家康や武田信玄の本読むけどさ、こんなふうにやって生きて天下とったって、70・80で死ぬわけだしさ。

俺は「頑張らなきゃダメだ」と唄った事はないし、「這い上がって来い」と唄った事もない。 でも、歩み寄って来てくれたなら最高の味方になるし、ほっといても邪魔にはならないし、そういう音楽だと思いますね。

絵の玄人なんていうものは、絵描きに対してロクなアドバイスをしない

間違いや失敗を犯したことのない者というのは、単に無難なこと、安全なこと、つまらないことしか、やってこなかっただけである。逆に優れている者ほど、数えきれない間違いを犯すものであり、これは常に新しいことに挑戦している証拠である

誰かと肩がぶつかる。生きるってそういう事だと思う。

お客さんが広い所に何万人いますっていう世界ではなくて、個人個人が広い所に個人個人の思いで一人ずっと立ってるって思ってるし。

美しい景色を探すな。景色の中に美しいものを見つけるんだ

とにかく俺は本気で、音楽で少しでもこの世界をよくできると信じてる。いつ終わるかわからない自分の人生を、その目的のために捧げたいといつからか思うようになりました。だから、休んでる暇なんかない

後継者を自分一人で選んではならない。どうしても20年前の自分に似た者を選びたくなる

目立たないように目立たないように、さりげなくさりげなく自分の存在を消し続けた(高校)三年間
