


私は仕事をしているとくつろげる。何もしていなかったり、訪問客の相手をしていたりすると疲れる

真夜中の空を僕は今ひさしぶりに見ている

ノスタルジアに屈してはならない。道に出て、隣町や外国に行くんだ。ただ、痛々しい過去を旅していけない

まっさらな目をもて!そして目的を捨てろ!

見るために、私は目を閉じる

ドレミファソラシドの中で泳ぎたかった。空白の中にリズムを置いていきたかった。音符のない空白の中にこそリズムを感じたかった。

だいたい世の中にある「もの」って用件のあるものですよね。でも、単に「もの」を道具としてみるのではなくて、ものの見方の楽しさを感じて欲しいと思います。こういうのってフィールドワークなんです

戦争やってる遠くの国のことよりも友達の方が大切だと思うけどなぁ

楽しいことは、みんないい事だとは思わないか?つまらないことは、罪悪だとは思わないか?

自らに求めるものが少なければ、成長しない。多くを自らに求めるなら、成長しない者と同程度の努力で巨人に成長できる

僕らがひきこもらない理由は、街に出れば女の子がいるからだ

最近いろんな人と話していて思うのは、結局いかに多くのものを観て、聴いて、読んでいるかが大切だということ

学問的な言い方ではないが、仕事ができる組織は仕事を楽しんでいる

型にはハマらずにいたい

いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ

全てのものは限られた量しかない。特に幸福は

方向性に迷った時は僕は初めのイメージに立ち返る

生まれたとき、死んじゃう可能性のある病気の手術を受けて助かったことがあったからか、あたし、生きることにとても執着がある

アイディアは出発点以上のものではない。固まったらその先かたちを決めるのは思考だ

大人になって大好きな人ができて、今まで男の子とチョメチョメしてきたのがリハーサルだったのかと思うぐらい、「私はこの人のために、経験や知識やこれから学ぶこと全部を捧げなければいけない。捧げるべきなんだ」って心に決める。すごく本能的に感じるんですよね

コピーとかカバーっていうのもそうで、曲をカバーするんじゃなくて、そこにある熱をカバーするんだよ。

コンピューターなんて役に立たない。だって、答を出すだけなんだから

なにが芸術家かって?それを知ってたら、注意深く、ばらさないようにしておくよ

組織に働く者は、成果に何も寄与しないが無視できない仕事に時間をとられる。膨大な時間が、ほとんど役に立たない仕事、あるいはまったく役に立たない仕事に費やされている

自分が感動できるものを提出していかないと、周りの人、ひいては観客に響いていかない

壁は自分自身だ

オーケストラ音楽に触れたきっかけはラジオ

Trying to please everybody is impossible – if you did that, you’d end up in the middle with nobody liking you. You’ve just got to make the decision about what you think is your best, and do it.
みんなを喜ばせようなんて不可能だよ。そうしたところで、結果は誰からも好かれないで終わるだけさ。

同じことばっかりやるのはつまらない。だから私はいつも自分が良いと思うことを自由にやっています。

戦争は戦争を養う

「たかが音楽にのせる飾りじゃないか」という想いと、「誰かの一生をも変えてしまうかもしれない不思議な魔法」という想い。その間で僕は今も歌詞を書く。

猛烈に自分を強くし、鋭くし、責任をとって問題を進めていく以外にない

何があっても、賛成反対両方あるのは自然

大胆のコツは、度が過ぎない程度にどこまで遠くへ行けるかを知ることである

この世は、良いのと悪いのとかさ、苦痛と幸福とかさ、相反するふたつのことで成り立ってると思うわけ。俺は、頭が悪いなりに考えた結果ね。で、頭がいい人とバカっていう争いもあると思うんだよ。今日は、三万人もバカばっか集まってくださってどうもありがとうございます

涙が出てきたら、耐えて、苦しんで、そして前進あるのみだ

終わりのあるものしか信用できない。終わりのあるものしか生きてないからね。

友達に好かれようなどと思わず、友達から孤立してもいいと腹をきめて、自分を貫いていけば、本当の意味でみんなに喜ばれる人間になれる

イライラや不満を、ただ我慢することなんだよ。いつか来るための大切なエネルギーだから

昔の夢によりかかったり、くよくよすることは、現在を侮辱し、おのれを貧困化することにしかならない

ニンジンきらいな馬っているのかな?そりゃいるよな。

回教徒が寺院に入るとき靴を脱ぐように、私は仕事中、ドアの外に肉体を置いてくる

もともと変わった曲にしようとしていたわけじゃなくて、自然に出来たんで。まぁ、奇跡って言い方はおかしいですけど、偶然的にあのような曲になったっていうところも大きいんですよね(『サイレン』について)

原因は何十年かのちに学者が明らかにするだろうが、行動する経営者としては待っていられないだろう。使えるもの、分かったことはどんどん使いなさい

行動がすべての成功の鍵だ

もしも明日の朝が来なければ、俺は最高傑作をいくらでも作ることができただろう。

自分を、好きな人、嫌いな人、世界を知りたいから歌詞を書いている。

聴いてくれる君が居なきゃ、俺は歌えないんだ。自分の事を「世の中に必要無い人間」なんて思わないで下さい。現にこんなにも俺が必要としています。どうか生きてください

自分が嫌いな相手にまで好かれたいとは思わないですし

仕事はまず核心をつく、一番大事なところからやるようにしている

テストの点数でお前らの価値は決まらねぇ

私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く

予感というのも、努力の重なりの上に出来る、透明な上澄みのような感覚だと思う

よう動く舌やなあどないな作りになっとんねん?もうすぐ夜やで。次のパーティーの話はまだ早すぎなんとちゃうか?

