


明日描く絵が、一番すばらしい

忍耐もまた行動の一つの形態だ

人の評価なんかどうでもいいし

大事なものは他者に求めてはいけないと思ってた

一度志を立てた以上は、何よりもまず目的を定め、少しの時間も無駄にせず、確実な道を歩んで、その目的を達成するように努力するのがよい

ミュージアムをひとつくれ。埋めてやる

津波が来ます。(酒に酔いながらのラヂヲで地震が来たとき勝手に)

現状を把握しなければ未来は語れない

お前らも絶対辛い時期があって、楽になりたいって思うときがあると思う。そういうのにあったときってさ、すーげぇいい人になっちゃうんだよ。もう傷つきたくないって思って、周りから愛されるようないい人に…でもそれって罠だから! いつまでも、何かに対抗する牙は捨てちゃなんねぇ

悪魔は悪しか行なうことができないゆえに純粋である

人間さ、もちろん嫌いな人とか誰だっていると思うの。でも1個は絶対いいとこあるんだよ。例え100個嫌いなとこあっても、1個いいとこあればその人と友達になれると思うんだ。だから俺も桑とこうやってるんだよね笑。

人間が生きている社会基盤は、一瞬なりとも安定することなく、さまざまな変動によってつねに変化する

俺はいったい何がしたいんだ? なんでこんなんなってんだ? 答えはすごく簡単だ。これが自分の選んだ生きる道だからだ

芸術作品が時代に先駆けてあらわれるとき、時代は芸術作品の後ろでもたもたしている

創造の泉を自分の内に持っていれば、書きたいものを書き続けられる

私は死ぬまで、死ぬことについて、そして生きることについて、考えていると思う。

歌詞の中にこの言葉を入れたら、昔はそれが、「面白いね」とか「馬鹿じゃね」とか、笑われて済むようなところだったのに、今はもう笑えなくなってきたところもあります(コンプライアンスが厳しくなって)

俺かて そない馬鹿正直に生きてきたわけやない。せやけどな、俺のまわりには馬鹿に生きて……馬鹿に死んでった男たちがおった。そいつらのくだらん生き方が 俺は男の最高の生き様やと気がついたんや

イライラや不満を、ただ我慢することなんだよ。いつか来るための大切なエネルギーだから

Zepp Tokyoには幾つか強烈な印象が残っているライブがあって。以前、声が出なくて点滴を打ってステージに立ったこともあったんですよ。あのライブも良かったんだよな

やっぱりその時(写真を撮った時)に「良い」と気が付くのは感覚というか、その時の感受性ですからね。それがないとゴミはゴミのままなんですね。実際にゴミだったのかも知れないし、わからないですよね。写真は固定されたものではないっていうのを実感しますね

青春の夢に忠実であれ

何かを生み出していくと、いつか誰かが見つけてくれることもある

感動っていうものに限界は無いじゃないですか、日々。それに突き動かされるんですよ

周囲からの反対やら妨害やら軋轢やらがあるからこそ、自分が本当は何をやりたいのか、何になりたいのか輪郭がはっきりしてきて、よし、オレの気持ちはホンモノだっていう確信が固まっていく……そういうものなんじゃないのか?

ちょっと力抜いちゃうと(ライブ会場の雰囲気に)飲まれそうになっちゃうから、ずっと気を張っていなくちゃいけない

成果をあげる人とあげない人の差は才能ではない。いくつかの習慣的な姿勢と、基礎的な方法を身につけているかどうかの問題である。しかし、組織というものが最近の発明であるために、人はまだこれらのことに優れるに至っていない

芸術家というものは、自分に才能があると思うとだめになってしまう。つけあがらず、職人みたいに仕事をしてこそ、はじめて救われる

友人の中にも損友と益友がある。益友とは自分の欠点を遠慮なく告げてくれる友のことである。益友の印象は悪い。時には自分の感情を害する言行もあるが、大切にしなければならない。益友の言葉により自分を正しい道に導き、欠点に気付き、矯正するのがよい

