沖縄じゃどれだけ有名か知らねえが・・・そんな脅しが通る程、世の中甘くねえぜ。
自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ
目の前の困難から逃げてばかりではダメです
真摯さはごまかせない
眼前のものに深く入ること。そしてできうる限り論理的な自己表現を、忍耐強く行うことです
焦点の定まった明確な使命がなければ、組織はただちに組織としての信頼性を失う
行動がすべての成功の鍵だ
傲(おご)ってはいけません。企業は、社会によって存在させてもらっている存在なのです
「たかが音楽にのせる飾りじゃないか」という想いと、「誰かの一生をも変えてしまうかもしれない不思議な魔法」という想い。その間で僕は今も歌詞を書く。
神なんて全くその辺の芸術家と変わらない。キリン作ってゾウ作ってネコだろう。様式もへたくれもありゃしない。前と違うもの延々と作り続けてるだけ
今やらなきゃならないことは今やれ。今しかないこの時間はもう、取り戻せないから。
俺らも街頭に立って声を張り上げて生活費稼いでるあの人たちと一緒ですよ。『生きようとしている』人たちなんですよ。だから本当に、僕らが歌うこととホームレスの人たちがこの雑誌(THE BIG ISSUE JAPAN)を持って駅前で声を張り上げるのは、同じ行為だと思ってるんです。
悪行の呪いは、絶えずそれが悪を産まざるをえないところにある
マネジメントたる者は、共に働く者から自らの仕事を教わらなければならない
誰かのサイズに合わせて自分を変えることはない。自分を殺すことはない。ありのままでいいじゃないか
大リーグで活躍したいと思うことは夢じゃないんだよ。野球をやりたいというのが夢だ。
弱気になる瞬間も多いけど、そんな時は過去のライブ映像を観たりしてます
自分の写真に、ほんのちょっと言葉をつけたいと思っていて…。はじめは簡単だと思って書いていたんですけど、あくる日にそれを見直してみたら、全然ダメで驚いたんです
ミュージシャンなんて死ぬほどいっぱいいるじゃないですか。そんな中で俺らの曲を見つけてくれてね、自分が求めてるものがあるってなんとなく感じて、その中から探そうって思ったその感覚がまずその人の才能であり、努力だったんじゃねぇかな。
聴いてくれる君が居なきゃ、俺は歌えないんだ。自分の事を「世の中に必要無い人間」なんて思わないで下さい。現にこんなにも俺が必要としています。どうか生きてください
煮詰まったらドラクエやる
人の本当の仕事は30歳になってから始まる
周りからどんなにバカに見られたって俺らが楽しけりゃ俺らの勝ちだよな
私は大理石の石塊を選び、必要としないものは何でも切り落とす
私が誰かの背中を押したくて作った曲が背中を押すわけでもないし、そんなことを考えずに書いた曲が誰かに「助けられました」って言ってもらえればいい。
私は「わかってたまるか」っていうことをやるのも面白いと思ってます。いまだに
お先真っ暗はすげー前向きな言葉。
膝からなし崩しに倒れてしまうような、そういう曲ができちゃって。『なんだこれ?』と思って。とりあえずでも1曲出来上がったと。わけわかんねえって気分のまま東京に帰って。で、歌ってみて、そういう現象で。人知れずひっそり泣いてみたりとか泣けなかったりとかそういう夜もあったりして。(Title of mineについて)
気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常
あのアナウンス(「ファウルボールにはご注意下さい」)であらためて注意する間抜けはいない。でもあのようにいっておかないと、後で怪我して訴えられたら困るというのがある。アメリカ仕込みの訴訟社会の風習である
何も考えないで、何も判断しないことが、一番の罪だと思う
映画を観てる時もご飯食べてる時も漫画読んでる時も友達と喋ってる時も、なんにもしていない時なんて特に、いつもいつも音楽のことを考えてる
いつだって、今やるのが一番いい
(それぞれの曲に色んな人物や設定を想定しているのですか)場面は変わりますが、一人称はずっと同じイメージです
お金って、ただの道具じゃないですか
「とりあえず、テレビのドラマに合った曲を書かなきゃいけない」とかって音楽の価値を下げることだと思う
(どんな音楽を聴いて育った?)スピッツ、浜田省吾、平井堅、ユーミン、BOØWY、オザケン、フリッパーズギター。でも自分が学生時代に流行っていた、HYとかORANGE RANGEなんかもたくさん聞いてきました
もしマーケティングが完全に行われていたら、販売努力は不要だ
いかなる創造的活動も、はじめは破壊的活動だ
他人というものがいなければ「一人が一番好き」っという気持ちもない訳で、そして一人の良さなんてわからない訳で。 その台詞はつまり、他人というものを一番意識していて、一番人とのつながりを求めている人なんじゃないのかなと。
急にひとりぼっちにされちゃった気持ちになったんですよね。共犯者はいっぱいいるのに、私だけが訴訟を起こされてるような。
時間を管理するには、まず自らの時間をどのように使っているかを知らなければならない
日本の文化っていうのは、常に「明日は知れぬ身」って考えるのが基本じゃないですか。
危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ
仲間なんか居ねえって部屋の隅で泣いてるやつとか、もうすぐ学校卒業するやつとか、それで青春が終わると思ったら大間違いだからな! 必ず青春とか最高の時がくるからな!! だから音楽ずっと好きで居ろよ
芸術家になるのは難しいことではない。内容を別にすれば、世間的には自分が決めればいいだけのことだ。誰からも認めてもらえなくても、己さえ納得していればいいのだから話は早い
あなたには安らぎがある。贅沢さはない。お金が一端を握っているなんて言わないでくれ。私が提案している贅沢には、金はまったく関係ない
さみだれの かぎり有りとは しりながら 照る日をいのる こころせはしき
僕はいろいろなとこでいろいろな人に聞かれるんだよ。『楽しけりゃいいのか?』って。いいんだよ。そのかわり,楽じゃないんだよって。漢字で書いたら同じじゃんって。
確実にたくさんの曲を作り続けていくには、気分の波に流されてはいけない
判断の代わりに公式を使うことは、つねに間違いである
ロック・ミュージシャンになりたいなんて言ったら、親も教師も友達も、みんながみんな反対してくれたもんだった。もうそれだけで社会の落伍者みたいなもんだから。でも、それはとても幸福なことだったと、今は思える。
ちょっと力抜いちゃうと(ライブ会場の雰囲気に)飲まれそうになっちゃうから、ずっと気を張っていなくちゃいけない
(RC時代、ローリングストーンズのパクリでは?の声に)なんだ、今頃気付いたの?
