


計画とは未来に関する現在の決定である

純粋に泣けてしまうことって本当にある

自然を円筒形と球形と円錐形によって扱いなさい。自然は平面よりも深さにおいて存在します。そのため、赤と黄で示される光の震動の中に空気を感じさせる青系統を入れる必要性があるのです

非合理的な顧客なるものは存在しない。顧客は、顧客にとっての現実にもとづいて合理的に行動している

すべてはむなしい

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う。

多数とは何か?多数は阿呆のみ、真理は常に少数者にある

常に非現実を生きてる気がしてならないなぁ。本当にこれ、私の生活か?

誰でも自らの強みについてはよく分かっている。だが、たいていは間違っている。わかっているのはせいぜい弱みである。それさえ間違っていることが多い

(音楽にスーパースターは必要?という質問に対し)自分がなればいいんじゃないッスか、自分にとってね。そう思えないヤツはずっと誰かの真似になっちゃうんじゃないかな。

As the eagle was killed by the arrow winged with his own feather, so the hand of the world is wounded by its own skill.
ワシが自分の羽根の付いた矢で殺されるのと同じように、世界は自らの技術によって傷付けられる。

本物の画家というのは歴史の騒乱に囲まれながらも洋ナシを根気強く描ける人だ

人の卓越性は、ひとつの分野、あるいはわずかの分野においてのみ、実現されるのである

死に方は生き方、生き方は死に方。

自分を混乱させるような何かが欲しい。それによって私は新しいものを生み出す

普通、表現の仕事であれば作者というものがいますよね。しかし、トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくるんですよね

私が猫好きなのは、家で過ごす方が好きだからだ。そして次第に、猫が家の一部に思えてくる

明日のための今日じゃありません。今日のための今日です

なにもかもうまくいってるのになんか足んねえって時は未来に進む道にポッンポッンと自分で種をまくと知らないうちに種まできてはいけるから楽しい

自然は常に完全である。決してまちがわない。まちがいは我々の立脚点、視点の方にある

自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやってます

Zepp Tokyoには幾つか強烈な印象が残っているライブがあって。以前、声が出なくて点滴を打ってステージに立ったこともあったんですよ。あのライブも良かったんだよな

人生に意味はないよ。だって暇つぶしじゃん。暇なんだよ。みんな人生80年もいらないんだよ。3日もあれば終わるんだ。やることなんて。意味なんかないんだ。楽しければいいんだ。

私はいつも、まだ自分ができないことをする

人の本当の仕事は30歳になってから始まる

経営者がかならず身につけておかなければいけない、大事な要素がひとつだけある。それは品性である

俺も好きなバンドには一方的な想いをぶつける

人間は精神が拡がる時と、閉じこもる時が必ずある。強烈に閉じこもりがちな人ほど逆に広がる時がくる

「何事も一人で大丈夫」っていう基本さえあれば、あとはもう全部楽しいんだよ

イノベーションとは、論理的な分析であるとともに知覚的な認識である

「志」のない知恵は、翼のない鳥に等しい

死を忌まわしいものと考えて、遠ざけたがる。死の匂いのするものを隔離して暮らしていく。そうやって管理するのは便利だろうし、すごく現代的だと思うけど、私はちっともいいと思っていなくて。

とどのつまり歴史とは何か?歴史とは伝説と化した事実であり、伝説とは歴史と化したウソである

We need to learn to love ourselves first, in all our glory and our imperfections.
僕らは、自らのすばらしさと不完全さのなかで、何よりも自分自身を愛することから学ばなければいけない。

低級な芸術家たちは、常に他人の眼鏡をかける

音楽っていうのは、96%まで技術です

女性を尊べ。彼女らは地上の生活のために天国のバラを織りなす

テストの点数でお前らの価値は決まらねぇ

世界中のヤツらに嫌われてても、たった一人にでも愛されていたなら、そいつはすくわれる。たくさんの不幸せの中に一つでも幸せがあるなら、そいつは幸せなんだよ

戦争は戦争を養う

People do not like to think. If one thinks, one must reach conclusions. Conclusions are not always pleasant.
人々は考えることを好みません、もし考えれば、結論に到達しないといけないから。結論はいつも心地よいとは限らないのです。

のめり込み過ぎちゃうと、いざ自分が何か失敗した時に逃げ道がなくなって、音楽で失敗することが怖くなっちゃう

周囲より僕は歌の力ってのを信じてます。

苦労して獲得した金メダルをおじさんに齧られるのって、自分ごととして想像し直すとあれかな、メインのレスポールSPのヘッドを齧られるみたいな感じかな…。正気でいられる自信ないな、俺。

他者同士だからさ、分かりあえなくて当然

イエスとノーのあいだに真実が息づいている

自分が歌っていて気持ちよかったり、いい歌詞が書けたかも知れないなって思う瞬間を大事にしたい。

「ロックな手と書いて岩手と読むんだぜ。」「あのさー、冷麺てなにでできてんの?原材料はなんなの?」(岩手ライブにて)

愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない

楽曲を作ることの方が楽しい。それをいつ本業にできるかって最初から思ってた。

後世必ず吾が心を知り、吾が志を憐み、吾が道を信ずる者あらんか

彫刻は、凹凸の術である

男性のお客さんでライブにいらしている方というのは、何かしらの誤解が生じているんじゃないかなって(笑)

よう動く舌やなあどないな作りになっとんねん?もうすぐ夜やで。次のパーティーの話はまだ早すぎなんとちゃうか?

