


俺もお前らも不器用なんだから、だからとりあえず信じよう。それでもし裏切られたら傷つこう。それを繰り返すだけ

ただ大人たちにほめられるようなバカにはなりたくない

創造性の最大の敵は良きセンスだ

神童などという言葉は、家族のつくったものだ

生まれたとき、死んじゃう可能性のある病気の手術を受けて助かったことがあったからか、あたし、生きることにとても執着がある

人の曲を歌う時こそ、恥ずかしい気持ちもなく思い切り出せる声もあるのかもしれないとも思ったし、その、声に焦点を絞ったものもやってみたいって考えられるようにもなってきて

他人のためにやるんじゃないよ。自分がやりたいからやるんだ。

計画とは未来に関する現在の決定である

『うわ、眩しい。すっげぇ眩しいんだけどさ、消えてくんない?』と思うくらい眩しいのが夢だと思うし、『いや、あれを見てないと俺の生きてる意味がないとか、存在自体が怪しくなってくる。だから俺は目がつぶれてもいいから、あれを見るぞ』っつうのが、夢を見てる人だと思うし、夢を見てる人ってそんぐらいかっこいい人だと思うし、そんぐらい覚悟してる人だと思うし、そんぐらいリスクを背負ってる人だと思う。

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

雨が降るのは聞こえるが、雪が降るのは聞こえない。軽い悩みは大声で叫ぶが、大いなる苦悩は沈黙する

普通の大人なら、球場はボールが飛んでくるから人にいわれなくても自分で注意する。それができないのは五歳か六歳で、つまりそれがいまの日本人の精神年齢ということだろう

意見や考えが違うのは当然のこと。より良い社会の「より良さ」も凝り固めてしまえばイデオロギーなんだけど、誰が勝ったとか論破したとかそういう方法じゃなくて、柔軟にその「より良さ」を目指すことについて同意しながら、進んでいけたらいいですよね。厳しさも排除せずに。

オーケストラ音楽に触れたきっかけはラジオ

フッ…… まったく不謹慎やのお〜……お前ら、最高やで!

ステージに出る前、死刑台に上がってく気分になるときがあるんだ。ギロチンの下に頭を置いて審判が下される。

僕は死なないと思いながら死ぬんだろうな。

老年は騒音から遠ざかる。沈黙と忘却に仕える

とどのつまり歴史とは何か?歴史とは伝説と化した事実であり、伝説とは歴史と化したウソである

ダサいんですね。言葉を入れすぎると説明になっちゃって、言葉も写真もつまらないものになってしまうんです

いったい何を見て来たんだい? その若さでミイラか? 可能性はどこにあるんだ? それは君の目で見て耳で聞いたものの中にしかないはずだ。

いいんだよ。 消えないもんは消えないままで。 消えないもんを消そうっていうのは嘘だから。 だって傷は癒えるったってそんな簡単に癒えるわけないじゃん。 傷を負ったっていう過去は消えないんだよ。 消えない傷を持ってて、でもそれは今を生きてる証拠なんだと。

神を知る最善の方法は、多くの物を愛することだ

今熱烈に恋してなくたって、すげぇ好きだった人いたことのない人はいねぇと思うんだ。だから何が言いたいのかっていうと…。あんたがたは好きな人のために歌ってください。俺は今日、あんたがたのために歌う

幸せを手に入れるんじゃない、幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ

俺の喜びはいつか忘れるもんばかりだった。でも忘れたくない。

日本人はやはり全員が五、六歳か、もしくはたんなる訴訟の素材なのだ

腑に落ちた道を進んでいかないと、 苦労や失敗を背負い込む覚悟もできない

世の中の物事には似たようなものが満ちあふれているわけで、手探りでいく文章とはその似たようなものを飛び石伝いに踏んで渡って行くようなことである。似たようなものをいくつも乗り換えて渡って行くうちに、探しているものの形に次第に近づいていく

