


人生は意義ある悲劇だ。それで美しいのだ。生き甲斐がある

目の前の困難から逃げてばかりではダメです

嫌な事は3秒で忘れる

明日描く絵が、一番すばらしい

人生の長さは一秒にも満たない。その僅かな時間に永遠に向けての準備をしなければならないとは!

この世は、良いのと悪いのとかさ、苦痛と幸福とかさ、相反するふたつのことで成り立ってると思うわけ。俺は、頭が悪いなりに考えた結果ね。で、頭がいい人とバカっていう争いもあると思うんだよ。今日は、三万人もバカばっか集まってくださってどうもありがとうございます

富は一つの才能であり、貧しさも同様に一つの才能である。金持ちになった貧乏人は、贅沢な貧しさをひけらかすであろう

音楽が自分のすべてです

人生において、諸君には二つの道が拓かれている。一つは理想へ、他の一つは死へと通じている

終わりのあるものしか信用できない。終わりのあるものしか生きてないからね。

お前自身を知ろうとするならば、いかに他の人々が行動するかを観察せよ。お前が他の人々を理解しようとするならば、お前自身の心を見よ

運命に耐えているとき、そこに真理が見える

んだ。学びは終わらない。んだ。

意図して作ったものがそういう結果になるとは限らないし、絶対、狙いにいかないほうがいい

人間にとって成長ないし発展とは、何に対して貢献すべきかを自らが決定できるようになることである

大多数の世間の人々が、平凡な一生を終るのは志が小さく、意志が弱いからだ

デッサンと色彩とは区別することはできぬもので、彩色をほどこすにつれてデッサンがなり、色彩が調和していくにつれてデッサンは正確になる。色彩が豊富になる時、形も充実する

猛烈に自分を強くし、鋭くし、責任をとって問題を進めていく以外にない

いま大戦中でもないのに、人に「どっちなんだ!?右なのか、左なのか」と問うこと自体、ナンセンスだとは思います

僕と貴方達との距離は はたして何キロぐらいだ

日本の文化っていうのは、常に「明日は知れぬ身」って考えるのが基本じゃないですか。

偉業は一時的な衝動でなされるものではなく、小さなことの積み重ねによって成し遂げられるのだ

すべての偉大な画家はみな空間を探ります。厚みの観念の中にこそ彼らの力は宿るのです

俺は、正直モンが好きなだけや。人の顔色うかがったりせんと。俺が、そうやからなぁ。

重要なことは明日何をするかではなく、今日、何をしたかである

俺達の事な、忘れてもいいけど、此処でお前らがしてるその顔を忘れんな!お前等一人一人が主役なんだ!

惚れたはれたの世界じゃなくて、もっと性別を超越したもの、生命を見つめるようなものーそういう温度にまで、お客さんの器を大きく広げてさしあげることができたらいいと思ったんですよね

自分が元気ない時でも、周りに元気で接すると周りが明るくなるから自然と自分も元気になれる

喧嘩に必要なのは、強さじゃなく、慣れているかどうかだ

日本の文化っていうのは、常に「明日は知れぬ身」って考えるのが基本じゃないですか

運を信じるしかない。そうでなければ、気にくわない人たちの成功をどう説明すればいいのだ

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

本当の芸術というのは、音楽にしたって映画にしたって文章にしたって演芸にしたってなんにしたって、ドアが開かぬままにあなたに会いに行ける魔法だって

我々は自分たちを巡る奥深い知られざる者の真ん中にいて、絶えず昏迷する

この国の憲法九条を知っているかい。戦争はしない。戦争に加担しない。愛と平和なんだ。まるでジョン・レノンの歌みたいじゃないか。

鉛筆や紙と同等の費用で映画が創れたときにのみ、映画は芸術作品となるだろう

モネは、ひとえに眼にほかならない。しかし、何という眼だろう

芸術作品が時代に先駆けてあらわれるとき、時代は芸術作品の後ろでもたもたしている

自分じゃない自分を出すのが怖い

日々楽しく、面白おかしく暮らしたい(笑)

全てのものは限られた量しかない。特に幸福は

お前らの人生がライブハウスみたいだったらいいなぁ。おされたり、ぶつかり合ったり、倒れちゃったりして、でも自分の力で立ち上がったり、時には周りの人に助けられたりしながら起き上がって、次の瞬間にはものっすごい笑顔で前を向いてる。お前らの人生がそんなだったらいいなぁ

お前らがここに来るまでに何があったかなんかどーでもいい。お前らの父親が死のうが母親が死のうがそんなのかんけーない。ただこの中で思いっきり楽しんでいってくれー!!

人のだらしなさって、たまに妙な愛しさがあるからずるい

何事かを成し遂げるのは、強みによってである。弱みによって何かを行うことはできない。できないことによって何かを行うことなど、到底できない

だって朝から晩までいろんな音楽聴いてるわけで。バップのジャズや20年代のブルースからソウル、レゲエ、フォーク、アイリッシュ。クラシックはめったに聴かないけど聴くときもある。そのすべてから影響受けるけど、僕はそういうのを聴く人で、その僕がやってるバンドがこれだっていうだけ。

日本語はロックにならない。英語じゃなきゃダメだって言い切ってた奴らがいたじゃん。そんなことないのね。日本語にだってリズムがあるし、ロックになるんだ。

私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく自らの時間を奪おうとする非生産的な要素を退ける

だが重要なのは血じゃない。俺と親っさんは絆で繋がってる!

大切なことは、熱狂的状況をつくり出すことだ

私はいつも、まだ自分ができないことをする

神に誓うな、己に誓え

まったくもってロックンロールはすげえ。ほんとに。だけど そんなにすごいロックンロールでも 世界中に一握りしかいないんだ

自分の人間力なんて分からないし、そこで勝負しようなんて思ってないんだよね

好きなことだったらめんどくさくていいじゃない!

