


(どうしてすぎやまこういちと平仮名なの?)漢字では椙山浩一と書くのですが、間違えて「まさやま」と読む人がいたり、「杉山」と書く人がいるので

我々が描くのは顔の表?中?それとも裏か

我々は脳をブン投げて、ただ目だけで見ることができればいいのだが

成功する企業というのは、「問題」ではなく、「チャンス」に目を向けている

確かに2年前、俺はお前の相手が出来んかった。それはなぁ…… あん時のお前が弱過ぎたからや!

会計学者や経営者は「純利益」という言葉を使うが、企業経営ではそんな言葉を使ってはいけない。「フューチャー・コスト(未来費用)」と呼ぶべきだ。企業というのは、リスクを負うために失敗することもある、そのときのために未来のコストを留保してあるのであって、利益の蓄積ではないのだ

いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ

のめり込み過ぎちゃうと、いざ自分が何か失敗した時に逃げ道がなくなって、音楽で失敗することが怖くなっちゃう

ベイビーアイラブユーだぜ!

アイディアは出発点以上のものではない。固まったらその先かたちを決めるのは思考だ

私たちは気が付かないものが道端に隠れているという感覚にわくわくしちゃって、それを写真で記録することになるんですが…。トマソンが一番わかりやすい例です

ビートルズとか音楽は、暗いほう暗いほうに行きがちな自分を包んでくれる

無茶苦茶だよ。熱だけしかなくてさ、意味はないんだよ。

何したっていいんだよ。自分で責任取れればいい。責任を取るっつうのは、この道で満足してるなって思えること。

ガキンチョだますのがロックだと思う

詩人は賞賛など求めてはいない。信じてもらいたいだけだ

判断の代わりに公式を使うことは、つねに間違いである

NUTOPIA has no land, no boundaries, no passports, only people.
ヌートピアには、国土も国境もパスポートも持たない。人々だけだ。

幼稚な心を取り去らなければならない。自己の修業を怠り、父母への依頼心を持つなどは幼稚な心である

親切ではないけど、やさしい。丁寧ではないけど、やさしい

何十年後も、みんなが知ってるし、歌えるし、聴かれているという音楽を作りたいなと思いますね。芸術は残らなきゃいけないと思っているので。

イメージの共有がしたいだけなんだ。言葉の共有じゃなくてどこかもやもやっとしたイメージをひねりだして曲にする。そのもやもやを共有したいだけなんだ。それで「生きてやるぜ!」って思ってもらえれば、「生きるっていいな」と思ってくれればそれでいいです。

終わりのあるものしか信用できない。終わりのあるものしか生きてないからね。

最後は直感なのだ

優れたプロとは、継続して自分の表現をしていける人のこと

「満足」って言葉は究極以外使っちゃいけないんだよ

何、ちょうど打ちたかったところだ・・・・ひねくれたカーブをな

意見や考えが違うのは当然のこと。より良い社会の「より良さ」も凝り固めてしまえばイデオロギーなんだけど、誰が勝ったとか論破したとかそういう方法じゃなくて、柔軟にその「より良さ」を目指すことについて同意しながら、進んでいけたらいいですよね。厳しさも排除せずに。

例えばスリーコードでエイトビートならみんなロックンロールかって言ったらそうじゃないものもあるわけ。スタイルじゃないんですよ。だから様式美ではなく、そこにある熱が大事なんですね。

有益な言葉は飾り気のない口から出ることが多い

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

何かを表現していく人間にとって、自分の拠り所を気分に置いてしまうのは危ういこと

焦点の定まった明確な使命がなければ、組織はただちに組織としての信頼性を失う

自然は至上の建築物である。自然の一切は最も美しい釣り合いをもって建てられている

信念のためには、たとえ敗れると分かっていても、おのれを貫くそういう精神の高貴さがなくて、何が人間ぞと僕は言いたいんだ

術は日々の生活の埃(ほこり)を、魂から洗い流してくれる

私にとってはテレビは想像できるものしか映らない画面の一種でしかない

As the eagle was killed by the arrow winged with his own feather, so the hand of the world is wounded by its own skill.
ワシが自分の羽根の付いた矢で殺されるのと同じように、世界は自らの技術によって傷付けられる。

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

(RC時代、ローリングストーンズのパクリでは?の声に)なんだ、今頃気付いたの?

