


全部欲しいって言ってたら、本当に欲しいものが薄くなっちゃうよ

一事を根気よく長時間続けることは困難なのである。勉とはそれに打つ勝つだけの忍耐力の養成を意味する

ちょっと力抜いちゃうと(ライブ会場の雰囲気に)飲まれそうになっちゃうから、ずっと気を張っていなくちゃいけない

「林檎」は筆名で。17ぐらいの時に。「少女A」みたいな名前だから、実際に何言われても平気。

私は子供のときに自転車に乗ったことのない唯一の男である。描くことにしか興味がなかった

人間にとって成功とはいったいなんだろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか

返信への返信(「Re:Re:」)という意味ですが、アルバムの場合、曲の並びが“ラストシーン”から“サイレン”で悲しすぎたので、『もう一度』という意味をこめてタイトルをつけました。(『Re:Re』について)

大金を持った貧しい人のように暮らしたい

自分には過去も未来もない。ただ現在に生きようが為に絵を描くのである

勝負をしない奴には勝ちも負けもないと思ってるんだろ? でもそれは間違いだ。勝負できない奴はもう負けてるんだよ

この世は偶然に満ちている。だから人間は人工管理の街を造った。でも、街はいづれ老朽化し、その隙間から、追い出された偶然がまた顔をのぞかせる。カメラにはそれが美味しい

そもそも老人力とは、転んでもただでは起きない力のことである。というか、そもそも老人とは、人が間断なくゆっくりと転んでいく状態のことなのである。気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常。例外はない。時期のずれや度合いの違いはあるにしても、人類の全員がゆるゆると、やんわりと、気がつけば転んでいる状態なのだ

僕の人生はそれほど長くないだろう。だから僕は一つのことしか目に入らない無知な人となって仕事をするつもりだ。ここ数年のうちに何がしかの仕事をやり遂げてみせる

私、雑音がほしくて。綺麗なノイズのない環境が嫌

俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。

自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。なければ尚いい、今まで世の中で能力とか、才能なんて思われていたものを越えた、決意の凄みを見せてやる、というつもりでやればいいんだよ

業績を上げる最大のカギは責任感である。権威や権限ではない

言葉っていうのは、感覚に1番近いものを当てはめるだけだから感覚が伝わるわけじゃないんだよね。自分の心の中で生まれた感情・感覚に、1番似合った服を着せたものが言葉だから。

常に100%満足できる作品を作るべきだと思うし、そうすることが俺らの音楽を待ってくれる人たちへの最高の礼儀だと思うんですよ。

大人になって大好きな人ができて、今まで男の子とチョメチョメしてきたのがリハーサルだったのかと思うぐらい、「私はこの人のために、経験や知識やこれから学ぶこと全部を捧げなければいけない。捧げるべきなんだ」って心に決める。すごく本能的に感じるんですよね

我々は脳をブン投げて、ただ目だけで見ることができればいいのだが

たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ

人の曲を歌う時こそ、恥ずかしい気持ちもなく思い切り出せる声もあるのかもしれないとも思ったし、その、声に焦点を絞ったものもやってみたいって考えられるようにもなってきて

音楽は言語のルーツなんじゃないかな

俺達の事な、忘れてもいいけど、此処でお前らがしてるその顔を忘れんな!お前等一人一人が主役なんだ!

人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはびこる病気だ

私は憧れの人になれないけど、私は私になれたし、よかった

内を見るよりも外を見るほうが易しい。しかもそのほうが賢い

生活と人生は違う。質素な生活、豊かな人生。

Alone we can do so little; together we can do so much.
私たちがひとりで出来ることはほとんど無い。私たちが一緒に出来ることはたくさんある。

人生の目的は悟ることではありません。生きるんです

女性って20代までは大変ですよね~自分次第で何者にもなれるはずなのに、社会だったり男性の目線だったり、余計なことに捕らわれて不自由になりがち。それはもったいないと思う。

モノを作るというのは、そういう多様な面を併せ持った自分を総動員させながらも、本人が意識しているものを剥ぎ取ったところに妙味が出るものなのではないだろうか

重要なことは明日何をするかではなく、今日、何をしたかである

創造の最大の敵は「良い」センスだ

僕らの音楽は誰にも揺るがされなくなりました。他のどんな要素にもびくともしない、僕らと音楽の関係が完全に守られました。

死を忌まわしいものと考えて、遠ざけたがる。死の匂いのするものを隔離して暮らしていく。そうやって管理するのは便利だろうし、すごく現代的だと思うけど

人間は精神が拡がる時と、閉じこもる時が必ずある。強烈に閉じこもりがちな人ほど逆に広がる時がくる

曲のメロディはもちろん大事ですが、大きな構造で考えるとスコアは設計図みたいなもの

何か新しいものを作るとき、それを作るのは実に複雑だから、作品はどうしても醜くなってしまうのだ

上手であることはそんなにいいことか?とも思う

上手い歌なんか歌いたくないんだよな。いくらでもいるし。

未来を予知しようとすることは、夜中に田舎道をライトもつけずに走りながら、後ろの窓から外を見るようなものである

組織の活動というのは、「いかに世の中に貢献していくか」という一点に集約される

原因は何十年かのちに学者が明らかにするだろうが、行動する経営者としては待っていられないだろう。使えるもの、分かったことはどんどん使いなさい

傲(おご)ってはいけません。企業は、社会によって存在させてもらっている存在なのです

今日と明日と明後日のことぐらいを考えていればいいんだよ

確信を持つこと、いや確信を持っているかのように行動しなさい。そうすれば次第に本物の確信が生まれてくる

何かを表現していく人間にとって、自分の拠り所を気分に置いてしまうのは危ういこと

アバウトは健康にいい

夫婦とは二つの半分になるのではなく、一つの全体になる事だ

「たかが音楽にのせる飾りじゃないか」という想いと、「誰かの一生をも変えてしまうかもしれない不思議な魔法」という想い。その間で僕は今も歌詞を書く。

愛しあう前と後では、火の消えたランプと火のともったランプほどの違いがある

マーケティングは事業全体を完全に包含する。それは最終成果の観点、つまり顧客の視点から見たビジネスすべてである。それゆえにマーケティングに対する配慮と責任は企業全体に浸透していなければならない

