


落ち込むのと失望は違うんよ。 だって、落ち込んでても夢や愛は信じとるもん。

やっぱり音楽は大好きなことで、他に代わりがないから緊張するんですよ。今日のライブがダメでも、他でがんばればいいやとか、そういうもんじゃないから。

仙台って『陸の孤島』だよな。 (仙台ライブにて)

自分の写真に、ほんのちょっと言葉をつけたいと思っていて…。はじめは簡単だと思って書いていたんですけど、あくる日にそれを見直してみたら、全然ダメで驚いたんです

集中するための第一の原則は、もはや生産的でなくなった過去のものを捨てることである。そのためには、自らの仕事と部下の仕事を定期的に見直し、「まだ行っていなかったとして、いまこれに手を付けるか」と問わなければならない

ロックだろうが、ポップだろうが関係ねぇよ。『プラネタリウム』は『プラネタリウム』だよ。(プラネタリウムについて)

偉大な精神は、静かに忍耐する事を知っている

人間一人ひとりを見ると、みんな利口で分別ありげだが、集団をなせばたちまち馬鹿が出てくる

昨日を守ること、すなわちイノベーションを行わないことのほうが明日をつくることよりも大きなリスクを伴う

芸術家は自分の芸術について語ることはできない。植物が園芸を語れないように

モノを作るというのは、そういう多様な面を併せ持った自分を総動員させながらも、本人が意識しているものを剥ぎ取ったところに妙味が出るものなのではないだろうか

聴くのをサボんなよ。俺歌うから

自分が興奮できないようなものではダメ

大体、いちばん素晴らしい絵を描くのは四、五才くらいの子どもだよ

イメージの共有がしたいだけなんだ。言葉の共有じゃなくてどこかもやもやっとしたイメージをひねりだして曲にする。そのもやもやを共有したいだけなんだ。それで「生きてやるぜ!」って思ってもらえれば、「生きるっていいな」と思ってくれればそれでいいです。

よほど守らなきゃいけないものができるとか。自分の人生をすべて捧げなきゃいけない時が来るんですよね。

ようやく子どものような絵が描けるようになった。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったものだ

今までやってきたことを、ひとりひとりが一所懸命やることだよ

だいたい世の中にある「もの」って用件のあるものですよね。でも、単に「もの」を道具としてみるのではなくて、ものの見方の楽しさを感じて欲しいと思います。こういうのってフィールドワークなんです

言いたいことは言う。 その時は心を込めて言う。

目の前で襲われてる女の子を黙ってみてられるほど、俺は大人やないんや。

Everything has its wonders, even darkness and silence, and I learn, whatever state I may be in, therein to be content.
すべてには驚くべきものがあります、暗闇や静寂にさえも。そして私はどんな状態にあっても満足して、学びます。

その瞬間に爆発していればカッコいい

我々は自分たちを巡る奥深い知られざる者の真ん中にいて、絶えず昏迷する

運命に耐えているとき、そこに真理が見える

逃げない、はればれと立ち向かう、それが僕のモットーだ

いかなる創造的活動も、はじめは破壊的活動だ

志を立て、その目的を達成する手段の中で最も近道だと思うのは、聖人の書物や種々の歴史本の中で、自分が特に刺激を受けた部分を別紙に書き抜いて壁に貼っておくか、扇などに書いておき、日夜朝夕それを眺め、常に反省しつつ及ばない点について勉め、進歩を楽しむのがよい

こんなに色んな人が関わりあうのは、俺、音楽しかねぇと思うんだ。てか、音楽しかしらねぇ

壊れたギリシアの彫刻は、多くの傑作に分かたれた傑作です

自分の好きな音を勝手に出す、出したい音を出したらいい

郡山って水うまいの?(06年 HipShotJAPANライブ中にて)

抽象画なんてものは無い。とりあえず描き始めて、それから現実の痕跡の全てを排除していくのだ

いまだに『磔磔』って字が書けない…。 (03年京都磔磔にて)

正しくない事を言ったりしてるやつが居たら自分ひとりでもちゃんと「それは違う」って言えよ。そしたら俺みたいに嫌われたりもするだろうけど、最後は正直者が笑うんだからさ

行動がすべての成功の鍵だ

私の創造の源泉は、私が愛する人々である

もしもイライラしてたり、つまんねえなと思ってたら、チャンスだよ

生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである

音楽っていうのは、96%まで技術です

……キスやな。キスかそれ以上のことやろな、やっぱり。歯…… 磨いとるな?六代目。

真のマーケティングは顧客から出発する。すなわち人間、現実、欲求、価値から出発する

生まれたら最後死ぬ訳じゃないですか。それはもう生き物として当たり前の事で。

ミュージアムをひとつくれ。埋めてやる

手を伸ばせば掴んでやるよ。掴んだら離さねぇぞって自信はある

プロの音楽家を目指すなら音楽理論と感受性が必要

完璧な青写真なるものは、二重に人を欺く。それは、問題を解決できないだけでなく、問題を隠すことによって、本当の解決を難しくする

低気圧が僕を責め立てる。

組織のマネジメントとは、凄い人材を入れることや改新的なサービスを導入する事のように思われているが、一番重要なのは、今ある人材と資産で何ができるかを考えることである

さぁライヴハウスへ帰ろう

仕事は点ではなく線だ

広島も付き合い長いな。しかし、付き合い長いとなんか感情が湧いてくるよな。こういうの、何ていうんだ?……憎しみ? (広島ライブにて)

