


誰をも恐れない者は、誰からも恐れられている者に劣らず強い

どうしてなんだ?どうして俺が来るとこうなるんだ?どうして誰かが、犠牲にならなきゃならないんだ……? なんでだ?なんでなんだ……!

恥ずかしさというのは、自分をよく見せたいと思う心の裏返し

If you tried to give rock and roll another name, you might call it ‘Chuck Berry’.
ロックンロールに別の名前をつけるなら、それは「チャック・ベリー」だね。

選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる

最初はダメでも何度でもやり直せという態度は誤りである

非合理的な顧客なるものは存在しない。顧客は、顧客にとっての現実にもとづいて合理的に行動している

自分にいろんな矛盾があることが当然

「五稜郭ジャンキーズ! 」「みんな、牛好きかー?!ジンギスカーン!」(札幌ライブにて)

我々が描くのは顔の表?中?それとも裏か

無茶苦茶だよ。熱だけしかなくてさ、意味はないんだよ。

何にもなりはしない。僕が生きていれば、悲しみはいつまでも続くだろう。僕はこんな風に死んでゆきたいと思ってだんだ

その人がいい趣味をしてるかどうかを見極めるのは簡単だ。絨毯と眉毛がマッチしているかだ

すべては奇跡だ。例えば、お風呂に入ったとき、あなたがお湯に溶けてしまわないことだって

「何事も一人で大丈夫」っていう基本さえあれば、あとはもう全部楽しいんだよ

普段の生活が幸せならいいんだよ。だけど、本当につらいときに聴いてみな。ROCKはお前等を救うよ

ゴッホは美しい。しかしきれいではない。ピカソは美しい。しかし、決してキレイではない

……キスやな。キスかそれ以上のことやろな、やっぱり。歯…… 磨いとるな?六代目。

自分を混乱させるような何かが欲しい。それによって私は新しいものを生み出す

あなたの家庭はあなたの避難所だ。ただ、そこに閉じこもってはいけない

音楽を創る上で一番大切な感受性は習って身につくものではない

トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくる

欲張りな人間が、諦観を覚えたときは強いよ

明日のための今日じゃありません。今日のための今日です

僕は自慢ができることが1つあるの。それは自分の中学生時代に、リアルにパンクを体験したってこと。

リミッターってさ、取れた瞬間にその存在に気づくよね

時間こそ真に普遍的な制約条件である。あらゆる仕事が時間の中で行われ、時間を費やす。それなのに、ほとんどの人が、この代替できない必要不可欠な資源を重要ではないもののように扱う。

興奮した党派の叫びの中から、真理の声を聞き取ることは難しい

黒は特別な色ですね。共感覚はそんなに意識していないけれども、誰でも音楽を聴いたら何色なのかを感じるじゃないですか。俺は黒とか青黒いものが好きで、それは何だろうなと思うと、俺の青春が90’sだったから、低音が強いものが好きという感じなんですよ

何事も、上手く進まないときは、停滞の時期ではなく、変化の時期だ。

何、ちょうど打ちたかったところだ・・・・ひねくれたカーブをな

俺がとりたいのは100点じゃないんだ。ロックンロールが100点満点だとしたら10000点くらい取りたいんだ。

Knowledge is love and light and vision.
知識は愛であり、光であり、ビジョンです。

秘訣というものはない。ただ正しさの法則があるばかりだ

自分の中で一度燃え上がった想いというのは、止めることが出来ない

早く大人になりたいとか、まだ子供だとか。違うんじゃないか?俺は俺なんだ。藤原基央なんだ。俺はもっと良い藤原基央になれるように頑張るんだ

出会わなければ良かった出会いなんてきっとない…ないよ。

僕は口が裂けても、諦めるなどとは言わない

確信を持つこと、いや確信を持っているかのように行動しなさい。そうすれば次第に本物の確信が生まれてくる

管理者は高潔な品性をもってこそ、指導力を発揮し、多くの人の模範となりうる

私は芸術でも何でも、全部がエロビデオみたいに受け止めてもらえればいいって思ってるんです。グッとくるか来ないかっていう、ただそれだけ

大事なものは他者に求めてはいけないと思ってた

さっき決めたんだーどうしてもどうしてもどうしても笑顔じゃいられない時以外は、笑っていようって

日々楽しく、面白おかしく暮らしたい(笑)

