


女性はやっぱり、おいしそうなものにクンクンって吸い寄せられて、それで満腹になったら飽きて、別の方に行って。そういう風に生きていくものだと思うんです

『大切な人の死』という出来事は、大切な人が自分にくれる最後のプレゼントだと思います。どんな形の死であれ、僕はそう思います。だからこのプレゼントをいつまでも大切に愛することができます。

考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく

芸術に従って芸術を作ってはならぬ

頭を使いすぎると楽しくなくなる。それより 大事なのはココ(胸を叩いて)じゃん。誰にも譲れねぇってものが1つや2つ絶対あるだろ。それを大事にしてやろうぜ

みなしごハッチ。(RUSH BALL☆P@なんばHatchにて)

彫刻は、凹凸の術である

私は大理石の石塊を選び、必要としないものは何でも切り落とす

私は毎日進歩しつつある。私の本領はこれだけだ

「あいみょんこんな曲作って欲しい」とか、色々意見は聞くんですけど全部受け入れていると、先に進めなくなっちゃう

ドレミファソラシドの中で泳ぎたかった。空白の中にリズムを置いていきたかった。音符のない空白の中にこそリズムを感じたかった。

音楽を作ることに対しては迷いはないから。音楽っていうのは前衛的なものだし、発明であり発見であり実験であり冒険であると思ってる。俺はそこを誇りに思ってるから。

偶然というのは、結局人間的なことなんじゃないか

「とりあえず、テレビのドラマに合った曲を書かなきゃいけない」とかって音楽の価値を下げることだと思う

純粋に泣けてしまうことって本当にある

声が出なくなっても僕は(ロックンロールを)止めないなと思った

創造力で大きな仕事をしていく人たちは予定調和を嫌う

アホくさ。喧嘩すんのは結構やが、もしウチのシマに入ってきたら・・・そん時は怪我するだけじゃすまへんで。

最初にして最高の聴き手は自分自身

事業を行うときは、次の4つの条件を満たしておかなければならない。まず経営環境、使命、強みが現実と一致していること。そして、それらの条件が互いに合致していること。そして、周知徹底されなければならない。さらに、たえず検証されなければならない

明日に延ばしてもいいのは、やり残して死んでもかまわないことだけ

急成長会社では無能な者が要職にいる。会社の成長についていけなかった人々である

全てのものは限られた量しかない。特に幸福は

世間が決して飽きない唯一のものは誇張表現だ

人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはびこる病気だ

書いたり発したりすることも大切だけど、今必要なのはちゃんと耳を傾けることなんじゃないかと思います。読むこと、感じること、と言い換えてもいい。受け取ること。吸い込むこと。それを温めること。そのうえで書くこと、発すること。それをまた、お互いによく聞くこと。俺もできてませんが…。

人生に意味はないよ。だって暇つぶしじゃん。暇なんだよ。みんな人生80年もいらないんだよ。3日もあれば終わるんだ。やることなんて。意味なんかないんだ。楽しければいいんだ。

己の感覚としては、一生懸命ベタをやっているつもりです

女性は行動するより前にこうしよう、と考えることがあまりない生き物なんじゃないかと思うんです。先に手が出るというか、体で感じて体で動くっていう

アーティストの生き方を曲に乗せて、憧れていただく。あたしは全然そういうのやってないんだけど、語られる時にすごく良くないもののように、見世物のように言われますが、実際にはその時お客さんが欲してらっしゃる、期待してきたものであり、それを超えるものでなければいけないと思ってます。こちらの生活、暮らしとか気分とか、そういったものは一切知られてはいけない。それが芸。

憎しみや苦しみのない世界があるからお前来ない?って言われたら、「俺はいかない」って言うわ

究極の善、究極の悪、究極の価値がなければ、人間のある活動が別の活動よりも本質的に優っていることなどあり得ない。だから、全ての行為が同じ価値しか持っていないということを認めざるを得ない。とするなら、一つの行為を別の行為よりも優先させるのは、我々が自分で独自の選択を行っているからある

