


膝からなし崩しに倒れてしまうような、そういう曲ができちゃって。『なんだこれ?』と思って。とりあえずでも1曲出来上がったと。わけわかんねえって気分のまま東京に帰って。で、歌ってみて、そういう現象で。人知れずひっそり泣いてみたりとか泣けなかったりとかそういう夜もあったりして。(Title of mineについて)

愛しあう前と後では、火の消えたランプと火のともったランプほどの違いがある

ネガティブな奴とポジティブな奴はまるで行動の仕方が変わってくるのさ

ありとあらゆる感覚を総動員させ、自分を限界まで追い込んでいく

愛してるってどういうこと?愛してるって言葉の響きが重すぎるよ。愛せる程立派な人間じゃないですよ。

人間一人ひとりを見ると、みんな利口で分別ありげだが、集団をなせばたちまち馬鹿が出てくる

『自分にはなにもない』って言う人いるけど、そんなことない。コンビニの店員がいなかったら、お弁当あっためてもらえない、銭湯のおばちゃんがいなかったら、銭湯入れない。みんなやることやってる。それを誇りに持てよ!

むしろ「成功は失敗のもと」と逆に言いたい。その方が、この人生の面白さを正確に言いあてている

何が正しいかなんてわからんでしょ。俺が死んでも答えは出んよ。 そんなら好きだと思う事やるしかないんじゃないかなあ。

「林檎」は筆名で。17ぐらいの時に。「少女A」みたいな名前だから、実際に何言われても平気。

早く大人になりたいとか、まだ子供だとか。違うんじゃないか?俺は俺なんだ。藤原基央なんだ。俺はもっと良い藤原基央になれるように頑張るんだ

「たかが音楽にのせる飾りじゃないか」という想いと、「誰かの一生をも変えてしまうかもしれない不思議な魔法」という想い。その間で僕は今も歌詞を書く。

時間は私たちに残された数少ない大切なものだ

俺がホントについてるなぁとか幸せだなぁとか思うのは、周りにそうやって怒ってくれる人がたーくさんいるんですよね

(身長・体重・胸囲は?)168cmぐらい、50kgそこそこ。胸囲は僕に抱かれてみて判断しろ

(曲を)作ること自体が究極のセラピー

私が猫好きなのは、家で過ごす方が好きだからだ。そして次第に、猫が家の一部に思えてくる

体力的な無理はできるけど、精神的な無理は良くない

効率とは物事を正しく行うことで、有効性とは正しいことを行うことである

人生には不愉快な事柄が多い。だからこれ以上、不愉快なものを作る必要はない

スペイン内戦は、スペイン人民と自由に対して、反動勢力が仕掛けた戦争である。私の芸術家としての生涯は反動勢力に対する絶え間なき闘争以外の何物でもなかった。私が反動勢力すなわち死に対して賛成できるなどと誰が考えることができようか。私は「ゲルニカ」と名付ける現在制作中の作品において、スペインを苦痛と死の中に沈めてしまったファシズムに対する嫌悪をはっきりと表明する

世界史は世界審判である

All the world is full of suffering. It is also full of overcoming.
世界は苦しみで満ちています。しかし同時に、克服の光も満ちています。

自らに求めるものが少なければ、成長しない。多くを自らに求めるなら、成長しない者と同程度の努力で巨人に成長できる

最初はダメでも何度でもやり直せという態度は誤りである

小ちゃい頃、私が思ってる自分よりも女っていう生き物としての男の人は見るんだな」って意識した時に凄く嫌悪感があった

全てのものは限られた量しかない。特に幸福は

人間にとって成功とはいったいなんだろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか

何事も他人に負けてはならないとする気持ちと、決めた目的の下に一刻も油断なく、心の緊張を失わないことが大事だ

多くの人が80代まで生きれないのは、彼らが長期に渡って40代で止まろうと努力するからだ

この曲はもう一回は出来ねぇんだ申し訳ねぇ…出来ねぇなぁ。だけど俺たちとお前らで出来ないことが、出来なかったことがあってもいいじゃん。次はうまくやろうぜ

たった一曲だって、他人に最後まで聴かせるということは、結構すごいことなんだ。音楽に限らず、映画だってマンガだってお笑いだってね

集中するための第一の原則は、もはや生産的でなくなった過去のものを捨てることである。そのためには、自らの仕事と部下の仕事を定期的に見直し、「まだ行っていなかったとして、いまこれに手を付けるか」と問わなければならない

好きなことだったらめんどくさくていいじゃない!

