


もしマーケティングが完全に行われていたら、販売努力は不要だ

嫌われることは愛されることより難しい

「これをやりてえ」ってことが増えると、そうやってお茶を濁してる時間はなくなってくる

人生の長さは一秒にも満たない。その僅かな時間に永遠に向けての準備をしなければならないとは!

イノベーションとは、論理的な分析であるとともに知覚的な認識である

恥ずかしさというのは、自分をよく見せたいと思う心の裏返し

肉体的に落ちていくものは取り戻せない。残っているものを生かすしかない

色彩は、それ自体が何かを表現している

なんでもいいから、まずやってみる

眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としているのです。抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ

嫌な事は3秒で忘れる

運命は人がその糸をもつれさせるのを好まない

リミッターってさ、取れた瞬間にその存在に気づくよね

数千のアイデアを育てて、やっと一つの成果を得ることが出来る

人のだらしなさって、たまに妙な愛しさがあるからずるい

We were a savage little lot, Liverpool kids, not pacifist or vegetarian or anything. But I feel I’ve gone beyond that, and that it was immature to be so prejudiced and believe in all the stereotypes.
俺たちは、リバプールの子供たちで、非暴力主義者でも菜食主義者でも何でもなかった。しかし、俺はそれを超えてきたと感じていて、偏見を持ち、全てのステレオタイプを信じることは未熟だったと思う。

大リーグで活躍したいと思うことは夢じゃないんだよ。野球をやりたいというのが夢だ。

So long as the memory of certain beloved friends lives in my heart, I shall say that life is good.
心に愛する友の思い出が生き続ける限り、人生は素晴らしいと私は言い続けるでしょう。

たかだか三分ほどの曲でもそうですし、五十分のアルバムでも、九十分のステージでも同じです。「たった今こういう気分の女の子のために」と用意します。そうそう思い浮かべるのは決まって女性です。男性に対してはおよそ腹立たしさしかない。それは女性を瞬間的にブスにするのが必ず男性だからでしょうね。

単純なことを完璧にやり続ける忍耐力の持ち主だけが、偉大なことを成し遂げる

この余白にたくさんの文字を書いたけど、沢山消した。俺の喉から貴方の耳まで新しい唄がお使いに行く。俺の唄は迷わないから、俺も心配しない。いってらっしゃい。

私は何も発明したりしない。ただ、再発見するだけだ

手を伸ばせば掴んでやるよ。掴んだら離さねぇぞって自信はある

Imagine all the people living life in peace.
想像してごらん。だれもが平和に生きていることを。

少なくとも僕にも誰かを楽しませることはできる

本当に。自分は誤りのない人間だと例外化してしまうのが、いちばん恐ろしいことだなと自分を戒めます。あとは、発言や行いや考えを批判することと、人を非難することの違いを考えてます。この違いって、悩ましいんですが、結構大きいことなんじゃないかと思っていて。

生きているうちに天才って言われたい

徳川家康や武田信玄の本読むけどさ、こんなふうにやって生きて天下とったって、70・80で死ぬわけだしさ。

人って、炎とか波とか、長い時間見てても飽きないらしい。同じ形になることがないから、って。変化し続けるものって儚い

苦労しないでフッと浮かんだ曲が結果的にいい曲になる

芸術作品が時代に先駆けてあらわれるとき、時代は芸術作品の後ろでもたもたしている

創造性の最大の敵は良きセンスだ

惚れたはれたの世界じゃなくて、もっと性別を超越したもの、生命を見つめるようなものーそういう温度にまで、お客さんの器を大きく広げてさしあげることができたらいいと思ったんですよね

おそらく今日、高等教育を受けた人の割合が世界でもっとも多い国が日本である。日本にとっての問題は、いかにして彼ら高等教育を受けた人たちを生産的な存在にするかである

「やさしくなりたい」という意思、それはすごく大切だなと思う

人は生涯、同一水準の作品しか書けない

声が出なくなっても僕は(ロックンロールを)止めないなと思った

生産性を上げる一番簡単な方法は、今、一番成果が出ている仕事に集中し、成果が出ていない仕事からは、撤退してしまうことである

自分を実際そうである以上に見たがったり、また見せようとしたり、あるいは逆に、実力以下に感じて卑屈になってみたり、また自己防衛本能から安全なカラの中にはいって身を守るために、わざと自分を低く見せようとすること、そこから堕落していくんだよ