常に悲しみを要求する人生に対して、僕らにできる最上のことは、小さな不幸を滑稽だと思い、また大きな悲しみをも笑い飛ばすことだ

友達に好かれようなどと思わず、友達から孤立してもいいと腹をきめて、自分を貫いていけば、本当の意味でみんなに喜ばれる人間になれる

作曲家の基本命題は「いい曲をつくる」こと

私は芸術でも何でも、全部がエロビデオみたいに受け止めてもらえればいいって思ってるんです。グッとくるか来ないかっていう、ただそれだけ

心の底から平気で、出世なんかしなくていいと思っていれば、遠くの方でちぢこまっている犬のようにはみえないんだ

(死んだら地獄と極楽のとちらに行きたいか?)どっちでもいいさ。そのどちらにも会いたい友人がいるのでね

落ち込むのと失望は違うんよ。 だって、落ち込んでても夢や愛は信じとるもん。

その人がいい趣味をしてるかどうかを見極めるのは簡単だ。絨毯と眉毛がマッチしているかだ

俺以外のメンバーってのはすごいいいヤツでさ、見てて眩しいんだ。誰見てても眩しいんだ。それはうちのスタッフ、ファンもそう。嬉しいし、最高なんだけど、自分が最低の人間だなって思わされる

学問は、ある人にとっては神々しい女神であり、他の人にとってはバターをくれる有能な牝牛である

あたしロマン派だから。猫の名前もゲーテとシューマンだし。

俺はすごく欲張りな人間で完璧主義なの。表現の間口を広げていた時期は、まずはひとつのことに特化していって。例えば、「甘いものってなんだろう?」と考え始めると、甘いものを徹底的に追求していたけれども、最終的にはひとつのことが満たされたとしても物足りないんですよね

苦労して獲得した金メダルをおじさんに齧られるのって、自分ごととして想像し直すとあれかな、メインのレスポールSPのヘッドを齧られるみたいな感じかな…。正気でいられる自信ないな、俺。

人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう

人生において、諸君には二つの道が拓かれている。一つは理想へ、他の一つは死へと通じている

お前らの人生がライブハウスみたいだったらいいなぁ。おされたり、ぶつかり合ったり、倒れちゃったりして、でも自分の力で立ち上がったり、時には周りの人に助けられたりしながら起き上がって、次の瞬間にはものっすごい笑顔で前を向いてる。お前らの人生がそんなだったらいいなぁ

他人の価値観を尊重できないなら、自分の価値観なんて主張しちゃいけないと思う

結局ね、夢はみんなもってると思うんですよ。だけど、その夢の見方としてね、ただボーっとそれこそテレビで見てるだけで『あぁ、こんな事いいなぁ』みたいな見方と、それから実際にやってみようとして夢の実現に一歩近づくために何か行動をおこす。

友人の中にも損友と益友がある。益友とは自分の欠点を遠慮なく告げてくれる友のことである。益友の印象は悪い。時には自分の感情を害する言行もあるが、大切にしなければならない。益友の言葉により自分を正しい道に導き、欠点に気付き、矯正するのがよい

組織に働く者は、成果に何も寄与しないが無視できない仕事に時間をとられる。膨大な時間が、ほとんど役に立たない仕事、あるいはまったく役に立たない仕事に費やされている

私は天才を自覚している

神は、もはや人間の力では助けられない時のみ助ける

何もすることがないから明るく引きこもってるんだ。でも結構楽しいです

神童。それは多くの場合、非常に想像力の豊かな親を持った子供のことである

一回わがまま言い始めたらもう、他人の言うことなんか聞いてらんねえよ

芸術は、われわれに自然が永遠であることを味わわせなければならない

少なくとも僕にも誰かを楽しませることはできる

夢を夢と呼ぶうちは、それは叶わない。

歌詞の中にこの言葉を入れたら、昔はそれが、「面白いね」とか「馬鹿じゃね」とか、笑われて済むようなところだったのに、今はもう笑えなくなってきたところもあります(コンプライアンスが厳しくなって)

自分のなかに自分だけが感じている匂いみたいなものだとか、あると思うんですけど。

悪行の呪いは、絶えずそれが悪を産まざるをえないところにある

重荷をいただいた胸は打ち明ければ軽くなる

Work is life, you know, and without it, there’s nothing but fear and insecurity.
働くということは元気のもとだ。仕事がなければ恐れと不安があるだけだよ。

何びとも信用しない者は、己れ自身が信用されていないことを知っている

僕らがひきこもらない理由は、街に出れば女の子がいるからだ

深く、恐ろしく真実を語る者であれ

デッサンと色彩とは区別することはできぬもので、彩色をほどこすにつれてデッサンがなり、色彩が調和していくにつれてデッサンは正確になる。色彩が豊富になる時、形も充実する