僕の何かを信じた時の強さですか?信じるっていう感情の強さですか?行為の強さですか?ハンパないと思いますよ。

好きだから、大切だからこそ人は高いところを目指す

今、俺の考えるライブは祭りだから、日本各地でみんなと祭りをやるという感覚が楽しみでしょうがない。小難しいことを考えず、嫌なことも全部置いてくればいいと思うんだ。きっと楽しめるはずだから

「楽しく続いていくうちは最高に楽しいことをやろうぜ。駄目になったら、それはそれ」っていう考え方の方が、逆に物事が続いてったりするじゃん。もちろん続けることは大切な意味があるけれど、それが目標になっちゃうと挑戦も冒険もできなくなっちゃうからね

やっぱりみんな自分の手を動かして曲を書かないとダメですよ。作家っていうのは実態のないものだから、いっぱい書かないと本当の姿というのが現れてこない。書いて初めて、実態というのがあるように見えてくるというだけで。

今回この写真文庫(岩波写真文庫)を一冊ずつ選んで、いまの世から眺めていきながら、時代の空気というものをつくづく感じた。活字、つまり言葉では説明しきれないことが、写真からはぷんぷん匂ってくる。このシリーズは、戦後の空気の貴重な貯蔵庫だ。いまの肥満ぎみの世の中は、じつはこの空気を吸うことからはじまっている。良くも悪くも、この空気がいまの日本人の両親なのだ

とどのつまり歴史とは何か?歴史とは伝説と化した事実であり、伝説とは歴史と化したウソである

今俺らがうたってる最中に向こうの方横切ってトイレ行ったりしてる奴ら、そいつらもここ(最前列)にいつか来させてやる。全員ギャフンと言わせてやる

誰でも自らの強みについてはよく分かっている。だが、たいていは間違っている。わかっているのはせいぜい弱みである。それさえ間違っていることが多い

私は自分がやりたいことをやっているだけ

恋はその始まりがいつも美しすぎる。だから結末が決して良くないのも無理はない

マーケティングの理想は販売を不要にすることである。つまり、製品がおのずから売れるようにすることである

同じことは二度とできないし、マネもできないんですよ。

俺も好きなバンドには一方的な想いをぶつける

どーだろう?日本は民主主義国家だなんて言ってないで、事無かれ主義国家だって世界に向けて言った方がよっぽどカッコいいんじゃねえか。ロックっぽいぜ。

流行なんて、文字どおり流れていく

本当の芸術というのは、音楽にしたって映画にしたって文章にしたって演芸にしたってなんにしたって、ドアが開かぬままにあなたに会いに行ける魔法だって。

日本人はやはり全員が五、六歳か、もしくはたんなる訴訟の素材なのだ

21世紀の最大の不安定化要因は人口の構造変化である。ただし、先進国における最大の問題は高齢化ではない。少子化のほうである

Yeah we all shine on, like the moon, and the stars, and the sun.
そうさ、僕らは輝けるんだ。月のように、星のように、太陽のように。

確実にたくさんの曲を作り続けていくには、気分の波に流されてはいけない

その瞬間に爆発していればカッコいい

誰のために創るんだろう。考えたことあるか。自分のために?そんなの甘っちょろいよ。植木づくりでもやるんならそれでいいんだ。金のために?だったら創るより早いやり方がいくらでもあるだろう