飛べないホソミはただのタケシだぜ

「楽しく続いていくうちは最高に楽しいことをやろうぜ。駄目になったら、それはそれ」っていう考え方の方が、逆に物事が続いてったりするじゃん。もちろん続けることは大切な意味があるけれど、それが目標になっちゃうと挑戦も冒険もできなくなっちゃうからね

オルタナをやり始めた時は、「暗い」「分かりにくい」という声があって、若干構えてしまったんです。力技で分からせてやるみたいな余計な力が抜けたんじゃないかな。すごく文字にしづらいかもしれないけど、スイングスピードが速いストレートを自然体のフォームで打てるようになったというか

不幸はなにも生まないね。不幸とか苦労とかは人をどんどんダメにする。苦労話とかする奴は「俺はこんなにだめなんだぜ!」って言って今まで何をしてきたかをひけらす人でしょ。ひけらかして自分の価値を認めさせようとするわけだ。そんなのは最低だ。

ギタリストのピークはギターを初めて弾いて感動した瞬間。

国際級のすごいソリストを入れても、中に一人下手な人間がいるとアンサンブルとしての実力は、そのレベルに下がってしまう

Knowledge is love and light and vision.
知識は愛であり、光であり、ビジョンです。

色々と余計なこと考えすぎて眠れなくなった夜には必ずといっていいくらいに見まくった立川談志さんの落語のビデオ

私は仕事をしているとくつろげる。何もしていなかったり、訪問客の相手をしていたりすると疲れる

すべてはむなしい

凡庸な人間が自然を模写しても決して芸術品にはなりません。それは彼が「見」ないで眺めるからです

運命に耐えているとき、そこに真理が見える

どうだ。内地の腰抜けのオッサンのパンチは痛かったか?

制服は征服するためにかかせない。私の人生を通じて、市民の衣装を着るほど自分をおとしめるのは稀だった。私はいつもダリという制服を着ている

最近は安定して良いライブが出来ているけれども、もっと陰に転がり込んでしまって、どうにもならなくなってた時もあるんですよ。ステージの上で、「客席のみんなが俺のことを嫌いなんだ」としか思えない瞬間があったりして。パニック障害というか、今この瞬間、全員が俺を憎んでいると思ってしまう。みんなチケットを買ってライブに来てくれているのだから、そんなはずはないのにね

より良くならなくていいんだよ。俺たち最高なんだから。

真の芸術家とは、喜びのために仕事をする唯一といってよい人達だ

神々と肩を並べるには、たった一つのやり方しかない。神々と同じように残酷になることだ

画家の質はその人の過去の経験の量に左右される

ステージに出る前、死刑台に上がってく気分になるときがあるんだ。ギロチンの下に頭を置いて審判が下される。

努力というのは、恐らく運や偶然を追いつめて縮めて微細なものにしていって、自分で掴まえやすくするためのものではないのかと思うのである

少なくとも僕にも誰かを楽しませることはできる

自分が何をやるかさえ確かだったら、少しぐらい待ってもなんでもない

直観力と想像力を、抑え込んではならない

なんとなくこうなる気はしとったやろ、吾朗!泣いたらあかん、泣いたらあかんで!

急成長会社では無能な者が要職にいる。会社の成長についていけなかった人々である

真摯さはごまかせない

革命家になろうとも思わないし、政治家にも宗教家になろうとも思わないけどさ、同じ事考えてる人いっぱい居るんだなと思ったら安心するじゃん。で、その記憶が俺を支えるしみんなの事も支えてくれるんだったら、やった意味はあるよね

僕は口が裂けても、諦めるなどとは言わない

全生命が瞬間に開ききること。それが爆発だ

1、より速くすること。2、よりよくすること。3、今やるべきことをすること

Trying to please everybody is impossible – if you did that, you’d end up in the middle with nobody liking you. You’ve just got to make the decision about what you think is your best, and do it.
みんなを喜ばせようなんて不可能だよ。そうしたところで、結果は誰からも好かれないで終わるだけさ。

なんか最近いろんなことが理屈っぽくなってるじゃない。でも人をふさぎ込ませるものなんてそんなになくていいんだよ。悲しいことは世の中にいっぱいあるんだから。

長く生きてるほうが絶対おもしろいよ

愛をうまく告白しようとか、自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、構える必要はない。きみの体全体が愛の告白なのだ

なんとなく楽しくいたい。それがゴールでしょ?そのゴールを目指していくために、いろいろやらなきゃいけないことがあってさ。その為には寝ないで頑張ることもあってさ。血ヘド吐くくらい頑張ることもある。いいことじゃん。だって目的に向かってがんばる手段として「金も必要、じゃ働くか」とかさ。

他の人間はなぜそうなったかを問う。私はいつも何ができるのか、なぜできないのかを問う

計画とは未来に関する現在の決定である

人生とは自らの道である。一つのことを試みることであり、一つの道を端的に示すことである

(それぞれの曲に色んな人物や設定を想定しているのですか)場面は変わりますが、一人称はずっと同じイメージです

太陽のように生きて、太陽のように死にたい

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

夏は嫌いなんだけど、夏の土の臭いが凄い好き

誰をも恐れない者は、誰からも恐れられている者に劣らず強い
