


ゲームと違って、人生には決まった攻略法はありません

Everything will be okay in the end. If it’s not okay, it’s not the end.
最後には全て上手くいくよ。もし上手くいっていないのなら、それは最後じゃないってことだ。

傷ついても裏切られても、人を最初から疑ってかかるような生き方はしたくないと思うんだよね。裏切られたりして傷つく部分と、すげぇ嬉しいと思う部分て心の同じ部分で、同じところが傷ついたり喜んだりしてるから、傷つかないように心にふたをしていってしまうと、喜びまで感じなくなってしまうんじゃないかなぁ

犬や猫は偶然など当たり前のこととして、偶然の海をゆったりと泳いでいるのではないだろうか

やっぱ俺は唄を選んだ人間なんだなって思ったんだよ。どんどん喋るのが下手になってって、どんどん唄うのが好きになってって、これは唄えって事だ。

顧客にとっての価値を想像してはならない。直に聞かなければならない

心の底から平気で、出世なんかしなくていいと思っていれば、遠くの方でちぢこまっている犬のようにはみえないんだ

Before Elvis, there was nothing.
すべての始まりは、エルヴィスだった。

マーケティングは事業全体を完全に包含する。それは最終成果の観点、つまり顧客の視点から見たビジネスすべてである。それゆえにマーケティングに対する配慮と責任は企業全体に浸透していなければならない

もう俺は、相手がお客さんであろうが、メンバーであろうが、友人であろうが、音楽でしかきっと何も伝えられない。

(ビリーアイリッシュの曲で、あえて「音圧」という言葉を使ったのは、低い音って部屋自体が振動して、まさに音の圧って感じがするんですよね。プレッシャーみたいな音というか。これまでの「音圧」みたいな言葉は、ラウドネスメーターの数値の話だと思うので、それとは別の感覚についての話です)

一事を根気よく長時間続けることは困難なのである。勉とはそれに打つ勝つだけの忍耐力の養成を意味する

自分にとっては結構厳しいなと思う瞬間だったり、もうめちゃめちゃ悔しい経験もしてきたから、そのときの気持ちを忘れたくない

想像できることは、すべて現実なのだ

侮辱に悪影響を受けるのは、侮辱に感染しているのだ

創造性の最大の敵は良きセンスだ

歌詞の中にこの言葉を入れたら、昔はそれが、「面白いね」とか「馬鹿じゃね」とか、笑われて済むようなところだったのに、今はもう笑えなくなってきたところもあります(コンプライアンスが厳しくなって)

苦労しないでフッと浮かんだ曲が結果的にいい曲になる

若さと年齢は無関係

人生は、水平方向に落ちていくことである

本当の芸術というのは、音楽にしたって映画にしたって文章にしたって演芸にしたってなんにしたって、ドアが開かぬままにあなたに会いに行ける魔法だって。

ジャンルがどうとかじゃなくて、音楽全般、様々な角度と方向にどんどん広がってほしいと思う。限りある音楽ファンを奪い合うイメージで話しちゃうとどんどん貧しくなるけど、そもそも、音楽文化自体にそれほど興味を持ってもらえてないってのは骨身に沁みてる。

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

イノベーションとは、論理的な分析であるとともに知覚的な認識である

私は毎日進歩しつつある。私の本領はこれだけだ

(デビュー当時は)「ゴースト何人いるの?」とか「ほんとはいくつ?」とか散々言われて。子どもだから全然こたえないんだけど

成功する人に共通しているのは、ひたすらひとつの事に集中しているという点である

現代人の欠点は自分の職業に愛と誇りを持っていないことである。多くの人が職業を必要悪の労役苦役と考えている

テストの点数でお前らの価値は決まらねぇ

口先だけじゃ海を越えられないのさ

久しぶりー、前橋!……ごめん間違えた宇都宮!(栃木ライブにて)

