


それは所詮、極道の勝手な都合ってやつだ!

俺は峯に教わったんだ。信じる心ってのは・・・人間死ぬ間際でも持てるんだってことを・・・!

誰にでも何かの仕事に適する素質がある。世の中が必要とするものは多く、自分が役に立てることが必ずある

心に鍵をかけてるひと。かけすぎて人と話すのが苦手になったりしてる人。自殺をしようとした事がある人。俺はそのままでもいいと思うよ。かっこ良いと思うよ。でもどうか生き延びてください

芸術家というものは、自分に才能があると思うとだめになってしまう。つけあがらず、職人みたいに仕事をしてこそ、はじめて救われる

創造の泉を自分の内に持っていれば、書きたいものを書き続けられる

自分の中にどうしても譲れないものがある。それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ぶち壊してしまえ!

同じことは二度とできないし、マネもできないんですよ。

他人のためにやるんじゃないよ。自分がやりたいからやるんだ。

Keep your face to the sunshine and you cannot see a shadow.
顔を太陽の方に向けていなさい。そうすれば影が見えないから。

コーヒーのブラックが飲めない。頭が痛くなるから

ようやく子どものような絵が描けるようになった。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったものだ

組織は常に進化していなくてはならない

単純なことを完璧にやり続ける忍耐力の持ち主だけが、偉大なことを成し遂げる

俺はゆるキャラだがなぁ、お前らを見逃すほどゆるくねぇんだよ

大切なことは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない

生まれたからには、生きてやる。

素晴らしい夢ほど笑われるものです。 もし、他人に自分の夢を笑われたら「あぁ、自分の夢は素晴らしいんだ」っと誇ってください。

組織に働く者は、成果に何も寄与しないが無視できない仕事に時間をとられる。膨大な時間が、ほとんど役に立たない仕事、あるいはまったく役に立たない仕事に費やされている

組織に働く者は、組織の使命が社会において重要であり、他のあらゆるものの基盤であるとの信念を持たねばならない。この信念がなければ、いかなる組織といえども、自信と誇りを失い、成果をあげる能力を失う

人間にとって成功とはいったいなんだろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか

愛は人生において、最も優れた栄養源である

偽物が本物に変身する瞬間がある

上手にするってことなんか必要じゃなくて、熱くなればいいんだよね。

一生のうちの勇気の絶対量があるとしたら、もう使い果たしていると思うんですよ、ビビりだから。

僕はいつも自分が純粋に感じたこと、考えたことを、理解されようがされまいがダイレクトにぶつける

(ビリーアイリッシュの曲で、あえて「音圧」という言葉を使ったのは、低い音って部屋自体が振動して、まさに音の圧って感じがするんですよね。プレッシャーみたいな音というか。これまでの「音圧」みたいな言葉は、ラウドネスメーターの数値の話だと思うので、それとは別の感覚についての話です)

ここ何県?(ロサンゼルスにて)

今度会うときも、今持ってるもの失わないでほしい。今のまんまで

やっぱりみんな自分の手を動かして曲を書かないとダメですよ。作家っていうのは実態のないものだから、いっぱい書かないと本当の姿というのが現れてこない。書いて初めて、実態というのがあるように見えてくるというだけで。

人間一人ひとりを見ると、みんな利口で分別ありげだが、集団をなせばたちまち馬鹿が出てくる

自信のあるものは「自信があります」ということが大事

素描を通してのみわれわれは陰影の知識に到達する

芸術作品が時代に先駆けてあらわれるとき、時代は芸術作品の後ろでもたもたしている

成果をあげる人の共通点は、行わなければいけない事を、しっかり行っているというだけである

お前らが全員霜降り肉に見えるぜ!(兵庫ライブにて)

高い金払ってチケット買って見に来てくれてんだろ? 50分だけで良いから何もかも忘れろ! どうせ最後は全員くたばるんだから怖い物なんかねぇだろ

いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ

同じことを繰り返すくらいなら、死んでしまえ

生まれたとき、死んじゃう可能性のある病気の手術を受けて助かったことがあったからか、あたし、生きることにとても執着がある

子どもが大人になった時に、母が自分との時間を犠牲にしてまで、何を作っていたのか。知られた時に、恥ずかしくないもの、単純にわかるものを残したい。

間違いや失敗を犯したことのない者というのは、単に無難なこと、安全なこと、つまらないことしか、やってこなかっただけである。逆に優れている者ほど、数えきれない間違いを犯すものであり、これは常に新しいことに挑戦している証拠である