本物の画家というのは何もない砂漠で異常なシーンを描ける人だ

妙に前向きになるのはなぜだろう。心配はしないでくれ。このくらいのこと(癌が腰に転移したこと)は覚悟してた。

イメージの共有がしたいだけなんだ。言葉の共有じゃなくてどこかもやもやっとしたイメージをひねりだして曲にする。そのもやもやを共有したいだけなんだ。それで「生きてやるぜ!」って思ってもらえれば、「生きるっていいな」と思ってくれればそれでいいです。

最強頑張っている人を見ると泣きそうになる。かっこよくて。俺もああなりたい

会計学者や経営者は「純利益」という言葉を使うが、企業経営ではそんな言葉を使ってはいけない。「フューチャー・コスト(未来費用)」と呼ぶべきだ。企業というのは、リスクを負うために失敗することもある、そのときのために未来のコストを留保してあるのであって、利益の蓄積ではないのだ

たぶん不安とかっていう感情は、こう、戦う覚悟を決めないで中途半端な気持ちでその先に進もうとするから生まれるものだと思うんだ。どーせ逃げもしねぇくせに戦う覚悟をきめないから。だから、お前ら、覚悟決めろよ

この世の中すっげー頑張ってる奴らが上手くいかなかったり、だからとにかく俺達はまだまだこの世の中にぶっ壊したいものがたくさんあって、そういう奴らに中指立ててやっていくつもりなんで、またライブ見にきてやってください

ジャンルがどうとかじゃなくて、音楽全般、様々な角度と方向にどんどん広がってほしいと思う。限りある音楽ファンを奪い合うイメージで話しちゃうとどんどん貧しくなるけど、そもそも、音楽文化自体にそれほど興味を持ってもらえてないってのは骨身に沁みてる。

紅葉ってさぁ、葉っぱなの木なの?」(05年夏フェスにて)

今の音楽の置かれてる状況の事とか、悲しくなっちゃう所がありますよね。パソコンで150円で買えるとか、若い頃の自分にとって凄い高かった、3000円とか2800円っていう感覚、その感じがもう無いっていうのは、なんかちょっと悲しいですね。

やっぱりゴツいなぁ。桐生ちゃんよ。

企業の目的は顧客創造である以上、企業の基本的な機能はマーケティングとイノベーションの2つしかなく、そのほかはすべてコストだ

「愛」とか言うと、みんなださいとか、くさいとか言うけど、なんか俺は違うと思うな。

さぁライヴハウスへ帰ろう

回教徒が寺院に入るとき靴を脱ぐように、私は仕事中、ドアの外に肉体を置いてくる

やっぱ東城会はアホばっかりや。大好きやで。

心に鍵をかけてるひと。かけすぎて人と話すのが苦手になったりしてる人。自殺をしようとした事がある人。俺はそのままでもいいと思うよ。かっこ良いと思うよ。でもどうか生き延びてください

スペイン内戦は、スペイン人民と自由に対して、反動勢力が仕掛けた戦争である。私の芸術家としての生涯は反動勢力に対する絶え間なき闘争以外の何物でもなかった。私が反動勢力すなわち死に対して賛成できるなどと誰が考えることができようか。私は「ゲルニカ」と名付ける現在制作中の作品において、スペインを苦痛と死の中に沈めてしまったファシズムに対する嫌悪をはっきりと表明する

