


「五稜郭ジャンキーズ! 」「みんな、牛好きかー?!ジンギスカーン!」(札幌ライブにて)

日本人はやはり全員が五、六歳か、もしくはたんなる訴訟の素材なのだ

人生をね、棒に振りたいんだよ

究極の善、究極の悪、究極の価値がなければ、人間のある活動が別の活動よりも本質的に優っていることなどあり得ない。だから、全ての行為が同じ価値しか持っていないということを認めざるを得ない。とするなら、一つの行為を別の行為よりも優先させるのは、我々が自分で独自の選択を行っているからある

芸術とは、自然が人間に映ったものです。大事なことは、鏡をみがくことです

普段の生活が幸せならいいんだよ。だけど、本当につらいときに聴いてみな。ROCKはお前等を救うよ

絵画というのは手で作った写真だ

忍耐もまた行動の一つの形態だ

ドブネズミが美しいとわかんねえ奴はたいしたことねえ。

好きなことをやるためには没頭する時間が必要だろ。

日々楽しく過ごしているということは、今を生きているということなんだ

世の中には違った考え方をする種族がいる

自然に線は存在しない

笑いどころやないかい!笑えや このボケェ!!

いまさら、自分を変えようとしてはならない。そんなのは、うまくいくわけがない

ありとあらゆる感覚を総動員させ、自分を限界まで追い込んでいく

高い金払ってチケット買って見に来てくれてんだろ? 50分だけで良いから何もかも忘れろ! どうせ最後は全員くたばるんだから怖い物なんかねぇだろ

確信を持つこと、いや確信を持っているかのように行動しなさい。そうすれば次第に本物の確信が生まれてくる

手慣れたものには飛躍がない。常に猛烈なシロウトとして、危険をおかし、直感に賭けてこそ、ひらめきが生まれるのだ

この街は牢獄や……。俺が塀の外に出られんのは いつなんやろな兄弟……

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

失敗者が何をして失敗したかよりも、成功者が何をして成功したかを学びなさい

愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない

電子辞書は確かに早く正確に引けるが遊びがない。紙の辞書は、引いた語句の両脇の語句が視界に入る。この種のノイズが文化を生む

人生において、諸君には二つの道が拓かれている。一つは理想へ、他の一つは死へと通じている

Everything will be okay in the end. If it’s not okay, it’s not the end.
最後には全て上手くいくよ。もし上手くいっていないのなら、それは最後じゃないってことだ。

ただこの世の中に生まれてきたから、惰性で生きてるなんて、そんなやつは、生きてる必要ない

『健康法』にとらわれないことが、健康の秘訣

どうしたって笑えないけど、それでも笑わないといけない時かぁー。…泣いちゃえばいいんじゃないか

ジャンルがどうとかじゃなくて、音楽全般、様々な角度と方向にどんどん広がってほしいと思う。限りある音楽ファンを奪い合うイメージで話しちゃうとどんどん貧しくなるけど、そもそも、音楽文化自体にそれほど興味を持ってもらえてないってのは骨身に沁みてる。

人生に意味はないよ。だって暇つぶしじゃん。暇なんだよ。みんな人生80年もいらないんだよ。3日もあれば終わるんだ。やることなんて。意味なんかないんだ。楽しければいいんだ。

「やさしくなりたい」という意思、それはすごく大切だなと思う

我々が描くのは顔の表?中?それとも裏か

このまま行けと、僕の中の僕が命じるんだ

「人生っていうのは勝手に与えられるんだから、自分が追求してもいいんだ。幸せ追求権ってあるだろう!」と思ったんですね。

俺はすごく欲張りな人間で完璧主義なの。表現の間口を広げていた時期は、まずはひとつのことに特化していって。例えば、「甘いものってなんだろう?」と考え始めると、甘いものを徹底的に追求していたけれども、最終的にはひとつのことが満たされたとしても物足りないんですよね

近道は何度も出来たんだけど、後ろを振り返ったときに後ろがないと不安でしょうがない

破壊こそ創造の母だ

人間一人ひとりを見ると、みんな利口で分別ありげだが、集団をなせばたちまち馬鹿が出てくる

(作曲家として)僕は、子どもの頃に「ベートーベン」というスゴイご馳走の味をいっぱい覚えたのが、本当にありがたい

最初はダメでも何度でもやり直せという態度は誤りである

真のマーケティングは顧客から出発する。すなわち人間、現実、欲求、価値から出発する

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

マーケティングは事業全体を完全に包含する。それは最終成果の観点、つまり顧客の視点から見たビジネスすべてである。それゆえにマーケティングに対する配慮と責任は企業全体に浸透していなければならない

私は努力をしてこなかった人間。ただ努力をしなかった分、自分の好きなものに囲まれて生きることはできたというか

私は天才になるし、世界は私を称賛するだろう。評価されないかもしれないし、理解されないかもしれない。しかし天才になる、偉大な天才にね。なぜなら私はそのことを確信しているからさ

幼稚な心を取り去らなければならない。自己の修業を怠り、父母への依頼心を持つなどは幼稚な心である

すべてはむなしい

「それにしてもあの絵は全然彼女に似ていないな」なに、彼女の方でだんだん絵に似てくるさ

自分の写真に、ほんのちょっと言葉をつけたいと思っていて…。はじめは簡単だと思って書いていたんですけど、あくる日にそれを見直してみたら、全然ダメで驚いたんです

みなしごハッチ。(RUSH BALL☆P@なんばHatchにて)