僕もほっときゃ歳も取るからさ、今と昔をそのまま比べることはできないけど、基本的にやっぱ何も考えてなくて、たいして成長も進歩もしてないからおんなじようなものがいつもステージに乗っかってるんだと思うんだ。

手を伸ばせば掴んでやるよ。掴んだら離さねぇぞって自信はある

ジョークを言った本人が笑ったら、そのジョークはジョークでなくなる

お芝居の世界でお仕事をするときは、簡単にベラベラしてはいけないというのは自分の中にあるんですよね

一生のうちの勇気の絶対量があるとしたら、もう使い果たしていると思うんですよ、ビビりだから。

ものがそこにあるという尊厳。これはいったいなんだろう。ただあるというだけなのに

人間にとって成長ないし発展とは、何に対して貢献すべきかを自らが決定できるようになることである

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

感動の出発点は感動にあると思うんだ。なんで感動したのかを辿っていくと、表現されたものがどう作られていて、「だから俺は感動したのか」って分かる。もっともっと辿っていくと、その表現者が、かつて感動した瞬間に帰結すると思うんだよ。それが色んな何かをぐるぐると通過して、また人に届く。錬金術なんかじゃないんだよ。感動が伝わって、感動を生む。

線の芸術と色の芸術とがあるように、言葉の芸術だってそれより劣るものじゃない

画家がどれだけ素晴らしいパレットを持っていても意味がない。大事なのは、どんな眼を持っているかなんだ

家族同様に暮らしていくうちに、猫はしだいに家庭の中心的存在になってくる

私の創造の源泉は、私が愛する人々である

常に恥とは何かを知り、人に負けない様に強い気を持ち、どんなときでも権力に盲従してはならない

いつでも大空が、自然の果てしないものが私を引きつけ、喜びをもって眺める機会を私に与えてくれる

何もすることがないから明るく引きこもってるんだ。でも結構楽しいです

極端な話だけど、希望と絶望が同時に存在するのがいい日々だと思うんです。

みんな何かしら人知れず苦労しているものだ。だから自分から進んで苦労する必要はない

(どんな音楽を聴いて育った?)スピッツ、浜田省吾、平井堅、ユーミン、BOØWY、オザケン、フリッパーズギター。でも自分が学生時代に流行っていた、HYとかORANGE RANGEなんかもたくさん聞いてきました

好きだから、大切だからこそ人は高いところを目指す

数千のアイデアを育てて、やっと一つの成果を得ることが出来る

仕事じゃなくてもやるもんね!

人は、若くても年をとっても、絶えず成長したり変化したりしていますよね。固定したものはないんですね。だから、今、面白くないものは、あえて見ることもないなっていう気もします

I’m not afraid of death because I don’t believe in it. It’s just getting our of one car, and into another.
僕は死を恐れていない。だって、死というものを信じていないから。死とは、1台の車から降りて、別の車に乗り換えるものだからね

多くの人が渇望するような、毎日の生活で繰り返し聴く必要のあるものでなければダメでしょって思っています。

神童。それは多くの場合、非常に想像力の豊かな親を持った子供のことである

親からもらった立派な体、というけど、じつは親からもらっているのは運の方かもしれない。運が脊髄のように芯としてあって、人間の人生というのはその運命の芯の回りにまつわる蛋白質、あるいは脂肪質、悪くいうと贅肉みたいなものなのだろうか

正しくない事を言ったりしてるやつが居たら自分ひとりでもちゃんと「それは違う」って言えよ。そしたら俺みたいに嫌われたりもするだろうけど、最後は正直者が笑うんだからさ

私はドラッグをしない。私自身がドラッグだ

彫刻に独創はいらない。生命がいる

学問は生涯を通じて心掛けねばならない

「林檎」は筆名で。17ぐらいの時に。「少女A」みたいな名前だから、実際に何言われても平気。

いや、40年と30秒だよ

過去のリーダーの仕事は「命じること」だが、未来のリーダーの仕事は「聞くこと」が重要になる

人間、しがみついてでも、這いつくばってでも、生きることに価値があるんだ。分かるか?