20代で音楽的に成熟したものや洗練されたものを書くには生意気に見えてしまいそうでしょう。20代は本当にずーっと困っているという感じでした。30歳くらいから力加減を探っていけるようになってきて、ここ数年でやっと、等身大の仕事をするようになってこれた気がしています。すると今度は体力が落ちてきて……ねえ、人生って。それも全部描くしかないです。

偉業は一時的な衝動でなされるものではなく、小さなことの積み重ねによって成し遂げられるのだ

悲しいことも苦しいことも、全てを楽しみに変えていけるのが人間の力だよ

あなたの中に、あなたの知らない芸術家がいる。彼は月夜に物事がどの様に違って見えるか興味がないのだ

One can never consent to creep when one feels an impulse to soar.
羽ばたきたい衝動を感じたら、這いつくばることに耐えられはしない。

ロックンロールは吐き出した瞬間と受け取る瞬間があって、受け取った瞬間に完成するものだとは思ってる。僕の出すロックンロールは僕だけでは未完成なんだよ。聴く人がいてその人の心の奥の中で完成する

自然は生命を更新するためにのみ死を役立てる

そりゃバイク乗るのも楽しいし、映画も好きだし。でも、桁外れなんだよ。富士山と石ころくらいの違いなんだよ。ロックンロールやってるときの楽しさは、桁外れなんだ。好きなものを見つけるってそういうこと。

天才のランプは人生のランプより早く燃える

ジョークを言った本人が笑ったら、そのジョークはジョークでなくなる

少しくらい年を重ねたからってわかったような顔をしてもらいたくないんだ。俺は同世代のオヤジどもにそれが言いたい。

よう動く舌やなあどないな作りになっとんねん?もうすぐ夜やで。次のパーティーの話はまだ早すぎなんとちゃうか?

自分がちゃんと物事をやってる時って人はさ、温和でいられるけど、自分が何もしてない時ほど人が醜く見えるモンだから。

太陽を黄色い点に変えてしまう絵描きもいれば、黄色い点を太陽へと変えられる絵描きもいる

今日のライブは、俺達の大親友だったアベフトシに捧げます。(2009年8月 RSRにて)

自然は至上の建築物である。自然の一切は最も美しい釣り合いをもって建てられている

夢を夢と呼ぶうちは、それは叶わない。

効率とは物事を正しく行うことで、有効性とは正しいことを行うことである

最後は直感なのだ

兄弟は、塀の中で死ぬようなタマやない。あいつは必ず戻ってくる。……俺を殺しにな。

ネガティブな奴とポジティブな奴はまるで行動の仕方が変わってくるのさ

「楽しい」を勝ち取ろうと思えば、「楽」を切り捨てなければいけない

勇敢な男は自分自身のことは最後に考えるものである

40歳になって「来た来た!」と思っています。40歳からが私に似合う年齢だと思っていましたから、それまで、どうやって時間をつぶしたらいいかと長く苦しんでいました。

仕事は人間に必要だ。だから人は目覚まし時計を発明した

どうせやり切るなら極限までやっちゃえ!

みんなの前で歌わんかったら下手になる

昨日を守ること、すなわちイノベーションを行わないことのほうが明日をつくることよりも大きなリスクを伴う

ゲームも人生も、逃げたら経験値は上がりません

砂漠では、教養など何の役にも立たない。生きる技術を持っているかどうかが生き残れるかどうかを分ける。厳しいビジネスの世界も同じである

NUTOPIA has no land, no boundaries, no passports, only people.
ヌートピアには、国土も国境もパスポートも持たない。人々だけだ。

私は捜し求めない。見出すのだ

バンドって楽しいや。ライブやれるってこんな幸せなことないよね。自分家からすげぇ離れた土地で待っててくれる人がいる。拳をあげて一緒に歌ってくれる野郎どもがいるなんて、すごいよね。もし俺たちが音楽やってなかったら 俺個人的に言えば歌を歌ってなかったら、きっと何もなかっただろうな

