


好きだから、大切だからこそ人は高いところを目指す

「愛」とか言うと、みんなださいとか、くさいとか言うけど、なんか俺は違うと思うな。

誰かと肩がぶつかる。生きるってそういう事だと思う。

会いたいって言った方が負けみたいなとこある気がする。男女

音楽の世界の人間は、どっちかって言うとやっぱりスポーツなんかと近いんじゃないですかね。かなり身体的ですから。

自分の夢に必要やと思えるもの、好きやと思えるものには一生懸命になったらいい。

僕は一貫して自己満足です、めざすものは

「あいみょんこんな曲作って欲しい」とか、色々意見は聞くんですけど全部受け入れていると、先に進めなくなっちゃう

戦争やってる遠くの国のことよりも友達の方が大切だと思うけどなぁ

人間にとって成長ないし発展とは、何に対して貢献すべきかを自らが決定できるようになることである

私が死んだら、まるで船が遭難するようなものだな。大きな船が沈むと、その近くにいる人はみな、渦に巻き込まれてしまうんだ

寝床につくときに、翌朝起きることを楽しみにしている人間は、幸福である

成果とは常に成功することではない。そこには間違いや失敗を許す余地がなければならない

人は幸運の時は偉大に見えるかもしれないが、真に向上するのは不運の時である

芸術作品は、部屋を飾るためにあるのではない。敵との闘争における武器なのだ

新大久保から来ました。(THE BIRTHDAY福岡ライブにて)

若き時代に数千の帆柱を押し立てて船出したその港へ、老いさらばえて救いのボートに助けられ、人知れず帰ってくる

低級な芸術家たちは、常に他人の眼鏡をかける

男性のお客さんでライブにいらしている方というのは、何かしらの誤解が生じているんじゃないかなって(笑)

誰にでも何かの仕事に適する素質がある。世の中が必要とするものは多く、自分が役に立てることが必ずある

組織のマネジメントとは、凄い人材を入れることや改新的なサービスを導入する事のように思われているが、一番重要なのは、今ある人材と資産で何ができるかを考えることである

今度会うときも、今持ってるもの失わないでほしい。今のまんまで

私は自分がやりたいことをやっているだけ

そやったわ。わし花粉症やったわ。

何を生命と呼ぶか。あらゆる意味から君を激動させるもの、君を突き貫くもののことである

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う。

世の中が楽しくなりそうなそんな予感がしますよ。君達はどうですか?

どんな顔の人だって輝くときはとてもいい顔だ。どんな美形だってつまらない人間では、それほど美しくもないぜ。

作家だとか、法律家だとか、政治家だとかをやってる女っていうのは、怪物だと思うね

人間はコンピュータとは違って揺れ動いてますよね。だから、すべてのものを何かの思い入れを持って見ているんですね。なので、その時々によって違って見えてくることがあるんでしょうね

己の感覚としては、一生懸命ベタをやっているつもりです

お前らがここに来るまでに何があったかなんかどーでもいい。お前らの父親が死のうが母親が死のうがそんなのかんけーない。ただこの中で思いっきり楽しんでいってくれー!!

自然に線は存在しない

憎しみや苦しみのない世界があるからお前来ない?って言われたら、「俺はいかない」って言うわ

私はいつも自分のできないことをしている。そうすればそのやり方を学べるからだ

明日に引き伸ばせば、それは死んでしまう

少しくらい年を重ねたからってわかったような顔をしてもらいたくないんだ。俺は同世代のオヤジどもにそれが言いたい。

人間が生きている社会基盤は、一瞬なりとも安定することなく、さまざまな変動によってつねに変化する

ニンジンきらいな馬っているのかな?そりゃいるよな。

自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやってます

私はあるがままの自分を受け入れてくれることだけを望む

何があっても、賛成反対両方あるのは自然

何したっていいんだよ。自分で責任取れればいい。責任を取るっつうのは、この道で満足してるなって思えること。

俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。

母は、私にこう言った。「あなたは、軍人になれば、いずれ将軍となるでしょう。修道士になれば、最後には法王となるでしょう」私は、その代わりに画家になり、結局ピカソとなった

曲を書く際に、人を感動させようとか、美しいメロディーを書いてやろう、と考えているわけではない

正義の尺度は声の多数ではない

(音楽にスーパースターは必要?という質問に対し)自分がなればいいんじゃないッスか、自分にとってね。そう思えないヤツはずっと誰かの真似になっちゃうんじゃないかな。

君を見つけ出した時の感情が、今も骨の髄まで動かしてんだ

真理に年齢はない

心に鍵をかけてるひと。かけすぎて人と話すのが苦手になったりしてる人。自殺をしようとした事がある人。俺はそのままでもいいと思うよ。かっこ良いと思うよ。でもどうか生き延びてください

