


我々は決して悪を選ぶことが出来ない。我々が選ぶのは常に善である

”世界”というのは自分の中にあるんです

私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく自らの時間を奪おうとする非生産的な要素を退ける

何百万枚も売れるロックなんて、あんましロックじゃない

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

この世の中すっげー頑張ってる奴らが上手くいかなかったり、だからとにかく俺達はまだまだこの世の中にぶっ壊したいものがたくさんあって、そういう奴らに中指立ててやっていくつもりなんで、またライブ見にきてやってください

「人生っていうのは勝手に与えられるんだから、自分が追求してもいいんだ。幸せ追求権ってあるだろう!」と思ったんですね

青春小説、青春映画っていうのがあるんだから、青春音楽っていうのもあっていいんだ

確かに2年前、俺はお前の相手が出来んかった。それはなぁ…… あん時のお前が弱過ぎたからや!

優しくなりたいと思う人は、優しいんだと思います。

私は天才になるし、世界は私を称賛するだろう。評価されないかもしれないし、理解されないかもしれない。しかし天才になる、偉大な天才にね。なぜなら私はそのことを確信しているからさ

それは所詮、極道の勝手な都合ってやつだ!

結果オーライって凄くいいことだと思わない?

I’m not afraid of death because I don’t believe in it. It’s just getting our of one car, and into another.
僕は死を恐れていない。だって、死というものを信じていないから。死とは、1台の車から降りて、別の車に乗り換えるものだからね

人の曲を歌う時こそ、恥ずかしい気持ちもなく思い切り出せる声もあるのかもしれないとも思ったし、その、声に焦点を絞ったものもやってみたいって考えられるようにもなってきて

この瞬間、瞬間に、若さとか、年よりとか、力があるないとか、才能とか、金とか、あらゆる条件を超えて、その持てるぎりぎりいっぱいの容量で挑み、生きるということだ

やっぱ東城会はアホばっかりや。大好きやで。

名古屋のニワトリって、羽根が何枚もあるんだろ?じゃなきゃあんなに沢山手羽先がつくれる訳ねぇ!

涙が出てきたら、耐えて、苦しんで、そして前進あるのみだ

創造性の最大の敵は良きセンスだ

大人のくせに子供と同じような人間ばっかりになっちまったんじゃねえのか。

今どきレコード評なんか読んでる奴はいやしないさ。評論家が書いてることなんて、もう誰も相手にしないぜ

理論というものは現実に従って変化していく

芸術家は自然の親友である。草花は茎の優美な曲線と花びらの調和のとれた色合いで芸術と対話をする。どの花にも、自然が芸術家に心から語りかける言葉があるのだ

大切なことは、熱狂的状況をつくり出すことだ

赤がなければ、青を使います

「それにしてもあの絵は全然彼女に似ていないな」なに、彼女の方でだんだん絵に似てくるさ

紅葉ってさぁ、葉っぱなの木なの?」(05年夏フェスにて)

音楽っていうのは、96%まで技術です

私が死んだら、まるで船が遭難するようなものだな。大きな船が沈むと、その近くにいる人はみな、渦に巻き込まれてしまうんだ

(中学を卒業したら東京に行かせてくれ、と父親に言ったときに反論されて)お父さん、僕を止められるんか。音楽しかやりたいことないんじゃ。お父さんには、僕の音楽を反対するだけの材料があるんか。

眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としているのです。抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ

汝が死ぬ前日に懺悔せよ

これも人生経験。この新しいブルースを楽しむような気持ちで治療(喉頭癌)に専念したい。

覚めていて夢みることは、眠っていて夢みることとほとんど同じである

目の前の困難から逃げてばかりではダメです

だが重要なのは血じゃない。俺と親っさんは絆で繋がってる!

……別に、誰かのために尽くすってことは悪いことやないで?互いが互いのことを思いやり、惜しむことなく尽くしあえる関係が、一番ええ関係ってやつなんやないか?

インディーズの頃は、有名になって注目されたいとか、めっちゃ広い家に住みたいということが活力になってて

常に悲しみを要求する人生に対して、僕らにできる最上のことは、小さな不幸を滑稽だと思い、また大きな悲しみをも笑い飛ばすことだ

もし、黄色と橙色がなければ青色もない

Self-pity is our worst enemy and if we yield to it, we can never do anything wise in this world.
自己憐憫は最悪の敵です。それに負けたら、この世で賢明なことは何一つできないのです。