What we have once enjoyed we can never lose. All that we love deeply becomes a part of us.
私たちが一度楽しんだものは、決して失うことはありません。私たちが深く愛するすべては、私たちの一部となります。

少しくらい年を重ねたからってわかったような顔をしてもらいたくないんだ。俺は同世代のオヤジどもにそれが言いたい。

アキラメというのは人生的なものである。体験に基づくというか、体験の集積というか、いずれにしろ体に発するというか、体からじわりと湧き出る。それにひきかえ、シラケというのは、体験からのものとは違う

優れた者ほど間違いは多い。それだけ新しいことを試みるからである

俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。

ここ何県?(ロサンゼルスにて)

人生は、水平方向に落ちていくことである

アホくさ。喧嘩すんのは結構やが、もしウチのシマに入ってきたら・・・そん時は怪我するだけじゃすまへんで。

やっぱり私は表現をする事が好きやなー

芸術は悲しみと苦しみから生まれる

正しい構造が成果を約束してくれるわけではない。しかし、間違った構造は成果を生まず、最高の努力を無駄にしてしまう

僕らの音楽は誰にも揺るがされなくなりました。他のどんな要素にもびくともしない、僕らと音楽の関係が完全に守られました。

手段ではなくて目的

「楽しく続いていくうちは最高に楽しいことをやろうぜ。駄目になったら、それはそれ」っていう考え方の方が、逆に物事が続いてったりするじゃん。もちろん続けることは大切な意味があるけれど、それが目標になっちゃうと挑戦も冒険もできなくなっちゃうからね

パンのための学問

変わることをこばむのでなく、変われたことを褒めたいんだ。

僕は音楽が大好きです、本当に。感情論や云々より音楽が大好きなんですね。メロディ、リズム、和音。その三大要素からなる音楽っていうものが大好きです。

痛みはいつか消えるが、美は永遠に残る

Zepp Tokyoには幾つか強烈な印象が残っているライブがあって。以前、声が出なくて点滴を打ってステージに立ったこともあったんですよ。あのライブも良かったんだよな

熱帯の夜の静寂の中で、私が私の心からの囁きと柔軟な音楽を聞くことができます

面白いねぇ、実に。オレの人生は。だって道がないんだ。眼の前にはいつも、なんにもない。ただ前に向かって身心をぶつけて挑む瞬間、瞬間があるだけ

期待なしに恋をするものだけが、真の恋を知る

筋肉で力任せに殴るよりも、腰を入れて体重の乗ったストレートの方がズドンと重いじゃないですか

明日は明日の風が吹くんだ。明日の風には誰も逆らえないぜ。今日を生きるしかないだろう。明日も生きてるとは限らないしな。

(渋谷の路上で歌っていた時)最初は誰ももちろん集まらないですし、私が歌ってるのに目の前でカップルがめちゃめちゃチューし始めたりしたのも、めちゃムカつきましたし、結構忘れられない。東京の路上はキツかったですね

私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく自らの時間を奪おうとする非生産的な要素を退ける

涙が出てきたら、耐えて、苦しんで、そして前進あるのみだ

君を見つけ出した時の感情が、今も骨の髄まで動かしてんだ

人が、夜や花を、そして自分を取り巻く全てのものを、理解しようとしないで愛せるのはなぜだろうか。なぜか芸術に限って、人は理解したがるのだ

喜びは成果の中になければならない。石臼に向かいながらも丘の上を見なければならない

人間は精神が拡がる時と、閉じこもる時が必ずある。強烈に閉じこもりがちな人ほど逆に広がる時がくる

わがままさっていうのはさ、必要なんじゃねえかなあ

ツアーなのにウィークデーに東京に戻ってくるのは、旅している感じが全然しないんだよね。車で走り回って、その土地の美味くて安いものを探しにいく。夜はそこで待っている仲間たちと音楽を楽しんで、酒を飲んで寝るみたいな3ヶ月。こんな人生、なかなかないでしょう

世の中に言いきれることってねえが。 でも恋愛は絶対素晴らしいと言いきるよ

私は死ぬまで死ぬことについて、そして生きる事について考えていると思う

人間と人間社会の問題なのかもしれない。つまり偶然というのは、本当はこの世の中を無数に満たしている事柄なのかもしれない。世の中はむしろ無限の偶然で成り立っている

日本語はロックにならない。英語じゃなきゃダメだって言い切ってた奴らがいたじゃん。そんなことないのね。日本語にだってリズムがあるし、ロックになるんだ。

人間さ、もちろん嫌いな人とか誰だっていると思うの。でも1個は絶対いいとこあるんだよ。例え100個嫌いなとこあっても、1個いいとこあればその人と友達になれると思うんだ。だから俺も桑とこうやってるんだよね笑。

「満足」って言葉は究極以外使っちゃいけないんだよ

私はいつも自分のできないことをしている。そうすればそのやり方を学べるからだ

我々はどこから来たのか?我々は何者なのか?我々はどこへ行くのか?

予感というのも、努力の重なりの上に出来る、透明な上澄みのような感覚だと思う

すべての偉大な成功は、地味で面倒な事の積み重ねの上に成り立っている

私は常々「偶然耳にされたリスナーの方が、わくわくなさるような時間を提供せねば」と考えています。せっかくなら。子供の頃観た歌番組では、いろいろな歌手がよく、一緒に歌ったりしていました。ああいうフランクさが近年どんどん失われているのを寂しく思っています。

間違いや失敗を犯したことのない者というのは、単に無難なこと、安全なこと、つまらないことしか、やってこなかっただけである。逆に優れている者ほど、数えきれない間違いを犯すものであり、これは常に新しいことに挑戦している証拠である

私は自分がやりたいことをやっているだけ

自分があまりにも日本語を知らな過ぎることがコンプレックスでした

お前は自分しか信じちゃいない。自分以外の人間を心から信じれない。だから人から愛されないんだ。

いまだに『磔磔』って字が書けない…。 (03年京都磔磔にて)

宇宙には緊急な、致命的な、動かせない法則がある。なければならぬ

僕はどんな完成の仕方をしてもその人の実力だと思う。聴く人の実力。だからみんなそれぞれ立派に仕上げてください。そこで自分が楽しい 最高じゃんと思ってくれたらすごく嬉しい。

(作曲家として)僕は、子どもの頃に「ベートーベン」というスゴイご馳走の味をいっぱい覚えたのが、本当にありがたい

ものがそこにあるという尊厳。これはいったいなんだろう。ただあるというだけなのに

ほうきとか持ってエアギターとかしたりするわけじゃん、憧れて。それの延長なんだよ

感動の出発点は感動にあると思うんだ。なんで感動したのかを辿っていくと、表現されたものがどう作られていて、「だから俺は感動したのか」って分かる。もっともっと辿っていくと、その表現者が、かつて感動した瞬間に帰結すると思うんだよ。それが色んな何かをぐるぐると通過して、また人に届く。錬金術なんかじゃないんだよ。感動が伝わって、感動を生む。

「最近バンドの調子がいいですね。」とか会ったこともない奴に言われる機会が増えました。そういう奴らには、これからも「おめー誰だよ!!??」ってやっていくんで、皆さんよろしくお願いします

自然は無限に分割された神である。神と自然は、完全に相等しい二つの偉大な力である

ロックンロールは吐き出した瞬間と受け取る瞬間があって、受け取った瞬間に完成するものだとは思ってる。僕の出すロックンロールは僕だけでは未完成なんだよ。聴く人がいてその人の心の奥の中で完成する

数曲唄って思ったけど、見える・見えないの問題じゃねぇな。きっと、何処にでも届いてると思う。
