


ボクシングって勝った方が腕を上げるじゃないですか。でも天秤は負けた(軽い)方が上がるんですよ。・・・・・それっておもしれぇなぁと思って

近道は何度も出来たんだけど、後ろを振り返ったときに後ろがないと不安でしょうがない

空に手を掲げれば、俺はここに存在してるって信じられる気がする。それは必然ではないけれど、存在理由として必要だと思う。要は下ばかり見るなってことだ。

目の前で襲われてる女の子を黙ってみてられるほど、俺は大人やないんや。

老年は騒音から遠ざかる。沈黙と忘却に仕える

天才?そんなものは決してない。ただ勉強である。方法である。不断に計画しているということだ

死を忌まわしいものと考えて、遠ざけたがる。死の匂いのするものを隔離して暮らしていく。そうやって管理するのは便利だろうし、すごく現代的だと思うけど、私はちっともいいと思っていなくて。

闇鍋みたいなもんですよ、人生。何入ってるかわかんないけどどれかつまんで食べるしかないみたいな

曲作りの勉強は独学です

残る音楽を作りたい

ニンジンきらいな馬っているのかな?そりゃいるよな。

これも人生経験。この新しいブルースを楽しむような気持ちで治療(喉頭癌)に専念したい。

もし仕事というものが、人間にとって生きることのあがないではなく、生きることの目的であったら、人間はどんなに幸福だろう

モネは、ひとえに眼にほかならない。しかし、何という眼だろう

俺は峯に教わったんだ。信じる心ってのは・・・人間死ぬ間際でも持てるんだってことを・・・!

日々楽しく過ごしているということは、今を生きているということなんだ

ビートルズとか音楽は、暗いほう暗いほうに行きがちな自分を包んでくれる

マンホールをずっと撮っている林丈二さんも、オートになってから奥さんに「ちょっと、あなたの写真、最近、あんまりよくない」って言われたらしいです。どっかに出ちゃうんですね。何でしょうね。自覚して使えばいいんだけど、カメラの機能に寄りかかって撮っちゃうとダメなんでしょうね。何にでもそういうことはいえますね

効果的な経営者の共通点は、ひたすらひとつの作業に集中する点にある。彼らは最も大切なことのみを行い、そのことが完了するまで、他の事に目を向けないという集中力を持っている

最近いろんな人と話していて思うのは、結局いかに多くのものを観て、聴いて、読んでいるかが大切だということ

徳川家康や武田信玄の本読むけどさ、こんなふうにやって生きて天下とったって、70・80で死ぬわけだしさ。

芸術家を何とお思いか。画家なら目、音楽家なら耳、詩人であれば心に抒情、ボクサーなら筋肉のほかに何も持たない愚か者とでもお思いか。それはとんでもない勘違い。芸術家はそれだけでなく、政治的な存在でもあり、世の中の悲しみ、情熱、あるいは歓びにもつねに関心を抱き、ただその印象に沿って自らを形作っている

計画とは未来に関する現在の決定である

やるからにはナンバーワンを目指したい

人間おのずから用に適する所あり、天下何ぞなすべき時なからむ

楽しいことは、みんないい事だとは思わないか?つまらないことは、罪悪だとは思わないか?

創造力で大きな仕事をしていく人たちは予定調和を嫌う

人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう

音楽が自分のすべてです

壁を見つけて超えていく……。人ってのは乗り越えることでしか成長できねぇんだ。 お前の理屈は間違っちゃいない。乗り越えるべき壁が俺だと言うのなら、付き合ってやる。二度と乗り越えようとすら思えない力の差――一度だけ味あわせてやる

もし婦人の乳ぶさと尻がなかったら、私は絵を描かなかったかもしれない

自分の写真に、ほんのちょっと言葉をつけたいと思っていて…。はじめは簡単だと思って書いていたんですけど、あくる日にそれを見直してみたら、全然ダメで驚いたんです

過去とは、所有者の贅沢だ。過去を整頓しておくには一軒の家を持つことが必要だ。私は自分の体しか持たない

自分には過去も未来もない。ただ現在に生きようが為に絵を描くのである

この世界中の人口の1%の人たちが世界中の富の90%を持ってて、残りの99%の人たちが残り10%の富を持ってるんだってよ。俺らはそんな世の中クソくらえって思うんだ。でももしかしたら(音楽で)こんな世の中変えていけるんじゃねーかって思ってる奴の人口の方が多いんじゃねーかって思ってる