生まれたとき、死んじゃう可能性のある病気の手術を受けて助かったことがあったからか、あたし、生きることにとても執着がある

ミュージアムをひとつくれ。埋めてやる

あの、いばってる奴らは早く居なくなって欲しいよ。何もわかってないくせに偉そうにしてるなんて、そんなみっともないことはない

何びとも信用しない者は、己れ自身が信用されていないことを知っている

ちっちゃい子供は成人の10倍笑うんだって!! 負けてらんねーっつうんだよ!! あっはっは

夢を語る奴のことをバカにしたことはない、そういう奴の為にグングニルって曲が出てきたりします。俺は決して笑わないって歌。そして俺もそういうことをしすぎて目が悪くなりました。夢の見過ぎで悪くなりました。そういう歌も歌ったことがある。でも結局のとこドリーマーです。永遠のドリーマーです。

寝床につくときに、翌朝起きることを楽しみにしている人間は、幸福である

すべての偉大な成功は、地味で面倒な事の積み重ねの上に成り立っている

芸術において不道徳は存在しない。芸術はつねに神聖である

どうだ。内地の腰抜けのオッサンのパンチは痛かったか?

自然に生き、自分の気持ちをほんとうに伸ばしてゆこうとすれば、まず、いたるところで残酷に、壁に突きあたる

私は、自分の作品に心と魂を込める。そして制作過程では我を失う

もしも明日の朝が来なければ、俺は最高傑作をいくらでも作ることができただろう。

楽しいと楽は違うよ。楽しいと楽は対極だよ。楽しいことがしたいんだったら楽はしちゃダメだと思うよ。楽しようと思ったら、楽しいことはあきらめなきゃダメだね。ただ、生活は楽な方が絶対いいと思うよ。でも人生は楽しい方がいいじゃん。生活は楽に、余計なことには気をとられず人生は楽しく。

Work is life, you know, and without it, there’s nothing but fear and insecurity.
働くということは元気のもとだ。仕事がなければ恐れと不安があるだけだよ。

本当の芸術というのは、音楽にしたって映画にしたって文章にしたって演芸にしたってなんにしたって、ドアが開かぬままにあなたに会いに行ける魔法だって

ミスというのはほとんどいつも神聖な特徴があって、決して修正しようとなんてしてはいけない

恋愛だって芸術だって、おなじだ。一体なんだ。全身をぶつけること。そこに素晴らしさがある

成功する人に共通しているのは、ひたすらひとつの事に集中しているという点である

最終的な完成形を頭の中でイメージしないで闇雲にキーボードを叩いても良い作品は生まれない

死ぬと分かってて戦うのが一人前の男って訳じゃない。男なら命を張る場面はきっと来る。お前にその時が来たら、思いきりやればいい。

絵を描くのは人生に耐えるための手段だ

人の卓越性は、ひとつの分野、あるいはわずかの分野においてのみ、実現されるのである

どんどん、くだらなくなっていってる。音楽もTVも低能になっていってる。殺人も犯罪も短絡的になっている。警察は庶民を守ってはくれなくなった。

生命の一分が過ぎていく!それを在るがままに描き、それをなすためにはあらゆるものを忘れよ!そのものになりきれ・・実際に見るもののイメージを与えよ

急流中底の柱、即ち是れ大丈夫の心

筋肉で力任せに殴るよりも、腰を入れて体重の乗ったストレートの方がズドンと重いじゃないですか

僕もほっときゃ歳も取るからさ、今と昔をそのまま比べることはできないけど、基本的にやっぱ何も考えてなくて、たいして成長も進歩もしてないからおんなじようなものがいつもステージに乗っかってるんだと思うんだ。

理論というものは現実に従って変化していく

Half of what I say is meaningless, but I say it just to reach you.
僕の言うことの半分は意味もない。ただ君に聞いて欲しくて話しているんだ。

自分の夢に必要やと思えるもの、好きやと思えるものには一生懸命になったらいい。

リンゴひとつでパリを征服する

僕の部屋は僕を守るけど、僕をひとりぼっちにする

私は今、生きようと努めている。というよりも、どのように生きるかを、私の中の死に教えようとしている

やっぱりゴツいなぁ。桐生ちゃんよ。
