


何かがあった瞬間というのは、何かが終わった瞬間だと思う。 何かが終わった瞬間が、何かが始まった瞬間だと思う。

芸術は、意識と無意識の融合である

画家がどれだけ素晴らしいパレットを持っていても意味がない。大事なのは、どんな眼を持っているかなんだ

自然は無限に分割された神である。神と自然は、完全に相等しい二つの偉大な力である

経験を賢く活かすならば、何事も時間の無駄にはならない

As usual, there is a great woman behind every idiot.
いつだってバカを支えているのは偉大な女性だ。

私たちは生涯、忠義を尽くし、御恩に報いる目的で一切の艱難を乗り越えなければならない

客の二酸化炭素は俺らの酸素なんだ

(ゲーム好きになったきっかけは〉東京大のマージャン部に所属し、後に厚生省などに務めた公務員の父と、東京女子医大出身の母の影響が大きい

仕事のやり方を変えるのではなく、仕事の意味を考えなさい

癌もロックンロールだ。

今の音楽の置かれてる状況の事とか、悲しくなっちゃう所がありますよね。パソコンで150円で買えるとか、若い頃の自分にとって凄い高かった、3000円とか2800円っていう感覚、その感じがもう無いっていうのは、なんかちょっと悲しいですね。

思いついたことは出来る。思いつかないものは出来ない。これは避けがたく、明白なことだ

We’re more popular than Jesus now; I don’t know which will go first, rock ‘n’ roll or Christianity.
ビートルズは今やキリストより人気がある。どっちが先に消えるかな、ロックンロールかキリスト教か。

音楽家は勉強が好きじゃないと務まらない仕事

芸術愛は真の愛情を失わせる

人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはびこる病気だ

我々は脳をブン投げて、ただ目だけで見ることができればいいのだが

悲しいことも苦しいことも、全てを楽しみに変えていけるのが人間の力だよ

楽しいことは、みんないい事だとは思わないか?つまらないことは、罪悪だとは思わないか?

声が出なくなっても僕は(ロックンロールを)止めないなと思った

私にとっては、この外気の中での美しい研究がありがたい。私の部屋は私を苦しめる。小さすぎ手足を痛める靴のようだ。そして都会・・ 美しい都会、幾度も言わねばならないが、私が自分を知る一切のものを学び得たのは野原や森の外気の中でのことである

壁は自分自身だ

マンホールをずっと撮っている林丈二さんも、オートになってから奥さんに「ちょっと、あなたの写真、最近、あんまりよくない」って言われたらしいです。どっかに出ちゃうんですね。何でしょうね。自覚して使えばいいんだけど、カメラの機能に寄りかかって撮っちゃうとダメなんでしょうね。何にでもそういうことはいえますね

ルール破ってもマナーは守れよ

世の中を変えるには政治家になりゃいいとか自分に言い聞かせてたりするけど違う、おれらには音楽っていう武器がある

気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常

他者同士だからさ、分かりあえなくて当然

子どものころから、四角形に対する漠然とした疑問はありましたね

数字なんて関係ねーんだ。ホント関係ねーんだ。お前らもよく虐げられてるだろ? 数字の強い人たちにさ

真の芸術家とは、喜びのために仕事をする唯一といってよい人達だ

色彩は、それ自体が何かを表現している

なんつーか…俺もなに言ってっかわかんなくなってきた! つかこんな事言うとホントてれくせぇけど、なんてゆーか…なんかお前ら可愛いんだよ(笑) いや…女子に言ってんじゃねぇよ!? ここでは女だとか男だとかそんなの関係ねぇ。ここにいる奴らはみんな同じだって…今回もブスばっかだなぁ

夫婦とは二つの半分になるのではなく、一つの全体になる事だ

イエスとノーのあいだに真実が息づいている

コレラや尿石や結核や癌は、天上へ行く交通機関

路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね

危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ

Until the great mass of the people shall be filled with the sense of responsibility for each other’s welfare, social justice can never be attained.
社会正義は、人々の大多数がお互いの福祉に対する責任感で満たされるまで、決して達成されることはありません。

猛烈に自分を強くし、鋭くし、責任をとって問題を進めていく以外にない

想像力の源である感性は、その土台になっているのは自分の中の知識や経験の蓄積だ。そのストックを、絶対量を増やしていくことが、自分のキャパシティを広げることにつながる

大切なことは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない

この曲に関しては、音圧があったほうがいいかなって。ハジけたところがあったほうがいい、って思ったし。でも、気持ち的には大きいかもしれないですね。開いた気分でやれば、そうなるだろうし。(『或る街の群青』について)

みんな同じなんだよ。大人も子供も、上も下もなくて、ただ同じ地面の上にみんな立ってるだけで。そういうことが、28になってわかった気がする。だから、みんなも長生きしてさ、精一杯生きてください。

術は日々の生活の埃(ほこり)を、魂から洗い流してくれる

喧嘩に必要なのは、強さじゃなく、慣れているかどうかだ

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う。

愛をうまく告白しようとか、自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、構える必要はない。きみの体全体が愛の告白なのだ

他人に興味を持ってもらいたければ挑発しなければならない

何事もそうだが、中途半端な決断で道を選ぶと、途中で大変な試練があったときに気持ちが挫けやすい

他人を模写するのは必要なことである。しかし、自分を模写するのは哀れなものだ

芸術家とは、不滅の存在である。刑務所や強制収容所に入れられていても、芸術の世界に身を沈めていれば、私は全能でいられる。たとえ、ほこりまみれの牢屋で濡れた舌を使って絵を描かねばならぬとしても

(渋谷の路上で歌っていた時)最初は誰ももちろん集まらないですし、私が歌ってるのに目の前でカップルがめちゃめちゃチューし始めたりしたのも、めちゃムカつきましたし、結構忘れられない。東京の路上はキツかったですね