兄弟は、塀の中で死ぬようなタマやない。あいつは必ず戻ってくる。……俺を殺しにな。

どの曲も全力でやって一番いいと思えるものを出している

さぁライヴハウスへ帰ろう

素朴に、無邪気に、幼児のような眼をみはらなければ、世界はふくらまない

40歳になって「来た来た!」と思っています。40歳からが私に似合う年齢だと思っていましたから、それまで、どうやって時間をつぶしたらいいかと長く苦しんでいました。

自分の置かれている環境を整備しないと、レベルというものは、いとも簡単に下がっていく

ぼくはいつでも、一生懸命歌を作ってるんだよ。才能があるから歌が出来ると思ってるのかも知れないが、それはちがう。作っているんだよ。

時間が無尽蔵にありさえすればいいものができるという物ではない。むしろ、 期限が決められているのは、モノを作る人間にとってはありがたい事

子どもが大人になった時に、母が自分との時間を犠牲にしてまで、何を作っていたのか。知られた時に、恥ずかしくないもの、単純にわかるものを残したい。

体力的な無理はできるけど、精神的な無理は良くない

計画とは未来に関する現在の決定である

馬鹿なら馬鹿ほどカッコええ。駄目なら駄目ほどカッコええとか、そういう世界ってあるんよ

要は自分次第なんですよ 世の中君の映るように映る 君の感じるように感じる 君が変えれば変えるほど 変わってく。

正しい構造が成果を約束してくれるわけではない。しかし、間違った構造は成果を生まず、最高の努力を無駄にしてしまう

多くの人が渇望するような、毎日の生活で繰り返し聴く必要のあるものでなければダメでしょって思っています。

女が愛し、愛されると彼女は変わる。誰も彼女にかまわなくなると、精神が乱れてその魅力が失われる

お前自身を知ろうとするならば、いかに他の人々が行動するかを観察せよ。お前が他の人々を理解しようとするならば、お前自身の心を見よ

愛することは、愛されること

フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ

本当の芸術というのは、音楽にしたって映画にしたって文章にしたって演芸にしたってなんにしたって、ドアが開かぬままにあなたに会いに行ける魔法だって。

普通の大人なら、球場はボールが飛んでくるから人にいわれなくても自分で注意する。それができないのは五歳か六歳で、つまりそれがいまの日本人の精神年齢ということだろう

人の本当の仕事は30歳になってから始まる

成し遂げたいことに必要な条件を、明確に把握すればするほど、達成される確率は高まっていく

21世紀に重要視される唯一のスキルは、新しいものを学ぶスキルである。それ以外はすべて時間と共にすたれてゆく

もっとたくさん僕らの曲聞いてもらって、皆を励まして背中を押してあげたい。

デッサンと色彩とは区別することはできぬもので、彩色をほどこすにつれてデッサンがなり、色彩が調和していくにつれてデッサンは正確になる。色彩が豊富になる時、形も充実する

もともと人は全員、孤独なんだよ

何びとも信用しない者は、己れ自身が信用されていないことを知っている

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

私が猫好きなのは、家で過ごす方が好きだからだ。そして次第に、猫が家の一部に思えてくる

人間、しがみついてでも、這いつくばってでも、生きることに価値があるんだ。分かるか?

音楽は言語のルーツなんじゃないかな

お前らもありがとな。なんか、勘違いしてるやつがいたら言っといて。これが最後じゃないからね

俺はマコトを殺せへんかった……俺にはマコトを生かした責任があるんや。ただ命があったらええってことやない。人として生かさなアカン責任や。極道の食い物にはさせへん……!

他の人間はなぜそうなったかを問う。私はいつも何ができるのか、なぜできないのかを問う

人間は、毎日生まれ変わる

言いたいことは言う。 その時は心を込めて言う。

エライこと引き受けてしもうたなぁ。しゃーない!真島吾朗、いっちょやったろやないかい!

筋肉で力任せに殴るよりも、腰を入れて体重の乗ったストレートの方がズドンと重いじゃないですか

同じことは二度とできないし、マネもできないんですよ。

いかなる創造的活動も、はじめは破壊的活動だ

愛しあう前と後では、火の消えたランプと火のともったランプほどの違いがある

私が生まれるということは不条理である。私が死ぬということも不条理である

ただこの世の中に生まれてきたから、惰性で生きてるなんて、そんなやつは、生きてる必要ない

(初めて買ったCDは?)中学生の時に買った久保田利伸さんのアルバム

誰かと肩がぶつかる。生きるってそういう事だと思う。

お客が来なくなったらバイトすりゃいい

人生の長さは一秒にも満たない。その僅かな時間に永遠に向けての準備をしなければならないとは!

自分を肯定するために一所懸命考えるんだ

ブルースって、どうしてブルースっていうか、知ってる?それはブルースが悲しいから…(02年RSR)

僕はどんな完成の仕方をしてもその人の実力だと思う。聴く人の実力。だからみんなそれぞれ立派に仕上げてください。そこで自分が楽しい 最高じゃんと思ってくれたらすごく嬉しい。

広島も付き合い長いな。しかし、付き合い長いとなんか感情が湧いてくるよな。こういうの、何ていうんだ?……憎しみ? (広島ライブにて)

これからは、誰もが自らをマネジメントしなければならない。自らを最も貢献できる場所に置き、成長していかなければならない

現状を把握しなければ未来は語れない

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない
