


Life is either a great adventure or nothing.
人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒にふるか。

As the eagle was killed by the arrow winged with his own feather, so the hand of the world is wounded by its own skill.
ワシが自分の羽根の付いた矢で殺されるのと同じように、世界は自らの技術によって傷付けられる。

「たかが音楽にのせる飾りじゃないか」という想いと、「誰かの一生をも変えてしまうかもしれない不思議な魔法」という想い。その間で僕は今も歌詞を書く。

何処に居ても俺らの唄声とか届いてると思うし。

誰もが芸術を理解しようとする。ならば、なぜ鳥の声を理解しようとはしないのか

作家だとか、法律家だとか、政治家だとかをやってる女っていうのは、怪物だと思うね

自分の置かれている環境を整備しないと、レベルというものは、いとも簡単に下がっていく

約束の額だ・・・悪く思うな。

孤独であって、充実している、そういうのが人間だ

線の芸術と色の芸術とがあるように、言葉の芸術だってそれより劣るものじゃない

先に見出し、後に捜し求めよ

色々不安だろ?なあ、イライラするしなあ。それなあ、大人になっても不安だし、50過ぎてもイライラするから、そのまんまでいいんじゃないすか。物事解決するよりも、イライラしたまんまさあ、ロック聴きゃあいいじゃん。うん。

10年後に生きている確率よりも、明日生きている確率の方がきっと高いじゃないですか。だから明日持つ夢の方がすごく大事です。

どうしてなんだ?どうして俺が来るとこうなるんだ?どうして誰かが、犠牲にならなきゃならないんだ……? なんでだ?なんでなんだ……!

What we have once enjoyed we can never lose. All that we love deeply becomes a part of us.
私たちが一度楽しんだものは、決して失うことはありません。私たちが深く愛するすべては、私たちの一部となります。

現在持っているものに満足しない者は、持ちたいと思っているものを手に入れたところで、満足しないだろう

Until the great mass of the people shall be filled with the sense of responsibility for each other’s welfare, social justice can never be attained.
社会正義は、人々の大多数がお互いの福祉に対する責任感で満たされるまで、決して達成されることはありません。

老年は騒音から遠ざかる。沈黙と忘却に仕える

人間はコンピュータとは違って揺れ動いてますよね。だから、すべてのものを何かの思い入れを持って見ているんですね。なので、その時々によって違って見えてくることがあるんでしょうね

愛をうまく告白しようとか、自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、構える必要はない。きみの体全体が愛の告白なのだ

私の創造の源泉は、私が愛する人々である

人生自体にも限りがあって、いつ終わるか分からなくて、その中で『たった今、美しい者を求めても構わないんじゃないか?』って思って、 『どうせそれが繋がって積み重なって美学というものになってんじゃないの?』と

少なくとも自然は、生命を更新するためにのみ死を役立てます

作曲家の基本命題は「いい曲をつくる」こと

酒は何も発明しない。ただ秘密をしゃべるだけである

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

最も美しい主題は君たちの前にある。なぜといえばそれらのものこそ君たちが一番よく知っているからである

大事は寄せ集められた小事によってなされる

私は努力をしてこなかった人間。ただ努力をしなかった分、自分の好きなものに囲まれて生きることはできたというか

僕は新しく何かをやりたいんじゃなくて、今何をやりたいかなんだよ、まさに

手ぇ離せや。俺はもう誰の命令も聞かん。あの娘のことはもうほっといたれ。これ以上 手ぇ出すんやったら嶋野の親父やろうが殺すで 俺は……

筋肉で力任せに殴るよりも、腰を入れて体重の乗ったストレートの方がズドンと重いじゃないですか

人間と人間との間柄には、愛よりほかの財産はない

生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである

組織に働く者は、成果に何も寄与しないが無視できない仕事に時間をとられる。膨大な時間が、ほとんど役に立たない仕事、あるいはまったく役に立たない仕事に費やされている

後悔は いつもうらめしそうに ちょっと先でこっちを見てるね いやなヤツ。

後回しにできないあせりみたいなものが非常にあって。ボヤボヤしてられないんだよ、休んでる場合じゃないんだよ

お前がワンマンだー!(売れる前、新潟でのライブで客が一人しかいなかった時のこと。その客に向かって)

どんどん、くだらなくなっていってる。音楽もTVも低能になっていってる。殺人も犯罪も短絡的になっている。警察は庶民を守ってはくれなくなった。

生きたくても生きれねぇ奴がいるんだって そんなんも考えないで生きてる気になんなって

私は同時に他人の自由をも目標にするのでなければ、自分の自由を目標にすることはできない

自分の夢に必要やと思えるもの、好きやと思えるものには一生懸命になったらいい。

自然は常に完全である。決してまちがわない。まちがいは我々の立脚点、視点の方にある

電子辞書は確かに早く正確に引けるが遊びがない。紙の辞書は、引いた語句の両脇の語句が視界に入る。この種のノイズが文化を生む

高松の不良の皆さんこんばんは!(高知ライヴにて)

ひとりの富者がなんと多数の乞食を養うことか!王が建築を始めれば、馬車曳きに仕事が生まれる

ウインカーはひっこめようぜ、俺たちは直進するんだ

愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない

やっぱりその時(写真を撮った時)に「良い」と気が付くのは感覚というか、その時の感受性ですからね。それがないとゴミはゴミのままなんですね。実際にゴミだったのかも知れないし、わからないですよね。写真は固定されたものではないっていうのを実感しますね

まっすぐ進めば早く着く! ときには楽しい寄り道も! アナタが自分で選んで、納得できる道を進もう

It is for us to pray not for tasks equal to our powers, but for powers equal to our tasks, to go forward with a great desire forever beating at the door of our hearts as we travel toward our distant goal.
私たちは、自分の力に見合った課題を願うのではなく、課題に見合った力を願うべきです。心の扉を叩き続ける強い願望と共に、遠い目標に向かって旅を進めるのです。

自分にいろんな矛盾があることが当然

個人としての嗜好が投影された「普通にそのままのもの」っていうのがあるべきだと、私は思ってしまう

集中するための第一の原則は、もはや生産的でなくなった過去のものを捨てることである。そのためには、自らの仕事と部下の仕事を定期的に見直し、「まだ行っていなかったとして、いまこれに手を付けるか」と問わなければならない

全部欲しいって言ってたら、本当に欲しいものが薄くなっちゃうよ

くたばりたいってのはもう無くなりましたね。それは多分、裏返しじゃないですか、生きていたいっていう事の

今日が幸せすぎるとだいたい明日が怖い

コミュニケーションで最も大切なことは、相手の言わない本音の部分を聞くことである

成果をあげる人の共通点は、行わなければいけない事を、しっかり行っているというだけである

僕らはユーモアがないものはどうしても楽しめないんだ。何があってもどこかにユーモアがないと堅苦しくて、そこの場所に居づらくなる

悪魔は悪しか行なうことができないゆえに純粋である

そやったわ。わし花粉症やったわ。

眼が見えるということは一生涯もかかる教育の果実です

成果をあげる人とあげない人の差は才能ではない。いくつかの習慣的な姿勢と、基礎的な方法を身につけているかどうかの問題である。しかし、組織というものが最近の発明であるために、人はまだこれらのことに優れるに至っていない

優秀な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む

判断の代わりに公式を使うことは、つねに間違いである

最初はダメでも何度でもやり直せという態度は誤りである

Half of what I say is meaningless, but I say it just to reach you.
僕の言うことの半分は意味もない。ただ君に聞いて欲しくて話しているんだ。

人って、炎とか波とか、長い時間見てても飽きないらしい。同じ形になることがないから、って。変化し続けるものって儚い

運が悪かったんだよ、お前らは

オルタナをやり始めた時は、「暗い」「分かりにくい」という声があって、若干構えてしまったんです。力技で分からせてやるみたいな余計な力が抜けたんじゃないかな。すごく文字にしづらいかもしれないけど、スイングスピードが速いストレートを自然体のフォームで打てるようになったというか

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

思いついたことは出来る。思いつかないものは出来ない。これは避けがたく、明白なことだ

芸術作品は、部屋を飾るためにあるのではない。敵との闘争における武器なのだ

文明とは、麻痺状態のことだ

思い出すのは、あんまよくないよ

人生で起こりうる悪いことは二つしかない。パブロ・ピカソになることか、サルバドール・ダリになれないこと

僕はずっと一人ぼっちでいるせいか、人と話すと自分のことばかり話してしまう

人生山あり谷ありでさぁ、今は山にいるかもしんねぇけど、いつかは絶対に谷になるんだ。お前らも絶対辛い時期があって、楽になりたいって思うときがあると思う。そういうのにあったときってさ、すーげぇいい人になっちゃうんだよ。もう傷つきたくないって思って、周りから愛されるようないい人に・・・でもそれって罠だから! いつまでも、何かに対抗する牙は捨てちゃなんねぇ。牙を抜くんじゃねぇぞ、牙を磨いとけよ! 最後まで油断すんなよ

芸術は何かっていうと、抑制だよね

組織に働く者は、組織の使命が社会において重要であり、他のあらゆるものの基盤であるとの信念を持たねばならない。この信念がなければ、いかなる組織といえども、自信と誇りを失い、成果をあげる能力を失う

家族同様に暮らしていくうちに、猫はしだいに家庭の中心的存在になってくる

言葉っていうのは、感覚に1番近いものを当てはめるだけだから感覚が伝わるわけじゃないんだよね。自分の心の中で生まれた感情・感覚に、1番似合った服を着せたものが言葉だから。

自分が良いと思うものを「ほんまに良いものなんです!」って言い通したり、自信のあるものは「自信があります」って言うのが、やっぱり大事。

閃きは自分で呼び込めるものではない。私にできるのは閃きを形にすることだけだ

「出来ないこと」ではなく、「出来ること」に集中しなさい

自分を肯定するために一所懸命考えるんだ

持てる者は失うことを知り、幸せは苦しみを知る

子どもの頃は、おもちゃよりもレコードを買ってもらう方が嬉しかった

子どものころから、四角形に対する漠然とした疑問はありましたね

今日と明日と明後日のことぐらいを考えていればいいんだよ

僕がしてきたことは、僕たちとって一番いいことなんだ。どうしようもないんだ、僕はこの憂鬱から絶対に逃れられない

笑いどころやないかい!笑えや このボケェ!!

本当に口うるさいロックン・ロールや、口の匂いまでするようなリズム&ブルース。そんな音楽は21世紀には無くなってしまうのだろうか。ロボットやサイボーグが聴くような計算された音楽だけが市場にあふれている。

そもそも不用のものや、そこに転がっているものに「妙なもの」があるんです。これは「妙なもの」としか言いようがないんですけど、それは、まだ誰も見ていないということもあって、それを発見するのが面白かったんですね

少なくとも僕にも誰かを楽しませることはできる

ノスタルジアに屈してはならない。道に出て、隣町や外国に行くんだ。ただ、痛々しい過去を旅していけない

人は素敵な経験があるか無いかで、心の汚れが全然変わってくる