学問的な言い方ではないが、仕事ができる組織は仕事を楽しんでいる

歴史上いかなる国においても、企業とくに大企業は株主のためにのみマネジメントすべきであるという主張はもちろん、主として株主のためにマネジメントすべきであるという主張さえ、主流になったことはない

「これはしたくない」「こういうやり方はしない」っていうことさえ自分でわかっていれば、何とかなる気がする

失敗者が何をして失敗したかよりも、成功者が何をして成功したかを学びなさい

幼稚な心を取り去らなければならない。自己の修業を怠り、父母への依頼心を持つなどは幼稚な心である

赤がなければ、青を使います

自分のああいう時の、ああいう行動が知らぬ間に自分の手を汚してたと。つまり誰かをはじき出してたところがあったというか。読者の方にもそういうことぐらいはあると思います、たぶん。ないかな?怖いな、すごい怖いな。

早く大人になりたいとか、まだ子供だとか。違うんじゃないか?俺は俺なんだ。藤原基央なんだ。俺はもっと良い藤原基央になれるように頑張るんだ

要は自分次第なんですよ 世の中君の映るように映る 君の感じるように感じる 君が変えれば変えるほど 変わってく。

純粋に泣けてしまうことって本当にある

希望を捨てない方がいい。俺はサイコーなんだって信じるんだ。既成の概念なんか疑ってかかった方がいい。「なんでなんだ?」っていつも子供みたいに感じていたいぜ。

Prime Minister: Whenever I get gloomy with the state of the world, I think about the arrivals gate at Heathrow Airport. General opinion’s starting to make out that we live in a world of hatred and greed, but I don’t see that. It seems to me that love is everywhere. Often, it’s not particularly dignified or newsworthy, but it’s always there – fathers and sons, mothers and daughters, husbands and wives, boyfriends, girlfriends, old friends. When the planes hit the Twin Towers, as far as I know, none of the phone calls from the people on board were messages of hate or revenge – they were all messages of love. If you look for it, I’ve got a sneaky feeling you’ll find that love actually is all around.
デイヴィッド「私は世界のことを考えて落ち込むと、ヒースロー空港の到着ゲートのことを考える。有識者は、世界が憎しみや強欲で満ちているというけれど、私はそうは思わない。愛があちこちに存在していると思う。神々しいわけでも、ニュース性があるわけでもないが、愛はいつもそこにある。父と子、母と娘、夫と妻、彼氏と彼女、旧友。飛行機がツインタワーに突入したときでさえ、私の知る限りは誰も憎しみや復讐に満ちたメッセージを電話で送ったりはしなかった。それは愛のメッセージだった。見つけたかったら、探そうとしなくても、実は愛はいたるところで見つけられる」

釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね

芸術は悲しみと苦しみから生まれる

運命というのもひょっとしてウィルスみたいなものではないだろうか。それ自体では何事も起きないけど、他の実力をもったサルモネラ菌や、あるいは紙幣や、恋文や、試験の答案用紙や、いろんな物につくことで、それを動かす。でもそれ自体は姿も形もなくて、見ることができない

結局芸術の唯一の原則は、見るものを模写することだ

自分じゃない自分を出すのが怖い

何かを生み出していくと、いつか誰かが見つけてくれることもある

創造の最大の敵は「良い」センスだ

(上京前に自身で)ツイキャスで配信やってて、オールナイトすっぽんぽんっていうのをやってた

女の顔はキャンバスだ 毎日女は少しだけ若い自画像をそこに描いている

どーだろう?日本は民主主義国家だなんて言ってないで、事無かれ主義国家だって世界に向けて言った方がよっぽどカッコいいんじゃねえか。ロックっぽいぜ。

いつからこの国はこんなにもセコイ人間の集まりになってしまったんだ。

You either get tired fighting for peace, or you die.
平和のために戦うことに疲れるか、死ぬかだ。

何百万枚も売れるロックなんて、あんましロックじゃない

傲(おご)ってはいけません。企業は、社会によって存在させてもらっている存在なのです

アァン?…お前、ベッピンさんやないかい。どや、俺の女にならんかぁ?どやねん? えぇ〜?