ロックは世界を変えることができない!世界を変えるのはお前らだ

集中するための第一の原則は、もはや生産的でなくなった過去のものを捨てることである。そのためには、自らの仕事と部下の仕事を定期的に見直し、「まだ行っていなかったとして、いまこれに手を付けるか」と問わなければならない

自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ

私は天才になるし、世界は私を称賛するだろう。評価されないかもしれないし、理解されないかもしれない。しかし天才になる、偉大な天才にね。なぜなら私はそのことを確信しているからさ

あせってはなかったね。いつでも出来るし、やり始めたら一瞬だって思ったから

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

人間生きてりゃ、終わりなんて無い。いつだってやり直せるんだ。

自分じゃない自分を出すのが怖い

重要なことは明日何をするかではなく、今日、何をしたかである

何も真似したくないと思う者は、何も生み出さない

自然を円筒形と球形と円錐形によって扱いなさい。自然は平面よりも深さにおいて存在します。そのため、赤と黄で示される光の震動の中に空気を感じさせる青系統を入れる必要性があるのです

楽しいと楽は違うよ。楽しいと楽は対極だよ。楽しいことがしたいんだったら楽はしちゃダメだと思うよ。楽しようと思ったら、楽しいことはあきらめなきゃダメだね。ただ、生活は楽な方が絶対いいと思うよ。でも人生は楽しい方がいいじゃん。生活は楽に、余計なことには気をとられず人生は楽しく。

眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としているのです。抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ

自分の好きな音を勝手に出す、出したい音を出したらいい

俺、ホント、意味ねえと思うもん人生なんて。「人は何のために生まれてきたのか、何をすべきかなのか」なんて、どうでもいいじゃん。そんなの誰にも決められないことじゃん。自分で決めるんでしょ、人生の価値ってのは。本当に自分が素晴らしいと思うことに一生を費やすこと、それがいちばん価値があること。

芸術作品が時代に先駆けてあらわれるとき、時代は芸術作品の後ろでもたもたしている

オーケストラ音楽に触れたきっかけはラジオ

私には規則や方式は一切ない。裸婦を見る、すると幾千ものちいさな色合いが見えてくる。その中から、生き続けるものを探し出し、そのようにして真新しい色調をキャンバスの上に躍動させるのだ

ウインカーはひっこめようぜ、俺たちは直進するんだ

真のマーケティングは顧客から出発する。すなわち人間、現実、欲求、価値から出発する

大切なことは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない

確実にたくさんの曲を作り続けていくには、気分の波に流されてはいけない

常に非現実を生きてる気がしてならないなぁ。本当にこれ、私の生活か?

「やさしくなりたい」という意思、それはすごく大切だなと思う

私、雑音がほしくて。綺麗なノイズのない環境が嫌

反原発集会へのお誘いも多かったけど、そういうところへ行って歌えば受けるの当たり前だし。目にみえててつまらない。むしろ推進派の集まりに呼ばれてやりたかった。

周囲からの反対やら妨害やら軋轢やらがあるからこそ、自分が本当は何をやりたいのか、何になりたいのか輪郭がはっきりしてきて、よし、オレの気持ちはホンモノだっていう確信が固まっていく……そういうものなんじゃないのか?

一回わがまま言い始めたらもう、他人の言うことなんか聞いてらんねえよ

ロックンロールは続いていくんだよ

大切な人がいなくなっても、それは無じゃなくて“空っぽ”があるんです。

手慣れたものには飛躍がない。常に猛烈なシロウトとして、危険をおかし、直感に賭けてこそ、ひらめきが生まれるのだ

Surrealism had a great effect on me because then I realised that the imagery in my mind wasn’t insanity. Surrealism to me is reality.
シュルレアリスムは僕に大きな影響を与えた。僕の頭の中のイメージが狂気ではないことに気づいたんだ。シュルレアリスムは、僕にとって現実そのものなんだ。

