


過去のバンドの名前や音楽を具体的に挙げて、こういうふうにしようと話し合ったことはない。やりたいときに、やりたいことを、やりたいようにやる。そんな自由さを失わずにいこう、みたいなことは話したけど。

じいちゃんばあちゃん天国で見ててけろ。明日も歌うからよ

俺は右でも左でもかまわないんだ。そんなことどーでもいいんだ。右にどんどん行ってみろ。やがて左側に来ているのさ。地球は丸いからね。

フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ

僕らがひきこもらない理由は、街に出れば女の子がいるからだ

眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としているのです。抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ

自分があまりにも日本語を知らな過ぎることがコンプレックスでした

ツアー中、ステージからみえたお客さんの顔。知ってる人もいた。知らない人もいた。ひょっとしたら また会えるのかな

何かを表現していく人間にとって、自分の拠り所を気分に置いてしまうのは危ういこと

日本の文化っていうのは、常に「明日は知れぬ身」って考えるのが基本じゃないですか

自然には未だ知られていない諸力がある。我々が自分自身の余すことなき全てを自然へ委ねるとき、自然はそれらの力を我々に貸してくれる。我々の眼では見えず、知性でも理解・推測できないその諸力の形相を示してくれる

何事も、上手く進まないときは、停滞の時期ではなく、変化の時期だ。

(どんな時に曲が思い浮かぶ?)ほっといて、浮かんでくるのを待つ

日本語はロックにならない。英語じゃなきゃダメだって言い切ってた奴らがいたじゃん。そんなことないのね。日本語にだってリズムがあるし、ロックになるんだ。

顧客にとっての価値を想像してはならない。直に聞かなければならない

一人立てる時に強き者は、真正の勇者なり

Knowledge is love and light and vision.
知識は愛であり、光であり、ビジョンです。

偶然というのは、結局人間的なことなんじゃないか

筋肉で力任せに殴るよりも、腰を入れて体重の乗ったストレートの方がズドンと重いじゃないですか

アイディアは出発点以上のものではない。固まったらその先かたちを決めるのは思考だ

あなたの人生の灰色を消してごらん。そして内に秘めたカラーで彩るんだ

(ビートルズの音楽は)8:2くらいの割合で、暗いところか隠されているところが好き

僕らは、今存在している人達は皆、存在する事を選んだ人達だと思います。

自分のなかに自分だけが感じている匂いみたいなものだとか、あると思うんですけど。

俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。

いつもとは違う部屋の中に見たくないものを置いておく

気とは人に負けまいと思う心、すなわち負けじ魂と恥辱を知ってそれを悔しく思う気象のことである

被写体に最初に出会った時の写真が一番良いんですね。うまく撮ろうとたくらんだ写真は、素直な力がなくなる

1、より速くすること。2、よりよくすること。3、今やるべきことをすること

生涯、創造者でありたい

全生命が瞬間に開ききること。それが爆発だ

弱気になる瞬間も多いけど、そんな時は過去のライブ映像を観たりしてます

恥ずかしくない生き方はしたくないもんね。だから恥をかくんだよ

俺にはなぁ……桐生ちゃんの 命より大切なモン━━見捨てることは できんかったんや。

ここ何県?(ロサンゼルスにて)

There is no king who has not had a slave among his ancestors, and no slave who has not had a king among his.
王の先祖に奴隷がいない者はなく、奴隷の先祖に王がいない者はいません。

有益な言葉は飾り気のない口から出ることが多い

「お客様は神様」ですから

人生で最もすばらしい癒し、それが愛なのだ

「桃太郎ってどこにいるの? 山? (客:『家にいるよ!』) 今度見せて。」(岡山ライブにて)

おお嫉妬よ!お前は細事の拡大したものである

人生自体にも限りがあって、いつ終わるか分からなくて、その中で『たった今、美しい者を求めても構わないんじゃないか?』って思って、 『どうせそれが繋がって積み重なって美学というものになってんじゃないの?』と

なんか人見知りですって自分で言う人いるじゃないですか。それってめっちゃよくないなって思ってて、すごい自分から人を引き離してるの良くないなって思って。

術は日々の生活の埃(ほこり)を、魂から洗い流してくれる

さっき決めたんだーどうしてもどうしてもどうしても笑顔じゃいられない時以外は、笑っていようって

日本人はやはり全員が五、六歳か、もしくはたんなる訴訟の素材なのだ

後回しにできないあせりみたいなものが非常にあって。ボヤボヤしてられないんだよ、休んでる場合じゃないんだよ

俺には嫌いなタイプの人間が2種類おってなぁ。1つは、人が苦労して取ったぬいぐるみちゃんたちをバラすようなアホンダラ……もう1つは、立場の弱い女子供を食い物にするようなクソッタレ……どっちもお前らのことじゃボケェ!