私は何も発明したりしない。ただ、再発見するだけだ

働く人たちの姿勢は、何にもまして経営管理者の行動を反映する。彼らの姿勢は、経営管理者の能力と構造を映す

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

指揮者は、一人の人間を受け入れるために楽譜を書き直したりはしない

自然を円筒形と球形と円錐形によって扱いなさい。自然は平面よりも深さにおいて存在します。そのため、赤と黄で示される光の震動の中に空気を感じさせる青系統を入れる必要性があるのです

本当の芸術というのは、音楽にしたって映画にしたって文章にしたって演芸にしたってなんにしたって、ドアが開かぬままにあなたに会いに行ける魔法だって

普通の大人なら、球場はボールが飛んでくるから人にいわれなくても自分で注意する。それができないのは五歳か六歳で、つまりそれがいまの日本人の精神年齢ということだろう

自分がちゃんと物事をやってる時って人はさ、温和でいられるけど、自分が何もしてない時ほど人が醜く見えるモンだから。

目の前で襲われてる女の子を黙ってみてられるほど、俺は大人やないんや。

信仰と信頼の間にのみ平和があります

これを描いたのはあなたですか?いや、違う。きみたちだ

私が死んだら、まるで船が遭難するようなものだな。大きな船が沈むと、その近くにいる人はみな、渦に巻き込まれてしまうんだ

被写体に最初に出会った時の写真が一番良いんですね。うまく撮ろうとたくらんだ写真は、素直な力がなくなる

無能を並みの水準にするには一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする

曲が浮かぶのは、いつも本当に突然です

夢を語る奴のことをバカにしたことはない、そういう奴の為にグングニルって曲が出てきたりします。俺は決して笑わないって歌。そして俺もそういうことをしすぎて目が悪くなりました。夢の見過ぎで悪くなりました。そういう歌も歌ったことがある。でも結局のとこドリーマーです。永遠のドリーマーです。

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

生命の一分が過ぎていく!それを在るがままに描き、それをなすためにはあらゆるものを忘れよ!そのものになりきれ・・実際に見るもののイメージを与えよ

芸術というものは自然の研究に過ぎません。自然です。何もかもそこにあります

どんな人でも努力すれば、“それなり”の能力は身につけることが出来る。そして、この世で成功するためには、“それなり”の能力があれば十分なのである

何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう

人生は継続的なパーティーでなければいけないと思う

素朴に、無邪気に、幼児のような眼をみはらなければ、世界はふくらまない

もしマーケティングが完全に行われていたら、販売努力は不要だ

いつでも大空が、自然の果てしないものが私を引きつけ、喜びをもって眺める機会を私に与えてくれる

ロックンロールは入口がいっぱいあるんだよ。何かひっかかった瞬間、それがドアなんだよ。そっから入っていけるんだ。どっから入っても同じとこなんだ。中に入れば全員に会えるよ。すべてに会える。もし会えなかったらまだドアを見つけられてないんだよ。それかちゃんと入ってないんだ

21世紀に重要視される唯一のスキルは、新しいものを学ぶスキルである。それ以外はすべて時間と共にすたれてゆく

俺達の事な、忘れてもいいけど、此処でお前らがしてるその顔を忘れんな!お前等一人一人が主役なんだ!

芸術作品が時代に先駆けてあらわれるとき、時代は芸術作品の後ろでもたもたしている

それは夢のまた夢、夢の中の夢の中の夢の中のそのまた夢の中の、夢の夢さ。でも、夢はあきらめない方がいいぜ

「僕は永遠に生きます」って今思ってる。明日も思ってる。あさっても思ってる。10年後も思ってる。20年後も思ってる。そしてある日死ぬんだ。うん。それがいいな。

感覚って信じてます? 僕は感覚なんて全く信じていない

自分の個性に 自信を持てよ。そうすりゃあ自分好きになれる。姿形よりも 自分って人間を。磨いて輝る 美しさを

自然は常に完全である。決してまちがわない。まちがいは我々の立脚点、視点の方にある

昨日を守ること、すなわちイノベーションを行わないことのほうが明日をつくることよりも大きなリスクを伴う

リスクには2種類ある。踏むには危険が大きすぎるリスク。それと逃すにはあまりにも惜しいリスクだ

俺は今日、アンタの為に唄う。ロックに世界を変える力はない。でもロックが一人一人の人間の心に起こすうねり、そのパワーは計りしれない。俺はその力を信じて生きる

私が猫好きなのは、家で過ごす方が好きだからだ。そして次第に、猫が家の一部に思えてくる

運が続くというのは、じつはどこかで運のウィルスに感染して、症状が広がっている、という状態なのではないだろうか

確かに……一度 “黒” に染まったモンはどこまでいっても “黒” や。そっから抜けることはできん。けどな、それでも噛みつく相手選ぶくらいはできる。それが俺の流儀や

イライラや不満を、ただ我慢することなんだよ。いつか来るための大切なエネルギーだから

Yeah we all shine on, like the moon, and the stars, and the sun.
そうさ、僕らは輝けるんだ。月のように、星のように、太陽のように。

君がもしも君の音楽を信じていて、自分の作り出す音をみんなに聴いて裕しいと思うなら、それを続けるべきだ。誰に何と言われようと最高の音楽なんだろ?

傷ついても裏切られても、人を最初から疑ってかかるような生き方はしたくないと思うんだよね。裏切られたりして傷つく部分と、すげぇ嬉しいと思う部分て心の同じ部分で、同じところが傷ついたり喜んだりしてるから、傷つかないように心にふたをしていってしまうと、喜びまで感じなくなってしまうんじゃないかなぁ

激流にも耐えうる柱のように揺るぎない信念を心に持て