自分が変わるんじゃなくて、変わり続ける何かが俺の中にいるんだよね。

自分の思い通りにしかできないことは、自分の思いだけに閉じ込められるということになる。自分の思い通りが突っ走った結果は、自分が自分の壁の中に閉じ込められて、外気は遮断されて、そのままでは一酸化炭素中毒となってしまう

自分の作った曲で自分が震えたいし、自分を感じたいし、伝えたいし、証明したい。

一番確実な未来予知の方法は、未来自体を作り出してしまうことである

曲のコンセプトを考えるとき、これはやはり論理が主

人の卓越性は、ひとつの分野、あるいはわずかの分野においてのみ、実現されるのである

自然に生き、自分の気持ちをほんとうに伸ばしてゆこうとすれば、まず、いたるところで残酷に、壁に突きあたる

信仰と信頼の間にのみ平和があります

レコーディングするようになって18年。いまだにミックスってわからない。難しい。だからおもしろい。なんだろな。なんだろな。音楽っておもしろい。

回教徒が寺院に入るとき靴を脱ぐように、私は仕事中、ドアの外に肉体を置いてくる

自分の声に何かがあって、歌えなくなったとしても、作詞は続ける。

優れたプロとは、継続して自分の表現をしていける人のこと

私は大金を持った、貧乏人のように暮らしたい

じいちゃんばあちゃん天国で見ててけろ。明日も歌うからよ

昔、メーカーさんがよく、「アルバムアーティスト」という言葉を使われていたでしょう。私がデビューした頃はそういう言葉が残っており、自分はそれだと自負していたんです。シングル曲がアルバム内で違った匂いを発するよう、意図して構成するとき、「これこそが私の本業の終点だ」と感じたりします。

やっぱり大事な人ほど傷つけてるなという感覚と、傷つけてまで一緒にいたい、愛したいという感覚。それが自分の根本なんだなって。

曲が浮かぶのは、いつも本当に突然です

横浜港町・・・・・(この間、観客の歓声)おぅ、何か、微かに海の匂いがするぜ。(99年1月17日横浜アリーナにて)

うわー凄げぇな。学校や会社でうまくいってない奴らがここには多いと思うけど、そんな奴らが集まるとこんなキレイな景色になるんだな

我々は脳をブン投げて、ただ目だけで見ることができればいいのだが

ドリフターズのお客さんを見てごらん? 大人がいないだろう? 小学生くらいの子供たちでいっつも会場は満員なの。で、大人になったらその子たちは卒業していなくなる。でも次の子たちが入学してまたドリフターズを観に来るの。

私は何も発明したりしない。ただ、再発見するだけだ

ギタリストのピークはギターを初めて弾いて感動した瞬間。

芸術は何かっていうと、抑制だよね

後継者を自分一人で選んではならない。どうしても20年前の自分に似た者を選びたくなる

『何をやるか』じゃなくて、『どんなふうにやるか』

お前らの人生がライブハウスみたいだったらいいなぁ。おされたり、ぶつかり合ったり、倒れちゃったりして、でも自分の力で立ち上がったり、時には周りの人に助けられたりしながら起き上がって、次の瞬間にはものっすごい笑顔で前を向いてる。お前らの人生がそんなだったらいいなぁ

私の耳は貝から 海の響きを懐かしむ

東芝で電話番しながら、すごいハッタリ言ってました。「やれば売れるって誰に言ったら分かってくれる?何でも歌うよ?社長呼んできてよ!!」って。

ブルースって、どうしてブルースっていうか、知ってる?それはブルースが悲しいから…(02年RSR)

私は「わかってたまるか」っていうことをやるのも面白いと思ってます。いまだに

自分の中で一度燃え上がった想いというのは、止めることが出来ない

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

素描を通してのみわれわれは陰影の知識に到達する

失敗する子が減ったかも知れない。安全な道を選びがちだけど、危険な道ほど行ってみようって思う気持ちも大事。

確実にたくさんの曲を作り続けていくには、気分の波に流されてはいけない

全然ネガティブとかポジティブとかではなく、それ(死の存在)を知ってるから僕たちは生きてるって、そう思えたんですよね。死なないやつは生きられないわけですよ。で、生きてないやつは死ねないわけですよ、やっぱり。(死の存在について)

自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやってます

もうすぐクリスマスだねぇ・・・なんか楽しいねぇ(笑)(2006/12 The Birthday広島にて)

富は一つの才能であり、貧しさも同様に一つの才能である。金持ちになった貧乏人は、贅沢な貧しさをひけらかすであろう

愛は人生において、最も優れた栄養源である

線の芸術と色の芸術とがあるように、言葉の芸術だってそれより劣るものじゃない

その曲の伝えたい事が、あなたがあなたに伝えたい事だと思って欲しい。

死を忌まわしいものと考えて、遠ざけたがる。死の匂いのするものを隔離して暮らしていく。そうやって管理するのは便利だろうし、すごく現代的だと思うけど

自分が元気ない時でも、周りに元気で接すると周りが明るくなるから自然と自分も元気になれる

この瞬間、瞬間に、若さとか、年よりとか、力があるないとか、才能とか、金とか、あらゆる条件を超えて、その持てるぎりぎりいっぱいの容量で挑み、生きるということだ