昔、メーカーさんがよく、「アルバムアーティスト」という言葉を使われていたでしょう。私がデビューした頃はそういう言葉が残っており、自分はそれだと自負していたんです。シングル曲がアルバム内で違った匂いを発するよう、意図して構成するとき、「これこそが私の本業の終点だ」と感じたりします。

生きてると後悔はつきもの

One can never consent to creep when one feels an impulse to soar.
羽ばたきたい衝動を感じたら、這いつくばることに耐えられはしない。

忍耐もまた行動の一つの形態だ

優れた医者というのは、正しい診断を最も多く下す人ではない。誤った診断をすばやく見つけ、それを直ちに改めることのできる人である

ミスというのはほとんどいつも神聖な特徴があって、決して修正しようとなんてしてはいけない

どうか、履き違えないで欲しい。人の足を止めるのは、絶望じゃなく諦めだけだということを。

何かをするのに私は歳を取りすぎてると言われたら、そのことにすぐに取り組むようにしている

欲張りな人間が、諦観を覚えたときは強いよ

深く、恐ろしく真実を語る者であれ

ドローンが敷かれて、そこに何かが乗っていくスタイルって本当に、自分でも作るけど畑が焼き尽くされているっていうか、「ああまたこれか」って感じあるんですよね。自分で作ると自分の趣味に沿うから楽しく聴けるけど。それでいいとも言えるし、よくないとも言える。

変わることをこばむのでなく、変われたことを褒めたいんだ。

最近はお金持は多いけど、上品なお金持はなかなかいない。だいたいは下品だ

平等は人道の神聖な法則である

We’re more popular than Jesus now; I don’t know which will go first, rock ‘n’ roll or Christianity.
ビートルズは今やキリストより人気がある。どっちが先に消えるかな、ロックンロールかキリスト教か。

上手にするってことなんか必要じゃなくて、熱くなればいいんだよね。

これからは自分の為に歌おうと思います。 俺が俺であることを好きでいるとその日はすげぇー楽しいのね。でも俺が俺であることが嫌になってしまうと、その日1日もぅ何もかもが駄目なわけ。俺はかっこよく生きたいです

眼前のものに深く入ること。そしてできうる限り論理的な自己表現を、忍耐強く行うことです

評価されるなんて一切必要なし!音が好きならば、音になっていないといわれようと「音」を出す。これが前提だな

全生命が瞬間に開ききること。それが爆発だ

(ビリーアイリッシュの曲で、あえて「音圧」という言葉を使ったのは、低い音って部屋自体が振動して、まさに音の圧って感じがするんですよね。プレッシャーみたいな音というか。これまでの「音圧」みたいな言葉は、ラウドネスメーターの数値の話だと思うので、それとは別の感覚についての話です)

私は、人生の岐路に立った時、いつも困難な方の道を選んできた

「楽しく続いていくうちは最高に楽しいことをやろうぜ。駄目になったら、それはそれ」っていう考え方の方が、逆に物事が続いてったりするじゃん。もちろん続けることは大切な意味があるけれど、それが目標になっちゃうと挑戦も冒険もできなくなっちゃうからね

この世は偶然に満ちている。だから人間は人工管理の街を造った。でも、街はいづれ老朽化し、その隙間から、追い出された偶然がまた顔をのぞかせる。カメラにはそれが美味しい

音楽に限らず、あらゆるクリエイターって2タイプに分かれると思うんですよ。第六感で作るタイプと、いろんなものを分析して構築的・理論的に作っていくタイプと

Life is either a great adventure or nothing.
人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒にふるか。

否定する材料を探したいんでしょうね。色々言おうと思えば言える材料がたまたまそろっているから、面白おかしくおっしゃりたいんじゃないでしょうか。それで私の何が奪えるというのだっていう感じですよね。

自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ

悪魔は悪しか行なうことができないゆえに純粋である

壁を見つけて超えていく……。人ってのは乗り越えることでしか成長できねぇんだ。 お前の理屈は間違っちゃいない。乗り越えるべき壁が俺だと言うのなら、付き合ってやる。二度と乗り越えようとすら思えない力の差――一度だけ味あわせてやる

僕は僕の偏見でうたをうたっとる。うたっとるやつは下品じゃがうたの内容は最高じゃ

私は今、生きようと努めている。というよりも、どのように生きるかを、私の中の死に教えようとしている

100の好きを見つけても1の嫌いに心を裂かれたりする

やりたい放題やるとか、自由でいるとか。その理想がすべて叶った瞬間、とりあえず俺の人生、終わりでいいかなと思った。

人の卓越性は、ひとつの分野、あるいはわずかの分野においてのみ、実現されるのである

何も考えないで、何も判断しないことが、一番の罪だと思う

In the end, the love you take is equal to the love you make.
結局、あなたが得る愛は、あなたが与える愛の量に等しい。

もうすぐクリスマスだねぇ・・・なんか楽しいねぇ(笑)(2006/12 The Birthday広島にて)

常に非現実を生きてる気がしてならないなぁ。本当にこれ、私の生活か?

俺は峯に教わったんだ。信じる心ってのは・・・人間死ぬ間際でも持てるんだってことを・・・!

「僕は永遠に生きます」って今思ってる。明日も思ってる。あさっても思ってる。10年後も思ってる。20年後も思ってる。そしてある日死ぬんだ。うん。それがいいな。

砂漠では、教養など何の役にも立たない。生きる技術を持っているかどうかが生き残れるかどうかを分ける。厳しいビジネスの世界も同じである

よほど守らなきゃいけないものができるとか。自分の人生をすべて捧げなきゃいけない時が来るんですよね。