熱帯の夜の静寂の中で、私が私の心からの囁きと柔軟な音楽を聞くことができます

シュルレアリズムは破壊的だ。しかし、それは我々のビジョンを限定する錠の留め金とみなされるものだけを破壊するものだ

自然が本当に好きなら、あらゆるところで美を見い出せるだろう

本物の画家というのは何もない砂漠で異常なシーンを描ける人だ

何事も他人に負けてはならないとする気持ちと、決めた目的の下に一刻も油断なく、心の緊張を失わないことが大事だ

これはほんとに昔っから思うんだけど、これがこうなったら幸せなのに、 あれがあったら幸せなのに、と思ってたら一生幸せになれないね。自分の問題だと思うんだ。もっともっと内面の問題だと思うんだ。今の状況を幸福だと思える心を 持った人が幸福なんやな。

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

裏切られたなら落胆を味わえばいい。信じた先の素晴らしさを俺は知ってるから。

くたばりたいってのはもう無くなりましたね。それは多分、裏返しじゃないですか、生きていたいっていう事の

真実のほかに美はない

自分が良いと思うものを「ほんまに良いものなんです!」って言い通したり、自信のあるものは「自信があります」って言うのが、やっぱり大事。

失敗することを恐れず、とりあえず何となくやりたい事をやってみたら?

藤くん、心からおめでとう。本当に本当に嬉しかった。他人のことでこんなに嬉しかったのはいつ以来だろう。昨日もらった連絡で僕は眠れなくなりました。これからも大好き。おめでとうございます。

馬鹿なら馬鹿ほどカッコええ。駄目なら駄目ほどカッコええとか、そういう世界ってあるんよ

持てる者は失うことを知り、幸せは苦しみを知る

ダイヤモンドの行商人がやってきて、 このダイヤモンドは永遠の輝きをどうのこうのって言うとるけど せいぜい百年しか生きられん人間に、 永遠の輝きを売りつけてどうするんじゃ。俺らが欲しいのは今だけです。

音楽は心のタイムマシーン。 〜中略〜 音楽を聴くことによって、その音楽に初めて触れたとき、音楽で何かを感じたとき、そのときの気持ちに、それが10年前であろうと20年前であろうと一瞬にしてパーンとその人をその時の気持や情景に送り込むことができる

やりたい放題やるとか、自由でいるとか。その理想がすべて叶った瞬間、とりあえず俺の人生、終わりでいいかなと思った。

人生は、水平方向に落ちていくことである

言いたいことは言う。 その時は心を込めて言う。

心理の何か変化があるんですよ。人間行動すべき理由がある。

何かを作りたいと思ってエキサイトしている状態っていうのは、めちゃめちゃ青春しているんやって思った。

優秀な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む

型にはハマらずにいたい

人は素敵な経験があるか無いかで、心の汚れが全然変わってくる

「何事も一人で大丈夫」っていう基本さえあれば、あとはもう全部楽しいんだよ

プロの音楽家を目指すなら音楽理論と感受性が必要

皆ね、知らず知らずのうちに、はじき出したビー玉持ってると思いますよ。その存在がおそらく誰にでもあると思いますよ。だから場所をとってるわけですよね、僕らはね。

別に社会に出ようが学生だろうが変わらねぇと思うけど、あの、…結局ね戦い、だと思うよ人生。 戦わなきゃぁそりゃ、寄ってたかって叩かれて、お終いさぁ。だから、不安なのはしょうがないけど、自分の足で立つしかねぇんじゃね

『何をやるか』じゃなくて、『どんなふうにやるか』

人生の目的は悟ることではありません。生きるんです

何びとも信用しない者は、己れ自身が信用されていないことを知っている

そりゃあもちろん世の中のいろんな出来事を知らないわけじゃないけど、俺たちがやりたいのは楽しくバンドをやりたいということだけ…それを手段として何か目的を達成したいと思ったことはないんで。それでも二次的なものとしてみんなの明日の朝メシがうまくなるんだったら、それより最高なことはないですよ

調子が良くなかろうが、ノルマを達成するように進めていかなければこなしきれない

同じことばっかりやるのはつまらない。だから私はいつも自分が良いと思うことを自由にやっています。

何かと比べて自分は優れてるっていうんじゃなくて、俺にしか書けねぇ曲があるんだって言えなきゃお金取っちゃダメでしょ。伝えられないでしょ。だから今だってずっと言ってるじゃないですか。僕らは僕らの曲を愛してるって…。

あのアナウンス(「ファウルボールにはご注意下さい」)であらためて注意する間抜けはいない。でもあのようにいっておかないと、後で怪我して訴えられたら困るというのがある。アメリカ仕込みの訴訟社会の風習である

今熱烈に恋してなくたって、すげぇ好きだった人いたことのない人はいねぇと思うんだ。だから何が言いたいのかっていうと…。あんたがたは好きな人のために歌ってください。俺は今日、あんたがたのために歌う

闇鍋みたいなもんですよ、人生。何入ってるかわかんないけどどれかつまんで食べるしかないみたいな

美はあらゆるところにある。我々の眼がそれを認めえないだけだ

思い出すのは、あんまよくないよ

他人の価値観を尊重できないなら、自分の価値観なんて主張しちゃいけないと思う

運命は人がその糸をもつれさせるのを好まない

友情は、喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれる

俺らはハリウッドスターほど会えない人達ではない。現に俺らは曲で君達のそばにいるから

芸術は、意識と無意識の融合である

大事は寄せ集められた小事によってなされる

本物の画家というのは歴史の騒乱に囲まれながらも洋ナシを根気強く描ける人だ

学ぶという事は一生続く、変化に遅れないようについていくためのプロセスだという事実を、私たちは今では受け入れている。そして、最も緊急な課題は人々に学び方を教えることである

だって欲しいから手に入れるんだし、好きだから抱きしめるんだよ。もったいないからとっとこう、ってのはちがう。その時点でそれはゴミなんだ。