人と繋がりたかったら、求めるんじゃなくて、求めたものを持つんじゃなくて、求めるもの全部、自分が閉じ込めてしまうぐらいの、一方通行の自分勝手な行動をぶつけて、それに答えてくれた時に、本当に繋がれるんじゃねぇのかな。

数字なんて関係ねーんだ。ホント関係ねーんだ。お前らもよく虐げられてるだろ? 数字の強い人たちにさ

一番確実な未来予知の方法は、未来自体を作り出してしまうことである

芸術家になるためには、まず自分の目や耳でよいものを感じて選びとる「審美眼」が大切

あまり頭が良くない俺には、温度を低くして生きることは向いていないと分かっているから、身体を使って、燃えて生きていたいなという想いがあって

自分を混乱させるような何かが欲しい。それによって私は新しいものを生み出す

僕の場合、作曲の作業に入っているときは生活も一定のペースを保ち、できるだけ規則的に坦々と過ごすように心がけている

音楽ってゆうのは、なんだろ。何回聴いても毎回ちがうふうに聴こえてくる

俺かて そない馬鹿正直に生きてきたわけやない。せやけどな、俺のまわりには馬鹿に生きて……馬鹿に死んでった男たちがおった。そいつらのくだらん生き方が 俺は男の最高の生き様やと気がついたんや

冒険こそが、わたしの存在理由である

自分を好きになれない奴が、どうあがいたって好きになってはもらえないだろうな、きっと。

カメラっていうのは難しいんですね。湿気が一番良くないんだけど、乾燥しすぎても良くないらしい。湿度調整する装置がありますけど、あれで安心しても良くないらしいとか。やっぱり、使っているのが一番良くて、しまい込むのが一番良くないんですね。人間と同じなんですね。人間だって引きこもってばかりじゃよくないしね

今俺らがうたってる最中に向こうの方横切ってトイレ行ったりしてる奴ら、そいつらもここ(最前列)にいつか来させてやる。全員ギャフンと言わせてやる

私は、自分の作品に心と魂を込める。そして制作過程では我を失う

大人になって大好きな人ができて、今まで男の子とチョメチョメしてきたのがリハーサルだったのかと思うぐらい、「私はこの人のために、経験や知識やこれから学ぶこと全部を捧げなければいけない。捧げるべきなんだ」って心に決める。すごく本能的に感じるんですよね

「愛」とか言うと、みんなださいとか、くさいとか言うけど、なんか俺は違うと思うな。

大人のくせに子供と同じような人間ばっかりになっちまったんじゃねえのか。

相手を尊敬することができぬなら恋は起こりえない

傷ついても裏切られても、人を最初から疑ってかかるような生き方はしたくないと思うんだよね。裏切られたりして傷つく部分と、すげぇ嬉しいと思う部分て心の同じ部分で、同じところが傷ついたり喜んだりしてるから、傷つかないように心にふたをしていってしまうと、喜びまで感じなくなってしまうんじゃないかなぁ

Optimism is the faith that leads to achievement. Nothing can be done without hope and confidence.
楽観主義は達成へとつながる信念である。 希望と自信なくして何事も成しえない。

俺はゆるキャラだがなぁ、お前らを見逃すほどゆるくねぇんだよ

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

Imagine all the people living life in peace.
想像してごらん。だれもが平和に生きていることを。

イノベーションとは、論理的な分析であるとともに知覚的な認識である

美しい景色を探すな。景色の中に美しいものを見つけるんだ

ゴッホは美しい。しかしきれいではない。ピカソは美しい。しかし、決してキレイではない

返信への返信(「Re:Re:」)という意味ですが、アルバムの場合、曲の並びが“ラストシーン”から“サイレン”で悲しすぎたので、『もう一度』という意味をこめてタイトルをつけました。(『Re:Re』について)

時間は私たちに残された数少ない大切なものだ

ドローンが敷かれて、そこに何かが乗っていくスタイルって本当に、自分でも作るけど畑が焼き尽くされているっていうか、「ああまたこれか」って感じあるんですよね。自分で作ると自分の趣味に沿うから楽しく聴けるけど。それでいいとも言えるし、よくないとも言える。

美はあらゆるところにある。我々の眼がそれを認めえないだけだ

後悔は いつもうらめしそうに ちょっと先でこっちを見てるね いやなヤツ。

何もかも切り離さずにやってる人たちはたくさんいるよ。ずっと、ちゃんと、いる。

会計学者や経営者は「純利益」という言葉を使うが、企業経営ではそんな言葉を使ってはいけない。「フューチャー・コスト(未来費用)」と呼ぶべきだ。企業というのは、リスクを負うために失敗することもある、そのときのために未来のコストを留保してあるのであって、利益の蓄積ではないのだ

