


People do not like to think. If one thinks, one must reach conclusions. Conclusions are not always pleasant.
人々は考えることを好みません、もし考えれば、結論に到達しないといけないから。結論はいつも心地よいとは限らないのです。

コミュニケーションで最も大切なことは、相手の言わない本音の部分を聞くことである

信念のためには、たとえ敗れると分かっていても、おのれを貫くそういう精神の高貴さがなくて、何が人間ぞと僕は言いたいんだ

僕もほっときゃ歳も取るからさ、今と昔をそのまま比べることはできないけど、基本的にやっぱ何も考えてなくて、たいして成長も進歩もしてないからおんなじようなものがいつもステージに乗っかってるんだと思うんだ。

私の誕生の日から、死がその歩みを始めている。急ぐこともなく、死は私に向かって歩いている

プロの音楽家を目指すなら音楽理論と感受性が必要

Walking with a friend in the dark is better than walking alone in the light.
暗闇の中を友達と歩くことは、明るい中を一人で歩くことより良いもの。

自分にとっていちばん面白いのは、思いもしないものに出会うことだ。自分の思いを超えたものにめぐり合うことである。何故それが面白いかといえば、そのことで自分が広がっていく快感があるからである

今どきレコード評なんか読んでる奴はいやしないさ。評論家が書いてることなんて、もう誰も相手にしないぜ

素晴らしい夢ほど笑われるものです。 もし、他人に自分の夢を笑われたら「あぁ、自分の夢は素晴らしいんだ」っと誇ってください。

毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを

今日はジョン・レノンの命日。家に帰ってイマジンを聴く

組織の活動というのは、「いかに世の中に貢献していくか」という一点に集約される

非合理的な顧客なるものは存在しない。顧客は、顧客にとっての現実にもとづいて合理的に行動している

自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ

絶対に誰かと肩がぶつかる。でも『ごめんね』って言うしかないんです。『ごめんね、でも俺も生きてるし、お前も生きてるからさぁ』って。『お互い痛いわけだしさぁ』っていうね。そういうのをお互いが感じるんだと思います。そういう肩がぶつかったその痛みすら、俺は愛しいと思えるんです。確実に自分も存在してるし、その人も存在してるから。肩がぶつかるよりも、抱き合えたら1番嬉しいんですけど。

我々が行動可能なのは現在であり、また未来のみである

いかなる創造的活動も、はじめは破壊的活動だ

人生に意味はないよ。だって暇つぶしじゃん。暇なんだよ。みんな人生80年もいらないんだよ。3日もあれば終わるんだ。やることなんて。意味なんかないんだ。楽しければいいんだ。

音楽ってゆうのは、なんだろ。何回聴いても毎回ちがうふうに聴こえてくる

音楽を作ることに対しては迷いはないから。音楽っていうのは前衛的なものだし、発明であり発見であり実験であり冒険であると思ってる。俺はそこを誇りに思ってるから。

結局ね、夢はみんなもってると思うんですよ。だけど、その夢の見方としてね、ただボーっとそれこそテレビで見てるだけで『あぁ、こんな事いいなぁ』みたいな見方と、それから実際にやってみようとして夢の実現に一歩近づくために何か行動をおこす。

眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としているのです。抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ

生涯に一作であれば、誰でもいい曲がつくれる

人のだらしなさって、たまに妙な愛しさがあるからずるい

(どんな時に曲が思い浮かぶ?)ほっといて、浮かんでくるのを待つ

Surrealism had a great effect on me because then I realised that the imagery in my mind wasn’t insanity. Surrealism to me is reality.
シュルレアリスムは僕に大きな影響を与えた。僕の頭の中のイメージが狂気ではないことに気づいたんだ。シュルレアリスムは、僕にとって現実そのものなんだ。

大体、いちばん素晴らしい絵を描くのは四、五才くらいの子どもだよ

素晴らしくマネジメントされた組織というものは、日常はむしろ退屈な組織である

やっぱり大事な人ほど傷つけてるなという感覚と、傷つけてまで一緒にいたい、愛したいという感覚。それが自分の根本なんだなって。

国際級のすごいソリストを入れても、中に一人下手な人間がいるとアンサンブルとしての実力は、そのレベルに下がってしまう

一度志を立てた以上は、何よりもまず目的を定め、少しの時間も無駄にせず、確実な道を歩んで、その目的を達成するように努力するのがよい

俺がホントについてるなぁとか幸せだなぁとか思うのは、周りにそうやって怒ってくれる人がたーくさんいるんですよね

同じことを繰り返すくらいなら、死んでしまえ

できると思えばできる、できないと思えばできない。これは、ゆるぎない絶対的な法則である

僕は流れるって感じが好きなんだ。固定したものは全然つまらない。人生だってそうだろう?いつも流動的で、何が起こるかわからない。だから面白いんだ

最も重要なことから始めなさい

自殺はやめろ。生きろ。

基本と原則に則っていないものは、かならず破綻する

見るために、私は目を閉じる

涙が出てきたら、耐えて、苦しんで、そして前進あるのみだ

傑作なのか屑なのかわからない

同じことは二度とできないし、マネもできないんですよ。

What I am looking for is not out there, it is in me.
探しているものは外になく、自身の中にあるものです。

低級な芸術家たちは、常に他人の眼鏡をかける

人の本当の仕事は30歳になってから始まる

筋肉で力任せに殴るよりも、腰を入れて体重の乗ったストレートの方がズドンと重いじゃないですか

危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ

子供の頃からやりたいことは変わってなくて、それができるようになるのが大人

新しい事業をつくり出すときは、大きなビジョンである必要はない。しかし、今日の常識とは違うものでなければならない

過去のバンドの名前や音楽を具体的に挙げて、こういうふうにしようと話し合ったことはない。やりたいときに、やりたいことを、やりたいようにやる。そんな自由さを失わずにいこう、みたいなことは話したけど。

