


創造力で大きな仕事をしていく人たちは予定調和を嫌う

天才?そんなものは決してない。ただ勉強である。方法である。不断に計画しているということだ

冒険こそが、わたしの存在理由である

回教徒が寺院に入るとき靴を脱ぐように、私は仕事中、ドアの外に肉体を置いてくる

チャンスとは一つのことに心に集中することによって、かろうじて見つけることができるものである

これも人生経験。この新しいブルースを楽しむような気持ちで治療(喉頭癌)に専念したい。

私は大理石の石塊を選び、必要としないものは何でも切り落とす

楽しいと楽は違うよ。楽しいと楽は対極だよ。楽しいことがしたいんだったら楽はしちゃダメだと思うよ。楽しようと思ったら、楽しいことはあきらめなきゃダメだね。ただ、生活は楽な方が絶対いいと思うよ。でも人生は楽しい方がいいじゃん。生活は楽に、余計なことには気をとられず人生は楽しく。

だって欲しいから手に入れるんだし、好きだから抱きしめるんだよ。もったいないからとっとこう、ってのはちがう。その時点でそれはゴミなんだ。

意見や考えが違うのは当然のこと。より良い社会の「より良さ」も凝り固めてしまえばイデオロギーなんだけど、誰が勝ったとか論破したとかそういう方法じゃなくて、柔軟にその「より良さ」を目指すことについて同意しながら、進んでいけたらいいですよね。厳しさも排除せずに。

己の感覚としては、一生懸命ベタをやっているつもりです

神は勇者を叩く

俺がとりたいのは100点じゃないんだ。ロックンロールが100点満点だとしたら10000点くらい取りたいんだ。

ベートーベン、モーツアルトなどのクラシック音楽を全人類が200年以上聴いていてもまだ飽きないというのは、飽きない音楽の真髄

過去のバンドの名前や音楽を具体的に挙げて、こういうふうにしようと話し合ったことはない。やりたいときに、やりたいことを、やりたいようにやる。そんな自由さを失わずにいこう、みたいなことは話したけど。

世の中で生きてるうちに起こるほとんどのことは僕にとってたいしたことじゃない。それよりも1回のロックンロールコンサートの方が大きい。1枚のCDを聴くことの方がよっぽど大事件なんだ

余り考え過ごす者は何事をも成し得ない

大切なことは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない

(20代の時にやっておいた方がいいことはありますか?という質問に対し)簡単だよ、やりたいこと。

あなたの人生の灰色を消してごらん。そして内に秘めたカラーで彩るんだ

商業的に音楽を作ろうと思ってしまったら、多分やる気をなくします。

自分が感動できるものを提出していかないと、周りの人、ひいては観客に響いていかない

愛は永久不滅なもの。姿かたちを変えることはあるが、本質は決して変わらない

正しい構造が成果を約束してくれるわけではない。しかし、間違った構造は成果を生まず、最高の努力を無駄にしてしまう

感情が伴わない作品は、芸術ではない

彫刻は、凹凸の術である

成果をあげる者は、時間が制約要因であることを知っている。あらゆるプロセスにおいて、成果の限界を規定するものは、最も欠乏した資源である。それが時間である

自分のなかに自分だけが感じている匂いみたいなものだとか、あると思うんですけど

生きているうちに天才って言われたい

本当に。自分は誤りのない人間だと例外化してしまうのが、いちばん恐ろしいことだなと自分を戒めます。あとは、発言や行いや考えを批判することと、人を非難することの違いを考えてます。この違いって、悩ましいんですが、結構大きいことなんじゃないかと思っていて。

上手であることはそんなにいいことか?とも思う

個人としての嗜好が投影された「普通にそのままのもの」っていうのがあるべきだと、私は思ってしまう

ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り…決まった… 赤や…!

私は努力をしてこなかった人間。ただ努力をしなかった分、自分の好きなものに囲まれて生きることはできたというか

基本的に全てのキャラクターは、レベル99まで上げます(※自身が無類のゲーム好き)

せやけど俺は……何があっても親父の子ですわ

青年は決して安全な株を買ってはならない

夢を飼い殺しちゃいけない。

効率とは、現在既に行われている事をより洗練させることである

You won’t get anything unless you have the vision to imagine it.
心に思い描かなければ、何も得られない。

俺は錦みてえにはなれねえよ

僕は僕の偏見でうたをうたっとる。うたっとるやつは下品じゃがうたの内容は最高じゃ

「これをやりてえ」ってことが増えると、そうやってお茶を濁してる時間はなくなってくる

選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる

大人のくせに子供と同じような人間ばっかりになっちまったんじゃねえのか。

僕たちの小さな情動が僕たちの人生の偉大な船長であることを、また僕たちは意識することなくこの小さな情動にしたがっていることを忘れないようにしよう

寝床につくときに、翌朝起きることを楽しみにしている人間は、幸福である

俺には夢があるんだ!それは、この世界中から戦争が無くなること、それが俺の夢です!