これからは自分の為に歌おうと思います。 俺が俺であることを好きでいるとその日はすげぇー楽しいのね。でも俺が俺であることが嫌になってしまうと、その日1日もぅ何もかもが駄目なわけ。俺はかっこよく生きたいです

音楽ってゆうのは、なんだろ。何回聴いても毎回ちがうふうに聴こえてくる

客の二酸化炭素は俺らの酸素なんだ

真摯さはごまかせない

出産じゃなくても、女の人にはあることだと思いますよ。(感覚ではなく)頭で理解しようとしちゃう瞬間が、人生で何度かあるんじゃないでしょうか。大きな選択っていうか

絵を描き始める前に、すでにそれは私の心の中に形作られている

多数とは何か?多数は阿呆のみ、真理は常に少数者にある

(音楽にスーパースターは必要?という質問に対し)自分がなればいいんじゃないッスか、自分にとってね。そう思えないヤツはずっと誰かの真似になっちゃうんじゃないかな。

やっぱり音楽は大好きなことで、他に代わりがないから緊張するんですよ。今日のライブがダメでも、他でがんばればいいやとか、そういうもんじゃないから。

プロの音楽家を目指すなら音楽理論と感受性が必要

生きてると後悔はつきもの

私はユダヤの偉大な指導者、モーゼのように約束の土地に入れるのでしょうか?わずかに進歩しましたが、なぜこんなに遅々として骨が折れるのでしょう。芸術とは、ほんとうに聖職者のように、それに全身全霊を捧げる純粋な人々を求めるものなのでしょうか?

同じことを繰り返すくらいなら、死んでしまえ

作曲家として一番大切な事は、とにかく曲を書き続ける事

学問は生涯を通じて心掛けねばならない

眼が見えるということは一生涯もかかる教育の果実です

私は大理石の石塊を選び、必要としないものは何でも切り落とす

私は、人生の岐路に立った時、いつも困難な方の道を選んできた

ヘルマン・ヘッセも書いている。ユーモアが大切なんだ。ユーモアのわからない人間が戦争を始めるんだってね。

んだ。学びは終わらない。んだ。

日本人はやはり全員が五、六歳か、もしくはたんなる訴訟の素材なのだ

落ち込むのと失望は違うんよ。 だって、落ち込んでても夢や愛は信じとるもん。

弱気になる瞬間も多いけど、そんな時は過去のライブ映像を観たりしてます

少なくとも僕にも誰かを楽しませることはできる

……別に、誰かのために尽くすってことは悪いことやないで?互いが互いのことを思いやり、惜しむことなく尽くしあえる関係が、一番ええ関係ってやつなんやないか?

いま大戦中でもないのに、人に「どっちなんだ!?右なのか、左なのか」と問うこと自体、ナンセンスだとは思います

生産性を向上させるためにまず問うべきは、何が目的か、何を実現させようとしているか、なぜそれを行うかである

ずーっと出発点に立ってんだよ、ロックンロールって。どっかの道のりにいるっていうんじゃなくて、今いるここがいつも出発点。いつもどっかに行こうとしてるんだよ。

アンタには諦めんことの重要さを教わったわ。俺も執着するで、真島吾朗っちゅう男の生き方に

何か新しいものを作るとき、それを作るのは実に複雑だから、作品はどうしても醜くなってしまうのだ

何かと比べて自分は優れてるっていうんじゃなくて、俺にしか書けねぇ曲があるんだって言えなきゃお金取っちゃダメでしょ。伝えられないでしょ。だから今だってずっと言ってるじゃないですか。僕らは僕らの曲を愛してるって…。

「私は大衆の中の一人であって大して変わりはない」っていう風に思いたいから。絶対に私は普通のことを言ってて、誰しもが思ったことのあるることを言ってるはずで。

世間が決して飽きない唯一のものは誇張表現だ

余り考え過ごす者は何事をも成し得ない

なんか人見知りですって自分で言う人いるじゃないですか。それってめっちゃよくないなって思ってて、すごい自分から人を引き離してるの良くないなって思って。