焦点の定まった明確な使命がなければ、組織はただちに組織としての信頼性を失う

芸術は、意識と無意識の融合である

鉛筆や紙と同等の費用で映画が創れたときにのみ、映画は芸術作品となるだろう

「今日単車で来たやついるか?」(客ワァァァ)「気をつけろよ」→GT400演奏(FRFにて)

感覚って信じてます? 僕は感覚なんて全く信じていない

学ぶという事は一生続く、変化に遅れないようについていくためのプロセスだという事実を、私たちは今では受け入れている。そして、最も緊急な課題は人々に学び方を教えることである

私は子供のときに自転車に乗ったことのない唯一の男である。描くことにしか興味がなかった

雨が降るのは聞こえるが、雪が降るのは聞こえない。軽い悩みは大声で叫ぶが、大いなる苦悩は沈黙する

As the eagle was killed by the arrow winged with his own feather, so the hand of the world is wounded by its own skill.
ワシが自分の羽根の付いた矢で殺されるのと同じように、世界は自らの技術によって傷付けられる。

自分が感動できるものを提出していかないと、周りの人、ひいては観客に響いていかない

人生自体にも限りがあって、いつ終わるか分からなくて、その中で『たった今、美しい者を求めても構わないんじゃないか?』って思って、 『どうせそれが繋がって積み重なって美学というものになってんじゃないの?』と

人間は毅然として、現実の運命に耐えていくべきだ

たとえこの人生が負け戦であろうと、いずれにせよ僕は「良い戦い」をしたい

今日のライブは、俺達の大親友だったアベフトシに捧げます。(2009年8月 RSRにて)

現代人の欠点は自分の職業に愛と誇りを持っていないことである。多くの人が職業を必要悪の労役苦役と考えている

今、俺の考えるライブは祭りだから、日本各地でみんなと祭りをやるという感覚が楽しみでしょうがない。小難しいことを考えず、嫌なことも全部置いてくればいいと思うんだ。きっと楽しめるはずだから

世の中には違った考え方をする種族がいる

All the world is full of suffering. It is also full of overcoming.
世界は苦しみで満ちています。しかし同時に、克服の光も満ちています。

音楽は、常に論理と感性、車の両輪で出来る

『自分にはなにもない』って言う人いるけど、そんなことない。コンビニの店員がいなかったら、お弁当あっためてもらえない、銭湯のおばちゃんがいなかったら、銭湯入れない。みんなやることやってる。それを誇りに持てよ!

本物の画家というのは何もない砂漠で異常なシーンを描ける人だ

人それぞれに求めるものは違うけど、それでいいんじゃないか。自分の思うようにすればいい

膝からなし崩しに倒れてしまうような、そういう曲ができちゃって。『なんだこれ?』と思って。とりあえずでも1曲出来上がったと。わけわかんねえって気分のまま東京に帰って。で、歌ってみて、そういう現象で。人知れずひっそり泣いてみたりとか泣けなかったりとかそういう夜もあったりして。(Title of mineについて)

たかだか三分ほどの曲でもそうですし、五十分のアルバムでも、九十分のステージでも同じです。「たった今こういう気分の女の子のために」と用意します。そうそう思い浮かべるのは決まって女性です。男性に対してはおよそ腹立たしさしかない。それは女性を瞬間的にブスにするのが必ず男性だからでしょうね。

思いついたことは出来る。思いつかないものは出来ない。これは避けがたく、明白なことだ

意味もなく生まれてきた人は一人もいない!自分でも気付かないんだ。だから自分らしい生き方をしろ!

小ちゃい頃は入院することが多くて、看護婦さんとか凄いすきなのもそうじゃないかな。だって、生まれてすぐ大手術でしょ?すっごい病院が心地いいのかも知れない。

俺は峯に教わったんだ。信じる心ってのは・・・人間死ぬ間際でも持てるんだってことを・・・!

(どんな音楽を聴いて育った?)スピッツ、浜田省吾、平井堅、ユーミン、BOØWY、オザケン、フリッパーズギター。でも自分が学生時代に流行っていた、HYとかORANGE RANGEなんかもたくさん聞いてきました