人間は精神が拡がる時と、閉じこもる時が必ずある。強烈に閉じこもりがちな人ほど逆に広がる時がくる

さよならとか別れとか、似たことしか歌わなくなってきたなあって。でも本能では、自分はそういうものを書いていくんだろうなってわかっていて

自分を支えているのは、自分

『無罪モラトリアム』の意味は、一個の人間としてまだ社会に出なくても許されてる立場の人間。さらに「無罪」って言って、立場的にも生きてる事が許されるんだって付け足したかった

運が悪かったんだよ …お前等は

私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい

「何事も一人で大丈夫」っていう基本さえあれば、あとはもう全部楽しいんだよ

ただこの世の中に生まれてきたから、惰性で生きてるなんて、そんなやつは、生きてる必要ない

何十年先も俺たちの曲は君のそばにいる

「これをやりてえ」ってことが増えると、そうやってお茶を濁してる時間はなくなってくる

ただ大人たちにほめられるようなバカにはなりたくない

パンのための学問

神々と肩を並べるには、たった一つのやり方しかない。神々と同じように残酷になることだ

私は子供のときに自転車に乗ったことのない唯一の男である。描くことにしか興味がなかった

夢を夢と呼ぶうちは、それは叶わない。

僕は音楽が大好きです、本当に。感情論や云々より音楽が大好きなんですね。メロディ、リズム、和音。その三大要素からなる音楽っていうものが大好きです。

人は、まず当たり前の作品に対してでも、ある程度は尊重して、それも少しは何かを表していることを認めなければいけない。そして、大いに努力しなければ、その程度にすら到達できない

先に見出し、後に捜し求めよ

「五稜郭ジャンキーズ! 」「みんな、牛好きかー?!ジンギスカーン!」(札幌ライブにて)

望みがないわけじゃないけど、誰かに叶えてもらったらつまんないでしょ。

ブルースって、どうしてブルースっていうか、知ってる?それはブルースが悲しいから…(02年RSR)

何にもやってなかったなあって気持ちになる時もよくあるよ

女の美は性格の中にあるのです。情熱の中にあるのです

誰でも自らの強みについてはよく分かっている。だが、たいていは間違っている。わかっているのはせいぜい弱みである。それさえ間違っていることが多い

私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く

今が楽しいかどうかは自分が今を楽しんでいるかにかかっていること 目の前にある大事な事 見失うほど未来に目をやってしまうのはとても愚かな事

目の前で女殴られて引き下がれるほど大人じゃあねえんだ・・・

儚いって言う字は『人』の『夢』っていう形をしているけれどそんなものぶち壊して、ざまぁ見ろって言ってやりな。

As selfishness and complaint pervert the mind, so love with its joy clears and sharpens the vision.
わがままと不平は、心を歪めたり曇ったりさせるように、 愛の喜びは視界をクリアにし、鋭敏にさせる。

やっぱり私は表現をする事が好きやなー

So long as the memory of certain beloved friends lives in my heart, I shall say that life is good.
心に愛する友の思い出が生き続ける限り、人生は素晴らしいと私は言い続けるでしょう。

Women… I mean, they are the other half of the sky, and without them there is nothing.
女性っていうのは…つまり空の半分のようなもので、女性なくしては何もないのと同じなんだ。

僕はいつも自分が純粋に感じたこと、考えたことを、理解されようがされまいがダイレクトにぶつける

何が正しいかなんてわからんでしょ。俺が死んでも答えは出んよ。 そんなら好きだと思う事やるしかないんじゃないかなあ。

何かをするのに私は歳を取りすぎてると言われたら、そのことにすぐに取り組むようにしている

楽しくなかったら絵なんか描きませんよ

お前自身を知ろうとするならば、いかに他の人々が行動するかを観察せよ。お前が他の人々を理解しようとするならば、お前自身の心を見よ

感情が伴わない作品は、芸術ではない

何か感じたり思ったりしたことっていうのは、将来の何かに影響してんだよな

人間一人ひとりを見ると、みんな利口で分別ありげだが、集団をなせばたちまち馬鹿が出てくる

砂漠では、教養など何の役にも立たない。生きる技術を持っているかどうかが生き残れるかどうかを分ける。厳しいビジネスの世界も同じである

近道は何度も出来たんだけど、後ろを振り返ったときに後ろがないと不安でしょうがない

(ビートルズの音楽は)8:2くらいの割合で、暗いところか隠されているところが好き

夢を飼い殺しちゃいけない。

選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる

やっぱりみんな自分の手を動かして曲を書かないとダメですよ。作家っていうのは実態のないものだから、いっぱい書かないと本当の姿というのが現れてこない。書いて初めて、実態というのがあるように見えてくるというだけで。

コミュニケーションで最も大切なことは、相手の言わない本音の部分を聞くことである