僕らはユーモアがないものはどうしても楽しめないんだ。何があってもどこかにユーモアがないと堅苦しくて、そこの場所に居づらくなる

苦痛は短く、喜びは永遠である

人生の目的は悟ることではありません。生きるんです

何にもなりはしない。僕が生きていれば、悲しみはいつまでも続くだろう。僕はこんな風に死んでゆきたいと思ってだんだ

人間が生きている社会基盤は、一瞬なりとも安定することなく、さまざまな変動によってつねに変化する

「独りでも生きていける強さ」なんてモノは要らん。リボン付きでプレゼントされても捨てちまうだろうな。独りで生きる意味ってあるのか?俺は孤独には全力で抵抗するよ。いつだって誰かを探すよ。他人が居てこその俺だろう。傷付け合って存在確認だろう。これらを放棄した俺なんて死んでいる様なモンだ。

感動することこそが、人類の最も贅沢なこと

部下の成長は、育成した者にとって昇進に値する貢献としなければならない

お前は自分しか信じちゃいない。自分以外の人間を心から信じれない。だから人から愛されないんだ。

これまでの実績など捨てなさい。自分の強みを過信した者は生き残れません

作曲家として一番大切な事は、とにかく曲を書き続ける事

どんどん、くだらなくなっていってる。音楽もTVも低能になっていってる。殺人も犯罪も短絡的になっている。警察は庶民を守ってはくれなくなった。

素晴らしい夢ほど笑われるものです。 もし、他人に自分の夢を笑われたら「あぁ、自分の夢は素晴らしいんだ」っと誇ってください。

経験も知識も上手く活かせないと意味がない。 自分を狭めてしまうような経験だったら、豊富にならない方がいい

私にとっては、この外気の中での美しい研究がありがたい。私の部屋は私を苦しめる。小さすぎ手足を痛める靴のようだ。そして都会・・ 美しい都会、幾度も言わねばならないが、私が自分を知る一切のものを学び得たのは野原や森の外気の中でのことである

自分には才能がないって思っていたんですけど、今は自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやっています。

愛の光なき人生は無意味である

Until the great mass of the people shall be filled with the sense of responsibility for each other’s welfare, social justice can never be attained.
社会正義は、人々の大多数がお互いの福祉に対する責任感で満たされるまで、決して達成されることはありません。

他人を模写するのは必要なことである。しかし、自分を模写するのは哀れなものだ

銀杏BOYZ聴いてるつってよ、そのよ、会社の中でそんなのがバレてしまったらよ、「うぇ、アイツ銀杏BOYZ聴いてんの?」なんて差別されるような音楽を俺は作っていきたいワケ

企業の目的は顧客創造である以上、企業の基本的な機能はマーケティングとイノベーションの2つしかなく、そのほかはすべてコストだ

いつもとは違う部屋の中に見たくないものを置いておく

ルソーの「ラブレターを書く時は、何を書きたいか何も考えずに書き始めて、それが思い浮かぶ前に書き終えろ」っていう言葉があって。

一人ひとりと7万回握手がしたいです。

色々と余計なこと考えすぎて眠れなくなった夜には必ずといっていいくらいに見まくった立川談志さんの落語のビデオ

もうすぐクリスマスだねぇ・・・なんか楽しいねぇ(笑)(2006/12 The Birthday広島にて)

ベートーベン、モーツアルトなどのクラシック音楽を全人類が200年以上聴いていてもまだ飽きないというのは、飽きない音楽の真髄

なんで嫌な時に笑ってんだよ。なんで悲しいのに笑ってんだよ。泣きたい時は泣いて、笑うときにバカみたいに笑えよ

アキラメというのは人生的なものである。体験に基づくというか、体験の集積というか、いずれにしろ体に発するというか、体からじわりと湧き出る。それにひきかえ、シラケというのは、体験からのものとは違う

感動の出発点は感動にあると思うんだ。なんで感動したのかを辿っていくと、表現されたものがどう作られていて、「だから俺は感動したのか」って分かる。もっともっと辿っていくと、その表現者が、かつて感動した瞬間に帰結すると思うんだよ。それが色んな何かをぐるぐると通過して、また人に届く。錬金術なんかじゃないんだよ。感動が伝わって、感動を生む。