君を見つけ出した時の感情が、今も骨の髄まで動かしてんだ

風景なら その中を散歩したくなるような、女性なら その人を抱きしめたくなるような、そんな絵を私は描きたい

自らに求めるものが少なければ、成長しない。多くを自らに求めるなら、成長しない者と同程度の努力で巨人に成長できる

少しくらい年を重ねたからってわかったような顔をしてもらいたくないんだ。俺は同世代のオヤジどもにそれが言いたい。

芸術愛は真の愛情を失わせる

運が悪かったんだよ …お前等は

僕がどうしてもそこから逃げられないぐらいに取り憑かれてるものっていうのはロックンロールに秘められた把握できない未知の価値観なんだよ。

嫌われることは愛されることより難しい

中学時代はラジオが好きで、「オールナイトニッポン」をよく聞いていました

周囲より僕は歌の力ってのを信じてます。

僕の場合、作曲の作業に入っているときは生活も一定のペースを保ち、できるだけ規則的に坦々と過ごすように心がけている

気とは人に負けまいと思う心、すなわち負けじ魂と恥辱を知ってそれを悔しく思う気象のことである

高校生の時、僕はズブズブと音楽にのめりこんだ。なにかあるたんびに寂しく一人で音楽を聴くような、僕をそんな人間にしたのは間違いなくパンクがきっかけだと思う

空に手を掲げれば、俺はここに存在してるって信じられる気がする。それは必然ではないけれど、存在理由として必要だと思う。要は下ばかり見るなってことだ。

興奮した党派の叫びの中から、真理の声を聞き取ることは難しい

成功する人に共通しているのは、ひたすらひとつの事に集中しているという点である

椎名林檎っていう名義は辞めますよ。もう無理。本名のあたしであることを誰も守ってくれないんだよ?でも、そんなの当たり前じゃないですか、一個の大人だから。「自分で守んなきゃいけないんだから、辞めたっていいだろ!」とか思って

生産性を上げる一番簡単な方法は、今、一番成果が出ている仕事に集中し、成果が出ていない仕事からは、撤退してしまうことである

天才のランプは人生のランプより早く燃える

もうすぐクリスマスだねぇ・・・なんか楽しいねぇ(笑)(2006/12 The Birthday広島にて)

自分にとっていちばん面白いのは、思いもしないものに出会うことだ。自分の思いを超えたものにめぐり合うことである。何故それが面白いかといえば、そのことで自分が広がっていく快感があるからである

ここ何県?(ロサンゼルスにて)

大事は寄せ集められた小事によってなされる

着物を脱ぐ女性の美しさは、雲を貫く太陽のようだ

言葉っていうのは、感覚に1番近いものを当てはめるだけだから感覚が伝わるわけじゃないんだよね。自分の心の中で生まれた感情・感覚に、1番似合った服を着せたものが言葉だから。

大多数の世間の人々が、平凡な一生を終るのは志が小さく、意志が弱いからだ

私は、愛したいと思いながら、それができない。私は、愛すまいと思いながら、それができない

人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう

学問は、ある人にとっては神々しい女神であり、他の人にとってはバターをくれる有能な牝牛である

常に悲しみを要求する人生に対して、僕らにできる最上のことは、小さな不幸を滑稽だと思い、また大きな悲しみをも笑い飛ばすことだ

期待なしに恋をするものだけが、真の恋を知る

人の本当の仕事は30歳になってから始まる

愛しあってるかい?

99回倒されても、100回目に立ち上がればよい

一人立てる時に強き者は、真正の勇者なり

真夜中の空を僕は今ひさしぶりに見ている

偽物が本物に変身する瞬間がある

返信への返信(「Re:Re:」)という意味ですが、アルバムの場合、曲の並びが“ラストシーン”から“サイレン”で悲しすぎたので、『もう一度』という意味をこめてタイトルをつけました。(『Re:Re』について)

なんつーか…俺もなに言ってっかわかんなくなってきた! つかこんな事言うとホントてれくせぇけど、なんてゆーか…なんかお前ら可愛いんだよ(笑) いや…女子に言ってんじゃねぇよ!? ここでは女だとか男だとかそんなの関係ねぇ。ここにいる奴らはみんな同じだって…今回もブスばっかだなぁ

死ぬなとは言わないし、悩むなとも言わない。近道がしたいならすればいい。でも、そこで全部が終わる。我慢してきた努力も未来も夢もやり残したことも記憶も肉体も全部全部。

いかなる世界が広がっていても、望んだ世界だと頷きたい。

何があっても、賛成反対両方あるのは自然。

幹部の仕事と知識とは、あまり関係はない

言いたいことは言う。 その時は心を込めて言う。

ルソーの「ラブレターを書く時は、何を書きたいか何も考えずに書き始めて、それが思い浮かぶ前に書き終えろ」っていう言葉があって。

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う

そもそも老人力とは、転んでもただでは起きない力のことである。というか、そもそも老人とは、人が間断なくゆっくりと転んでいく状態のことなのである。気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常。例外はない。時期のずれや度合いの違いはあるにしても、人類の全員がゆるゆると、やんわりと、気がつけば転んでいる状態なのだ
