


ボクシングって勝った方が腕を上げるじゃないですか。でも天秤は負けた(軽い)方が上がるんですよ。・・・・・それっておもしれぇなぁと思って

ようやく子どものような絵が描けるようになった。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったものだ

私が誰かの背中を押したくて作った曲が背中を押すわけでもないし、そんなことを考えずに書いた曲が誰かに「助けられました」って言ってもらえればいい。

私が独りでいることは決してない。いつだってサルバドール・ダリといるのが習慣なんだ。信じておくれよ、それは永遠のパーティーってことなんだ

いつまで出来るか分からないことだし、毎回これが人生最後でも後悔しないというツアーをやりたくて生きているから、今回も長ければ長いほどいいんですよ

もし婦人の乳ぶさと尻がなかったら、私は絵を描かなかったかもしれない

ユーモアを失わないように戦うのだ。ユーモアの欠如は愚の骨頂だ

私は努力をしてこなかった人間。ただ努力をしなかった分、自分の好きなものに囲まれて生きることはできたというか

我々は自分の内に天使をかくまっている。我々はこの天使の保護者でなくてはならない

上司を過大評価することはあってもいいが、決して過小評価するな

これからは自分の為に歌おうと思います。 俺が俺であることを好きでいるとその日はすげぇー楽しいのね。でも俺が俺であることが嫌になってしまうと、その日1日もぅ何もかもが駄目なわけ。俺はかっこよく生きたいです

のめり込み過ぎちゃうと、いざ自分が何か失敗した時に逃げ道がなくなって、音楽で失敗することが怖くなっちゃう

世の中が楽しくなりそうなそんな予感がしますよ。君達はどうですか?

虫だって光の好きなのと嫌いなのと二通りあるんだ!人間だって同じだよ、皆が皆明るいなんて不自然さ!

目立たないように目立たないように、さりげなくさりげなく自分の存在を消し続けた(高校)三年間

True happiness… is not attained through self-gratification, but through fidelity to a worthy purpose.
真の幸福は、自己の快楽によって達成されるのではなく、価値ある目的への忠誠心によって得られるのです。

99回倒されても、100回目に立ち上がればよい

What I am looking for is not out there, it is in me.
探しているものは外になく、自身の中にあるものです。

何があっても、賛成反対両方あるのは自然

「久しぶりィ、四つの国ィ」「サロンでキティだぜ!」(松山サロンキティライブにて)

同じことを繰り返すくらいなら、死んでしまえ

さぁライヴハウスへ帰ろう

私の創造の源泉は、私が愛する人々である

何にもなりはしない。僕が生きていれば、悲しみはいつまでも続くだろう。僕はこんな風に死んでゆきたいと思ってだんだ

みんな何かしら人知れず苦労しているものだ。だから自分から進んで苦労する必要はない

顔に性格が表れるように、声には人生が現れる。言葉でどうこうするより、何万時間語り合うより、一曲でいいから自分の書いた歌を聴いてもらえば分かりあえる気がしちゃうんだよな

今まであんなにときめいてきて、あんなに翻弄されて、電話のなかに彼がいると思って電話をずっと見てた、ああいう時間は何だったんだというぐらい、まったく次元の違う大事なものができてしまう瞬間があるんですよね

何かを作りたいと思ってエキサイトしている状態っていうのは、めちゃめちゃ青春しているんやって思った。

組織は常に進化していなくてはならない

ミュージシャンなんて死ぬほどいっぱいいるじゃないですか。そんな中で俺らの曲を見つけてくれてね、自分が求めてるものがあるってなんとなく感じて、その中から探そうって思ったその感覚がまずその人の才能であり、努力だったんじゃねぇかな。

(「日出処」のタイトルについて)意味としては、「メーン・ストリート、目抜き通りを闊歩したいと願っている人物の、色んな瞬間を切り取った曲たち」という風にストーリーをつくりたかったんです