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

最高や 、まさかゾンビとやりあえる日が来るとはのお。

人生の目的は悟ることではありません。生きるんです

ライブで観たときのダイナミクスってすごいでしょう。そのための技術を磨いておきたいと思いながらやってきたけれども、ライブってそれだけじゃ足りなくなる瞬間があって。そのときに引っ張り出されてきているのが人間力みたいなものなのかもしれないけれど、あまりそこに頼りたくないと思いつつ、歌っているだけですごいと言われるような歌い手になりたいというのはずっとあるんだよね

他人のためにやるんじゃないよ。自分がやりたいからやるんだ。

(死んだら地獄と極楽のとちらに行きたいか?)どっちでもいいさ。そのどちらにも会いたい友人がいるのでね

自分の打ったボールがどこへ飛ぼうがかまわない。スカッと飛びさえすれば、いい気持ちなんだ

最強頑張っている人を見ると泣きそうになる。かっこよくて。俺もああなりたい

人はいつも、行動する時より口で言う時の方が大胆になる

People do not like to think. If one thinks, one must reach conclusions. Conclusions are not always pleasant.
人々は考えることを好みません、もし考えれば、結論に到達しないといけないから。結論はいつも心地よいとは限らないのです。

俺は強いヤツが好きや!俺に命令出来んのは強いヤツだけや!

確かに……一度 “黒” に染まったモンはどこまでいっても “黒” や。そっから抜けることはできん。けどな、それでも噛みつく相手選ぶくらいはできる。それが俺の流儀や

女性は行動するより前にこうしよう、と考えることがあまりない生き物なんじゃないかと思うんです。先に手が出るというか、体で感じて体で動くっていう

自殺はやめろ。生きろ。

俺らがなんでロックやってっかというと、ロックはさ、汚ねぇ言葉とかすっげぇ使ってるよ。それが受け入れれない奴は、まだロックなんて必要ねぇんだよ。でも、絶対なんか壁にぶちあたった時、ロックを聞くとさ、こんな汚ねぇこと考えてるの俺だけじゃねぇんだって思えるからさ。だから、俺らはおまえらのためだけにロックをやるよ

フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ

今どきレコード評なんか読んでる奴はいやしないさ。評論家が書いてることなんて、もう誰も相手にしないぜ

時間こそ真に普遍的な制約条件である。あらゆる仕事が時間の中で行われ、時間を費やす。それなのに、ほとんどの人が、この代替できない必要不可欠な資源を重要ではないもののように扱う。

女性って20代までは大変ですよね~自分次第で何者にもなれるはずなのに、社会だったり男性の目線だったり、余計なことに捕らわれて不自由になりがち。それはもったいないと思う。

(ビートルズの音楽は)8:2くらいの割合で、暗いところか隠されているところが好き

偉大な精神は、静かに忍耐する事を知っている

ボクシングって勝った方が腕を上げるじゃないですか。でも天秤は負けた(軽い)方が上がるんですよ。・・・・・それっておもしれぇなぁと思って

ブルースを忘れない方がいい。いろいろな名前の音楽が流行するけれど基本はすべてブルースなのだ

未来は誰のものでもない。先駆者というものはおらず、時間に遅れた者しかいないのだ

たとえこの人生が負け戦であろうと、いずれにせよ僕は「良い戦い」をしたい

素朴に、無邪気に、幼児のような眼をみはらなければ、世界はふくらまない

生きる日のよろこび、悲しみ。一日一日が新しい彩りをもって息づいている

嫌われることは愛されることより難しい

芸術作品は、部屋を飾るためにあるのではない。敵との闘争における武器なのだ

これを描いたのはあなたですか?いや、違う。きみたちだ

全力を注がなければ、単に約束と希望があるだけで、計画はない

幼稚な心を取り去らなければならない。自己の修業を怠り、父母への依頼心を持つなどは幼稚な心である

明日のための今日じゃありません。今日のための今日です

僕は口が裂けても、諦めるなどとは言わない