言葉っていうのは、感覚に1番近いものを当てはめるだけだから感覚が伝わるわけじゃないんだよね。自分の心の中で生まれた感情・感覚に、1番似合った服を着せたものが言葉だから。

Never bend your head. Always hold it high. Look the world straight in the eye.
決して顔を伏せないで。いつも堂々と顔を上げて。この世界を直視して

急流中底の柱、即ち是れ大丈夫の心

雨が降るのは聞こえるが、雪が降るのは聞こえない。軽い悩みは大声で叫ぶが、大いなる苦悩は沈黙する

最近は安定して良いライブが出来ているけれども、もっと陰に転がり込んでしまって、どうにもならなくなってた時もあるんですよ。ステージの上で、「客席のみんなが俺のことを嫌いなんだ」としか思えない瞬間があったりして。パニック障害というか、今この瞬間、全員が俺を憎んでいると思ってしまう。みんなチケットを買ってライブに来てくれているのだから、そんなはずはないのにね

「夢は全部かなう」って僕は言うし、今でもそう本気で信じてる。夢はかならずかなう。かなわない夢はないよ。これ、本気だよ?1ミリもブレたことがない。100パーセント、誰の夢もかないます。

幼稚な心を取り去らなければならない。自己の修業を怠り、父母への依頼心を持つなどは幼稚な心である

芸術愛は真の愛情を失わせる

子どもの頃は、おもちゃよりもレコードを買ってもらう方が嬉しかった

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

マネジメントたる者は、共に働く者から自らの仕事を教わらなければならない

名古屋のニワトリって、羽根が何枚もあるんだろ?じゃなきゃあんなに沢山手羽先がつくれる訳ねぇ!

お前がワンマンだー!(売れる前、新潟でのライブで客が一人しかいなかった時のこと。その客に向かって)

我々は何をするにも、常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと

We’re not disinterested in politics. It’s just that politicians are disinteresting.
僕らは政治に無関心なわけじゃない。ただ政治家がつまらないだけだよ。

オリンピックってどこが優勝したか知ってる?(長野オリンピック後の長野ライブにて)

ガキンチョだますのがロックだと思う

アホくさ。喧嘩すんのは結構やが、もしウチのシマに入ってきたら・・・そん時は怪我するだけじゃすまへんで。

後回しにできないあせりみたいなものが非常にあって。ボヤボヤしてられないんだよ、休んでる場合じゃないんだよ

人生は意義ある悲劇だ。それで美しいのだ。生き甲斐がある

「久しぶりィ、四つの国ィ」「サロンでキティだぜ!」(松山サロンキティライブにて)

なにが芸術家かって?それを知ってたら、注意深く、ばらさないようにしておくよ

僕らがひきこもらない理由は、街に出れば女の子がいるからだ

努力というのは、恐らく運や偶然を追いつめて縮めて微細なものにしていって、自分で掴まえやすくするためのものではないのかと思うのである

私は死ぬまで死ぬことについて、そして生きる事について考えていると思う

その日、歩ける一歩を歩くだけ

小さい頃は、祖母が歌う英語の賛美歌を子守歌代わりに聞いて育ちました

反原発集会へのお誘いも多かったけど、そういうところへ行って歌えば受けるの当たり前だし。目にみえててつまらない。むしろ推進派の集まりに呼ばれてやりたかった。

少しくらい年を重ねたからってわかったような顔をしてもらいたくないんだ。俺は同世代のオヤジどもにそれが言いたい。

最初にして最高の聴き手は自分自身

「ヒットさせなきゃ」とかはないです。ただ、自分自身が毎回前作を超えたいだけで。

俺は巨大な産業としての音楽が崩壊しつつある中で、平たくなった場所はすごく楽しい遊び場になっていくと思うんですよ

美はあらゆるところにある。我々の眼がそれを認めえないだけだ

人生はほんの一瞬のことに過ぎない。死もまたほんの一瞬である

この瞬間、瞬間に、若さとか、年よりとか、力があるないとか、才能とか、金とか、あらゆる条件を超えて、その持てるぎりぎりいっぱいの容量で挑み、生きるということだ

時間を管理するには、まず自らの時間をどのように使っているかを知らなければならない

Love is like a flower, you’ve got to let it grow.
愛とは、育てなくてはいけない花のようなもの。

自然に線は存在しない

(どうしてすぎやまこういちと平仮名なの?)漢字では椙山浩一と書くのですが、間違えて「まさやま」と読む人がいたり、「杉山」と書く人がいるので

若さと年齢は無関係

今日はジョン・レノンの命日。家に帰ってイマジンを聴く

郡山って水うまいの?(06年 HipShotJAPANライブ中にて)

僕らの音楽は誰にも揺るがされなくなりました。他のどんな要素にもびくともしない、僕らと音楽の関係が完全に守られました。

国が無くなっても自由に生きられるよ。国なんていう考え方に縛られているのは人間だけだ。