効率とは、現在既に行われている事をより洗練させることである

ジョークを言った本人が笑ったら、そのジョークはジョークでなくなる

方向性に迷った時は僕は初めのイメージに立ち返る

私は芸術でも何でも、全部がエロビデオみたいに受け止めてもらえればいいって思ってるんです。グッとくるか来ないかっていう、ただそれだけ

Jesus was all right, but his disciples were thick and ordinary. It’s them twisting it that ruins it for me.
イエスは悪くない奴だったけど、弟子たちは鈍かったし普通だった。彼らがイエスを歪めたことが、僕は残念だよ。

日本人の強みは、組織の構成員として、一種の「家族意識」を有することにある

悪貨は良貨を駆逐するという原理と同じで、形式は実質を駆逐する

人間の運命は人間の手中にある

女性はやっぱり、おいしそうなものにクンクンって吸い寄せられて、それで満腹になったら飽きて、別の方に行って。そういう風に生きていくものだと思うんです

勝手に誰かと比べられて、色々決め付けられるのってどう考えても悔しいな

ここ何県?(ロサンゼルスにて)

太陽のように生きて、太陽のように死にたい

こんなに色んな人が関わりあうのは、俺、音楽しかねぇと思うんだ。てか、音楽しかしらねぇ

凄くふさわしいところに自分が立ってて、凄くふさわしい行動を取っているような気がするんだよ

組織は常に進化していなくてはならない

絶対に言えるのは、時間が経つとワインと同じで良くなるんです。少々の時間じゃだめだけどね、100年後とかね。何でもない写真でも100年経ったらすごく良く感じるんですよ

一事を根気よく長時間続けることは困難なのである。勉とはそれに打つ勝つだけの忍耐力の養成を意味する

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

正しくない事を言ったりしてるやつが居たら自分ひとりでもちゃんと「それは違う」って言えよ。そしたら俺みたいに嫌われたりもするだろうけど、最後は正直者が笑うんだからさ

結局芸術の唯一の原則は、見るものを模写することだ

なんで一番光るのが一番最後でさあ、なんでそれを僕らがここで見た時にはもう手遅れなんだろう?って。ほんとに子供心ながらにせつなすぎて愛しすぎて。全部そうじゃないですか。人の死んじゃう時とか、もうバイバイしなきゃいけない時とか。だから、あの…適当に生きてちゃダメですね。(supernovaについて)

みんなにとってこの曲がどんな意味を持つかは分からないけど、俺はこの曲が嫌いなうちはさ、なんでこんな曲作っちゃったんだろうって思ってるうちは、あぁ俺幸せなんだなって思えるから。

ほうきとか持ってエアギターとかしたりするわけじゃん、憧れて。それの延長なんだよ

俺は「頑張らなきゃダメだ」と唄った事はないし、「這い上がって来い」と唄った事もない。 でも、歩み寄って来てくれたなら最高の味方になるし、ほっといても邪魔にはならないし、そういう音楽だと思いますね。

夢を飼い殺しちゃいけない。

楽しいと楽は違うよ。楽しいと楽は対極だよ。楽しいことがしたいんだったら楽はしちゃダメだと思うよ。楽しようと思ったら、楽しいことはあきらめなきゃダメだね。ただ、生活は楽な方が絶対いいと思うよ。でも人生は楽しい方がいいじゃん。生活は楽に、余計なことには気をとられず人生は楽しく。