「ありきたりな女」を書いたのは、次の曲の「カーネーション」を聴かせたかったからでもあるんです。「カーネーション」は「何を言っているかわからない」とか、散々言われたので。私が意図した通りに聴いていただくために、その導入部分が書きたいな、と思って

むしろ「成功は失敗のもと」と逆に言いたい。その方が、この人生の面白さを正確に言いあてている

「命短し、目抜き通りを歩こう」っていう気持ちなんです、今。本当に。人生がどんどんシンプルになってきている

トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくる

自分自身によかれと思う者は、好ましく心やさしい妻をめとるがいい。さもなければ、いっそめとらぬがいい

考えられないですよ、東京事変がない状態って。いろんな意味で、どうしても、こうしなきゃいけなかったというか。うーん、抗えなかった。避ける道がなかったと思いますけどね。

生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである

僕は流れるって感じが好きなんだ。固定したものは全然つまらない。人生だってそうだろう?いつも流動的で、何が起こるかわからない。だから面白いんだ

自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ

優れた医者というのは、正しい診断を最も多く下す人ではない。誤った診断をすばやく見つけ、それを直ちに改めることのできる人である

全部は混沌としてるから面白い

そうだったな。俺らはいつもそうやって生きてきたんだったな。

99回倒されても、100回目に立ち上がればよい

上司を過大評価することはあってもいいが、決して過小評価するな

星なんて見えなくたって心の中にありゃぁいいし、なきゃ唄えばいいし、唄えないまま死んだって全然OKだし、だからお前なんか大嫌いだけど大好きなんです。

優しくなりたいと思う人は、優しいんだと思います。

運が続くというのは、じつはどこかで運のウィルスに感染して、症状が広がっている、という状態なのではないだろうか

We need to learn to love ourselves first, in all our glory and our imperfections.
僕らは、自らのすばらしさと不完全さのなかで、何よりも自分自身を愛することから学ばなければいけない。

挑戦した不成功者には、再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが、挑戦を避けたままオリてしまったやつには新しい人生などはない

あなたの中に、あなたの知らない芸術家がいる。彼は月夜に物事がどの様に違って見えるか興味がないのだ

すべての偉大な成功は、地味で面倒な事の積み重ねの上に成り立っている

急流中底の柱、即ち是れ大丈夫の心

(RC時代、ローリングストーンズのパクリでは?の声に)なんだ、今頃気付いたの?

運命に抵抗したってしょうがないんですよ。 どうしようもないんですよ。 そういう俺が「sailing day」で運命に抵抗って歌詞を書いてるんですよ。 だってその方が楽しいじゃないですか。

顔に性格が表れるように、声には人生が現れる。言葉でどうこうするより、何万時間語り合うより、一曲でいいから自分の書いた歌を聴いてもらえば分かりあえる気がしちゃうんだよな

あの、いばってる奴らは早く居なくなって欲しいよ。何もわかってないくせに偉そうにしてるなんて、そんなみっともないことはない

決断の場面においてはトップは常に孤独である

思い出すのは、あんまよくないよ

「独りでも生きていける強さ」なんてモノは要らん。リボン付きでプレゼントされても捨てちまうだろうな。独りで生きる意味ってあるのか?俺は孤独には全力で抵抗するよ。いつだって誰かを探すよ。他人が居てこその俺だろう。傷付け合って存在確認だろう。これらを放棄した俺なんて死んでいる様なモンだ。

自分のああいう時の、ああいう行動が知らぬ間に自分の手を汚してたと。つまり誰かをはじき出してたところがあったというか。読者の方にもそういうことぐらいはあると思います、たぶん。ないかな?怖いな、すごい怖いな。

ネガティブな奴とポジティブな奴はまるで行動の仕方が変わってくるのさ

「最近バンドの調子がいいですね。」とか会ったこともない奴に言われる機会が増えました。そういう奴らには、これからも「おめー誰だよ!!??」ってやっていくんで、皆さんよろしくお願いします

俺は右でも左でもかまわないんだ。そんなことどーでもいいんだ。右にどんどん行ってみろ。やがて左側に来ているのさ。地球は丸いからね

凄くふさわしいところに自分が立ってて、凄くふさわしい行動を取っているような気がするんだよ

私は憧れの人になれないけど、私は私になれたし、よかった

人生はほんの一瞬のことに過ぎない。死もまたほんの一瞬である

一番悪い奴は「口だけいいことを言って実践しない奴」次に悪いのは「悪いことばかり考えてる奴」そうなりたくねぇんだ

自分を肯定するために一所懸命考えるんだ

(死んだら地獄と極楽のとちらに行きたいか?)どっちでもいいさ。そのどちらにも会いたい友人がいるのでね

少なくとも自然は、生命を更新するためにのみ死を役立てます

One can never consent to creep when one feels an impulse to soar.
羽ばたきたい衝動を感じたら、這いつくばることに耐えられはしない。

内を見るよりも外を見るほうが易しい。しかもそのほうが賢い

未来を予知しようとすることは、夜中に田舎道をライトもつけずに走りながら、後ろの窓から外を見るようなものである

Zepp Tokyoには幾つか強烈な印象が残っているライブがあって。以前、声が出なくて点滴を打ってステージに立ったこともあったんですよ。あのライブも良かったんだよな