多数とは何か?多数は阿呆のみ、真理は常に少数者にある

もって行かれるぞ。甘い考えで生きてるとあっという間にもって行かれてしまう。この国をたて直すためには戦争をするしかないと考える人間がたくさん居るんだ。

『大切な人の死』という出来事は、大切な人が自分にくれる最後のプレゼントだと思います。どんな形の死であれ、僕はそう思います。だからこのプレゼントをいつまでも大切に愛することができます。

肉体的に落ちていくものは取り戻せない。残っているものを生かすしかない

出会わなければ良かった出会いなんてきっとない…ないよ。

君を見つけ出した時の感情が、今も骨の髄まで動かしてんだ

世の中を変えるには政治家になりゃいいとか自分に言い聞かせてたりするけど違う、おれらには音楽っていう武器がある

なんばHatch?…へんななまえ。(06年THE BIRTHDAYライブにて。ちなみにこの日、まともなMCはこの一言のみ)

ツアー中、ステージからみえたお客さんの顔。知ってる人もいた。知らない人もいた。ひょっとしたら また会えるのかな

自由であるとは、自由であるべく呪われていることである

やりたい放題やるとか、自由でいるとか。その理想がすべて叶った瞬間、とりあえず俺の人生、終わりでいいかなと思った。

(ゲーム音楽は)何回聴いても飽きない曲でないといけない

幼稚な心を取り去らなければならない。自己の修業を怠り、父母への依頼心を持つなどは幼稚な心である

失敗者が何をして失敗したかよりも、成功者が何をして成功したかを学びなさい

私は「わかってたまるか」っていうことをやるのも面白いと思ってます。いまだに。

術は日々の生活の埃(ほこり)を、魂から洗い流してくれる

世の中は悪くなっている。おそろしく退化している。何も考えない人間が増えている。甘ったれたバカが増殖している

よほど守らなきゃいけないものができるとか。自分の人生をすべて捧げなきゃいけない時が来るんですよね。

心に鍵をかけてるひと。かけすぎて人と話すのが苦手になったりしてる人。自殺をしようとした事がある人。俺はそのままでもいいと思うよ。かっこ良いと思うよ。でもどうか生き延びてください

自分の強さを実感している人は、謙虚になる

計画とは未来に関する現在の決定である

俺は黒にはすごく強いイメージを持っていて。例えば、何も悪いことをやっていない神父さんもいれば、元死刑囚だけど途中で神に出会って神父さんになるのでは全然違うでしょう。そういう存在に対する憧れがありますね。そういう人にしか出せない優しさみたいなものがすごく好き。逆に、潔白潔癖なものには優しくない感じがあるんですよ

いかなる世界が広がっていても、望んだ世界だと頷きたい。

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

久ぶりやのぅ… 桐生チャン!!ワシャ〜 嬉しゅうてたまらんのやぁ。“堂島の龍” と直接やり合える…本物の命張った ケンカができる。なぁ、桐生チャンなら 分かるやろぉ?…なぁ!?

会いたいって言った方が負けみたいなとこある気がする。男女

生命の一分が過ぎていく!それを在るがままに描き、それをなすためにはあらゆるものを忘れよ!そのものになりきれ・・実際に見るもののイメージを与えよ

選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる

Count your age by friends, not years. Count your life by smiles, not tears.
年ではなく友人で年齢を数え、涙ではなく笑顔で人生を数えようよ。

さみだれの かぎり有りとは しりながら 照る日をいのる こころせはしき

いいんだ。岡本太郎の責任でやるんだから

この曲はもう一回は出来ねぇんだ申し訳ねぇ…出来ねぇなぁ。だけど俺たちとお前らで出来ないことが、出来なかったことがあってもいいじゃん。次はうまくやろうぜ

変わることをこばむのでなく、変われたことを褒めたいんだ。

What we have once enjoyed we can never lose. All that we love deeply becomes a part of us.
私たちが一度楽しんだものは、決して失うことはありません。私たちが深く愛するすべては、私たちの一部となります。

感性を磨くとは、こうした直感を鍛えることだと思う

誰のようにもなりたくない

愛は永久不滅なもの。姿かたちを変えることはあるが、本質は決して変わらない

人間生きてりゃ、終わりなんて無い。いつだってやり直せるんだ。

幸せを手に入れるんじゃない、幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ

芸術作品が時代に先駆けてあらわれるとき、時代は芸術作品の後ろでもたもたしている

青春小説、青春映画っていうのがあるんだから、青春音楽っていうのもあっていいんだ

高松の不良の皆さんこんばんは!(高知ライヴにて)

人間を偉大にしたり卑小にしたりするのは、その人の志である

嫌われることは愛されることより難しい

アキラメというのは人生的なものである。体験に基づくというか、体験の集積というか、いずれにしろ体に発するというか、体からじわりと湧き出る。それにひきかえ、シラケというのは、体験からのものとは違う

未来は誰のものでもない。先駆者というものはおらず、時間に遅れた者しかいないのだ

Living is easy with eyes closed, misunderstanding all you see.
目を閉じてれば、生きるなんて楽なことさ。目を開けてるから誤解が生じる。