今までの後悔とか、辛かった事とか、選択も全て間違いじゃなかった

オレは糞っタレのダメ人間!お前ら、オレみたいになんなよ!…でもさ、お前らがいるからこんなオレでもここに立てた。今のオレにはもう歌うしかねぇ、だからお前ら、オレにもう少し付きあってくれ

問題になろうがどうしようがいいんだもん。それはまた対処していけば。だけど大人たちに相談しちゃうと問題になりそうだからやめようってことになっちゃうんだ。

まっすぐ進めば早く着く! ときには楽しい寄り道も! アナタが自分で選んで、納得できる道を進もう

どうだ。内地の腰抜けのオッサンのパンチは痛かったか?

日本語はロックにならない。英語じゃなきゃダメだって言い切ってた奴らがいたじゃん。そんなことないのね。日本語にだってリズムがあるし、ロックになるんだ。

たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ

「五稜郭ジャンキーズ! 」「みんな、牛好きかー?!ジンギスカーン!」(札幌ライブにて)

人のだらしなさって、たまに妙な愛しさがあるからずるい

現在持っているものに満足しない者は、持ちたいと思っているものを手に入れたところで、満足しないだろう

手には、物を掴む手と放す手がある

電子辞書は確かに早く正確に引けるが遊びがない。紙の辞書は、引いた語句の両脇の語句が視界に入る。この種のノイズが文化を生む

自分が感動できるものを提出していかないと、周りの人、ひいては観客に響いていかない

やりたい事やったもん勝ちなので全部やりたい

人間にとって成長ないし発展とは、何に対して貢献すべきかを自らが決定できるようになることである

フェスにはいろんな人のいろんな思惑が絡み付いて、そんなの誠実じゃねーじゃねぇかと思うこともあるんだけど、音楽好きな奴らが集まって、音楽しか能のねー人間が精一杯演奏する。こんなシンプルな関係は政治なんざには負けやしねぇ

文学の偉大なる傑作とは、使えない辞書のようなものである

それは所詮、極道の勝手な都合ってやつだ!

もって行かれるぞ。甘い考えで生きてるとあっという間にもって行かれてしまう。この国をたて直すためには戦争をするしかないと考える人間がたくさん居るんだ。

(富士山を望むステージが売りのイベントで生憎の曇り空、富士山が見えないね、との問いかけに)でかすぎて見えねぇんじゃねぇの?(SWEET LOVE SHOWER 2007にて)

モネは、ひとえに眼にほかならない。しかし、何という眼だろう

地震の後には戦争がやってくる。軍隊を持ちたい政治家がTVででかい事を言い始めてる。国民をバカにして戦争にかり立てる。自分は安全なところで偉そうにしてるだけ。

ここ何県?(ロサンゼルスにて)

数曲唄って思ったけど、見える・見えないの問題じゃねぇな。きっと、何処にでも届いてると思う。

急にひとりぼっちにされちゃった気持ちになったんですよね。共犯者はいっぱいいるのに、私だけが訴訟を起こされてるような。

多少体調が悪くても、気分が優れなくてもベースは崩さないように努める

”世界”というのは自分の中にあるんです

組織は常に進化していなくてはならない

忍耐もまた行動の一つの形態だ

この世界中の人口の1%の人たちが世界中の富の90%を持ってて、残りの99%の人たちが残り10%の富を持ってるんだってよ。俺らはそんな世の中クソくらえって思うんだ。でももしかしたら(音楽で)こんな世の中変えていけるんじゃねーかって思ってる奴の人口の方が多いんじゃねーかって思ってる

今、俺の考えるライブは祭りだから、日本各地でみんなと祭りをやるという感覚が楽しみでしょうがない。小難しいことを考えず、嫌なことも全部置いてくればいいと思うんだ。きっと楽しめるはずだから

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

業績を上げる最大のカギは責任感である。権威や権限ではない

ウィンターってウィンターって意味じゃないらしいよ。(The Birthdayの神戸ウィンターランドでのライブにて)