マラソンランナーと一緒で、長距離を走り抜くにはペースを崩さないこと

音楽でも童謡とか、誰が作ったかもわからないものが残っているのは、すごく素敵やなと思うんです

「出来ないこと」ではなく、「出来ること」に集中しなさい

何びとも信用しない者は、己れ自身が信用されていないことを知っている

残る音楽を作りたい

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

私、雑音がほしくて。綺麗なノイズのない環境が嫌

自分が作った曲をいっぱい聴いてもらえたり楽しく歌ってもらえるんが1番嬉しい。難しいこととか考えたくない!作るのが楽しい、歌うのが楽しい、誰かのの思い出になれる事が嬉しい

笑いどころやないかい!笑えや このボケェ!!

ストーンズだけどさ、あのステージを観たら、なんて言うか、…孤独感が消えたんだよね。ほら、…僕は孤独でしょ(笑)。でも、もう孤独感は消えた。…うまく言えないけど。

人生で最もすばらしい癒し、それが愛なのだ

全てのものは限られた量しかない。特に幸福は

なんとなくこうなる気はしとったやろ、吾朗!泣いたらあかん、泣いたらあかんで!

砂漠では、教養など何の役にも立たない。生きる技術を持っているかどうかが生き残れるかどうかを分ける。厳しいビジネスの世界も同じである

さよならとか別れとか、似たことしか歌わなくなってきたなあって。でも本能では、自分はそういうものを書いていくんだろうなってわかっていて

5年も6年も前の曲。これから歌う曲。この曲書いたときあぁ夢見てるんだねっていわれた。夢追いかけてると必ず言われることがあんだ。お前らも言われてると思う。俺らもよく言われた。今でも言われんだ。[大人になれ]って。でも大人になったからって夢みないってのとは違うと思うんだ

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

本当の芸術というのは、音楽にしたって映画にしたって文章にしたって演芸にしたってなんにしたって、ドアが開かぬままにあなたに会いに行ける魔法だって

私はユダヤの偉大な指導者、モーゼのように約束の土地に入れるのでしょうか?わずかに進歩しましたが、なぜこんなに遅々として骨が折れるのでしょう。芸術とは、ほんとうに聖職者のように、それに全身全霊を捧げる純粋な人々を求めるものなのでしょうか?

私には規則や方式は一切ない。裸婦を見る、すると幾千ものちいさな色合いが見えてくる。その中から、生き続けるものを探し出し、そのようにして真新しい色調をキャンバスの上に躍動させるのだ

逃げない、はればれと立ち向かう、それが僕のモットーだ

何だって自分次第なんだわ。んなもん、当たり前だよな。お前がクソなら、世の中はクソだよ。

術は日々の生活の埃(ほこり)を、魂から洗い流してくれる

そりゃバイク乗るのも楽しいし、映画も好きだし。でも、桁外れなんだよ。富士山と石ころくらいの違いなんだよ。ロックンロールやってるときの楽しさは、桁外れなんだ。好きなものを見つけるってそういうこと。

音楽は、常に論理と感性、車の両輪で出来る

モノを作るというのは、そういう多様な面を併せ持った自分を総動員させながらも、本人が意識しているものを剥ぎ取ったところに妙味が出るものなのではないだろうか

The only thing worse than being blind is having sight but no vision.
盲目になることよりひどい唯一のことは、視覚はあっても未来像がないことです。

ベイビーアイラブユーだぜ!