映画を観てる時もご飯食べてる時も漫画読んでる時も友達と喋ってる時も、なんにもしていない時なんて特に、いつもいつも音楽のことを考えてる

まっすぐ進めば早く着く! ときには楽しい寄り道も! アナタが自分で選んで、納得できる道を進もう

勝手に誰かと比べられて、色々決め付けられるのってどう考えても悔しいな

曲を書く際に、人を感動させようとか、美しいメロディーを書いてやろう、と考えているわけではない

沈黙は絶叫よりも恐ろしい

出会えた喜びはいつも一瞬なのにどうして別れの悲しみは永遠なの

自分じゃない自分を出すのが怖い

「あいみょんこんな曲作って欲しい」とか、色々意見は聞くんですけど全部受け入れていると、先に進めなくなっちゃう

鉛筆や紙と同等の費用で映画が創れたときにのみ、映画は芸術作品となるだろう

優秀な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む

(上京前に自身で)ツイキャスで配信やってて、オールナイトすっぽんぽんっていうのをやってた

運が悪かったんだよ …お前等は

運が悪かったんだよ、お前らは

何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう

芸術作品が時代に先駆けてあらわれるとき、時代は芸術作品の後ろでもたもたしている

こないだまでうつだったんだよ。みんなはうつにならないかもしれないが、僕はなるんだ。自分はなんて嫌な人間なんだろうって自己嫌悪になって…ずっと自分は変わっていると思ってたんだけど、みんなも良い所と悪い所があって、変わっていて、それが普通なんだよな。だから、僕も普通なんだって思えるようになりました

神なんて全くその辺の芸術家と変わらない。キリン作ってゾウ作ってネコだろう。様式もへたくれもありゃしない。前と違うもの延々と作り続けてるだけ

人間と人間との間柄には、愛よりほかの財産はない

デッサンと色彩とは区別することはできぬもので、彩色をほどこすにつれてデッサンがなり、色彩が調和していくにつれてデッサンは正確になる。色彩が豊富になる時、形も充実する

死ぬなとは言わないし、悩むなとも言わない。近道がしたいならすればいい。でも、そこで全部が終わる。我慢してきた努力も未来も夢もやり残したことも記憶も肉体も全部全部。

運命というのもひょっとしてウィルスみたいなものではないだろうか。それ自体では何事も起きないけど、他の実力をもったサルモネラ菌や、あるいは紙幣や、恋文や、試験の答案用紙や、いろんな物につくことで、それを動かす。でもそれ自体は姿も形もなくて、見ることができない

まっさらな目をもて!そして目的を捨てろ!

自分の声に何かがあって、歌えなくなったとしても、作詞は続ける。

アバウトは健康にいい

自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやってます

コーヒーのブラックが飲めない。頭が痛くなるから

考えられないですよ、東京事変がない状態って。いろんな意味で、どうしても、こうしなきゃいけなかったというか。うーん、抗えなかった。避ける道がなかったと思いますけどね。

悪い種子からは悪い実ができる

大金を持った貧しい人のように暮らしたい

アキラメというのは人生的なものである。体験に基づくというか、体験の集積というか、いずれにしろ体に発するというか、体からじわりと湧き出る。それにひきかえ、シラケというのは、体験からのものとは違う

We need to learn to love ourselves first, in all our glory and our imperfections.
僕らは、自らのすばらしさと不完全さのなかで、何よりも自分自身を愛することから学ばなければいけない。

急にひとりぼっちにされちゃった気持ちになったんですよね。共犯者はいっぱいいるのに、私だけが訴訟を起こされてるような。

音楽に限らず、あらゆるクリエイターって2タイプに分かれると思うんですよ。第六感で作るタイプと、いろんなものを分析して構築的・理論的に作っていくタイプと

The more I see the less I know for sure.
知れば知るほど、分からなくなるものだ。

別に社会に出ようが学生だろうが変わらねぇと思うけど、あの、…結局ね戦い、だと思うよ人生。 戦わなきゃぁそりゃ、寄ってたかって叩かれて、お終いさぁ。だから、不安なのはしょうがないけど、自分の足で立つしかねぇんじゃね

「病気になったのは罰なんだ」「人の言うことを聞かないからこういうことになるんだ」と、自分を責める気持ちから曲が生まれた。ネガティブな気持ちを書いている。