んだ。学びは終わらない。んだ。

私が生きているのは国王のため、スペインのため、カタロニアのためだ。天才は決して死なない。人類の進化は我々の手中にある。国王、万歳!スペイン、万歳!カタロニア万歳!

前の方にいようが、そんなの関係ない。俺はそんなにやわに唄ってないからさ。

あいつが…運命と闘うなら…、俺はあいつのために、命張ってやろうと思うんだ。

人間は老けるよ。あたりまえじゃん。だけどさ、ロックンロールは年をとらないんだよ。ロックンロールっていうのはやっぱりね時空を越えていくんだ!

僕らがひきこもらない理由は、街に出れば女の子がいるからだ

私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく自らの時間を奪おうとする非生産的な要素を退ける

やらないってのも一つの行動だと思う

長いこと暗い道を歩いてると……この先もずっと暗いもんだと思っちまう。前に進むことがイヤになる。自分の道がこの先どうなってるか分かってるやつなんてこの世にひとりもいねえ。俺らにできるのは立ち止まって泣くか、一歩でも前に進むかのふたつだけだ。あんたはどっちでも好きな方を選んでいい。入り口までは 俺が案内してやる

自然にやってく中でぼんやり何となく楽しいっていうのは、凄く大事なこと

全力を注がなければ、単に約束と希望があるだけで、計画はない

藤くん、心からおめでとう。本当に本当に嬉しかった。他人のことでこんなに嬉しかったのはいつ以来だろう。昨日もらった連絡で僕は眠れなくなりました。これからも大好き。おめでとうございます。

太陽のように生きて、太陽のように死にたい

今の音楽の置かれてる状況の事とか、悲しくなっちゃう所がありますよね。パソコンで150円で買えるとか、若い頃の自分にとって凄い高かった、3000円とか2800円っていう感覚、その感じがもう無いっていうのは、なんかちょっと悲しいですね。

退屈を怖がってちゃいけない

人生、回り道も大事やからな。いっつも最短ルート歩いててもしゃあない。

孤独の中では何もできることはない

術は日々の生活の埃(ほこり)を、魂から洗い流してくれる

母は、私にこう言った。「あなたは、軍人になれば、いずれ将軍となるでしょう。修道士になれば、最後には法王となるでしょう」私は、その代わりに画家になり、結局ピカソとなった

その人がいい趣味をしてるかどうかを見極めるのは簡単だ。絨毯と眉毛がマッチしているかだ

結局ね、夢はみんなもってると思うんですよ。だけど、その夢の見方としてね、ただボーっとそれこそテレビで見てるだけで『あぁ、こんな事いいなぁ』みたいな見方と、それから実際にやってみようとして夢の実現に一歩近づくために何か行動をおこす。

曲を書く際に、人を感動させようとか、美しいメロディーを書いてやろう、と考えているわけではない

自分には過去も未来もない。ただ現在に生きようが為に絵を描くのである

お前がワンマンだー!(売れる前、新潟でのライブで客が一人しかいなかった時のこと。その客に向かって)

これからは、誰もが自らをマネジメントしなければならない。自らを最も貢献できる場所に置き、成長していかなければならない

素晴らしくマネジメントされた組織というものは、日常はむしろ退屈な組織である

路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね

僕らはユーモアがないものはどうしても楽しめないんだ。何があってもどこかにユーモアがないと堅苦しくて、そこの場所に居づらくなる

We were a savage little lot, Liverpool kids, not pacifist or vegetarian or anything. But I feel I’ve gone beyond that, and that it was immature to be so prejudiced and believe in all the stereotypes.
俺たちは、リバプールの子供たちで、非暴力主義者でも菜食主義者でも何でもなかった。しかし、俺はそれを超えてきたと感じていて、偏見を持ち、全てのステレオタイプを信じることは未熟だったと思う。