マーケティングの理想は販売を不要にすることである。つまり、製品がおのずから売れるようにすることである

レコーディングするようになって18年。いまだにミックスってわからない。難しい。だからおもしろい。なんだろな。なんだろな。音楽っておもしろい。

リミッターってさ、取れた瞬間にその存在に気づくよね

津波が来ます。(酒に酔いながらのラヂヲで地震が来たとき勝手に)

百の欠点を無くしている暇があるなら、一つの長所を伸した方がいい

究極の善、究極の悪、究極の価値がなければ、人間のある活動が別の活動よりも本質的に優っていることなどあり得ない。だから、全ての行為が同じ価値しか持っていないということを認めざるを得ない。とするなら、一つの行為を別の行為よりも優先させるのは、我々が自分で独自の選択を行っているからある

何事もそうだが、中途半端な決断で道を選ぶと、途中で大変な試練があったときに気持ちが挫けやすい

世の中の物事には似たようなものが満ちあふれているわけで、手探りでいく文章とはその似たようなものを飛び石伝いに踏んで渡って行くようなことである。似たようなものをいくつも乗り換えて渡って行くうちに、探しているものの形に次第に近づいていく

美はざっと見てもわからない

自然は生命を更新するためにのみ死を役立てる

俺は錦みてえにはなれねえよ

俺は、正直モンが好きなだけや。人の顔色うかがったりせんと。俺が、そうやからなぁ。

多くの人が渇望するような、毎日の生活で繰り返し聴く必要のあるものでなければダメでしょって思っています。

「人生っていうのは勝手に与えられるんだから、自分が追求してもいいんだ。幸せ追求権ってあるだろう!」と思ったんですね

私は仕事をしているとくつろげる。何もしていなかったり、訪問客の相手をしていたりすると疲れる

本当に口うるさいロックン・ロールや、口の匂いまでするようなリズム&ブルース。そんな音楽は21世紀には無くなってしまうのだろうか。ロボットやサイボーグが聴くような計算された音楽だけが市場にあふれている。

激流にも耐えうる柱のように揺るぎない信念を心に持て

頑張ってる最中の奴を手助けしないで見守ることをみんなできるはずなのに、そこで水差すのはいいかっこしたいからじゃん。僕は私は、こういう困ってる人は見過ごせない。自分より弱い立場の人は絶対助けてあげなきゃいけないほど心の優しい人間です。そういう心の持ち主ですって他にアピールしたいだけじゃないの?恥を知れ!

成功への道は自らの手で未来をつくることによってのみ開ける

汝が死ぬ前日に懺悔せよ

We were a savage little lot, Liverpool kids, not pacifist or vegetarian or anything. But I feel I’ve gone beyond that, and that it was immature to be so prejudiced and believe in all the stereotypes.
俺たちは、リバプールの子供たちで、非暴力主義者でも菜食主義者でも何でもなかった。しかし、俺はそれを超えてきたと感じていて、偏見を持ち、全てのステレオタイプを信じることは未熟だったと思う。

作曲家として一番大切な事は、とにかく曲を書き続ける事

釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね

音楽は言語のルーツなんじゃないかな

間違いは神聖なもの、それを正すというよりは合理的に考え、誤りを理解せよ。そうすれば間違いを昇華することが可能になる

望みがないわけじゃないけど、誰かに叶えてもらったらつまんないでしょ。

曲のコンセプトを考えるとき、これはやはり論理が主

喧嘩に必要なのは、強さじゃなく、慣れているかどうかだ

まじめに考えて出てくる答えっていうのはろくなもんじゃないんです

人って、炎とか波とか、長い時間見てても飽きないらしい。同じ形になることがないから、って。変化し続けるものって儚い

流行なんて、文字どおり流れていく

痛みはいつか消えるが、美は永遠に残る

そやったわ。わし花粉症やったわ。

「お客様は神様」ですから

私、雑音がほしくて。綺麗なノイズのない環境が嫌

作家だとか、法律家だとか、政治家だとかをやってる女っていうのは、怪物だと思うね

生産性を上げる一番簡単な方法は、今、一番成果が出ている仕事に集中し、成果が出ていない仕事からは、撤退してしまうことである

もともと人は全員、孤独なんだよ