声が出なくなっても僕は(ロックンロールを)止めないなと思った

雨が降るのは聞こえるが、雪が降るのは聞こえない。軽い悩みは大声で叫ぶが、大いなる苦悩は沈黙する

太陽が輝くかぎり、希望もまた輝く

「今日単車で来たやついるか?」(客ワァァァ)「気をつけろよ」→GT400演奏(FRFにて)

そうだったな。俺らはいつもそうやって生きてきたんだったな。

自分を混乱させるような何かが欲しい。それによって私は新しいものを生み出す

さよならとか別れとか、似たことしか歌わなくなってきたなあって。でも本能では、自分はそういうものを書いていくんだろうなってわかっていて

勉、つとめるというのは、自己の力を出し尽し、目的を達成するまではどこまでも続けるという意味合いを含んだ文字である

「林檎」は筆名で。17ぐらいの時に。「少女A」みたいな名前だから、実際に何言われても平気。

どんな人でも努力すれば、“それなり”の能力は身につけることが出来る。そして、この世で成功するためには、“それなり”の能力があれば十分なのである

少なくとも僕にも誰かを楽しませることはできる

もう俺は、相手がお客さんであろうが、メンバーであろうが、友人であろうが、音楽でしかきっと何も伝えられない。

Yeah we all shine on, like the moon, and the stars, and the sun.
そうさ、僕らは輝けるんだ。月のように、星のように、太陽のように。

自然には未だ知られていない諸力がある。我々が自分自身の余すことなき全てを自然へ委ねるとき、自然はそれらの力を我々に貸してくれる。我々の眼では見えず、知性でも理解・推測できないその諸力の形相を示してくれる

優秀な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む

返信への返信(「Re:Re:」)という意味ですが、アルバムの場合、曲の並びが“ラストシーン”から“サイレン”で悲しすぎたので、『もう一度』という意味をこめてタイトルをつけました。(『Re:Re』について)

俺は強いヤツが好きや!俺に命令出来んのは強いヤツだけや!

何よりも辛いのは、永遠に完成することがないということだ

判断の代わりに公式を使うことは、つねに間違いである

Keep your face to the sunshine and you cannot see a shadow.
顔を太陽の方に向けていなさい。そうすれば影が見えないから。

高校生の時、僕はズブズブと音楽にのめりこんだ。なにかあるたんびに寂しく一人で音楽を聴くような、僕をそんな人間にしたのは間違いなくパンクがきっかけだと思う

悪貨は良貨を駆逐するという原理と同じで、形式は実質を駆逐する

人の曲を歌う時こそ、恥ずかしい気持ちもなく思い切り出せる声もあるのかもしれないとも思ったし、その、声に焦点を絞ったものもやってみたいって考えられるようにもなってきて

兄弟は、塀の中で死ぬようなタマやない。あいつは必ず戻ってくる。……俺を殺しにな。

世の中に言いきれることってねえが。 でも恋愛は絶対素晴らしいと言いきるよ

私は仕事をしているとくつろげる。何もしていなかったり、訪問客の相手をしていたりすると疲れる

自然は無限に分割された神である。神と自然は、完全に相等しい二つの偉大な力である

なんかやろうと思えば、何でもできるもんやねー

ジャンルがどうとかじゃなくて、音楽全般、様々な角度と方向にどんどん広がってほしいと思う。限りある音楽ファンを奪い合うイメージで話しちゃうとどんどん貧しくなるけど、そもそも、音楽文化自体にそれほど興味を持ってもらえてないってのは骨身に沁みてる。

夫婦とは二つの半分になるのではなく、一つの全体になる事だ

言葉は自由自在なので、聞き手や語り手によって自分も全く思ってもいない方向に変形してしまう面白さもあれば、それが自分の考えとは真逆に動きすぎて混乱しまう場合もあります

自分が良いと思うものを「ほんまに良いものなんです!」って言い通したり、自信のあるものは「自信があります」って言うのが、やっぱり大事。

頭を使いすぎると楽しくなくなる。それより 大事なのはココ(胸を叩いて)じゃん。誰にも譲れねぇってものが1つや2つ絶対あるだろ。それを大事にしてやろうぜ

なんとなくこうなる気はしとったやろ、吾朗!泣いたらあかん、泣いたらあかんで!

家族同様に暮らしていくうちに、猫はしだいに家庭の中心的存在になってくる

俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。

反原発集会へのお誘いも多かったけど、そういうところへ行って歌えば受けるの当たり前だし。目にみえててつまらない。むしろ推進派の集まりに呼ばれてやりたかった。

何もかも切り離さずにやってる人たちはたくさんいるよ。ずっと、ちゃんと、いる。

何と嫌な商売だ

現実とつじつまが合わないイノベーションを手掛けてはいけない。そのようなイノベーションが実を結ぶことは希である。たんにその新奇さのゆえに、魅力的に見えることが少なくない。しかし、それらの多くはたとえ失敗しなくとも、莫大な資金と時間を要する

愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない

神なんて全くその辺の芸術家と変わらない。キリン作ってゾウ作ってネコだろう。様式もへたくれもありゃしない。前と違うもの延々と作り続けてるだけ

エライこと引き受けてしもうたなぁ。しゃーない!真島吾朗、いっちょやったろやないかい!

人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはびこる病気だ

ガキンチョだますのがロックだと思う

マラソンランナーと一緒で、長距離を走り抜くにはペースを崩さないこと

多数とは何か?多数は阿呆のみ、真理は常に少数者にある

飛べないホソミはただのタケシだぜ

壁を見つけて超えていく……。人ってのは乗り越えることでしか成長できねぇんだ。 お前の理屈は間違っちゃいない。乗り越えるべき壁が俺だと言うのなら、付き合ってやる。二度と乗り越えようとすら思えない力の差――一度だけ味あわせてやる

子どものころから、四角形に対する漠然とした疑問はありましたね