成功する人に共通しているのは、ひたすらひとつの事に集中しているという点である
自分がちゃんと物事をやってる時って人はさ、温和でいられるけど、自分が何もしてない時ほど人が醜く見えるモンだから。
憎しみや苦しみのない世界があるからお前来ない?って言われたら、「俺はいかない」って言うわ
死を怖れない者に何を怖れろというのだ
大人のくせに子供と同じような人間ばっかりになっちまったんじゃねえのか。
思い出すのは、あんまよくないよ
最終的な完成形を頭の中でイメージしないで闇雲にキーボードを叩いても良い作品は生まれない
明日に延ばしてもいいのは、やり残して死んでもかまわないことだけ
目の前で襲われてる女の子を黙ってみてられるほど、俺は大人やないんや。
僕は口が裂けても、諦めるなどとは言わない
何十年後も、みんなが知ってるし、歌えるし、聴かれているという音楽を作りたいなと思いますね。芸術は残らなきゃいけないと思っているので。
やっぱりゴツいなぁ。桐生ちゃんよ。
まったくもってロックンロールはすげえ。ほんとに。だけど そんなにすごいロックンロールでも 世界中に一握りしかいないんだ
私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく自らの時間を奪おうとする非生産的な要素を退ける
自分が何をやるかさえ確かだったら、少しぐらい待ってもなんでもない
俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。
Imagine all the people living life in peace.
想像してごらん。だれもが平和に生きていることを。
上手にするってことなんか必要じゃなくて、熱くなればいいんだよね。
ノスタルジアに屈してはならない。道に出て、隣町や外国に行くんだ。ただ、痛々しい過去を旅していけない
生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである
自分のああいう時の、ああいう行動が知らぬ間に自分の手を汚してたと。つまり誰かをはじき出してたところがあったというか。読者の方にもそういうことぐらいはあると思います、たぶん。ないかな?怖いな、すごい怖いな。
10年かかってもまだわかんねぇのか?お前らが俺らを必要としてるんじゃない。俺らがお前らを必要としてるんだ
夏は嫌いなんだけど、夏の土の臭いが凄い好き
でたらめをやってごらん。口先では簡単にでたらめなら、と言うけれども、いざでたらめをやろうとすると、それができない
反者から学ぶ事はたくさんあるけど本当に大事なのはそっから先に行く事だ
今までの後悔とか、辛かった事とか、選択も全て間違いじゃなかった
本当に口うるさいロックン・ロールや、口の匂いまでするようなリズム&ブルース。そんな音楽は21世紀には無くなってしまうのだろうか。ロボットやサイボーグが聴くような計算された音楽だけが市場にあふれている。
そもそも老人力とは、転んでもただでは起きない力のことである。というか、そもそも老人とは、人が間断なくゆっくりと転んでいく状態のことなのである。気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常。例外はない。時期のずれや度合いの違いはあるにしても、人類の全員がゆるゆると、やんわりと、気がつけば転んでいる状態なのだ
我々は何をするにも、常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと
なにが芸術家かって?それを知ってたら、注意深く、ばらさないようにしておくよ
今度会うときも、今持ってるもの失わないでほしい。今のまんまで
バンドって楽しいや。ライブやれるってこんな幸せなことないよね。自分家からすげぇ離れた土地で待っててくれる人がいる。拳をあげて一緒に歌ってくれる野郎どもがいるなんて、すごいよね。もし俺たちが音楽やってなかったら 俺個人的に言えば歌を歌ってなかったら、きっと何もなかっただろうな
なんで嫌な時に笑ってんだよ。なんで悲しいのに笑ってんだよ。泣きたい時は泣いて、笑うときにバカみたいに笑えよ
常に悲しみを要求する人生に対して、僕らにできる最上のことは、小さな不幸を滑稽だと思い、また大きな悲しみをも笑い飛ばすことだ
いま大戦中でもないのに、人に「どっちなんだ!?右なのか、左なのか」と問うこと自体、ナンセンスだとは思います
相手を尊敬することができぬなら恋は起こりえない
人生は継続的なパーティーでなければいけないと思う
肉体的に落ちていくものは取り戻せない。残っているものを生かすしかない
集中が必要なのは、仕事の本質と人間の本質による。いくつかの理由はすでに明らかである。貢献を行うための時間よりも、行わなければならない貢献の方が多いからである
極端な話だけど、希望と絶望が同時に存在するのがいい日々だと思うんです。
私は何も発明したりしない。ただ、再発見するだけだ
No pessimist ever discovered the secret of the stars, or sailed to an uncharted land, or opened a new doorway for the human spirit.
悲観論者は星の神秘を発見したり、未発見の土地に航海したり、人類の魂への新しい扉を開くことは決してできません。