(どんな時に曲が思い浮かぶ?)ほっといて、浮かんでくるのを待つ

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

仕事は人間に必要だ。だから人は目覚まし時計を発明した

俺はいったい何がしたいんだ? なんでこんなんなってんだ? 答えはすごく簡単だ。これが自分の選んだ生きる道だからだ

さっき決めたんだーどうしてもどうしてもどうしても笑顔じゃいられない時以外は、笑っていようって

どんどん、くだらなくなっていってる。音楽もTVも低能になっていってる。殺人も犯罪も短絡的になっている。警察は庶民を守ってはくれなくなった。

何かがあった瞬間というのは、何かが終わった瞬間だと思う。 何かが終わった瞬間が、何かが始まった瞬間だと思う。

努力というのは、恐らく運や偶然を追いつめて縮めて微細なものにしていって、自分で掴まえやすくするためのものではないのかと思うのである

どうしようもないことをコントロールしようとする気持ちが少ないのかも

素晴らしい夢ほど笑われるものです。 もし、他人に自分の夢を笑われたら「あぁ、自分の夢は素晴らしいんだ」っと誇ってください。

死ぬと分かってて戦うのが一人前の男って訳じゃない。男なら命を張る場面はきっと来る。お前にその時が来たら、思いきりやればいい。

生きていくのに疲れていたり、死にたいなんて思ってたり、自分の体に傷をつけたり、人間関係で悩んでいたり、そんな人にはぜひ入院をすすめる

『健康法』にとらわれないことが、健康の秘訣

人生をね、棒に振りたいんだよ

若い内から理論でがんじがらめになってのたうち回る癖をつけろ

成果とは常に成功することではない。そこには間違いや失敗を許す余地がなければならない

ひらめきも何も考えていないという事ではなく、必死に悩んで考え、自分を追い込んだ結果として、ぽっと生まれるもの

決断の場面においてはトップは常に孤独である

トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくる

全部欲しいって言ってたら、本当に欲しいものが薄くなっちゃうよ

大多数の世間の人々が、平凡な一生を終るのは志が小さく、意志が弱いからだ

ぼくはいつでも、一生懸命歌を作ってるんだよ。才能があるから歌が出来ると思ってるのかも知れないが、それはちがう。作っているんだよ。

前の方にいようが、そんなの関係ない。俺はそんなにやわに唄ってないからさ。

(作品をどのように見て欲しいですか?)ものの見方の色んな角度を感じてもらえたらいいですね

人と繋がりたかったら、求めるんじゃなくて、求めたものを持つんじゃなくて、求めるもの全部、自分が閉じ込めてしまうぐらいの、一方通行の自分勝手な行動をぶつけて、それに答えてくれた時に、本当に繋がれるんじゃねぇのかな。

アァン?…お前、ベッピンさんやないかい。どや、俺の女にならんかぁ?どやねん? えぇ〜?

ほんの一秒でもいいから、俺が俺として機能したい。 全ての時間がその一秒の為に無駄になっても構わない。

いつもね 最新作が最高傑作なんだよ 僕の中ではいつもそうだよ

集中が必要なのは、仕事の本質と人間の本質による。いくつかの理由はすでに明らかである。貢献を行うための時間よりも、行わなければならない貢献の方が多いからである

誰でも自らの強みについてはよく分かっている。だが、たいていは間違っている。わかっているのはせいぜい弱みである。それさえ間違っていることが多い

画家とは売れるものを描く人のことで、アーティストとは描くものが売れる人のことをいう

楽曲は成り行きだけど、僕とマーシーは20数年間、その成り行きの『成り行かせ方』をやってきた。スタジオに入った瞬間に、僕とマーシーの空気はあるんだと思う。今は4人でうまーい成り行かせ方をしてんじゃない?そんな気がする

アキラメというのは人生的なものである。体験に基づくというか、体験の集積というか、いずれにしろ体に発するというか、体からじわりと湧き出る。それにひきかえ、シラケというのは、体験からのものとは違う

俺の喜びはいつか忘れるもんばかりだった。でも忘れたくない。

全力を注がなければ、単に約束と希望があるだけで、計画はない

要は自分次第なんですよ 世の中君の映るように映る 君の感じるように感じる 君が変えれば変えるほど 変わってく。

愛の光なき人生は無意味である

1、より速くすること。2、よりよくすること。3、今やるべきことをすること

真のマーケティングは顧客から出発する。すなわち人間、現実、欲求、価値から出発する
